シャングリィラの純白   作:四ッ魔ヶ刻

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____回想____
とある神様がいました。
その神様は永遠に続く終わらない楽園を創ろうとしていました。

神様は自らの手で新しい世界を生み出しました。それは世界の始まりでした。しかしその世界は永遠ではありませんでした。
神様は創った世界を壊してしまいました。それは世界の終わりでした。しかしまだ世界は永遠になりませんでした。
神様は世界の始まりと世界の終わりをくっつけて、何度も何度も世界を繰り返しました。それでも、神様は終まで永遠を創り出す事はできませんでした。

そのうち、神様は永遠を生む事に飽いてしまって二度と世界を作らなかったとさ。
____________


妖精リィフ

「おーい、xxx。」

和やかな木漏れ日の照らす聖森の中で私を呼ぶ声が聞こえた。

「ぼーっとしちゃってどうしたの?はやく冒険に出掛けようよ!」

篝火に温もっていた私はその呼び掛けに応えるよう、ゆっくりと立ち上がる。仔細を欠いた記憶。厭に身体が重い。視界もどこか澱んでいる。この感覚は___

「『塵海は瘴気で汚染されてる』ってわざわざドロシーが助言してくれたのに、何の対策も無しで進むなんてほんとに馬鹿な事をしたよねー。」

きひひ、と高く笑う小さな妖精『リィフ』を尻目に、私は鉛の様な身体を動かし大剣を携える。そうか、また死んだのか。今までに数え切れぬ程の死を経験したが、不死者とて死の淵から甦る際の感覚には未だに慣れることはない。

振り返ると、宙に漂うリィフが羽をばたつかせていた。その小さな体躯を懸命に大きく動かし、私に来るよう招いている。

「もう、遅い!先に行っちゃうからねー?」

踵を返す小さな妖精。揺蕩うその姿は生い茂る新緑に紛れて、目を離せば見失ってしまいそうであった。リィフを追う様に、私は意識も朦朧としたまま芝生を踏みつける。

 

聖森から外れるとすぐに捨てられの森へと続く。散乱したゴミは不潔極まりないが、森の外の地獄の様な光景と比べればまだ救われる方だ。

「もうっ、xxxったら考え無しに進むばっかりで、ほんとはやる気ないんじゃないのー。」

見渡す限りの緑の中を歩く道中、私の肩に腰掛けているリィフに疑いの視線を向けられる。とんでもない、と思わずリィフの言葉を遮ってしまう。私には大きな使命があるのだ。

「使命ー?」

ロストエンパイア城より発生しているソウルを吸い上げる霧。この霧の正体を解明し、このロストエンパイアの地に再び平和を取り戻すと、そう彼女と約束を交わした。

彼女って、と首を傾げるリィフ。

「もしかして聖女ジャンヌのこと?」

相違無いが何故お前が彼女の事を知っている?言葉が喉から漏れかけたが、考えてみれば別段おかしな事ではない。彼女はロストエンパイア城に足を運ぶ以前にこの聖森を訪れていたと語っていた。きっとその時顔を合わせていただけだろうと、冴えない頭で結論付ける。未だに思考が鈍い。そもそも、彼女がいない今、事の真偽なと判断しようがない。もし、彼女が生きていたとしたら。考えるだけ無駄な事と頭では分かってはいるものの、彼女の死を乗り越えられない自分がいるのも確かであった。常日頃から死と隣り合わせにある自分だからこそ、彼女の悲惨な最期の情景が脳裏によぎるだけで身体が震えてしまう。篝火で目覚める度に薄れゆく過去の記憶には自覚があるが、業火の渦の中で上げた彼女の悲鳴は今でも鮮明に耳に残っている。

不死者は厳密にいうと不死ではない。普通の生物と同様に肉体が滅べばそれに伴い亡命する。しかし不死者は死後も保全された魂を依代として肉体が再構築される。そこに当人の意思はない。魂の永続性とは人類の進化の賜物ではなく、生物上の瑕疵でしかないのだ。そのため、人成らざるものとされてきた不死者はいつの時代も弾圧の対象であった。

