廃兵院の淑女   作:イブラヒム・ベイ

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気が付くと三話


地上を知らない淑女

「私、ずっとこのままなのかしら?」

 

スピットファイアは物憂げに呟いた。

そんな事は零戦だって知りたいくらいなのだが、しかしそんな言葉をストレートに投げる気にはならなかった。

 

「さてなぁ、しかし、拙者は良い感じに戻ってきていると思うでござるよ?」

 

「そうでしょうか?ここでこうして本を読んだり、貴女とおしゃべりしているだけではよく分からないですね。それに、こうしているのにも飽きてしまったのか、最近考え込むことが多くて・・・」

 

そう言うなりスピットファイアは萎れた花のように顔を伏せてしまった。

それを見て零戦は少し思案した。

 

(スピットファイア殿は今の生活に飽きてきているようだ。それも尤もな事か、来る日も拙者と顔を合わせ、本を読むだけの生活・・・飽きれば思案に耽けるようにもなる。スピットファイア殿は口に出して言いたいことをしまい込んでしまう。それでは何時までも解決には至らぬ・・・さてどうするか)

 

長い長い思案の末、零戦は一つの答えを導き出した。

 

「スピットファイア殿、外に行こう」

 

「え?私は構いませんが、一体何を・・・」

 

「まぁ、行ってみてからの楽しみということで、な」

 

そうして今日の予定は決まった。

 

 

 

・・・・・・・

 

極東重工学連の繁華街に二人はやってきた。

道は活気に溢れ、摩天楼こそないが、その街並みはスピットファイアの目を奪うには十分だった。

 

「これが、極東重工学連・・・にぎやかで、私達の文化と融合したような不思議な街ですね」

 

「父上曰く、元々の国は、赤色十月同盟学連以外の学連の元になった国の影響を受けて、自国風に外側の技術を取り込んだそうだ」

 

キョロキョロと珍しい街並みを眺めては感嘆している。

 

「へぇ・・・あの大きな建物、凄いなぁ・・・洋式建築なのに、極東の瓦屋根が付いてる」

 

「帝冠様式というのだ。父上が教えてくれた」

 

「帝冠様式…興味深いですわね。どうです?あの店に入るというのは」

 

スピットファイアの提案に零戦は頭を横に振った。

 

「いや、やめておくとしよう。今はそういう気分でもない故、な」

 

そのままスピットファイアに向き直る。

 

「それに、今は其方のそばに居たい。存分に見て回ろうぞ」

 

さりげなく手を差し出され、スピットファイアはその手を握った。

 

(其方のそばにいたい…だなんて、なんだか変な気持ちになってきそう)

 

この手で災獣と戦っていると言われたら信じないほどに、零戦の手は柔らかく暖かかった。

 

「では行くとしよう」

 

零戦が手を引いて、それにつられてゆっくり歩く。

そうして街を見て歩いた。

 

「ねぇジーク、あれは何をしているの?」

 

「紙芝居だな、子供に絵付きの物語を読んで聞かせているのだ」

 

見れば何やら店主が子供にお菓子を配っている。

 

「何か配っているみたいだけど」

 

「ああ、読み聞かせと一緒に駄菓子も売り歩いているのだ。大体話が佳境に入ると止めて、来週続きをやる」

 

スピットファイアは美味そうに水飴を食べながら紙芝居を見ている子供から目が離せなくなっている。

 

「見たいのであるか?」

 

問うとスピットファイアはモジモジとして、その末に小声で「はい」とポツリ。

零戦は微笑み、紙芝居屋に小銭を渡し、2本のラムネときなこ棒を買うと、スピットファイアに渡してやった。

 

「店主、今日の演目は何かな?」

 

「あぁ、最近人気の黄金何とかってやつだ」

 

「名前が随分と不明瞭だな」

 

「ま、子供に夢は売ってみせまさぁ」

 

何やら適当な感じの店主だが、いざ演目が始まると雰囲気が一変し、皆を釘付けにした。スピットファイアは食い入るように演目を見て、観衆の子供と共に盛り上がった。

 

「ありがとうございます、ご主人さん」

 

スピットファイアは鑑賞代と別にチップを渡そうとした。

 

