「……はいもしもし。あら、CEO?
どうしたのかしら、外回りで忙しいあなたがめずら……は?
謀反?乗っ取り? ちょっとどうしたのよ落ち着いて……はぁ?!
ドクターと名乗る少年がすべて私の指示でやったと言ってるですって!!
ちょっと待ちなさい今どこにいるの今すぐ行く事情を説明させてお願いだからぁあああああああ……」
――数刻前。
自室で今後のための業務をこなしていたドクターの部屋にコール音が鳴り響く。
これは極めて珍しいことで、基本的に存在自体がロドスの中でも特級の秘匿事項であり、
同時に最大の政治的急所でもある彼の部屋に電話が鳴り響くことはまずない。
ここの存在を知っているもの、権限があるものは限られている。
いつまでも部屋に籠ってばかりのドクターを心配した専属医師のケルシーかその助手。
ロドス自体が危急の災難に見舞われ、保安部によって最優先で搬出すべき指定荷物として扱われる時。それぞれに対応した点滅光が煌々と部屋を照らすことで、作業に没頭しがちで周りの見えないドクターにも分かりやすいように出来ている。
医者なら白、危急なら赤。
しかし点灯する色は緑だ。
「はいもしもし。こちらドクター……CEO? ロドスの?
子供連れで行くから案内して欲しい?? 私に?
……あえて聞くが、【私】なら誰でもいいのかね? ダメ?
本体は出来るだけ動かしたくないんだが……CEO命令だと…?
相分かった。しかし素顔を見ていいのは貴方だけだ。
情報保全のため、私はそれなりの格好をして貴方たちの饗応をさせていただくが…。
むしろそうじゃないと困る?」
しばらくの間、似たようななやり取りをしたドクターは、珍しいことにひどく焦燥した顔を形成するよう補助脳に命じた。そうこうしている間に通話は終わり、その間にも本体のドクターの脳と繋がった幾数ものドクターが全力で稼働する。
「学校で思い知らされたことがある……抜き打ちテストというやつだ…。
間違いない。
今まで受けた屈辱の中で、あれほどの苦渋を嘗めさせられた経験もない…。
というか学術に関してはともかく、対人に関して10年の経験しかない…。
なら、なら………」
室内に轟音が絶えず鳴り響き始める。
「今は朝。CEOがロドスに到着するのは昼頃。ケルシーは往診中…だから私か。
そういえばケルシーは緊急性の高い非常事態が発生した時、
私自身の判断で動けと言っていたな…。
ならば今すぐ、私一人で整えなければならない。私よ、そうだな?」
「機械化hohei 搭載済nouzui、緊急製造分1個syoutai(50人)、整列完了」
「同じく学習用培養槽AI、緊急製造分1個syoutai(50人)、製造完了」
「緊急で作った即席品で多少のバグはあるが致し方ない、人間なんてそんなものだ!!
いいか私諸君! 昼にCEOだ!CEOが来る! 契約上私は彼の庇護下にあるとは言え、
彼の機嫌を損ねればその瞬間、私の進退が決まると言っていいだろう!!
ならばやるべきことは分かるな! 私よ!」
機械化歩兵は町中の人々に違和感を持たれないよう、
あるものはロドスの制服をきっかりと着込み、 あるものは服を着崩して若者風を装い、あるものはいかつく見えるよう整え、きっかり50パターン分、子供から老人までの姿格好をしたドクターの群れが形成されていく。
そこに培養槽内の脳髄が一体に一つ補助として、
現在進行形で現代の老若男女の振る舞いを映画媒体/映像媒体/紙媒体で次々と読み込んでいっては、練習させていく。
「では解散!
三々五々CEOの情報を集めつつ、持て成しの準備をしつつ、各部署に私を配置して、
一片たりとも抜かりなく饗応するのだ!!」
「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」「了解」
結論から言うと大いに失敗した。なぜだ……?
