その日、スピットファイアはベッドの上でぼんやりと空を眺めていて思案にふけっていた。
考えることと言えばただ一つ、この生活についてだ。
スピットファイアにとって、零戦との生活は実に楽しいものだった。
だが、同時に焦りを感じさせるものでもあった。
こんな事をしていていいのか、後輩達に自分の後を任せ続けて、自分は遊んでいていいのか、と。
心は2つに割れていた、これが最善であるとする考えと、甘んじていてはいけないという考えだ。
そして大体の場合、現状からの復帰が頭を支配して、思い通りにならない身体を再認識して諦めるを繰り返すのだ。
「はぁ…」
そして今日もため息をつく。
今日は零戦がいない、彼女は数日戦線に赴くことになった。
なんでも災獣との戦いで制空戦闘機が必要になったとかで、白薔薇が担当する戦域に出向になったらしい。
誰が言ったわけでもないが、スピットファイアは自分が戦線を離れているせいで零戦が行かねばならなくなったと思うようになってしまった。
「あらあらまぁまぁ、そんなため息をついてどうしたの?スピットファイア?」
「ひぅ!?」
突然話し掛けられて驚き、顔を向けるとそこには美しい金髪の少女が立っていた。
「だ、大丈夫?ごめんなさいね、驚かせてしまって」
「せめてノックくらいしてから入りなさい、はしたないですよ」
「えー?何度もしたわよ。ぼーっとして、聞こえてなかったんでしょ?」
この娘はミーティアという。
白薔薇が誇るジェット戦闘機、なのだが、中々戦線に出ることがない箱入り娘でもあった。
「そ、そうですか…練習した甲斐があったというものですね」
「むぅ、無視することに甲斐も何もありませんわ」
正直に言えば、スピットファイアはミーティアが苦手だった。
ミーティアがスピットファイアを羨んでいることを、スピットファイアは知っていた。
その羨望が的外れであることも知っていた。
「それで、どういった要件でいらっしゃったのですか?」
「用事なんてないわ、ただ、憧れの先輩と話したかっただけっていうか」
気まぐれな娘だ、とまた一つため息。
「ねぇ、スピットファイアは、空のどこを好きになったの?」
「空、ですか…青くどこまでも続くその存在に心惹かれた、でしょうか」
「ふぅん、それは、私にとっての外の世界ってことで合ってるかしら?」
「そうですね、貴女は学連の都合のせいでずっと外に出られませんでしたからね」
「そうなのよねぇ…だからね、外には何があったのか、教えてもらおうと思ったのよ。スピットファイアはしばらくこうしているんでしょ?私の話し相手になってよ」
随分とグイグイとくる、よほど寂しいのだろう。
「ええ、構いませんよ」
スピットファイアは小さくため息をついた。
なんとなくミーティアと話していると、体力の消耗が激しく感じる。
「ねぇ、黙っててもつまらないわ、何か話してよ」
「そうですね、何から話しましょうか…」
それからぽつぽつとスピットファイアはこれまでのことを話し始めた。
「私の向かう場所には、砂漠、氷原、密林に活火山、そんな場所がありました」
「本で読んだわ、砂漠は夜が寒いって。あれは本当なのかしら?」
「ええ、あまりにも寒くて、薄着だったジークはくしゃみをしていたわ、うふふ」
「じゃあじゃあ、他には?海はあったのかしら?それが気になるわ」
海、という単語を聞いてスピットファイアは少し止まった。
あったにはあった、だがそれは一瞬だけの、蜃気楼のようなひと時だった。
「…ジークやチャーチルは水着を着て遊んだと言っていた。私は…任務を優先していたから見てないのだけれど。いい場所だったって」
「海!ああ、どうしましょうどうしましょう!もうとっくの昔に消えてしまったと思っていたものが、現れただなんて!嗚呼、どうして私には自由がないのでしょう?」
海の存在に色めき立つミーティアを見て、彼女の置かれた環境を思い、スピットファイアは暫し、憐れむような微笑みを向けた。
「貴女は純真ね、羨ましいくらいだわ」
「むう、それって馬鹿にしてるの?」
「いいえ、本心ですよ。他には何が聞きたいですか?」
スピットファイアの質問に、ミーティアは暫し考え込んだ。
そして、申し訳無さそうに返答したのだった。
「じゃあ…ここでの暮らしについて、はだめ?」
スピットファイアはその質問に首を傾げた。
なぜそんなことを?という気持ちがなにより先に来たからだ、別段珍しいこともないだろうに…何故?と。
「別に構いませんが、そんなことでいいんですか?」
「ええ、あなたの現状についての認識が知りたいの」
「そうですか…では、話すとしましょう、と、その前に」
スピットファイアはゆっくりとベッドから起き上がった。
「どうしたの?お花摘み?」
「いいえ。ここまで来るのはそれなりに疲れたでしょう?お茶くらいは振る舞えるから、そこで待っていなさいな」
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「さて、私のここでの暮らしについて、でしたね。私は…はっきり言ってこの状態について、まだ受け入れられていないものがあります。来る日も来る日も、こんなことで良いのか、早く戻らねばならない、と焦ることもしばしば…そんな日々を送っています」