不死者も糧となるソウルが底を尽きれば魔獣となってしまう。一度魔獣となってしまえば魂の永続性は断たれ二度と蘇ることは無い。幾人の不死者が魔獣となり葬られたか。想像するのはそう難くない。そして皮肉にもこの国に蔓延るこの霧こそ、人間からソウルを奪う事に最も適していたのだ。霧の濃いロストエンパイア城門の地下牢に幽閉された私は己のソウルが尽きるのをただひたすら待つ事しか出来なかった。そんな非情な運命から私を解き放った人物こそ、かの聖女ジャンヌだった。

そう、私は亡き聖女の為に報いなければならない。不死者狩りの風習の名残りで粛清される運命だった私を救ったのはジャンヌだった。ジャンヌに救われたこの命を散らすになったとしても、私はこの世界を救わなければならないのだ。

「へぇ」

リィフの気のない返事を受けて我に帰る。随分と熱く話し込んでしまった。この妖精に咎められた事がそんなに気に食わなかったのだろうか。らしくないなと苦く笑う。気付けば乱雑しているゴミの量もかなり増している。腐臭に思わず顔を顰める。リィフはそこらに散らばる屑などあまり気にしていないようであった。

「まぁいいよ別に。xxxと一緒にいると時間が過ぎるのか早く感じるし。」

嘉賞か皮肉かどちらとも判別の付かない言葉を耳元で呟くリィフ。言葉の端々にどこか不機嫌の色が伺えるのはやはり先の長話のせいだろうか。ゴミを跨ぐ度に肩から落ちまいとリィフが甲冑にしがみつく。宙に浮いた方が楽そうに思えるが、口に出せずにいた。

「ほら、楽しい事をしていると時間が過ぎるのが早く感じるでしょ?xxxもボクと一緒に冒険するのが楽しいから、きっと時間を忘れて話し込んじゃったんだよ。」

そうかもしれないな、と口では言うもの、頭に浮かぶ情景は苦いものばかりだった。決して冒険の中で時間の流れが早く感ぜられた事は無い。とはいえこの冒険が苦痛に塗れていて悠久の時間に閉じ込められた様な感覚に陥った事が無いのも事実だった。もしかしたら。もしかしたら私はこの退廃した世界の旅の何処かしこに愉悦を見出して居たのかもしれない。自分でも自覚のないままに…。

「まあ、人間の無意識って実は結構恐ろしいものだったりするからねっ。」

にひひと歯を見せるリィフの笑顔が何処となく不気味に思える。

「ボクね、ずっと『永遠』を探していた時があったんだ。」

視線を肩に写すと目が合ったリィフが、昔の話なんだけどね、と照れ臭そうに笑う。

「楽しい時間ばっかりあっというまに過ぎていくのがなんだか寂しくてね。それで楽しい時間と楽しい時間をくっつけたら、楽しい時間だけがずっと続くんじゃないかなーって思ったんだ。」

其処まで語るとリィフは俯いたまま口を閉ざしてしまった。その先は語らずとも理解出来る。この場にドロシーが居れば、「下らない幼子の考えだろう」と一蹴するであろうが、私にはリィフの言わんとする事が他人言には聞こえなかった。いつか終わりを迎える幸福だからこそ幸せを噛み締められる。谷があってこその山なのだ。時間の流れは時に残酷に牙を剥く。私が今まで生きた中で終わらない底無しの幸福など存在しただろうか。考えを巡らせども、記憶の壁に閉ざされてしまう。長い時間を生きてきた筈なのに、記憶が欠落している為か、篝火で目を覚ます自分がまるでこの世に産まれ落ちたばかりの赤子の様な、体感時間の不一致があったと、そんな事を考えていた。クロノスの時間を絶対的とするならば、対するイカロスの時間は相対的だ。いかなる学者でも現実を覆す事など不可能だ。まあ、その不可能が罷り通っているのがこのロストエンパイアなのだか。

もしかしたらこの国ならば、私の探す幸福やリィフの求めた楽しい時間が見つかるかもしれない。いつもより小さく見えるリィフを励ます様に、そう言葉を投げた。それでもリィフはどこか哀しげに笑うだけで。

