鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第九十七──竈門炭治郎:弐

「鼻が利く?」

「はいっ。俺、昔から鼻が凄くよくって、それでニオイで相手がどんな人なのかも分かるんです。夢乃さんは、すごく優しいニオイがします」

「は? いや、や、優しいとか、そういうのはニオイではないだろう?」

 

 突然のことに夢乃は赤面する。

 二人は暗い山道を下り、まもなく麓へ到着しようとしていた。

 

「分かりますっ。あ、でも、ずっと同じニオイじゃないですよ。怒ったり悲しんだりした時は、違うニオイがしますから」

「え……」

 

 分からない。夢乃には炭治郎の言葉の意味がさっぱり分からなかった。

 人、いや、生き物というのは、感情によってニオイが変わるのだろうかと本気で悩んでいる。

 

「あ、鱗滝さんの家は、あそこです」

 

 炭治郎が指さしたのは、山を下って少し行った先の小さな民家だ。

 周りには他に家はなく、この一軒だけがぽつんと建っていた。

 

 家の前には人影がある。

 自然と炭治郎は夢乃の背中へと隠れてしまった。

 

 が、すぐに思い出す。

 

「夢乃さん、ここまでありがとうございました。俺の事はいいので、逃げてください」

「逃げる? なぜ」

「鱗滝さんは凄く強いです。凄く。だから」

 

 だから夢乃が首を斬られてしまう。

 そう思って炭治郎は逃げるように伝えた。

 

「私を心配してくれているんだね。大丈夫。私は君のお師匠に後れを取るほど、弱くはないよ」

「でもっ」

「それより、禰豆子と言ったね、君の妹さんは。その子に会ってみたい」

「禰豆子に、ですか? でも禰豆子はずっと眠ったままで」

 

 構わない。

 そう言って夢乃は歩き出す。

 炭治郎は心配になって鱗滝のほうを見るが、その影はまったく動いていない。

 ただじっとこちらを見ているようだった。

 

 やがて戸口から漏れる明かりによって、鱗滝の姿がはきり見える距離までやってきた。

 その顔には能のような面を付けているため、表情は分からない。

 だが、不思議なことに鱗滝からは怒りでも恐怖でもない、不思議なニオイがすると炭治郎は感じた。

 

(鱗滝さん、怒ってはいないようだけど)

「あんな山に子供をひとり置き去りにして、鬼に喰われでしたらどうするおつもりか?」

 

 先に声を掛けたのは夢乃のほうだった。

 

「その時はその時」

 

 感情の読み取れない返事をし、鱗滝が動いた。

 

「炭治郎。中に入っていなさい」

「で、でも鱗滝さん」

「炭治郎っ」

 

 語気を荒げた鱗滝だが、炭治郎にはそれが怒りではなく、自身を心配する優しさのように聞こえた。

 

「炭治郎、心配ない。中へ入っていなさい」

「夢乃さん……分かりました」

 

 炭治郎が渋々と家の中へと入ると、鱗滝は戸を閉めた。

 炭治郎の耳に、鱗滝の足音が聞こえる。すぐに二人が遠ざかる音が聞こえ、やや不安になった。

 

 

 

 

 

「あの頃とちっとも変らぬ」

「鬼なのだから、年を取ることはない」

「あの者は鬼殺隊の選抜試験を受けるために、修行をさせているところ」

「育手になったのか」

「はい」

 

 夢乃と鱗滝は、家から離れた場所で話をしていた。

 二人は一度だけ、顔を見合わせたことがある。

 僅かに刀を交えもしたが、それは鱗滝が一方的に仕掛けたこと。

 

 彼がまだ若い頃、水柱になるよりも前の事だ。

 町で鬼狩りをしていた際、狩るべき鬼を横取りした相手が夢乃であった。

 

 鱗滝も炭治郎ほどではないが、鼻が利き、気配以上にニオイで相手が鬼であるとすぐに察した。

 だが同時に、人を喰らう鬼とまったく別のニオイもあって困惑したほどだ。

 

「炭治郎の妹は、鬼にされたと聞いた」

「はい。ただわし自身、あの子が目を覚ました姿を一度も見ておりませなんだ」

「ずっと眠っているのか?」

 

 鱗滝が頷く。

 

「ふむ。私も、血鬼術を使って多量に血を流した後は、何日か眠ることはある」

「さようで? 鬼は眠らないものだとばかり思っておりましたが」

「私が知る限り、私以外で眠る鬼なんて知らないな」

 

 だから禰豆子に会おうと思ったのだ。

 自分と同じように、鬼舞辻無惨の支配を受けない鬼なのかどうか。

 もしそうならいいが、支配されたままであれば危険だ。

 

「眠ったままでいい。会わせて欲しい」

「会って、どうなさいますか?」

「無惨の支配を受けているのかいないのか、確認する必要がある」

「もし支配されていたならば?」

 

 その時は、兄妹を引きはがすことになる。

 命を奪おうとは思わないが、どこかに監禁して人を喰らわぬようにしなければならない。

 果たしてそれが可能かどうかは、分からないが。

 