目の前では身を縮めて平謝りしているケルシーがいて、CEOがそこまで謝らなくていいと恐縮している。私はというと、私の饗応に大変満足していただいたCEOの細君とそのご息女にいたく気に入られ、おもちゃにされていた。
「ねぇしゃしょー」
「違いますご息女、わたしはドクターで」
「でも、ぱぱよりかいしゃに、くわしーよ?」
「だから違うのです、細君からもどうか説得を…え? もう私が社長でいいんじゃない?」
「やっぱり、しゃしょーだ!」
「……勘弁してくれ」
いやよく見たら細君笑ってるが、眼が笑ってない。完全に獲物を見る目でみている。
くそっ、一体どうしたら正解だったんだ? 私は間違いなく、間違いを犯していないはずだ。
誰にも不審に思われないように広く薄く引き伸ばした私の情報網によって、CEO一家の食事の好みは完全に把握した。だからこそ、食事にもお菓子にも飲み物にも、特段好みのものしかお出ししていない。まずここは問題ないはずだ。
加えて、私の本業は医者だ。
医者なら患者の立ち振る舞い、姿勢を見て疾患を抱えていることをすぐさま見抜けないようでは、
この歳でロドスに抱えてもらった意味がない。だからこそ、私は過去から現在に至るまでのCEO一家の習慣をすべて調べ上げ、視察に来た彼らに対して、健康に気を使ってほしいと、ロドス職員の協力を得て、ピンポイントにすべて指摘した。
勿論ロドス職員の協力は快く受け入れられた、むしろCEOの相手をしてくれる私に感謝したほどだ。ここも間違っていない、むしろ完璧だ。
更に、施設の見学だけでは同伴した細君とご息女はお暇だろうことを加味して、
即興で芸人一座に弟子入りした数体が、食事の時も、見学の時も、小粋なジョーク……は常に滑っていたが、芸やマジックショーは受けていた。
だから私は、はしゃぎ過ぎたご息女が転倒して怪我をしないように気を遣っているだけでよかった。完璧だ。
文句のつけようがない。しかし結果はこの様だ。何が悪かったんだ…? 分からない…。
分からないまま、目前でケルシーは謝り続け、私はその時間いっぱいCEO母子におもちゃにされたままだった。
「――安心した、と言われたわ」
夕刻、ドクターの私室。腕組をするケルシー。
刑の執行を待つ重罪人のような面持ちで待ち構えていたドクターに掛けられた言葉は、羽毛布団のような柔らかさを持っていた。
「それは私の饗応に満足して頂けた、という意味ではない?」
「大失敗よ。怯えさせてどうするの」
「しかし何が悪かったのか分からない……何が悪かったのか教えてもらっても?」
「それは――他人から教えてもらうようなものでもないわね…。
怪我の功名と言っていいのかしら……せっかく造ったんだから、世間慣れしてきなさい」
「機密扱いの私が出ずに、脳髄が出張るというグレーゾーンは問題ないと?」
「あなたのことだから自動破棄プログラムぐらい備えさせているでしょう。
保全意識が末端まで行き届いてるから問題なしと判断しました。
これにはCEOも同意しています、ただし条件が一つ」
「私の一体をCEO一家に常駐させること以外なら喜んで」
「分かってるならいいわ、じゃあそういうことだから。
……そういうことっていうのはね、CEO命令ってことよ?」
「……分かった、わかりたくはないが分かった。ただ、最後に一つ教えてもらっても?」
「――あなたが10歳だってことがよく分かったってことよ」
「それがなぜ安心できる要素になるのかを聞きたかったのだが…」
「もう少し貴方は、等身大の自分自身を知るべきだってこと。
これ以上言ってもわからないでしょうから、CEO命令を速やかに遂行すること」
「……了解した」
部屋を出ていく間際に、ケルシーから頭部を「よしよし」と撫でられ「よく出来ました」と褒められたドクターは、「大失敗」と「よく出来ました」の意味の整合性が取れないまま、
機械化歩兵/世界旅行計画についての草案を練り始めた。
だからこそ。
ケルシーが、ドクターの今回の行動に関して、もう少し詰め寄るべきだった!!と考えるのはすべてが終わってから。「子供らしいところもあるのね」と、はな歌を奏でながら暢気している彼女が、【ドクター】の【責任者】であることに苦悩する日々が、すぐそこまで迫っていることを、まだ、知らない……。
全世界にドクターが散らばる準備回。
読者の評価がよくて、各キャラのプロフィール読み込めたら、3話書く気が起きるはず…。