「自分を知るということは、あまりにも当たり前のことで、けれど最もも難しいことだ。だってそれは、自分の全てを形にしてしまうと言うこと、つまりそれは自分の全てを曝け出すことに等しい。そんなもの誰だって嫌だし、誰だって認められない。人を見下し、優越に浸った人間が、けれど自身こそ最も低俗で、下劣であると認めることはできないからだ」 by新藤ユウキ
俺、向坂仁にとって、家族と呼べるのはたった二人だけである。
一人は、向坂颯。唯一にして最愛の妹。俺にとっての、守るべき、支えるべき対象。
そしてもう一人が……………………向坂神。
俺の兄だった男であり、俺にとって常に目標であり続けた男であった。
そう、だった…………兄は四年前に亡くなっている。故に、もう届かない背中である。もう追いつけない背中である。
そもそも、向坂神が向坂仁に与えた影響と言うのはどこまでも大きい。
向坂仁の人生とは、いつだって向坂神の背を追いかけていることに他ならないのだから。
向坂神は天才だった。否、天才などと言う言葉であの存在を片付けて良いのか分からないほどに。
一を聞いて十を知る、そんな風に思えてしまうほどに、彼はいかなることであろうと完璧にこなしてきた。
いつか追いつきたい、けれど、きっといつまでも追いつけない背中。それが俺にとっての兄と言う存在だった。
四年前に亡くなったそれからの人生、けれど俺は追いつけない兄の背を追い続けてきた。
それほどまでに、鮮烈だったのだ、それほどまでに苛烈だったのだ。
心の根の底にまで刻み付けられるほど、強烈だったのだ。
憧れた。何をやらせても人並みでしかない自分だったからこそ、なんでもできるが故に、何をやらせても抜き出ない自分にとって、兄は自身の理想だった。
そして、だからこそ、嫌悪もしていた。決して届かない理想を、けれどまざまざと延々と見せ付けられているのだ。これまでの人生の中で、兄と自身を比較されたことは十や二十では済まない。
いっそ、家族で無ければ、せめて、性別が違えば、また違ったのかもしれない。
けれど、同じ家族で、同じ男と言う存在に生まれついてしまった。
だから、こんなにも比べられるし、こんなにも辛い。
けれど、これほどまでに惹きつけられる。
逆立ちしたって追いつけないけれど。
けれど俺の心は折れることも曲がることも無く、真っ直ぐにその背を追い続ける。
だからきっと、それが俺の心の根底にあるものなのだろう。
上手く言葉にできない、ぽかぽかと暖かくて、けれどメラメラと熱い何か。
意志が、目を覚ます。
* * *
一時間ほど、時間を遡る。
「キミの根底、心の一番奥にあるもの、それは何?」
少女、桜野由紀のそんな言葉に、けれど自分は答えることができない。
確かに、自身にとって根底とも呼べるソレを、けれど自身は自覚している。
だから、それ自体は問題ない、のだが…………。
けれど、それを口に出せるか、と言うのはまた別の話だ。
何故なら、それは自身の最も大切な、触れられたくないものをさらけ出すに等しい。
そんな自身の様子を見て取ったのか、由紀が笑いながら口を開く。
「そう、自覚はしているのね、ならそれで良いわ」
あっさりと、問いを取り下げる由紀に、多少肩透かしを食らったような気分になりつつも、けれど安堵する。
「自覚しているのに魔法は発動していない…………危機感が足りない? いえ、でも虚界にいたわけだし…………だったらこっちで…………」
だから、その時由紀が呟いていた物騒な言葉を聞き逃しいていたのだ。
そしてその結果が…………。
「………………………………………………………………なんでだよ」
「よう、再会は早かったな」
自身の立つのは、何もない、200m四方はありそうな、ただひたすらに縦にも横にもだだっ広い真っ白な部屋。
そこに立つのは、自分と、そしてイサ。初めて会った時と同じ。黒いインナーに短パンを着ている。体型的にも小柄な、十三、四、五の少年にしか見えないので似合っていると言われれば似合っているのだが、車の運転をしていたのを考えても、実際はもっと年上なのだろうとも推測できる。
