廃兵院の淑女   作:イブラヒム・ベイ

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あれよあれよと第四話


何もしないをする練習

「こんなにぼんやりとしていていいのかな?」

 

本を読んでいたスピットファイアが唐突にそんなことを呟いた。

 

「何もしないをする練習くらいに思えばよいのではないかな?」

 

「何もしないをする…よく分からないな…ジークは出来るの?」

 

問われた零戦は唸った。

 

「うーむ、まぁ、そうだな…スピットファイア殿よりは出来る、か…?」

 

「やってみてもらえるかな?」

 

「うむぅ?良かろう、然らば…」

 

零戦はスピットファイアに応えるため、本を置いた。

 

そしてなんとも間抜けな顔で、それはそれはぼんやりとした表情で窓の外を見つめた。

口もだらしなく開いていて、まるでそこから魂が抜け出るのではないかと思えてしまう。

そしてそのままぼんやり動かない。

 

「あの、ジーク?」

 

「んん?ああ、ざっとこんなものだ。たまにはぼーっと、外の景色でも眺める時間があっても罰は当たるまい」

 

そこでスピットファイアも同じようにぼーっと外を眺めることにした。

さざめく木々、そしてその向こう側にある青い空と太陽。

だがそれよりも目に付いたのは、木々の間で遊んでいる二つの影だった。

 

「子供かな?」

 

「ああ、たまにここらに遊びに来るのだ。この屋敷の事は曰く付きだと思っているらしいが」

 

「会ったの?」

 

「時折片割れが迷子になってな、助けてやっておる」

 

二人の子供はわいのわいのと遊び回り、大きな声で歌を歌ったりしている。

 

 

「ふふっ、何だか癒やされますね」

 

「うむ。努力した甲斐があったというものだ。あの者等の平穏は拙者達の努力の結実なのだからな」

 

「そうですね…うふふ」

 

優しい微笑みを浮かべるスピットファイアを見て、零戦は少しだけ達成感を覚えた。

 

「スピットファイア殿は少し変わったな」

 

「そうでしょうか?」

 

「変わったとも。前だったら同じ光景を見てもそれが使命、義務だからと、特に思う所もなくおしまいだったからな。まさに機械的、そんな風だった」

 

そこまで言うと、スピットファイアは少しむくれてしまった。

 

「もう、失礼な人…そんな血も涙もないようなDOLLSじゃありません」

 

「いやえっと、その…すまない、言葉が悪かったな」

 

なにか上手い言い回しは無いものかと頭を捻る。

しかしどうにもこれという言葉が見つからず、思うところをそのまま述べて見ることにした。

 

「そう、そうだ。以前の其方にはそうしたものに目を向ける余裕も無かっただろう。しかし、今は少しだけ余裕がある。それはきっと、疲れが癒えている証拠なのだと拙者は信じている」

 

「…以前の私は、そんなにも疲弊しているように見えましたか?」

 

「少なくとも拙者にはな。目的の為に手段を選ばないのではなく、意地でも目的を果たそうとしてなりふりを考えられなくなった、という方が近かった」

 

いつだったか、零戦はスピットファイアが空を守る為に足は不要と言ったのを覚えていた。

確かに空を飛ぶだけなら、飛んで戦うだけならそうかもしれない、だがDOLLSはそれだけではない、少なくとも今は。

 

「さぁさ、そんなことは置いておいて、今は何もしない事をするのだ。休むときは休み、やるときはやる、淑女にも大切な事ではないかな?」

 

「それもそうですね、では…」

 

スピットファイアはもう一度ぼんやりする事に戻った。

が、これがどうにもうまく行かない事が数刻すると分かった。

 

ぼんやりしようとすると、心が焦燥に駆られるのだ。

あまりにも当たり前に多くをこなしてきた結果、休めと言われても安らぐことが出来なくなっていた。

 

止まった途端に「何かしないと」「こんなにのんびりしていていいのか」と心が止まった身体を責める。

 

(しかし、今は何もしないをしている、焦燥に駆られることなどないの、これが今の私の…)

 

「これ、何を難しい顔をしておるか」

 

「んにゃあ!?」

 

零戦にデコピンされて我に返る。

どうやら思考の螺旋に囚われかけていたようだ。

 

「ぼんやりするのは難しいか、なら、ここは究極奥義を見せるしかあるまい」

 

「きゅうきょくおうぎ?」

 

キョトンとするスピットファイアを、零戦はベッドに押し倒した。

 

「究極奥義、それは寝る事だ」

 

そのまま零戦はスピットファイアを抱き、布団に潜り込んだ。

 

「さぁ、眠ろうか、姫?」

 

「ひゃ、ひゃい…よろしくおねがいしましゅ…」

 

ドキドキしながらスピットファイアは零戦の胸に抱かれた。

するはずの無い潮の匂いがした。

 

「何も考えず、ただ眠れば良い。眠りは其方を必ずや安息へと導くだろう」

 

催眠をかけるように耳元で優しく囁かれる。

こそばゆいのに、ずっと聞いていたくて、固くなった心が解けていくようだった。

段々と意識が虚ろになる。

 

「ゆっくりと息を吸って、吐いて…拙者に抱かれていることだけを感じて、眠るが良い」

 

柔らかな胸の感触と、潮の匂いに包まれて、スピットファイアは意識を手放した。

 

「おやすみ、良い夢を」

 

もう聞こえていないだろう耳にそう囁き、零戦も眠りに落ちていった。

 

洋館は静まり返り、あとに残るは木々のさざめきのみ。

 

二人はまだ、療養の途中

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