森の中を戦車が進む。
新砲塔チハが滑らかに道を進んでいく。
時折、砲弾を放ちながら進んでいく。
そんな戦車の車内はと言うと―――――――――
「なるほど……なかなかの衝撃ですね」
「でしょー!まあ最初はこんなもんだよ。この戦車はまだ主砲口径が小さいから良いけど、128ミリとかの砲撃の衝撃はもっと凄いよ!」
西が感想を述べる間も、チハのエンジンは心地よい振動を車内に伝え続けている。舗装されていない森の道は荒く、足元では常に金属が軋むような音が響いていた。
チハに乗り込んで二十分ほど経過したが、隊長である服部からの指示が特にないため自由行動をしていた。その間に、上総は初めて戦車道に触れる西へ、基礎的なレクチャーを行っていた。
「128ミリですか?ではこの戦車は何ミリなのですか?」
「47ミリだよ。小っちゃいよね」
「確かに小さいですね」
「152ミリとかもあるし何なら380ミリの戦車もあるよ」
「それはもはや戦艦なのでは……?」
「色んな戦車がいるからね~」
のんびりと会話をする中、通信機が耳障りなノイズを立てた。
『もしもーし?みんな聞こえますかー?服部でーす!戦車楽しんでますかー!?』
「聞かれてるよ、沙耶」
「私が答えるの?!」
「通信手でしょ?」
『そのままきーてくださーい!』
答える必要は無かったようだ。服部の声に耳を澄ませていると……
『ただ今より模擬戦を開始する!』
「うるさっ!?」
「うるさい…」
「模擬戦…?」
「いきなり模擬戦?」
突然の大声に怒り心頭な沙耶、耳を押さえる愛、模擬戦という言葉に疑問符の西、服部の言葉に若干困惑の上総。
そんな四人を尻目に服部の声がまた響く。
『全員が戦車道経験者では無いことは百も承知…しかし戦車道の戦闘とは激しく危険である。いくらコーティングされた特殊カーボンのおかげで車内は“極めて”安全であっても油断すれば怪我をしてしまう。他の武道、スポーツよりも遥かに強力な鋼鉄の塊を用いて行っていることを理解して欲しい!それを承知の上で楽しんで欲しい!というわけでバトルロワイヤル開始ぃぃい!!あっちょっとツッジン!マイク返して!……――――――あ、あ、副隊長の辻だ。安全第一で模擬戦をするように、経験者は初心者に出来るだけ手助けするように……以上……はぁ……』
嵐のような通信が途絶えて、静寂になる車内。
聞こえるのはエンジン音だけとなり、最初に口を開いたのは愛だった。
「副隊長……かわいそう」
「それはそう、相当苦労してるんだろうねぇ」
「本当に大丈夫なの…ここの戦車道…」
「なんというか…元気な方ですね!」
それぞれ思い想いにコメントして副隊長である辻の気苦労に哀悼を捧げた。
それはそれとして気持ちを切り替え、上総が膝の上の地図を指で叩く。
「さて、どうする?」
事前に渡された地図を見ながら上総は全員に聞く。
『演習区画』と書かれた地図には小高い丘に小川、森に平原と存外広い。
「山登りするか?上から平原見えたら狙い撃てるし」
「同じ事考える車輌もあるんじゃない?」
「そん時は撃破すれば良いでしょ。そういう演習だし」
「西さんはどうしたい?」
「へっ?私ですか?」
上総と沙耶が議論しているところに愛が西へ促す。
問われた西は腕を組み考える。その姿を見た上総と沙耶は答えを待つ。
「では……登ってみましょう!」
「良し来た!愛!」
「了解」
四人が乗る新砲塔チハはエンジン音を荒く響かせながら力強く坂を上り始めた。
その様子を監視塔から双眼鏡で眺めている影がある。
「イヤー!今年の新入生も生きが良いね!」
『ワッハッハ!』と体格からはあまり想像できない豪快な笑い声を上げるのは知波単戦車道隊長の服部。おもちゃのように小さく見える戦車たちの動きを楽しげに目で追っている。
「誰一人無事に怪我無く終わってくれぇ……」
渋い顔をしながら祈るように呟く副隊長の辻。
この模擬戦が始まってから、彼女の気苦労は絶えない。演習区画を走り回る戦車たちは、服部にとっては娯楽の盤面かもしれないが、辻にとっては安全管理という名の戦場そのものだった。