カップを手に、少しうつむき加減にスピットファイアは語った。
弱った自分を受容出来ない、言葉にすることは相応にストレスを与えた。
現状を認識すればするほど、落ち着きと共に心に暗い影が落ちる感覚を味わっていた。
「なるほど…少しだけ、貴女の気持ちが分かる気がするわ。こんなんじゃ駄目、早く出られるようになりたい、そんな気持ちには心当たりがあるもの」
「貴女の方が、そういう気持ちとよく向き合っていると思うわ」
「ちょっとだけ違うけどね。私のそれは完全な願望だもの。貴女の空への気持ちに近くて、その気持ちとは、ちょっとだけ遠い」
そう言うとミーティアは少しだけ寂しそうにした。
が、数秒と立たず、目をキラキラさせてスピットファイアの手を握った。
「ねぇねぇ!私いいこと思いついたよ!」
「な、なんですか?」
「スピットファイアは空が好きなのよね?自由に飛ぶのは気持ちいいものね」
「それはそうですけど、戻るのはあくまでも戦場で…」
「ぶー!!不正解でーす。スピットファイアは空が好きだから、万全な状態で空を楽しみたいから戻る!今はそのための補給の期間!だからいっぱい遊んじゃおう、いっぱい寝ちゃおう!誰も邪魔させない、だって私が黙らせちゃうから!」
一気にまくし立てるミーティアがゼェゼェ言いながら続ける。
「今は補給の時間、ARMSは万全じゃないと答えてくれないでしょ?それと同じことよ」
「補給…これは補給なのですか?」
「そうよ!人もDOLLSも、エンジンに燃料を入れるように休暇を楽しむの。スピットファイアが今してるのは、ガス欠なのに給油を拒んでいるのと同じくらいおかしなことなのよ」
言い切るミーティアに、スピットファイアは思わず唸った。
ガス欠に陥ったエンジンを動かす為には燃料が必要だ。
人で置き換えれば、それは休暇である。
しかし、休暇が与えられるまでに消耗し尽くした人間は、休む事になんとなく忌避感を覚えてしまって、休暇が楽しめない。
それをミーティアは必死になって肯定し、スピットファイアが心置きなく楽しめるようにと熱弁を振るったのだ。
ああ、なんて良い子なんだろう。
「?、スピットファイア?」
ミーティアの頭をスピットファイアの手が撫でた。
優しく、慈しむような手付きで撫でられる。
「貴女は良い子ですね、ミーティア。おかげで少し楽になりました」
「当然のことを言ったまでよ、大層なことはしてないわ」
「いいえ、そうだ、お礼をしなくてはなりませんね」
改めてスピットファイアは向き直った。
「ミーティア、あなたは容姿に関して否定的だけど、それは全く違うわ。私に保証を与えてくれたお礼に、わたしは肯定をあげる。ミーティア、貴女は十分綺麗よ」
「そんなふうに言われたのは初めてだわ、代理人もそう思ってくれてるかしら?」
「勿論。貴女は天女のように美しい娘よ。代理人どころか他の人類も釘付けだと思うわ」
照れ臭そうに赤くしているミーティアになおも続ける。
「飛ぶ姿はお婆さんなどではないわ、貴女の翼は見る者を魅せているもの。自分を卑下するのはおやめなさい、貴女の醜さは、貴女の言葉に縛られた結果なのよ。前を向きなさい、翼を慈しみなさい、そして、貴女を大切に思うものを蔑ろにしないこと。自信を持ってことに臨みなさい」
「…そう、そうなの…私、自信を持っていいの?」
困ったように聞いてくるミーティアに、スピットファイアは優しい微笑みを浮かべた。
「勿論。貴女は私の自慢の後輩の一人よ、胸を張ることはあっても、肩を落とす必要なんてないわ」
自慢の後輩、という言葉を聞くと、ミーティアは目を輝かせ、しばしの間固まった。
そうして数秒の後、とても愛らしい、それでいて照れたような笑みを浮かべた。
「…ありがとう…本当はここで退屈してるだろう先輩を元気付けに来たのに、こっちが元気付けられちゃったなぁ…」
「いいのよ、次代を担う者の支えになるのも先輩の務めよ」
そう言って微笑むスピットファイアを見て、ミーティアは驚いた。
「貴女、変わったのね。以前なら支えではなく、自分が担い続けると言いそうな勢いだったのに」
「そう、ですね…以前ならそうしたでしょう。私は後輩を信じきれなかった…同じようになって欲しくないと言って、同じようにはなれないと内心思っていました。けれど、こうして休んでいるうちに、頑なだった心が少しずつ解けていって、今はそうは思わないんです。疲れてたのかもしれませんね」
「それだけじゃないわ。貴女の傍らには、何時も貴女を思いやる人がいた。案外その人の存在が貴女を変えたのかもよ?」
その言葉にすぐに零戦の事が思い浮かんだ。
零戦はこの療養が始まってからというもの、スピットファイアの側を殆んど離れることはなく、常にスピットファイアを構っていた。
初めの方こそどこか鬱陶しくも感じていたが、その態度は変わることなく、段々とそんな彼女の存在を好ましく思う自分がいるのは確かだ。
「そ、そうかも…ジークには感謝しないとね」
「それもたくさんね、さぁ、もっと話しましょう?茶会は始まったばかりなのだから」
新たな茶が注がれ、語らいの時間が過ぎていく。
療養はまだ続く。
今回は白薔薇からミーティアがやってきました
彼女はスピットファイアに何をもたらすのか、目が離せませんね。