一体どうして自分はここにいるのだろう、と考えて、先ほどこの部屋に来る直前に由紀に言われた言葉を思い出す。
『恐らく、必要なのは、魔法を使うと言う意識ね…………ユウキがその辺を教えてくれると思うから、もう少しだけ付き合ってもらえるかしら?』
唯一の家族の颯がここにいる以上、自宅のほうには誰も居らず、だったら別に少々帰るのが遅れても問題ない、と言うかまだ聞きたいこともあるのにこの状態で帰されるほうが困るので、それは渡りに船だった。
それに、魔法と言うのも興味がある。と言うか、興味を持たないやつなどいないだろうし、そもそも放課後のような出来事がまたあるかもしれない、そんな可能性がある以上、自衛手段を持つことは自身の中では必須だった。
まあ…………それだけが理由でもないが。
「さて、支部長からはお前が魔法に覚醒できるようにしてくれ、と頼まれている…………そこで聞くが、お前は自分の根源は理解しているか?」
由紀と同じ質問、やはり魔法とはそれが最も重要なのだと再認識しながら、こくり、と頷く。
「それが何かは聞かない。それはお前の最も根底にあるものだからな…………簡単に人に曝せるはずもない支部長は人が悪いから教えてくれとか聞かせて欲しいみたいなこと言っただろうが、そんなもの答えれるほうがおかしい。と言うか答えたならそれは間違いだな、今日初めて会った他人に聞かせられるようなもの、根底になりえない」
そんなイサの言葉に目を丸くし、それから呆れる、答えないことが正解、つまりそうなのだろう。確かに人が悪い。
「だが同時にそれじゃ魔法は使えない…………心の奥底にある、自身の根底を法則化し、現象として現世へと投影する、つまり自分自身を曝け出すことだからな、隠してちゃ魔法は使えない…………少なくとも表に出てこない、今のお前みたいに半覚醒のままだ」
だったらどうすればいいのか? そんな自身の疑問に、けれどそれを察したようにイサが笑う。
「どうすればいいのか、それは簡単だ…………認めること、そしてそれを発露すること」
それだけだ、と言うイサの言葉に、けれど首を捻る。
「認める…………それが自身の根底であると、それは分かる。けど、発露するって…………どうやってだ? 声に出して言えってことか?」
けれど、自身のソレは言葉にできるほど安くは無い、そう自身で思っている。なのにそれを言え、と言うのは無理がある。
そんな自身の心中を、イサが否定する。
「方法はなんでも良い、言葉にしても良いし、動きで現しても良い、とにかく大事なのは、それと魔法の象徴となる魔法属性を結びつけられることだ」
「魔法属性?」
初めて聞く言葉だ、字面で大体の意味は分かる気もするが。
問うた自身の言葉に、イサが頷く。
「読んで字のごとく魔法の属性区分のことだ。もっと分かりやすく言えば、魔法の象徴だ」
と言ってもピンとこないだろうがな、とイサが苦笑する。
「俺の魔法属性は陰影…………お前と会った時、俺とそっくりな女が一緒にいただろ?」
つい数時間前のことだ、忘れてはいない。確かにいた、と頷く。
「あれは俺の魔法で生み出した、もう一人の俺だ」
その言葉の意味を数秒考え、そして理解に達した時、思わず「はぁ?!」と声を荒げた。
「まあ、それが知らない人間の反応だよな…………ちょうど良い、俺が今から実際に魔法を使ってみてやる、よく見てろ、俺の魔法を、そして自覚しろ、認識しろ、お前ももう同じ領域に入ろうとしているのだと」
自身の目を見つめ、イサがそう告げ…………そうして、淡々と
It is my shadow
-----それは私の影だ
He is the other me
-----もう一人の私である
Such a thing was known at these ancient times
-----そんなことは当の昔に知っていた
