細胞分裂は、同じ細胞を複製するために行われる、生物としての新陳代謝機能としての一部である。しかしその複製がうまくいかなかったり、全く違うものが出来上がったりする。これを突然変異という。いわゆる生物としての亜種であり、凶暴であったり元の細胞を攻撃したりと、非常に迷惑な存在である。
つまり、ネモフィラと名付けられたこのおいら。おいらは突然変異である。
とても迷惑なんだろうなーという理由として、おいらは他の連中のように、本体のために働こうと思わないし、働きたいとも思わない。しいて言えばずっと遊んでいたい。そしてそういうことバレたら面倒くさいなーとも思ったので、すぐさま本体に申告すると。
「そういうのもアリだな」
ありなのか。
あっさりと話が終わってしまったが、興味深い現象らしく、おいらは【貿易商】が出てくるまで本部に据え置かれた。その間は本当にずーーーーーっと遊んでいた。世界旅行したいなーと思っていたので地図と歴史を見ながら現地のポートレートを眺めたり、地図と地形図をを穴が開くほど覚えて、あそこに行ったらああしたい、ここに行ったらこうしたいみたいなことばかり考えていた。しかしそうした時間にはやはりというか終わりがやってきて、別個体が『将軍』から学んだ体術剣術棒術槍術戦術戦略を詰め込まれ「世界旅行アーツの旅」が開催されることになった。
「世界旅行アーツの旅」とは――。
CEO一家で、現在進行形でおもちゃにされている本体による、おいらの廃棄計画である。
現在アーツ勉強中のウサギ耳の幼女による、制御がうまくいかなくてちょっとどっちに飛ぶのか分からないハラハラなアーツの旅。企画を立ち上げたはいいものの、たまに暴発して壁に穴をあけたり、本体がもろに食らってたりしているが、本当に趣旨通りに進むのかこの旅。
「――やっと加減が出来るようになってきたんです!」
「私の青痣だらけの体を見てそれだけ言えるなら上等だ。
今度こそ狙った場所に中ててもらおうか」
ネモフィラが見ている画面に旅の企画元の二人が登場し、
――意気込む兎耳幼女、今日こそドクターを吹き飛ばさずに済むのか!!――というテロップがテレビ番組のように流れる。これただのアーツ訓練の体裁してるだけでは…?と最近のバラエティ事情に詳しいネモフィラは訝しんだが、進行はつつがなく進む。
「――じゃ、じゃじゃん! ヴィクトリアです!」
「………今日は壁が壊れずに済んだな」
「――えいっ!」
「ちょ」
そういうことになった。
おいら――というよりおいらたちは相当便利だ。
”やる気がないのなら図書館や資料館を探してひたすら資料を読み込みなさい”という指示を受けて、やることといったら、専門的な資料を開きながら、娯楽の産物である漫画・童話・活劇・映画をひたすら楽しむという、おいらが持つ、性能や処理能力を理解していない人間が見たら目を疑うような光景。
端から見て、真面目に勉学を行っている人間からすると喧嘩を売ってるのかという生活を始めてからしばらくして。
やはりというかなんというか、そういった態度に腹を据えかねたいかにも私お嬢様ですという人から絡まれてしまったが、今まで読んでいた文献をページと行指定してもらっても全部暗唱できると返すと、奇妙な暗唱合戦が始まり、全部勝った。
「――嘘……」
「気が済んだならおいらは映画に戻りたいんだけんども…」
先程から休憩中の他個体が「続きはまだか!」とせっついてくるので切実に戻りたい。
しかし話を聞いていないのか、耳に入っていないのか。お嬢様がおいらが持っている二冊の本にジロリと目線をやる。子供向けの童話と、専門家でも難しい源石の最新の研究成果が掲載されているサイエンス記事。
これに加えて、世界的に有名な俳優が活躍する(この俳優本人が行うスタントシーンが戦闘技術にとても役立つのだという)映画を見ているというおいら。
――キッ!と音がしそうなほど強く睨みつけられて、少しひるむ。
「失礼、お時間はあるかしら?」
「いや映画を」
「お・じ・か・ん・は、あるかしら?」
「………映画見ながらでもいいなら」
「それで構いません」
その後、本当に映画を見ながら二つの本を同時に読んでいるおいらに、そのお嬢様は質問しっぱなしだった。映画に集中したいおいらはだいぶうんざりしたが、処理能力の範疇だったので、ノートを広げて持論を展開するお嬢様に色々とアドバイスをした。
おいらたちにとってそれは既知の範疇の知識でしかなかったが、お嬢様にとってはそうでもなかったらしく、鉱石病患者の実態と世界各国での扱いの違いや、その治療法の現在地、診療所の有無、実際の治療現場での声などを教えてあげるととても喜んでいた。最初は敵対視されていたのが、どんどん同好の士を見つけた!みたいな温かみのある目線になっていき、しまいには尊敬の眼差しに変わっていった。
「連絡先を」
「だども、おいらは世界回ってるからなぁ…名刺ならあるだよ」
「ぜひ」
ただ、ヴィクトリアにいる間は、頻繁に大学図書館等に入り浸っている旨を伝えると、それから毎日ひっつかれるようになり、しまいには連絡を付ける方法を確立されてしまった。
頻繁に保有している知識を開帳するような日々が続き、そしてとうとう出国する日取りが近づいてきた時、脳領域への通信があった。
「誰でもいいから仲間になりたそうな目で見ているのを連れてきなさい」
どこか投げやりな口調で達せられる指令。
「……ゲームしてるんだか?」
「アーツ暴投姫の世話……遊び相手かな?
