「別れたんじゃろ。」
祖母の予想だにしない発言を受けて、和也は絶句する。
「自堕落なお前に愛想を尽かして三行半、否が応でも想像は付く。...本当の事も切り出せず、見苦しく取り繕おうとして、木ノ下家跡取りとしても威厳が足りん。」
エミヤは和の勘の良さから予測していた事だが、上手く隠し通せていると思っていた和也は未だに衝撃を隠せていない。
「お前は小さい頃から、本当に女にだけは一度もモテた事がない。本当に、一度もじゃ。
...連れて来るのはむさ苦しい男ばかり、お前の事を好きになってくれる女性など現れるのかと疑った事もあった。
そんな我が孫を一度でも好きになってくれた女性には、感謝こそすれど怒る理由はなし。...良い夢を見させてもらった、まるで天女様のようじゃった。」
両目から涙を零しながらも心からの微笑みを浮かべる和の姿に、和也は口を引き結び、目線を下に向ける。家族に嘘を吐き、挙句の果てには和を泣かせてしまったと言うのに。祖母は自分や水原千鶴を責める事はしなかった。
そんな和に報いるには、今此処で自分が成長するしかない。そして、次こそは本当の恋人を彼女の前に。
頭を上げた和也は祖母と目を合わせる。彼の瞳に宿っているのは、断固とした決意。エミヤはそんな和也の様子を見て、ふっと笑みを浮かべた。これで、全てが丸く収まる。
「ごめん、婆ちゃん!俺...絶対に成───」
「ご、ごめんなさい!よいしょ...お料理作ってたら、遅くなっちゃって。」
...かに思われたその時、彼女はこの部屋に現れた。
「(みず...はら...?)」
「(千鶴...姫...!?)」
「(なっ!)」
水原千鶴。本名、一ノ瀬千鶴。彼女は木ノ下和也の恋人を装い、この部屋を訪れた。つまりそれは、嘘の継続を意味する。
和也の意見に否定的だった彼女が何故とエミヤは思案するが、もはやこの状況では彼が口を挟む余地はない。
エミヤは和也に視線を向け、彼の様子を確認する。予期せぬ来訪者の影響で先程の決意は薄れているように見えるが、今なお瞳の奥に熱は残っている。だが、現状からして今の彼が千鶴を無視して祖母に全てを打ち明けるには無理がある。
和也の成長を願っていた彼にとっては納得のいかない結果となってしまうが、今は水原千鶴の作った流れに身を任せるのが正解。和也とエミヤはその場に立ち尽くしながら、目の前で繰り広げられる千鶴と和の涙の再会を眺めている事しか出来なかった。
それから和と千鶴は主に和也の話題で盛り上がり、時刻は夜の二十一時。和也と千鶴、エミヤの暮らすアパートの外で和はタクシーの後部座席に乗り、意気揚々と次の見舞いの予定について話し合っていた。
「ちゃんと水曜日に見舞いに来いよー。」
「毎週行ってるだろ?」
「一人じゃなくて、衛宮殿と千鶴姫も一緒にじゃ!」
「俺一人じゃ不満なのかよ?」
「大いに不満じゃわい。」
そんな二人の会話を耳に入れながら、エミヤは千鶴の方を鋭く見据える。彼の視線に気が付いた千鶴は徐にエミヤと目を合わせると、和也と和に聞こえない小さな声で問いを投げる。
「あの...私の顔に何か...?」
「...いや。何故、木ノ下青年の提案に否定的だった君が彼に手を差し伸べるような真似をしたのかと、そう思っていてね。」
エミヤの発言を聞いた瞬間、あからさまに千鶴の顔が強張る。彼女自身、初対面の時からエミヤには和也との関係をある程度見透かされているような感覚はあった。
「............彼に聞いたんですか。」
「ああ、昨日の朝に聞いた。...その前から、気が付いてはいたが。」
やっぱりか、心の中でそう呟いた千鶴は嘆息する。職業柄、人並み以上には演技力に自信を持っていた千鶴だが、エミヤの洞察力はそれを上回っていた。
「彼に、手を差し伸べた理由...。」
「......何、別に今聞かせろと言った訳ではないさ。自分なりの答えが出たら、是非聞かせてくれ。」
そう言い、前の二人に会釈したエミヤはアパートの階段を上り、空気を読んで先に部屋へと戻って行く。そんな彼の後ろ姿を視界に収めながら、千鶴はエミヤの言葉を頭の中で反芻していた。