However, I am dreadful of admitting that it which was not able to face it squarely is self
-----けれど私はそれを直視できなかった、それが自身であることを認めることが怖くて
but OK -- since it does not escape any longer
-----けれど大丈夫、もう逃げたりしないから
You are me and I am you
-----あなたは私、けれど私はあなた
It which will be accepted is me
-----認めよう、それが私であることを
「
ぞぶり、とイサの体が黒く波打つ液体のようなもので覆われていく…………それは影で、陰だとすぐに気づく。
液状の影がぶるぶると震えながらイサの体をすっぽりと覆うと、やがてそれがさらに震動を強め、ずるり、と徐々に人の形を取りながらイサから離れていく。
やがて、イサと同じ形へと変貌した影、その人型の全身から黒が…………影が剥がれ落ちていくと…………。
「んなっ?!」
イサとそっくりな容貌をした、先ほどまで一緒だった女が現れる。
「こんばんわ、改めてよろしくね、私はユウキ…………そうね、ハルとでも呼んで頂戴」
正真正銘それは人間だった。イサと同じ顔をした、けれどイサではない別人がそこにいた。
あり得ない、そんな言葉が出かかるが、すぐに飲み込む。
これが、これが…………魔法。
戦慄する、明らかに自身の知る限り起きうるはずの無い現象に、驚愕する。
呆然とする、愕然とする、けれどいつまでも呆けてもいられない。
「んじゃあ…………行くぜ?」
何故なら、その矛先は自身へと向けられているのだから。
気づいたその時、すでにイサが目の前にいた。
「
振りかざした拳が自身の腹部に突き刺さり、自身の体が一度後退し…………直後に襲われた二度目の衝撃にその体が吹き飛ぶ。
「っ!!!! ぐううううううう!!」
体がくの字に曲げながら、けれどなんとか着地する。
「いいぞ、まだ立っていられるなんて、中々根性あるじゃねえか」
賞賛するようなイサの声に、けれどそれを気にする余裕は自身には無かった。
何故なら………………。
「上手く避けてね?」
追撃とばかりに自身に回し蹴りを叩き込んでくる女……ハルの存在があったから。
咄嗟に両腕でガードする。それが失敗だったと気づくのは、その腕が折れてからだ。
ボキリ、と両腕から鈍い音が響くと同時、激痛が走る。
腕に力を込めるだけで激痛が走る。
「そら、もう一発だ」
寸分の間も無く拳を振り上げるイサの姿に、下がって避けようと体を動かし…………けれど止まった。
「
全身の動きが止まっていた。振り下ろされるイサの拳が自身の頬を抉る。吹き飛ばされ転がる刹那に見えた自身の影、その影に絡み付いていた陰を見、理解する。この陰が自身の影にまとわりついているせいで自身は動けなくなったのだと。
非常識、そう言えばあまりにも非常識な現実。けれどこれが魔法と言うものらしい。
「そら、次行くぞ」
攻撃の手を休めることなく、さらにこちらへと近づいてくるイサ。
何とかしなくてはならない、そう思う。
だがどうすればいいのかが分からない。
だいたい何故自分はこんな目にあっているのだろうか?
魔法を覚えるため?
だったらもっと他に方法はあっただろう、と思う。こんな方法しかないだなんて、絶対にあり得ない。
そう考えれば内心で怒りが沸いてくる。せめて一発、殴り返してやらねば気がすまない。
魔法? 知るかそんなもの。
魔法は自身の根源の発露。ならば自身の根源とはなんだろうか?
そんなもの、最初から分かっている。
「いい加減に、しやがれえええええええええええええええ!!!!!!!!」
折れた右腕を突き出す。
無防備に近づいていたイサの腹部に拳が突き刺さり、自身の全身を激痛が襲う。
けれど、構わない。そんなことどうでも良い。
こんなことをしては右腕の骨折が悪化する?
こんなことをしても魔法は覚えられない?
