弱小魚の生存戦略   作:カシオミル

6 / 13
第六話 浅海のひとりグルメ 〜おいしさは五原味の組み合わせ〜  

 思い立ったが吉日だ。

 早速、岩場から出て、回避技能を獲得できそうな場所がないかとあたりを見回す。

 しかし、その思いとは裏腹に、突如として体から力が抜けて始める。

 (なっっっ!?一体何が!?)

 

 グゥゥゥゥ〜

 

 まさか、まだ敵がいたかと一瞬慌てるも、音を鳴らす腹部がはっきりと理由を告げていた。単純に、体力切れによる空腹のせいだったのだ。

 

 思えば、命がけのデッドレースに加えて、死線ギリギリの戦いを繰り広げ、最後の最後でダメージを負ったのだった。緊張の糸が切れた途端に、その反動が押し寄せるのは当然といえる。

 

 (何か、何か早く腹に入れなくては・・・)

 

 ボロボロになった体が栄養を、エネルギーをよこせと騒ぐ。その勢いは、叶わねば自身の細胞を喰らうことすら厭わぬと言わんばかりで、危機感すら憶えさせる。

 

 だが、幸いにもここは海中だ。【カンセラ・スクイラ】などの甲殻類の幼生、つまりプランクトンが海藻付近で大量に漂っている。プランクトンは、その小ささから大したことないと思われるかもしれないが、量によってはシロナガスクジラなど超大型生物の生存を支えるほどの食糧となる。

体が小さい自分であればなおのこと、これ以上ない食糧だ。

 

 自身が隠れている岩場の横に群生する海藻へ狙いを定め、勢いよく海水を吸い込むと、大量の小さなエビやカニが口に流れ込んできた。幼体のために殻が非常に柔らかく、簡単につぶれ、甲殻類の濃厚な旨味が舌の上に広がる。

 まるで、じっくり煮込んだカニ・エビのスープを閉じ込めた小龍包のようだ。中にはスープだけではなく、舌で転がせば簡単にほぐれるプリッとした柔らかな身や、濃厚なカニ味噌までも含まれており、全く飽きさせない。パンチの効いた旨味と、優しくも後を引く旨味、さらには海の塩分の塩味・苦味が何層にも折り重なって口内でハーモニーを奏でている。

 しかも味のみならず、クジラすら虜にするほど栄養価も素晴らしく、飢えた体が歓喜の声を挙げているのが分かる。

 

 その旨さと栄養に感動し、次々に吸い込み味わっていると、今度は小粒の餅のような物が飛び込んできた。もちもちとした食感で、ほんのりとした甘さと僅かな酸味のある味だ。1番近いものとしては、フルーツシロップに漬けた固めの杏仁豆腐だろうか。つるんとした喉越しで、どんどん食べられてしまう。一体何かとじっくり観察すると、どうやら海藻【アルガオリザ】に生る糖分の集合体であることが分かった。

 


種族【アルガオリザ】

海中に生息する、群生型の藻類。特筆すべき点として、【カンセラ・スクイラ】との共生関係が挙げられる。

【アルガオリザ】は大型ウニ【ヴェネーヌム・エキーヌス】によく狙われるため、隠れ家や、光合成で生成したビタミンと糖質を含む実の提供と引き換えに、【カンセラ・スクイラ】に守ってもらう。【カンセラ・スクイラ】は対捕食者用の高速機動を武器として持つが、糖分など即効性のあるエネルギーと疲労回復のためのビタミンも大量に要するため、まさに生命線といえる【アルガオリザ】の保護を全力で行う。

 


 

 濃厚な旨味と程よい塩苦さを楽しんだ後に、ほんのりとした甘さと酸味で口内をリセットするという味の往復は、ここにきて初めて食の幸福を実感させるものだった。腹一杯食べてしまうのも仕方のないことだろう。

 吸い込んでは味わい、味わっては吸い込みを繰り返し、満腹になったのを感じてようやく一息つく。

 

 張り詰めた気が緩み腹が膨れたからだろうか、眠気が満潮のように迫って来るが、先ほどの捕食シーンが頭をよぎり、無理矢理意識を保って身を隠そうと重い体を動かす。

 そして、どうにか岩場の奥に潜り込み、その隙間に体を固定させて海流に流されないようにすると、限界だったのか落ちるように眠ってしまった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。