ああ、悔しい悔しい悔しい。
3年になった。
でも学年が一つ上がったからといって、別に何かが劇的に変わったわけでもなんでもなくて、、、、、
ふとした時には、後ろの席から誰かがウチを嘲笑しているのではないかとか
教室の端で笑い合っているあの娘たちは、ウチの話題で笑っているんじゃないかとか
今私の横で本を読んでいる男子も、内心ウチのことを馬鹿にしているのではないかとか
……はあ。我ながらすっごく卑屈。
こんなことばかり考えてしまうようになってしまった。
もちろん。なぜそうなっているかの見当はとっくについている。
全部、あいつのせいだ。
あの腐った目をした陰キャ。あいつが悪いんだ。私が裏で笑われるのも、勝手にそう被害妄想をしてしまうのも、こんな卑屈な自分に自己嫌悪してしまうのも、、、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部……あいつのせいだ。
でも、本当に不思議なやつ。文化祭であれだけ周りからの風当たりが強くなったはずなのに、別にあいつは普通に学校に来て、普通にいつも通りの生活をしていた。なにより謎だったのは、学校内カーストの上位にいる人たちがこぞってあいつとの関わりをやめなかったこと。それどころか、新生徒会長なんてあいつに懐き始めたみたいだし。
雪ノ下さん。その怖いお姉さん。結衣ちゃん。葉山くん。生徒会長。前生徒会長。戸塚君。三浦さん。海老名さん。戸部君。川崎さんまで。……なんなら、平塚先生は絶対あいつがお気に入りだった。
……なんで? なんであんたにはそんなに人が寄ってくるの? ウチにはそんな人たちいないのに。ウチは一回失敗したら全員逃げて行ったのに。なんであいつは違うの? ねえなんで? なんでなんでなんで?
悔しい。どうしてウチがこんな目に遭うの。
あいつの方がウチよりも下の癖に。どうしてウチがこんなになっちゃってるんだろ。こんなはずがないんだ。こんなのはダメなんだから。こんなんじゃいけないんだから。
「あっ……ごめんなさい」
ついイラついて、ウチは、机の上に腕を音を立てないように気をつけながら叩きつけた。そのせいで、机に出ていた消しゴムを横に飛ばしてしまう。だがその消しゴムは、隣で本を読んでいた男子の横顔にクラッシュ。隣の男子は、唐突に頰に現れた痛みに、小さく驚いた声をあげていた。これはさすがに100パーセントウチが悪いので、私はその男子にしおらしく謝る。
そうしてその男子はふと私の方を見たかと思ったら、次の瞬間には一気に冷静さを失って
「ご、ごごごらむごらむっ!! わ、我は痛みを感じぬ体質だからな……要らぬ心配だ」
は? なんだこいつ。
よく見ると、その男子は結構やばい。なんで教室の中でそんな暑そうなコート着てるのとか、その指抜きグローブなにとか、パッと見ただけでツッコミどころが出るわ出るわ……。なにより、ウチのことを見た瞬間にビビりまくっているその変な挙動がキモい。多分女慣れしてないだけだけど、口調もキモい。めっちゃ汗かいてるし。デブだし。うわっ見てるだけで暑苦しいんだけど。
「いや……別に心配してたわけじゃないんだけど……」
いや、マジで気持ち悪いな。鼻息やばいし。
……普通ならそのまま、会話を打ち切っていたのだと思う。だってこんなやつ関わりたいとも思わないし、なにより気持ち悪い。さっきから視線が汚いし、ケプコンケプコンとか言ってるし、マジで日本語を喋って下さいと思うほどだ。
……でも、その時のウチはどうしちゃったのだろうか。何故だか、こんな質問をしてしまった。