こんなことをしても、こんなことをしても、こんなことをしても。
先ほどまで驚愕に固まっていた体は、けれど嘘のように軽くなっていた。もしかすれば、いつも以上に体の調子が良いかもしれないとさえ感じるほどに良く動いた。
すぐそばにいたハルの胸元を掴み床に叩きつける。小柄な女とは言え人一人分の体重をけれど折れたはずの右腕はいともたやすく動いた。痛みは感じない、極限状態で頭がいかれてしまったのか、否、そんなことはどうでもいい。
走る、イサが後退した一メートル弱の距離。一秒どころかコンマ一秒すらかからなかったように感じる。だがどうでも良い。重要なのはイサが体勢を立て直すより先に…………この拳を叩き込めるかどうか、である。
振り下ろした右拳とイサが咄嗟に突き出した左手が衝突する。
瞬間、ズドン、と爆音にも似た音が響き、イサの足元の床が文字通り凹んだ。
「っなあ?!」
突然起きた現象に、さしもの俺も戸惑いを隠せず、思わず数歩下がった。
イサはイサで、突き出した手を痛そうに振りながら顔を歪め、下がる。
気づけばハルはいつの間にか消滅していた。
何が起こったのか、戸惑う俺に対し、イサが告げる。
「ここまでだ」
何から何までわけの分からないまま始まり、進んだ、後のイサ曰く“授業”の終わり。
そして、気が緩む共に、体が崩れ落ちていく。けれどそれを、迫り来る地面を他人ごとのような気分で眺め。
地面に衝突、同時に自身の意識は暗闇に飲まれていった。
* * *
「…………手加減していたとは言え、負けた? イサが?」
モニター越しにその光景を見ていた桜野由紀が思わず呟く。
最後に見せた常人離れした動きとそして怪力。
どうやら彼は魔法使いとして覚醒に至ったと見て良いだろう。そこまでは良い。
だがその程度でイサが負ける、と言うのが信じられない。
いや、確かに意表を突かれたせいもあるかもしれない。モニターで見ていた由紀自身だってあの完全に折れていたであろう両手で拳を固め殴りかかってくると言うのは予想外だった。
だがそれだけである、由紀から見て彼がイサを上回った瞬間などそれだけだったはずである。
にもかかわらずその後の展開はなんだ? 一瞬でハルが押し倒され、そしてイサが殴り飛ばされた。
不可解だ。どうしてイサが動けなかったのか。
いや、正確にはその理由は分かっている。彼の一撃がイサの想像以上に効いてしまったからだ。的確に頬から顎へと抉るように振り切られた彼の拳がイサの脳を揺らした、だから数秒動けなくなった。
魔法使いと言う存在は須らく物理現象に強くなる。例えばこの組織で最も小柄な部類だろう彼の妹、向坂颯は見た目は小学生ほどの少女だが、普通の人間の大人十人と殴りあったって余裕で勝ってしまうだろう。存在そのものが物理から外れていく、魔法使いとはそう言った理不尽な存在なのだから。
だが別に人を辞めたわけでも無ければ人としての弱点が無くなったわけでもない。
魔法使いの体の内には心臓だってあるし、頭の内には脳だってある。生殖器だってあり、魔法使い同士で子供だって作れる。
顎の先への衝撃が脳を揺らし、人を一時的に行動不能に貶めると言うのは割合有名な話だ。簡単な例えとして、ボクシング選手などは経験した人も多いだろう。
そう、だから魔法使いだってそこを殴られれば動きも止まる、そう言う意味ではイサの動きも納得はできる。
問題なのは、折れた腕でそんなことできるか? と言うことだ。
当たり前のことだが人間の体と言うのは脆いようで意外と逞しい。折れた力の無い腕で軽く当てられただけで動けなくなるようなやわな体は人間はしていない。
と、すればあの腕にはそれなりの…………少なくとも人、一人の頭を振ることができるだけの力が込められていたと言うことだが。