「これまで人は喰っていないと聞いた。本来なら、鬼として目覚めた時が一番空腹を覚えているはず。その時に身内が傍にいれば、真っ先にその血肉に飛ぶ点くのだが」

「妹以外の家族は、みな無惨に殺されたようです。妹だけが生きて、鬼に変えられたと」

「じゃあ、誰も食べていないというのは本当なのか」

「はい。喰っておりません」

 

 だとすれば、無惨に支配されている可能性は極めて低い。

 そう考えて、夢乃は改めて鱗滝に乞う。

 

「禰豆子に会わせて貰えるか?」

 

 

 

 

 

 鱗滝と夢乃が戻って来た時、炭治郎は安堵したのと同時に驚きもした。

 鱗滝の正体について、鬼殺の者を育てる人物だとは聞かされている。

 恐らく、若い頃にはその鬼殺隊の者だったのだろうことも想像出来た。

 

 そんな鱗滝が、鬼と肩を並べて家の中へ入って来たのだ。

 驚かない方がおかしい。

 

「鱗滝さん」

「禰豆子をこの方に会わせる。よいな?」

「あ、はい。俺は構いません」

 

 奥の部屋で眠る禰豆子の下へ、夢乃を案内する。

 妹の禰豆子は、鬼が近くにやって来ても眠ったままだ。

 

「炭治郎、禰豆子に触れてもいいだろうか?」

「え、別に構いませんよ。わざわざ俺の許可を取らなくたって」

「そうはいかない。この子は君にとって大切な妹なのだろう?」

「そ、そうですけど。でも夢乃さんは女の人ですし、いいですよ。男なら許しませんけど」

 

 ふんっと鼻を鳴らす炭治郎を見て、夢乃はふっと笑った。

 それから禰豆子の手を、まるで脈でも測るかのようにして取った。

 

「いい知らせがある」

「はい?」

「この子は無惨に支配されていない。初めからなのか、途中からなのか分からないけど」

「鬼舞辻無惨の支配を受けていない鬼……あなたと同じということですかな?」

 

 鱗滝の質問に、夢乃は首を振った。

 分からない、と。

 

「そもそも私の場合は、無惨に与えられた血が少なすぎて比較対象にはならない」

「無惨の血が、少ない?」

 

 炭治郎の言葉に、夢乃は彼の頭を撫でながら頷いた。

 自分の中にある無惨の血は、僅か一滴しかない。そう説明する。

 

「たった一滴でも鬼になるんですか!?」

「あぁ、そうだよ。この子は与えられた血の量が少なかった訳じゃない。私とはまったく別の理由で、支配を免れたのだと思う」

 

 もしかすると免れたのではなく、自ら支配から逃れたの顔しれない。

 そうは思っても、ここでは口にすることを控えた。

 

「いつ、目を覚ますのでしょうか」

「そうだね。鬼になったのはいつ?」

「今年に入ってから、山に雪が積もっていた時期です」

 

 半年以上は経っている。

 禰豆子が眠りについたのは、鬼になってすぐではない。

 最初は起きていた。そして暴れもした。

 

 炭治郎は禰豆子が眠るまでのことを夢乃に聞かせ、その話で出した彼女の結論が──

 

「暫く目覚めないだろう」

「ど、どうしてですか!?」

「人は鬼になるとね、物凄く飢えを感じるものなんだ。だから鬼と化してすぐは完全に自我を失くし、ただ血肉を求めて身近な物を喰らう」

 

 自分の血に近しい者こそ、食欲をそそられると夢乃は話す。

 喰わねば飢餓状態になり、より狂暴化が増すとも。

 

 だが禰豆子は身内は愚か、とにかく喰らっていないのだ。

 その状態で冨岡と戦い、血を流し、更には鬼によって体を欠損させられている。

 欠損部分は再生したが、眠りについたのはそれからだ。

 

「極度の飢餓状態で、更に血を消費している。回復するには、本来ならば血肉を摂取するのだが……」

「ご、ご飯じゃダメなんですか?」

 

 懇願するような炭治郎の言葉に、夢乃は首を振った。

 彼女は食事をする。

 だが鬼は本来、食事とは人間を喰うこと。

 夢乃が普通ではないのだが、禰豆子が同じであるとは考えにくい。

 実際、炭治郎も最初は禰豆子に襲われたと言っていたが、夢乃は最初から自我を持っていた。

 そこが禰豆子と夢乃の大きな違いでもある。

 

「私とて、やや血を失った場合には眠ることがある。ほんの数日だから、禰豆子とは比べようがない」

「禰豆子は違うから、眠ると長いのですか?」

「うーん、なんて言えばいいのか。比較対象が皆無だから私の主観でしかないのだけれど。他の鬼と近い状態で目覚め、だけど何かが原因で変わってしまった。君にとってはいい方にね。だけどそれは、鬼の生体としては、よくないこと」

 

 鬼になろうとする因子と、そうなりたくないという因子とが、禰豆子の中で攻め合っている。

 失った血を回復させるために、そして相反する因子を鎮めるため、禰豆子は深い眠りについている。

 その為に長い時間、眠りについているが心配ないだろうと彼女は言った。

 

「目覚めた時には、ちゃんと妹の禰豆子になっているだろう」

 

 それは夢乃にとって希望でもあった。

 だがそう伝えることで、この少年の力となるなら──

 

「はいっ」

 

 夢乃の言葉に、炭治郎は屈託のない笑みを浮かべて返事をした。

 

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