「ねえ、アンタはさ、自分が嫌いな人にはどんな対応する? 」
何言ってんだろウチ。よりにもよってこんな見知らぬ気持ち悪い男子に……
そうやって、また軽く自己嫌悪に陥っていると、予想外にその男子はすぐに真面目な声で答えてきた。
「蹴散らすに決まっておろう……我が覇道にとって邪魔な者は、誰であろうと容赦はしないわっ!! 」
妙に自信気に、眼鏡をきらりと光らせながらその男子は言った。言い回しとか気持ち悪いしちょっと何言ってんのか分からないけど……
何故だか、それはウチの心に響いたんだ。
炎が燃え上がった。行き場のない復讐心。この恨み、晴らさでおくべきか。
だから、ウチはあいつに復讐することにしたんだ。
とにかく、そうしなきゃ気が休まらないから。
……でも、あいつに直接何かをするのはあんまり意味がない気がする。ほら、あいつ無駄にメンタル強いし。
だからウチは別のやり方で攻めることに決めた。
あいつの近くに、比企谷八幡の近くにいるやつらの弱みを握って……
あいつらのグループを、外側から空中分解させてやる。
* * *
というわけで放課後になり、ウチはとりあえず生徒会室の前に来た。まず最初のターゲットはあの1年……いや、もう2年か、あの年下生徒会長。
彼女に何かしらの弱みがあれば、目立つ立場にあるだけ反動も大きいはず。それになんか頭弱そうだし、結衣ちゃんの相手をするようなものだろう。
……なんだけど。
どうしよう。どうやってこの扉開けよう。
……やっばい。何も考えてなかった。そうだよね、そりゃあ生徒会室の扉は閉まっている筈だ。かと言って、その扉を開けて何か用があるわけでもない。接触するのなら必要な理由を考えるのを忘れていた。
「……えっと……なにか生徒会にご用ですか? 」
「あっ……え、ええと、、ね。あっ生徒会長いないかな? ちょっと会長に用があるんだ! 」
ウチに話しかけてきたのは、確か書記の子だったと思う。私は咄嗟に話を誤魔化して、ターゲットへの接触を図る。
「ああ……すみません。いろ……会長なら、今は屋上にいると思います」
「屋上? 何で? 」
「ああいや……たまには私たちもあの痛い声を聞きたくないというか……気づかないフリしてあげるのも疲れるというか……普通に別部屋でも声漏れてるというか」
「? 」
どういう意味だろう。最後の方は早口と小声で何言ってるのか分からなかった。まあいいや。ターゲットの居場所は分かったし。
「まあありがとう!!! 」
「あっ……ちょっと!! ……ああ……行っちゃった。……いろはちゃん、いつもみたいに暴れてないといいけど」
* * *
屋上。私はそこに繋がるドアの前にいた。
え? どうして前に進まないのかって?
いや……だって……さ
『ふっふっふ……覚醒の時は来ました……』
『この不穏な風が、私の大精霊の力を呼び起こすっ』
『嗚呼。イロハエルの愛の力をこの世界は求めているっ!! 感じる、感じるのですっ!!! 世界は、私の愛に飢えているっ!!!!! 』
『いつか来るその人……つまりはせんぱいの覚醒も近いでようですね……早くせんぱいを、あの妖怪ペチャパイ雪女から解放しなくては』
『待っていて下さいねせんぱい。大精霊イロハエルの加護、愛があれば、あのペチャパイからせんぱいを守ることだって訳ないのですからっ』
ゑ、
なにこれ。
いや、まあさ。
確かに弱みは握れたと思うよ? 確かに。これ以上ないくらいやばいかも。
でもさ……流石に予想外すぎて私もどうしたらいいか分かんないんだけどこれ……
『っ……そこに誰かいるんですか!? 』
「っ!?!?!? 」
やばっ!? バレた?