「『どんな問題もいずれ時間が解決してくれる』なんて根拠のない事、一体どこのだれが言いはじめたんだろうね?」

子どもっぽく微笑むリィフの笑顔が、何故だか大人びて見えたのは、黄昏の陽だまりに照らされていたせいだろうか。空を見れば既に日は傾き始めていた。

「わぁ、もう夕暮れだね。ロストエンパイアは1日が終わるのが随分早いよね。xxxもそう思わない?」

ああ、とリィフの言葉に頷きながら答える。もしかしたら、1日中お前と一緒に過ごしたから早く感じたのかもしれないな。呟く様に応える。ふとリィフに視線を移すと何故だかきょとんとした顔てこちらを見つめる。束の間、今度は途端に恥ずかしがりながら声を荒げる。

「な、なに急に惚気たこと言ってるのさっ。xxxったら自分で言ってて恥ずかしくないのっ?」

恥ずかしいも何もさっきお前も同じ事を言っていただろう。

「…ッ!もう!うるさいうるさい!ほらっ!さっさと帰ろうよっ!」

リィフの金切り声が鼓膜に突き刺さる。分かったから少し静かにしてくれ。全く、こうしている間にも霧は蔓延し続けているというのに。結局何も成せないまま日が暮れてしまった。でも、早く終わる1日も悪いものでもないかもしれないと、喉の奥で小さく呟いた。

 

聖森が比較的安全とはいえ夜の森は危険に溢れている。日中と比べると視界も悪くなり、意図せず屑を蹴り飛ばしながら進む。行きは楽な道のりであった筈なのに、帰りがこれ程険しくなるとは。

「なんでかさ、xxxとお喋りしてると堅苦しい話になっちゃうね。」

頭上から言葉を投げられる。いつの間に肩から降りたのだろう。

「xxxは色んな事思いつくよねっ。xxxが考えてる事、もっとボクに教えてほしーな。」

その言葉を聞いた刹那。

突如奇妙な感覚に陥った。

違和感。身体を流れる血が騒つく。腹の臓が圧迫されている。変化の無い視界に鮮明な意識だけが取り残されている。まるで、時間が止まっているような___。

___......___

声が聞こえる。

誰かの話声が頭に響き渡る。

脂汗が皮膚に張り付く。

心臓が大きく鼓動する。

まだ体調が優れないのだろうか。

痛い。

歯車が軋むような、そんな痛みに脳が焼ける。

痛い。

耐えがい苦痛に思わず頭を抱え座り込む。

目眩で歪む視界。

瞳は発狂し肩は痙攣を続ける。

息が出来ない。

それでも、声だけが気聞こえる。

彼女の話声が鮮明に響き渡る。

ジャンヌの悲鳴ではない。

初めて聞く様な、それでいて懐かい様な。

そんな声が。

閉ざされた記憶の扉が開く。

___先生はむずかしいことを仰るのね。先生が伝えたいこと、私にも解るように教えてほしいわ___

何を。

応えようにも、喉に微かな空気が通るだけで。

無為に、藻掻く事しか出来ない。

「あれれー?記憶は改竄したつもりなんだけどなー。ま、もう一度やり直せばいっかー。」

おかしいなと、呟く妖精。

薄れゆく意識の中で、妖精の嗤い声だけが耳に刺さる。

微かな彼女との記憶も、意識と共に消え失せてしまった。

 




____回想____
とある作家がいた。作家は愛しい少女と過ごした黄金の記憶を忘れぬよう、永遠に留め置きたかった。
それ故、作家は紙に少女への想いを記す事にした。しかし記された想いは過去の産物となり、未来には残らなかった。
それ故、作家は少女の姿を写真に残した。しかし色褪せた笑顔の少女はさながら笑う死体の容をしていた。
それ故、作家は少女の夢の世界を童話にした。それでもその想いは永遠になる事なく、時と共に風化してしまった。
術が見つからない作家。非常にも、ただ時だけが悪戯に過ぎていった。
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