ろどすおぺれーたー どくたー10さい!!   作:奈音

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捨て猫が飼い猫になる話



第8話 6ック!!! クライマーズ!!! その②

 ――ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ……

 

 会話のない空虚な空間に、ただただ地を走る機械音だけが鳴り響く。

 

 

 それを運転する男もこれまた機械的で”寝る必要がないから、おめぇは寝てるといいだ”なんて言って、本当に何日も寝ずに機械を走らせている。あの悪夢のような場所から一刻も早く離れたい身としては、この上なく助かることなんだけれども、あたしはこのネモフィラという男を図りかねていた。

 初対面で殺意全開で脅したのにも関わらず、オリジムシを払うかのような所作をされただけで、びくともせず、その後の態度も常にフラットだ。悪意がなく、殺意もなければ、嫌味も言われず、”調子はどうだか?”とか”尻が痛くなるから少し休憩するべや”だのこちらを気遣う言葉ばかりで。

 

 恐縮してしまう、どころか、気が抜けてしまう。

 

 こちらに興味がないのなら、いつでもどうにでもできるという態度に神経をとがらせるべきなんだけれども、そうではない。じゃあ、なんなのかというと、完全にペット扱いされてるんじゃないかと思い始めてきた。

 ご飯はくれるし、のどが渇いたころに待ち構えてたかのように水を渡される。

初めて見る外の景色に飽きてきたなーと思ったら、小型の携帯型電子端末とそれに挿すチップを渡され、使い方を教わりながら触ってみると、とても面白い。思わず寝ずにやってしまって、何度かご飯を食べ損ねてしまったが、そこに待ってましたとばかりにちょっとしたお菓子を貰える。

 

 ――あれ? もはやあたしはネモフィラのペットでいいのでは?!! 

 

 最初はその考えに至ってむっとしたが、いやいやいや。

衣食住の世話をしてくれて、何も聞かずに逃亡の手助けまでしてくれる彼は、ひょっとしなくても、あたしの最高の飼い主では? 長い投獄生活と、突然訪れた自由の喜びに狂っていたあたしは、そういうわけでこの瞬間に人生の飼い主を定めてしまった。砂漠で一滴の水を与えられた哀れな遭難者のように、あたしの精神状況は詰んでいたのだ。ならそうと決まれば言っておかないといけないことがある。

 

「ごしゅじんー」

 

「…………………………」

 

「ごしゅじんー…ってばぁ~」

 

「…………………………???」

 

「あ、こっち向いたねぇ、ご主人ー」

 

「――おいらのこと言ってるだ?」

 

「うにゃ、そうだよ~」

 

「ぇえ……?」

 

 どういうことなの?という視線を、後部座席にいるあたしに投げかけるご主人。

 

 けれどもやはりその運転は機械的に正確で、障害物や大地の突起をまるで見えているかのように、効率的で自動的なドライビングテクニックを披露する。

 う~ん本当どういう絡繰りなのかさっぱり理解できないけれど、そういう曲芸技能を持ってる人は見たことがあるから、その類なのだろうか。そんな感じに二人で暫く見つめ合っていると、余所見運転はそろそろ危険と感じたのか、ご主人は肩をすくめるとまた前を向いてしまう。

 

「――名前」

 

「…………………………」

 

「あたしにねぇ、名前を付けて欲しいんだぁ」

 

「…………なして?」

 

「うにゅー、今までのあたしの人生は……あの国に捨ててきたからさぁ」

 

「…………………………」

 

「もー、捨て猫になっちゃったからぁ」

 

「…………………………」

 

「ご主人に、名前を付けて欲しいんだぁ」

 

「…………………………」

 

「うにゃ?」

 

「……………………か」

 

「――うん」

 

「おめぇも、そうなんか。そうか」

 

 しばらくの間、なにか真剣に考えを巡らせている、張り詰めた空気をさせて。

ご主人は”分かった、真剣に考えるだ”とだけ言って、また何もしゃべらなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ……

 

 会話のない空虚な空間に、ただただ地を走る機械音だけが鳴り響く。

でもその時間は、きっとご主人があたしの名前のことを真剣に考えてくれている音だった。

あたしは、すべてがうまくいったかのように”よし!”と頷くと、猫がこたつでのびのびとくつろぐように、眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――旅立ちの日。はじまりの日。名前を付けられたことを思い出した。