そうやって、ウチはほんの少しだけ空いていたドアの隙間から屋上を見る。そこには……
『ふっ……そんなところに浮いていても、私の目は誤魔化されないわっ……喰らえ必殺! イロハエルゥゥ〜ウィンクっ!!!! 』
あの子は、ウチとは真反対の虚空を見ながら、なんかポーズを決めて必殺技を放っていた。
……さ、次行こ。
* * *
すっかり時間が経ってしまった。
もう各教室にはあんまり人がいない。
さあ、どこに行こう。時間はあまりないんだ。
少なくとも次はまともな弱みを握れればいいんだけど……。さっきのはちょっとヤバすぎて録音も写真も忘れてたから、次こそは証拠も掴まなきゃ。
『ぱんっぱんっパンっ』
『はぁぁん!!! いい!! これ、すっごくきもちぃぃ〜ん!!! 』
屋上前の踊り場から降りて、教室のあるフロアを歩いていると、なんだかヤバそうな音と声が聞こえてくる。
何この声。……いや、この声と音はどう考えても……
結衣ちゃんが、誰かとヤっている?
ウチは息を潜め、足音を立てないように、でも足早にその声がする教室まで動いた。携帯で写真アプリを開き、準備万端。そうしている間にも、結衣ちゃんは誰かと行為を続けているみたい。嬌声と音が鳴り止まない。
やっと……やっとだ。
ほくそ笑みながら、ウチは夕焼けが差し込む教室の中を覗き込むと……
『ハァぁぁん!!! いい、いいよ!!! この鞭いいよっ……自分で自分を叩くの気持ちいい! この痛みがたまらないのぉぉ! 奉仕部の時間にトイレって嘘ついてここにいるのも、誰かに見つかるかもしれないこの危ないスリルも……ああんっ……ゾクゾクするよぅ』
なにこれ。
* * *
やっぱり、雪ノ下さんの弱みを握るのが一番いいよね。
それが一番効果があるだろうし、うん。
っていうことで、今ウチは国際教養科の教室の外にいる。
とりあえず、雪ノ下さんがいくら怖い人だからといっても最近は何故か丸くなったと専らの噂だし……文化祭の時に迷惑かけたお詫びがしたいとでも言えばきっかけにはなるよね。
よし行け南!
「すみません〜雪ノ下さんいますかぁ? 」
国際教養科の教室内には、普通科とは違ってまだちらほら人がいた。その中から、眼鏡をかけた女の子がウチに声をかけてくれる。
「えっと……多分、雪ノ下さんだったら今部活のはずなんですけど……」
「ああ……そっかあ……」
あーそうだ。奉仕部。忘れてた。ああ……じゃあ今日はもう無理かあ……
だって、あの部屋とか用がないなら二度と行きたくないし。
ただそんな風にガッカリしているウチに、願ってもない頼み事が舞い込んだ。
「あの……もしよかったらなんだけど……雪ノ下さん物理のノート忘れちゃってるみたいでさ。明日ノート提出だから、これ雪ノ下さんに持っていってくれないかなぁ? 」
「うんっ!!!!! 分かった! 」
* * *
奉仕部の前。
ついに来てしまった。この忌まわしき場所。
なんの用もなくここに来るのは嫌だけど、やることがあるなら話は別だ。きちんとここに来ざるをえない理由も得たし、今の優しいと言われている雪ノ下さんなら取り付く島もあるだろう。
「まあ、その前にちょっと何が書いてあるか見ちゃお」
国際教養科の物理かぁ……雪ノ下さんなら国立理系とか行きそうだし、やばい内容なのかもしれない。
……と、そんなちょっとした興味がてら、私はそのノートの中を見てしまった。
『嗚呼比企谷くん、いいえ、八幡。だあいすき』
『I Love you.Hachiman.forever』
『はちくん……なんて言っちゃったら、、うふふ』
『あなたの○んこが欲しいの』
『ちゅきちゅき八幡ちゅきちゅきしゅきしゅきしゅきぃ!!!!』
『今日の夢も、あなたに犯される夢でした。……いつ、現実にしてくれるのかしら』
『届け、私のこのBIG LOVE』
『はちまんって、ゆきのって、あなたと呼びあえたら……そんな幸せが、雪乃は欲しいのです』
『枕をあなただと思って、私は毎朝チューの練習をしています。敬具』
あ、復讐とかもういいや。私もうこの人たちに関わるのやめよう。
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