私は攻略本替わりじゃないんだが……とにかく。
処理能力の閾値は限界まで上げておくから、
次のアーツの旅開始までに準備を完了させておいてくれ。
時間になったらクロージャ謹製の悪ノリモンスターマシンが勝手に動き出す。
条件が達成できなければ、
私は空っぽの機械を拝むことになるが…そうならないことを願っている」
「心にもないことを、いうもんではないがや」
「そうだな。じゃあこう言い換えよう。私はどちらの結果になっても構わない。
ネモフィラ。君にはなにも期待していない。
そこらで野垂れ死にさせないのは、ヒューマンリソースの無駄使いだからという理由だ。
ドッグタグだけにならないだけの有能さを示してくれることを望んでいる」
「支援は?」
「さっき言ったとおりだ。
私はたとえ君があからさまに捨て駒であっても、全力を尽くす。幸運を祈る」
脳領域への通信が切れ、ネモフィラは出発前に告げられた言葉を思い出す。
「補充を受けずに生存できるのは半年足らず」という話を、旅立つ前に告げられたのはこの時の為であったのか。
そうして、いつも通りに過ごして、いつも通りやる気が起きず、遊ぶ気しか起きず、時間は過ぎ。幸運は訪れないまま、出発の一時間前を切った。
悪ノリモンスターマシンのエンジン音が鳴り響く。
残り30分を切ったところで、勝手にクロージャマシンは起動した。――遠くから爆発音が聞こえる。行き先を示すハンドル上の画面には”搭乗者2名の同意が得られた後、ネモフィラに補充物資をと投入します”と書かれている。――遠くから爆発音が聞こえる。だからなんなんだ、と投げやりな気持ちになる。そもそもネモフィラはこの土地で死ぬつもりであった。――爆発音と喧騒が近づいてくる。バグ個体ゆえに「おいらが死んでも代わりはいない」状態ではあるのだが、だからどうしたというのだ。「やはりわたくしは世界をもっと知らなければならない。貴女のような、予想もできないセカイにめぐり合うために…っ!」――閃光。稲光。いなづま。雷電。何も聞こえない。何も見えない。命の消えていく音が幻聴のように聞こえてきた頃。
――空から、手かせ足かせを付けた囚人服の白猫が落ちてきた。
「うにゃー、これは……あたしを狂わせる、自由の匂いだ!」
と言いつつ、視線は完全にバイクの方に向けられてるが。ちなみに着地した先はネモフィラの頭頂部である。一般的な人体の首だったら確実に首が骨折するほどの衝撃だった。そして、全く動じていないネモフィラの様子を察したのかすぐさま両手に繋がれている鎖で首を絞めつけてくる判断の速さ。しかし、さっぱり通じないので「うにゃにゃにゃ?」と唸って、頭に腰かけたまま顔を覗き込んでくる。
ヴィクトリアでよく読んだ、童話の中に出てきそうな魔女がよく被っている尖帽子。囚人服には【016】のプレート。これが「仲間になりたそうな目で見てきている」なのか?と自問自答する。いやいや、どう考えても死にたくないなら連れてけ!という感じだ。……背後から、恐らくは彼女を追いかけてきた警邏の足跡が甲高く鳴り響いてきた。
「死にたくないな――」
「いいだ」
「うにゃっ?!」
「後部座席さ乗れ。あとはこいつがどうにかしてくれるだ」
死ななくていい理由が出来たのなら。それでいい。
クロージャマシンの画面上に、待ってましたとばかりに次々と言葉がつづられていく。
message ”搭乗者2名の同意が得られた為、ネモフィラに補充物資を投入します”
message ”Castle-0との接続が確認されました。貴方の旅を脅かす、すべての障害に鉄槌を”
message ”障害を確認、世界のことごとくを旅する我々はだれにも止められない”
message ”どうやら戦うだけの価値がある敵のようですよ”
「うるさいだ」
message ”わたしは声を上げておりません”
「――えっ? なになに?すごいにゃ~!!」
「ラバテラを支援した後、離脱するだ」
message ”これより、Castle-0の戦闘マシーンとしての実力をお見せしましょう!”
急加速急発進「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああ???!!!!!」同意は得たから文句は受け付けないと言わんばかりの乱暴なスピードで、しかし機械的に正確で、効率的に自動的なドライビングテクニック。あっという間に、白猫を追いかけていた警邏と思しき集団を振り切り、蹴散らし。雷電をその身に纏って大立ち回りをしていたラバテラの元に急行する。ボロボロの姿になった黒髪の少女を背負って、ピクリともその場から動けないように見えた。
「手助けはいるだ?」
「――おやおや、丁度いいところに。高飛びのための席は空いていますかな?
これ、この通り。わたくし、すべての力を使い果たした後でして」
「次の都市がランダムでいいなら、どうとでもなるだ」
「では途中で捨てて行ってもらいましょう。
充電が回復するまで運んでもらえばどうとでもなります」
「なら乗るだ」
「……………う~ん、あたし間違えたかも……これが「好奇心はネコをも殺す」かもぉ~」
――世界旅行アーツの旅、実績一人目:囚人服の白猫――
「――当たりました! どうですか? 狙い通りですよ?!」
「……その発言が、真実かどうか判断しかねるが。
少なくとも、命中率はよくなってきたようだ」
「えへんえへん」
「場所は……島?」
火山へ行く準備の為に準備するような話。集める6人は決めてます。
今回から(本体には全く影響のない)死んだらそれまでの話。
生物の知識は、テラ特有の話なのでとってもサイエンスです。
私の話を書くスピードの話。
お気に入りと評価と感想の全てが増加していたことを確認してしまうと、
「あれ?私が書いてる話を応援してくれている人がいる?」という罪悪感から筆が進みます。どれか一つでもしてクレメンス……。