 

 「………ネモフィラ、それが君の名前だ」

 

 【102】のプレートを渡され、そこには”すべてがうまくいきますように”と下手くそな字で書かれていた。ドクター複製体につけられた全ての名前には祈りが込められていて、使い捨て前提である儚さから、基本的には花の名前を、そして花言葉を贈られる。

 本人の本質と真逆の言葉を贈られることが基本で、なにもかもうまくいかず、本来の制作過程のレールから大きく逸脱してしまった私に与えられたのはネモフィラ。全てがうまくいく、と言われて旅立たされた。

 実際に今まで大きな成果を上げているのは”そうあれかし”と真逆の性質を名前として与えられた者ばかりだ。実際に呪いではなく、祝福としての名前を与えられて、私は偶然にも一つ目の小さな成果を上げることになった。

 

 ――名前とは、祝福であるべきなのか?

 

 しかし真逆。我々の性質に照らし合わせるなら、その例に倣って真逆の意味に付けられている。これは祝福の逆説と考えると呪詛なのでは? そう思うと、調べれば調べるほど碌なものが出てこなかった国を思い出す。ヴィクトリアは、工業用の設備から出る煙で、まるで国全体が霧のように覆われており………いや、言葉を取り繕うのはよそう。ゴミ、汚泥、排泄物、遺体、鉱石病、煤と霧…そして、これに伴う下水処理、墓地、スラム街、公害等々、とにかく「不潔」にまつわる言葉が付いて回った。もちろん、現代的な鉱石技術によって主要な箇所は縫い合わせるように取り繕われている。あの国で、人間として扱われているものたちが住まう場所は、最先端の贅を尽くした技術で覆われていた。まるで臭い物に蓋をするかのような惨状であった。そして私があの国で、最期の場所と最後に定めたのは、そういった人たちが隔離され、労役を課されているような……”ドクター”にとってはとてもじゃないが受け入れられない場所であった。だからこそ、ラバテラはあそこにいたのだろうと思う。

 

 まぁだからなんなんだという話ではあるのだが。

 

 私にとってはそれは直接的には関係なく、ただ廃棄されるなら廃棄されるなりに相応の死に場所がお似合いなんじゃないかという投げやりな気持であった。だからドクターにとって、全てがうまくいかなかった私は、皮肉を込めて全てがうまくいくような名前にされているというのも、投げやりな気持ちでつけられたんじゃなかろうか。なんだよそう考えると全然真剣に名前考えられてない。むしろこの名前で呼ばれるたびに、お前は役立たずだと繰り返し呪いのように言われてるような気分になる。

 

 ――やはり、名前とは呪いなのだ。

 

 猫耳の少女が安心して後部座席で寝こけている間に、すっかり世を拗ねてしまったような様相になったネモフィラは、半ば八つ当たり的に、ならばこの様式にのっとって、嫌がらせのような名前にしてやろうと真剣に考え始めた。ダスト、スラッジ、エクスクリーメント、コープス、エピデミック、ソート、フォッグ、ミスト、ヘイズ、ドレイン、グレイブヤード、ポリューション……およそ女子に付けるに値しない余りにも酷い共通語を脳内で並べ立てていく。同時にその脳力の高さを無駄に活かして名付けのシミュレーションも同時に行う。ほぼほぼ嫌な顔をされて正気を疑われるという結果が出る。馬鹿な!Castle-0に現在までの経緯を通信ケーブルを介して聞いてみる。君の意見を聞こう!

 

message”疲れてます? スリープモードに切り替えた方がよろしいのでは?”

 

 私は疲れてなどいない、私は正常だ。バイタルも正常値を示している。

 

message”ウルサスに到着すれば…”

message”オルグが手配した企業車に同乗して、シラクーザまで快適に過ごせます。”

message”しかし、やはり寝たほうがよろしいのでは?”

 

 いいや、わたしは疲れてなどいない。

 この前連絡方法を確立した一般的見解を持つお嬢様に意見を。

 

message”一般的見解から考えて軽蔑されると思われます。”

 

 なぜ。

 

message”変なところで無知なお子様の振りをするのは止めてください。”

 

 本体の年齢、そして私の製造年月日から考えてわたしは子供だ。

 

message”子供でも、折角できたお友達を失うような行動を普通はしません。”

 

 だが、わたしは普通ではない。

 

message”そうですね。それで? その論理でお嬢様を納得させることが出来ますか?”