彼女たちがいるのは演習区画を一望できる監視塔。そこから新入生達のバトルロワイヤル形式の模擬戦を見守っていた。
「まぁまぁツッジン、そんな顔しない。戦車道は楽しく元気にやるもんだよ」
「隊長のせいでこんなことになってるんですよ…!」
「そんなこと言ったって、このやり方が分かりやすいじゃん。新入生の中で“どれが使えるか”を選別するためなんだから」
ニヤニヤと笑いながらも口調は冷静そのものな服部に対してムッとした表情になる。
「経験者と未経験者を分けるのは分かりますが、こんな強引なやり方はあまり良い気はしません」
「真面目だねぇ~辻は」
「それが私の取り柄です」
「その取り柄は大事に持っておくんだよ?人生に役立つからねぇ~」
のんきに麦茶を飲みながら服部は楽しそうに話す。時折双眼鏡で演習を見ているが、サボっているようにも見える。
「せめてちゃんと見てください…!ほら、あそこで戦闘が始まりますよ!」
辻に促されて双眼鏡を覗き込む。ちょうど丘の頂上付近に達した車輌と別ルートから登ってきた車輌が鉢合わせしそうだ。
「さてさて…どうなるかなぁ?」
笑みを浮かべワクワク感を溢れ出しながら見つめる服部だった。
丘の頂上に辿り着いたチハは、エンジンを低く唸らせながら停車した。
「おお……!」
思わず声が漏れたのは西だった。眼下には演習区画が一望できる。森、平原、そして小川が陽光を反射してきらめいている。
「良い眺めだね」
「ええ……!とても!」
「さて、ここから狙い撃ち……」
上総が地図に目を落とした、その時だった。
ズガガガガガ、という地響きと共に、丘の反対側から別の戦車が現れた。
「「「「!!!!」」」」
飛び出してきたのは九七式チハ――旧砲塔型。向こうも完全に油断していたらしく、砲塔がぐるんとおかしな方向を向いたまま、あわあわと止まった。
しばしの沈黙。
『て、敵……!?』
向こうの通信機から素っ頓狂な声が漏れ聞こえてくる。どうやらオープン回線のままだったらしい。
「……聞こえてるわよ」
沙耶が通信機に向かって半目で呟く。
『え"っ』
「え"っじゃなくて…」
向こうの車内でわちゃわちゃと騒ぎ声がする。こちらも大概だが、あちらも相当らしい。
「どうする、お嬢」
愛が上総に聞く。
「どうするって……撃つでしょ、演習なんだから」
情けも容赦も掛ける気は無い上総。
「でも向こうは、まだ砲塔がこっちに向いてないですよ…?」
初めての戦車道も相まって撃って良いのか分からず躊躇する西。
「それはあっちの問題でしょ?」
西に沙耶が正論を言う。
「それはそうですが……」
それでも納得がいかない西。
四人がのんびり議論している間に、向こうの砲塔がガコガコと音を立てながらゆっくりこちらを向き始める。
「あ、向いてきた」
「じゃあ撃とうか」
「待ってください!」
西が声を上げた。三人の視線が集まる。
「せっかくなので……声をかけてみませんか?同じ新入生同士なのでしょう?」
上総は少し考え、沙耶に目配せする。少し息を吐いて沙耶が小さく頷く。
「……もしもし、そっちの戦車。今から撃ちますが、逃げますか?それとも戦いますか?」
また沈黙。
『……た、戦います……!たぶん!』
「たぶん?」
『た、戦います!!』
「よろしい。西さん、お願い」
「は、はい!」
西が砲手席で照準を覗き込む。初めて向ける砲口に、緊張で指先が震えた。
ドン、と乾いた砲声が丘の上に響いた。
砲弾は――――旧砲塔チハのはるか右を通り抜け、虚しく空を切った。
「あ」
西の口から間の抜けた声が漏れる。
「外れた」
「外れたわね……」
「まあ初めてだしね」
三人が淡々と事実を受け止める中、西は照準から目を離してがっくりと肩を落とした。
「す、すみません……!緊張してしまって……!」
「謝らなくていいよ、次当てれば良いんだから」
上総がテキパキと慣れた手つきで装填をする。
