「なるほどなるほど、行き倒れていたこの人...衛宮さんを助けた後に何やかんやあって一緒に暮らす事になったと。」
エミヤとルームシェアをする事となった経緯を説明し終え、緊張の糸が解けたかのように建物の壁に寄りかかった和也を見ながら木部は言う。
「いや...まぁ、色々言いたい事はあるが、二人でちゃんと話し合った結果なら口は挟まねぇよ。」
木部は、和也が中途半端な意思でエミヤと共同生活を送るつもりだったのなら口に出して反対する気だった。それがどうだ、和也の言葉の節々からは強い決意が滲み出ていた。あの変わり様、この一週間でエミヤが和也に何らかの変化を齎したのだとしたら納得がいく。彼を昔から知っている者として幼馴染の成長を助長してくれた相手との生活に異議を唱える事など、木部には出来るはずもなかった。
「あ、あのー...何か真剣な雰囲気の所悪いんだけど、そろそろ時間が...。」
今の今まで存在感の薄かった栗林が申し訳なさそうに手を挙げる。それに反応を示したのは、又もや木部だった。
「ん?時間.........あっ、あぁーー!!」
突如、大声を出した後にスマホで時間を確認した木部。彼はスマホをポケットにしまうと怒涛の勢いで千鶴とエミヤ、双方の手を取って告げる。
「これも何かのご縁っ、是非とも御三方を飲み会にご招待したいと思うのですが!!」
それから十分後。飲み会に指定された店へ足を運んだ四人の間には今、絶妙に気まずい空気が流れていた。無論、最初から集まっていた三人も例外ではない。この場でその雰囲気に呑まれていないのは二人だけ、木部の勢いに負けて参加したエミヤと木ノ下和也の元彼女、七海麻美だけだった。
「ちょ、ちょっと皆ー!空気重いよ〜。私だってもういるし、終わった事じゃん?折角こんなに人が集まってるんだし、楽しく飲もうよ。」
「(え?もういるし?いる......いる......犬が?んな訳ねぇよな、...絶対に彼氏だ。当然だろ、分かってた事だろ。)」
和也の
「もう忘れましょう?今の彼女さんにも悪いし、ねっ?和くん。」
「あ...ああ...。ごめんっ...俺ちょっとトイレ行ってくる。」
皆の前で嘘を吐いている。七海麻美はもう過去に囚われていない。この空気の元凶は全て自分。様々な感情が混ざり合い、顔を俯かせた和也は一時的にこの場を離れる為の口実を作って席を立つ。
「では、失礼ながら私も。」
彼にとって予想外だったのは、そこでエミヤが自分に付いて来た事だった。
「行こうか、木ノ下青年。」
「あ、はい...。」
襖を開け、飲み会が行われている部屋を出た和也とエミヤは店の廊下を歩いてトイレを目指す。その間も二人に会話は無く、沈黙が続く。聞こえるのは歩く度に軋む床の音と他の団体客が酒を片手に雑談する声だけ。
時々、客から注文されたお酒等を運んでいるスタッフが和也を目にしてギョッとした反応をしているが、それも彼が醸し出すマイナスオーラ故。赤の他人が見ても気が付く程、今の和也の顔色は悪かった。
「(はは...やっぱ情けねぇな、俺。昨日だって、水原が手を貸しに来てくれた時に全部打ち明けてれば良かったんだ。
...そう言えば、衛宮さんにバレた事...まだ水原に話してなかったっけ。ああっくそ、どんだけ気が回んねぇんだ俺は...。)」
隣を歩くエミヤを横目に目的の場所へと辿り着いた和也。だが彼は中に入ろうとはせず、トイレの扉の前で立ち尽くして眉間に皺を寄せている。そして数十秒が過ぎ、エミヤが痺れを切らして和也の肩を揺すろうとした瞬間。彼は後ろへ振り返り、元来た道を早足で戻り出した。ビールを両手に持って忙しく動き回っているスタッフを器用に避けながら、和也は自分達の部屋を目指す。
「(そうだ、何やってんだ俺は。自己憐憫かましてる場合じゃねぇだろ!何で水原をあの場で一人にした、そんなんだから麻美ちゃんにも振られるんだろうがっ!)」
他人の気持ちを推し量る事に長けていない自分に心の中で叱咤する和也、もはや彼の目には先程まで暗さはない。
和也とエミヤがトイレに向かった直後、七海麻美は水原千鶴と話をする為に席を入れ替えた。
「ねぇ、彼女さん。少しだけ、私と話そっか。」
付き合っていた当時は魅力すら分からなかった普通の男が、見目の良い彼女を作って自分の前に現れた。短い間だったとは言え、和也の元彼女でもある麻美が千鶴に興味を持つのは自然な事だった。
「えっと...。」
「そんなに固くならなくても大丈夫、ちょっとだけだから...ね?」
「じゃあ、...はい。」
麻美が話を切り出そうとした、その時だった。部屋の外から此方側に近付いてくる足音と共に襖が開かれ、胸のつかえが取れたような面持ちの和也が顔を出したのは。
「ごめん、一人にして。」
「......和也さん。」