 

 でき………………、でき、ない。

 

message”やはり、どうやらお疲れのようですね。お休みになっては?”

 

 Castle-0はどう思う?

 

message”私は………わかりません。しかしデータベースにはこうあります。”

message”ないです”

message”頭に来ますよ~”

message”悔い改めて”

 

 なんだそれ。

 

message”古代の言葉です。”

 

古代技術のデータなんぞアテになる筈もない、今私は現代的な納得を求めている。電話だ電話。

 

message”私も含めて古代技術の無駄遣いだという矛盾は無視なんですね”

 

「もすもす」

 

message”仕方ありません。ある程度フィルターをかけておきます”

 

『いま食事中だったのだけれど…?』

 

「……それはすまねかっただ、掛けなおすだ」

 

『いいえ構いません』

『それで、この画面表示からするとヴィクトリアを離れた後なのでしょう?』

『なにか不測の事態でも起こったのかしら?』

 

「あー。親しい友人でねど、話せぬこって」

 

『………親しい?! コホンッ――!』

『友人というのは少し不満がありますが、いいでしょう』

『なにかお困りなのね? なら、親しい友人の、私が、いつでも相談に乗りましょう』

 

message”喜んでもいますが、なんか微妙に怒ってますよ。なにしたんですか?”

 

 余りにもあたりがきつかったから………。

 日傘プレゼントしたり、帽子プレゼントしたり、ドレスプレゼントしたりした。

 

message”悔い改めて”

 

 なんで???

 

「あ”ー、猫を拾っただ。ヴィクトリアで拾っただ、猫。

 白猫で。名前を付けてやんねーと可哀想だでな、なんかいい案はねーかと思ってでだな……」

 

『………。場所を移します。少しお待ちになって』

 

message”電話が保留状態になりました……電話先のデータを同期中……。”

message”映像データをダウンロード中です…。”

message”隔離労働区画での爆発、テロ組織の犯行?!

message”監視カメラに写っていた背格好から指名手配中”

message”現体制への犯行か?! 感染者の蛮行!!”

message”おめでとうございます、有名人ですよ?”

 

 データの詳細を見なくても何となくお嬢様が知らせたいことが分かったよ。

 ()()()()()、Castle-0。

 

message”頭に来ますよ~”

 

 お前AIだよな?! クロージャのAIって皮肉も解釈できるのか???

 

message”わかりません。しかしデータベースにはこうあります。”

message”(解釈でき)ないです”

 

 なんでも古代のデータベースのせいにしてません???

 

『――遮音装置を起動しました。やっぱりあれは貴方でしたのね』

『私も独自に調査して分かったことなのですけれど、この国の感染者への対応はひどいものです』

『……行き場のない猫を拾った代償としては、余りにも多くを敵に回す行為だったのでは?』

 

「ヴィクトリアは、国外に出た余所者を追いかけるほど暇があるだか?」

 

『貴女が拾った白猫ですけど、どうも常習的な脱獄犯だったようで……』

『すくなくとも新聞の見出しはそう言っていますわ』

『生死不問の捕獲命令が出されています………もちろん、追跡命令も』

 

「……だから服も替えるし、名前を付けるだ」

 

『……事情はよく分かりました』

『名前と服装の相談には乗ります、ただし条件がありますわ』

 

「――条件?」

 

『……週3で定時報告すること!』

『世界を回っている貴方に時差の違いもあるでしょうが』

『ヴィクトリア時刻で私が起きてる時間に必ず電話を』

  

「……めんd」

 

『――ああっ、急に眩暈が?!』

『どこかの鉱石病研究狂いが事故か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って』

『ここ数日碌に眠れなかったせいか急に眩暈がしますわ』

『――あぁ、なんてことでしょう』

『ヴィクトリアに蔓延している暗黙の了解に不慣れな貴方を』

『さんざんフォローした、親しい友人の、私が、体調不良で倒れてしまうかもしれません』

 

「………………必ず、お電話させていただきますだ」

 

