弱小魚の生存戦略   作:カシオミル

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第十一話 生きる

 リフォームも終わってようやく一息つけるようになり、しばらく過ぎた。

 どこに小型甲殻類が集まるか、マングローブの生成物が転がっているかも分かるようになり、食料確保が徐々に容易になりつつある。

 さらに探索で発見した、トチカガミ科の水草の一部を移植・成長させることで、拠点周囲の亜硝酸やアンモニア濃度が低下してより快適になった。この近辺は生体が多く、そうした毒性物質が発生しやすいため、食糧となる小型生物の保全という観点からも意外と重要なことだ。

 事実、自分の体の動きが良くなったり、小さなエビやカニの生息数が僅かずつながら増加したりと状態の好転が見られる。

 

 しかし生活環境が充実する頃になると、辺りを把握すると同時に奇妙な地形になっていることに気付き始めた。

 

 マングローブ林が陸側に進むにつれ疎らになり、その先が明るくなっているのだ。いや、別にそれ自体はおかしなことではない。植物によって適した環境というのは存在するのだから。

 しかし、マングローブ林によって潮風や波の浸食が遮られているというのに、その後ろで植生が発達しないというのはかなり不自然である。

 

 作為的なものをひしひしと感じつつも、そこを観察することにした。もしかすると、このシェルターを脅かす何かがあるかもしれないのだ。

 

 河川を遡上しながら進めば、マングローブ林の生い茂る浜辺を脱し、その奥の様子を見ることができるだろう。潮流とは異なる向き・匂いの水の流れから、河口の所在の目算は立つ。きっとそこが答えへの入り口に違いない。

 

 

 マングローブ林の根の間を縫って、河口が存在するであろう場へと水を蹴る。マングローブ林が消波ブロックのようになっているので、余計な力が要らず、飛んでいるかと錯覚するほどだ。

 気楽に泳げるようになる事でより周囲に気を向ける余裕ができる中、ふと目をやれば根の合間と合間が車窓のように流れては現れていることに気付く。

 

 左手を見れば蒼い海と白い海底の砂が、右手を見れば森のように茂る深緑の藻や倒木と見紛う枝が、その自若とした姿を惜しげもなく披露する。

 それを見たからか、色あせた郷愁が少しささくれ立つ。

 

 そんな足枷にも似た感傷を振り払うかのように、景色が明滅する頻度が少ない方へと体を押し進める。それにより、次第に根の網が薄くなっていき、ついに河口の姿が見え始めた。

 

 

 

 だが、次の瞬間、突如として体が硬直する。

 

 外部の何者かによるものではない。自分自身によるものだ。本能が、故郷と錯覚させるほどの安住の地の離脱を拒否し、足を止めようとしている。

 さらに、第六感が目的地に脅威を感じ取っているのか、シェルターに押し返そうとまでする。

 

 (この先に、謎への答えと巨大生物が存在するのは予想できていただろう!今更怖気付くな!)

 

 事前に情報を得られているかどうかで、対策を立てられるかどうかが大きく変わってくる。好奇心は猫をも殺すとは言うが、相手を知らないのはもっと致命的なのだ。

 だから、体を無理に動かしてでも、情報を獲得しに行かなければならない。そう、分かっているのに体が動かない。

 

 

 (ああ・・・!記憶の片隅に何かないのか!本能すら吹き飛ばす、爆発的な感情が。強い想いが!)

 

 

 

 本能と理性の狭間へ落ちるまさにその時、脳裏に一筋の稲妻が走る。体を雁字搦めにし出した郷愁のその奥、穴だらけの記憶のほんの一欠片。そこに、ある人の笑顔が写った。

 

 名も思い出せず、顔すら霞んでいるのに、何故こんなにも胸を焦がされるのか。今になって思い出したというのに、何故こんなにも会いたいと思うのか。

 もはや再び、生きて会う可能性などゼロに近いだろう。

 

 

 それでも・・・!!

 

 

 

 

 気付けば、体が前に進んでいた。

 生きて、生きて、生き延びて、可能性が完全に潰えるまで、探さなくては。

 そんな思いが体を突き動かしたのだ。

 

 死への恐れではなく、生きて為さねばならぬ物のために明日へ進む。心がそう決めた。

 

 

 力強く水を蹴り、浜辺を抜けて河口へと身を躍らせる。

 早速、清流が自身を顔面に叩きつけて阻んでくるが、それすらも前に進む力にしてみせよう。

 向かい風のような激流に正面から相対し、強く尾を振り抜いた。

 

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