「おっと、お代以上は受け取れねぇな。嬢ちゃんの笑顔が見られりゃ御の字さ。そいつは大切な人に使う時のために取っとけ」

 

店主は受け取らず、スピットファイアを見て、いや、その後ろを見て言った。

「ほら来た」

 

スピットファイアの肩に零戦は手を置いた。

 

「楽しそうだな、拙者もそんな姿の其方を見ていたら、楽しくなってきたぞ」

 

「もう!見てたのジーク?」

 

少し顔を赤くしてスピットファイアは尋ねた。

 

「少しだけな。まぁ楽しんでいただけたようで何よりでござる。他のことに手もつかないほどに、な」

 

言われてみれば、きなこ棒もラムネもほとんど減っていない。

 

「そうですね…何だか久しぶりに何かに没頭していた気がします」

 

「それは良かった、しかしこれで終わりではないぞ。其方にはもっと夢中になってもらわねばならぬでな。では店主殿、我々はこれで」

 

「あいよー、またのお越しを」

 

店主に別れを告げると、ゆらゆらと二人で街を歩き始めた。

 

「こうして誰かとのんびり街を歩くのは、私には初めてかもしれません」

 

ポツリとスピットファイアが呟いた。

零戦は立ち止まって、彼女の言葉に耳を澄ませた。

 

「私は、ずっと空ばかり見ていました。何時しか空を守ること自体に固執して、本当に守っている空の下の営みを知ろうともしなかった。でも、今日私はその一端を垣間見ました。空の下ではこんなにも多くの人が、笑って暮らしていて、その笑顔を私達は守っているのですね」

 

「ああ、そうだとも。しかしな、スピットファイア殿、鳥は飛び続けることは出来ぬのだ。それはDOLLSとて同じ事、羽休めをしなければ、心も体も擦り切れてしまう。拙者は……そんな風に傷付いていく其方を見ていられなかった」

 

「だから急に外に出よう、なんて言い出したのですね。私に休息と、真に守るべきを教える為に。優しいのね、ジークは」

 

その言葉に零戦は顔を赤くしたが、そのまま思いを言葉に変える。

 

「それだけではないぞ、スピットファイア殿。少し手を離してもらおう」

 

「え?いい、けど…」

 

名残惜しそうに零戦の手を離す。

瞬間、スピットファイアの視界は暗転し、膝が崩れ落ちる。

 

「え?」

 

崩れ落ちるスピットファイアの身体を、零戦はぎゅっ、と抱きしめた。

 

「其方の身体は限界なのだ。拙者の手を離れれば、いとも容易く崩れ落ちてしまう。ご自愛なされよ。気持ちは痛いほど分かる」

 

体を抱く力が強くなる。

 

「だが我慢の時なのだ。このままでは、スピットファイアというDOLLSは壊れてしまう。拙者は嫌だ、拙者は、其方が好きなのだ!…だから、もう1人で抱え込むな、拙者がずっと、傍にいる。其方の背は拙者が守ろう、ハリケーン殿に言えぬ事は拙者が聞こう。拙者が、其方の騎士になろう」

 

スピットファイアは何も言わなかった。

 

やがて頬を涙が伝った。

 

「ありがとう、私の騎士様」

 

礼を述べた後、抱き合うのを辞め、ポツリポツリと話し始める。

 

「ハリケーンはね、いい子なのよ、可愛い後輩で、私みたいになるんだー、って頑張ってる。でも、私、あの子が私みたいになって欲しくないって思ってるの…」

 

「優しいのだな、スピットファイア殿は。同じ苦しみを背負わせたくないと思うのは自然な事だ。其方は立派な先輩だ」

 

「照れてしまいますね…あまりそういう風に評価されたことが無いので…」

 

「なら拙者がもっと褒めてやろう、スピットファイア殿は褒めようと思ったら、日が暮れるほど褒めるところがあるからな」

 

「もう!大袈裟ね!だったらジークだって朝日が昇るくらいいい所があるわ!」

 

唐突に始まる褒め合戦、しかし、これまでと違い、二人の表情は明るい物だった。

 

こうして一日外出は、少しだけスピットファイアが本音を話すようになり、終わりを告げた。

 

二人の静養はまだ途中…

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