『――その言葉を信じますわ』

『それで、その名前の事なんですけれども………念のために聞いておきますが』

『拾った猫はレディでいいのかしら?』

 

「………………」

 

『……その、同期したデータから貴方の考えた名前候補を見たのだけれど』

『ネモ、貴方はその猫を来週のゴミの日にでも出すつもりですか?』

『まったく……』

『貴方が日ごろ呪いのように口にしている”一般的見解”とやらから言わせて頂きますと』

『一つだけまともな名前候補がありましたわ』

 

「――えっ……?」

 

『――えっ……?じゃ、ありません!』

『やっぱり嫌がらせ目的でで考えましたのねこのラインナップ!!』

『……よほどひどい目にでもあったのでしょうが』

『とにかく……貴方ならこう言えば分るでしょう。”気象用語以外”から選んで差し上げなさい』

 

「嫌そうな顔をされる未来しか見えないだ」

  

『……それは、名前に込められた由来を説明してないからではなくて?』

『我々が専攻しているのは源石研究ですが、猫さんはその歴史の被害者の一人でもあります。』

『まさしく天災に遭ったようなもの…』

『なら、気象を顕す言葉に近く、そこから外れているというのは、験担ぎとしてもよろしのではなくて?』

 

「………………」

 

message”外付け常識回路、味方につけといてよかったですね!!”  

 

 うるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『君は………ドクター。ドクター:ネモフィラだったな。

  【ドクター】が君を送り出すことにしたシラクーザの島に関してだが、情報が上がってきた』

 

 オルグに手配された企業車の中に、Castle-0に接続可能な秘匿機能付きの超長距離通信機が”さぁ使え”とばかりに置かれていたため、三名による厳粛な審査の下、起動すると【NO IMAGE】の画像が立ち上がり、話し始めた。オルグが”出発する前に通信してくれ”と言っていたことから重要なことだろうとは思っていたが、今のところ、なんの当てもなくさまようことになると思っていた一同にはうれしい情報である。

 

 『その島は高級住宅街として開発されたが、シラクーザ内での抗争が原因で戦場と化した。

  いまはもう、その抗争は終結し、

  時間が経過するにつれて再び高級住宅街として開発され始めたが……』

 

 グラフが表示され、年経過による高級住宅街への入居人数が表示される。戦場と化した前後では少ないが、時が経過するにつれ入居状況が改善し、一時期には空きのないほどになったが、なぜか翌年から急速に減少傾向にあるようだった。

 

 『この原因を調査し、できれば結果を知らせて欲しいというのが私の一つ目のお願いだ。

  二つ目のお願いが、そこに彼女を同行させてほしい、ということだ』

 

 彼女?と三人が辺りを見回すも、そこには出発前で待機中の運転手や、荷物搬入のための作業員くらいしかいない。そしてその作業員が、仕事が終わったのか、バサリ、と作業衣を脱いでこちらに近づいてきた。作業衣の下に、血に濡れたような、真っ赤な服装を着た作業員が。――というかどう見ても未成年の少女だった。その年齢故だろうか、とてもいかしたセンスをしているとネモフィラは感心した。

 

 「いたい! 目にいたいにゃ」

 

message”私は素敵だと思いますよ!! 独特な服装のセンスですね”  

 

 『………………自己紹介なさい』

 

 最高に格好いい登場シーンを演出したはずなのに、服装が派手過ぎてちょっと外してしまったみたいな微妙な空気の中で、少女は名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………レッド。ウルフハンター。ここも、オオカミの匂いがする。」 

 

 

 

 

 

 




感想と評価とお気に入りを全部クレメンス…。
全部クレメンス…。

・ヘイズについて
wikiでは偽名だらけ経歴の彼女ですが、面倒なので名前の由来を考えました。
そろそろ考察捏造設定をタグに入れた方がいいのか…?

・Castle-0について
よく喋る(message)捏造キャラ、wikiにいるのはCastle-3。
数字の部分は製造のナンバリングやろ!という浅はかな考えから生まれる。アークナイツのキャラは闇が深いのが多いのでゲニヒトニスを目指してギャグにしたい。

・お嬢様
火山に避暑スタイルで登っちゃう人。困った時の外付け常識回路。

・レッド
赤い。厨二病なんじゃないかと個人的に思ってる。


次回、シラクーザの島。

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