折れた腕でそんなことができるだろうか? それも軽度の骨折ではない、画面越しだったが彼の腕は明らかにおかしな方向に曲がっていた。完全に折れている、見ただけでもはっきりと分かる。
ふと思い出してみる、イサへと拳を突き出した彼の腕。
「え?」
そこに違和感を感じ、密かに録画されていた映像を少し巻き戻し、最後のほうを再生する。
「……………………真っ直ぐ伸びてる」
明らか曲がってはいけない方向へと折れ曲がっていた彼の腕は、けれど拳を握りしめ真っ直ぐ突き出されていた。
骨折が治っている? そう考え、けれど馬鹿な、と内心で呟く。
「あり得ない、95%以上でも無いとここまで急激な肉体損傷の回復はあり得ないわ」
だがそんなことはあり得ない、そんな馬鹿げた数値で正気でいられる筈が無い。
だとすれば、もう答えは一つしかない。
あり得ないなんてことはあり得ない。
何故なら自分たちはあり得ないことをあり得ることに可変させる不可思議を知っている、つまり。
「あれが彼の魔法、と言うことね」
超回復、と言ったところだろうか? 骨折を僅か一秒未満でほぼ動かせる状態にまで戻せるあたり相当なものだ。
もしかすれば首を掻っ切られても出血死するより先に傷口が治るのかもしれないし、恐らく心臓をナイフで一突きされてもナイフを抜けば即座に元の状態にまで回復してしまう、そう言えばこの魔法の凄さが分かるだろうか。
中々に規格外、ではあるが…………。
「地味ねえ」
元々魔法使いの回復力は高い。例え腕が切断されても大体半年あれば元に戻る程度に。
まあ瞬間的に回復できると言うのは確かに特筆すべきことなのではあるが、困ったことに虚界で武器になるかと言われると言を窮する。
まあ魔法に覚醒したようだし、身体能力は飛躍的に上がっているので、また今回のようなことが起こっても逃げるくらいはできるだろうが、あの世界の化け物共を倒すには力不足と言わざるを得ない。
「まあそれでも、生き延びるだけならこれでも問題無いわね」
ならば良しとしよう、多少荒療治にはなったが無事魔法にも覚醒したことだし、結果オーライと言うやつだろう。
「問題あるに決まっているわ」
ぴたり、と背中に冷たく硬い何かが当てられていた。
それが銃口だと気づくのはすぐのこと、そしてそれが誰の手によるものか気づいたのもすぐのことであった。
「は、颯」
向坂颯、彼の妹。自身の最も信頼する部下。この支部で最高位の魔法使い。
「兄さんをあんなにするなんて聞いてないのだけれど?」
「魔法の覚醒には感情の爆発が一番手っ取り早いわ、彼の場合、ああ言う怒りを煽る方法が一番魔法に目覚めやすいことは統計からも明らかよ」
「それでも、もっと穏便に覚醒させる方法だってあった、わざわざあんなことしなくても」
「それだと何日かかるか分からないわ、これが一番だったのよ」
一秒、二秒と沈黙が続く。やがて、カチャリ、と背中から銃口が外されて…………。
ダァァァン、と室内に銃声が響く。
自身の頬を掠めた弾丸がテレビの画面に突き刺さり、皹を入れる。
「ちょ、このテレビ高かったのよ?!」
「知らないわよ、それこそ自分の魔法で何とかしなさい。私は兄さんのところに行って来るから」
吐き捨て、颯が部屋を出ようとし、足を止める。
「由紀…………あなたとも長い付き合いだし、それなりに好感は持ってる。交友だってあるし、信頼もしてる。でもね」
今度兄さんを巻き込んだら、私はあなたを撃つわ。
そう言って部屋を出て行く颯の姿を見送りながら、独り残った部屋でため息を吐く。
「うーん、見透かされてたわねえ」
実を言えば、基本的に未覚醒の魔法使いを保護したってこんな強引な覚醒の方法は普通取らない。
彼の場合だけ、戦闘によって無理矢理引き出す、と言う強引な方法を取った。
それには理由がある。