一方、向こうの旧砲塔チハはというと――
『撃ってきた!?』
『でも外れたぞ?』
『撃ちかえして良いのか?』
『え、良いの?』
『いや逆に撃ってダメとは言われてないぞ?』
こちらと同じくオープン回線のままで、向こうの会話がだだ漏れになっていた。まだ気づいていないらしい。
「……沙耶、回線切ってあげたら?」
「なんで私が親切にしてあげないといけないの」
「それもそうか…西さん、次は落ち着いて。ゆっくり狙って」
上総が落ち着いた声で語りかける。西はこくりと頷き、もう一度照準を覗き込んだ。
「……はい。次は、当てます!」
向こうの旧砲塔チハがガコガコと砲塔を動かし、こちらへ向けてくる。
『よし、撃つぞ!』
『待って照準合ってるか?』
『合ってる合ってる!たぶん!』
『たぶんって何だよ!』
『うるさい撃つぞ!』
ドン、と砲声が響いた。
砲弾は――――上総達の左上を通り越し、どこか遠くの森の中へと消えていった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
車内に沈黙が流れる。
『あ』
『あー……』
『全然違う方向行ったな』
『うん……じゃない!早く装填しろ!』
『そうだった!?』
向こうもしばらく沈黙していたが車内は慌ただしくなった。
「……大丈夫かな、あっち」
思わず愛が呟く。
「演習だから大丈夫でしょ」
沙耶がばっさり切り捨てる。
「西さん、チャンスだよ」
上総が静かに促した。
西は息を整え、照準を覗き込む。
先ほどとは違う。慌てていない。ゆっくりと、旧砲塔チハの車体を視野の中心に捉える。照準の揺れが、少しずつ、少しずつ収まっていく。
引き金に指をかける。
――今だ。
ドン、と砲声が響いた。
今度は、空を切らなかった。
鈍い衝撃音と共に、旧砲塔チハの車体に白煙が上がる。
『うわっ!?』
『な、何!?』
『当たった!?当たったのか!?』
『どこ!?どこから!?』
向こうの車内から混乱した声がオープン回線を通じて漏れ聞こえてくる。直撃の衝撃で車内が揺れているのだろう、通信にはガタガタとした振動音が混じっていた。
しばらく騒がしい声が続いた後――旧砲塔チハの砲塔から白旗が出た。
「命中!一輌撃破!」
上総が短くはっきりと告げる。
「…………」
西はしばらく、照準から目を離せなかった。
白煙の向こうで停車した旧砲塔チハをぼんやりと見つめながら、自分の胸の中で何かが弾けるような感覚があった。
どくん、と心臓が跳ねる。
指先がまだ震えている――さっきとは、違う震えだった。
「……当たった」
西の口から、掠れた声が漏れた。
「当たりましたよ……!当たりました……!!」
「当たったね」
「おめでとう、西さん」
「ナイスショット」
上総、沙耶、愛が口々に言う。しかし西の耳にはほとんど届いていなかった。
胸の奥から込み上げてくる熱いものが、じわじわと全身へ広がっていく。鋼鉄の塊が轟音を立てて動き、砲声が空気を震わせ、そして――命中する。その一連の感覚が、今になって西の中に鮮明に蘇ってくる。
これが、戦車道だ。
「……すごい」
西は静かに、しかし確かな熱を込めて呟いた。
監視塔では、双眼鏡を覗いたままの服部が静かに口笛を吹いた。
「ひゅ~……!」
「どうかしました?」
辻が訝しげに聞く。服部は双眼鏡から目を離さない。
「いやぁ、素人同士の対戦にしては面白いもん見れたなって」
「素人同士にしては随分あっさり決まりましたね。もう少し手こずるかと思っていましたが」
「そうだね」
服部は短く相槌を打ちながら、双眼鏡越しに新砲塔チハを見つめ続けた。
装填の速さ、車長の判断、そして二発目の砲撃の精度は……まあ及第点で素人だけが乗る戦車の動きではない。少なくとも、経験者が要所をしっかり締めている。
服部は何も言わなかった。
「さてさて、次はどう動くかな」
ただ、口元に浮かんだ笑みは、先ほどよりも少しだけ深くなっていた。
良ければ感想など頂けたら幸いです。