そしてその理由は、彼に、ではなく彼の妹である颯のほうにあった。
だからこそ、颯が言ったのだ、今度兄さんを
「やれやれ、ね」
けれど、口元の歪みは隠せず、ニィ、と笑う。
「ホント…………やれやれ、ね」
* * *
向坂仁は直情的な性格だとよく言われる。
確かに、自分でもすぐにかっとなる性格だと思う。
だが短慮なのかと言われれば、そうでも無い。少なくとも、それなりの分別や思慮は持ち合わせている。
だったら何故自分を抑えきれないのか、偶に自分でも考えることがある。
そして結局、一つの結論に達する。
きっとそれこそが、向坂仁の根源なのだろう。
向坂仁にはかつて兄がいた。
今はもう死んでしまった兄。そして死んだ兄の背を、届かないその背中を追い続ける自身。
理性では分かっている、あの兄に追いつくなど不可能だと。諦めてしまっている。
だが無意識が拒む、本能が拒否する。歩みを止めるなと、足を進めることを諦めるなと叫び続ける。
そうして俺は生きてきた、そうして俺は歩んできた。
-----■きず■■ぬ■■が■
-----■進■■■■不■粒■■■■■■■不■■■
-----■て■■■不■の■■
あまりにも幼稚で、あまりにも馬鹿らしく、けれどあまりにも素直な気持ち。
負けたくなかった。
何に? 兄に? 自分に? それとも、世界に?
分からない、分からない、分からない。そのどれかなのかもしれないし、どれでもないのかもしれない、はたまたその全てなのかもしれない。
要するに、とんでもない負けず嫌い、それが向坂仁と言う存在の全てだった。
夢を見ることが出来るほどの子供でもなく、けれど現実だけを見ることができるほど大人でも無い。
だからこそ、今ごろになって魔法が発現したのだと理解する。
魔法、それを遥か昔から俺は持っていたのだ。ただ自覚していなかった、魔法も目覚めていなかった。目覚める切欠も無かった。
なるほど、魔法は自身の根源を象徴するとは、確かに良く言ったものだ。
こんな
……………………。
………………………………。
…………………………………………。
目が覚めると、見知らぬ天井が視界に映…………らない。代わりに映ったのは最愛の妹の顔だった。
「よお、颯」
「おはよう、兄さん」
いつものやり取り、朝起きた時に交わす兄妹の挨拶。
まあ問題は、今は朝じゃないこととここは家ではないことだが。
「あー、一応聞いとくが、ここどこだ?」
「ここは組織の医務室。大怪我して気絶した兄さんはここで治療を受けた」
端的な説明になるほど、と頷き体を起こす、と同時に自身の真上から自身を覗き込んでいた颯が退ける。
体を起こし、軽く軋む腰を伸ばす。伸びた腰の筋肉が程よく心地よく、そして気づく。
「あん?」
両腕を見る。いつも通りの自身の腕。何の異常も見当たらない。
だがそれはおかしい、だって自身はあの時、イサの蹴りで両腕の骨を確実に折っていた。
明らかに曲がってはいけない方向へ曲がっていたな、と今更ながらに思い出す。
だが現在自身の両腕は極めて正常だった。
「どういうことだ?」
明らかな異常。良く良く見れば、体のどこにも痛みを感じない。あれだけあちこち殴られ蹴られたのに。殴打されたような痛みがどこにも無い。
「颯、鏡あるか?」
「鏡…………? これでいい?」
妹に尋ねると、ポケットから出てきたのは携帯用の手鏡。十分だ、と告げ鏡を借りると自身の顔を見る。
どこにも殴られたような痣は無い、腹部にも痣は無い。体が吹き飛ぶほどの衝撃だったにも拘らず。
そんな自身の内心を見透かすかのように、颯が兄さん、と呟く。
何だ、と言わんばかりに視線をそちらに向けて、そうして、颯が言う。
「魔法の覚醒おめでとう。今日から兄さんも魔法使いだよ」
ようやく主人公に魔法が……だが超地味だ(