エミヤさんの異世界転移   作:夕叢白

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和也の成長

麻美は数分足らずでトイレから戻って来た和也を隅々まで観察する。曇っていたはずの表情は晴れやかさが増し、何時もの軽薄な雰囲気が消し飛んでいる。完全に立ち直っているとは言い難いが、トイレに行く前と今では明らかに顔付きが違う。

 

彼に同行した褐色肌の男に何かを吹き込まれた、或いは自分で持ち直した。可能性は二つに一つだが、麻美の中で後者は有り得ない。何故なら彼女の知る木ノ下和也が、愛を一方通行に押し付けるだけの自分本位で未熟な男だから。

 

「へぇ...笑える。」

 

麻美は小声でそう呟き、和也の横にある空席へ視線を移す。そこは和也のルームメイトであるエミヤの場所。麻美が彼と直接話をしたのは飲み会開始直後の自己紹介時のみ。肌の色や身長の高さ、目を引くビジュアルではあったがそれ以外は特に普通。麻美からしてみれば印象に残るかすら怪しい部類に入るはずだったのだが、彼女が思い違いを起こした今。エミヤが麻美に興味を持たれる事は避けられないだろう。

 

「...和くん、丁度いいタイミングで帰ってきたね。今彼女さんとお話する所だったんだ。」

 

「え、...そうなんだ。はは......俺も、混ぜてもらっていい?」

 

「勿論、遠慮しないでっ。大歓迎だよ。」

 

席に座り直し、視線を交差させる和也と千鶴。そんな二人を面白そうに眺める麻美。この三人の構図に嫌な予感を感じ取った麻美の友人、今井と島江は会話を止めて三人の方へ声をかけようとするが時既に遅く、幕は切って落とされた後だった。

 

「彼女さんって...そんなに可愛かったら和くんに求められて大変じゃない?ほらっ、和くんってあっちの経験ないから、偶に目が怖い時あるっていうか...。」

 

酔いが回っている訳では無い、素面の状態で一気に場が凍る発言を繰り出す。

 

「私もね?ちょっとデートにミニ履いてっただけで、椅子から立ち上がれないとか言い出すし。一回キスしたら次のデートからお昼ニンニクでもお構い無しだし。

 

毎回手を繋いでこようとするし。ご飯もやたら深夜まで営業してる居酒屋だし。やっぱ和くんも男の子なんだなぁって。」

 

木部を含む男性陣は彼女の暴走を宥めようとするが、次の瞬間には麻美から向けられた絶対零度の視線の前に怯え、結局は口を噤む。今この場に七海麻美を制御出来る者はいなかった。

 

「そうだよね...?和くん?」

 

和也の頬から、冷たい嫌な汗が落ちていく。麻美の発言は、本来楽しみ安らぐべき飲み会では控えるべきもの。だがもし他人を省みなかった頃の和也と付き合った事が原因で鬱憤が溜まり、新たな恋人を連れた和也を前にして感情が爆発してしまったのだとしたら。

 

「ははっ、あはは...。」

 

言うに及ばず、自分に非がある。そんな考えに至った彼は声を上げ、過去の愚かな自分を嘲笑った。

 

一部始終を隣から見ていた千鶴は机の下で握り拳を作り、この場の主導権を握っている目の前の彼女へキッと鋭い一瞥を投げる。敵対心、麻美は千鶴から直に放たれる感情に笑みを深めて応対する。その動作が千鶴の逆鱗に触れる事を悟りながら。

 

「もう、止めようッ。」

 

麻美の煽りにより、堪忍袋の緒が切れた千鶴が何も言わず俯いている和也の代わりに反論しようとした時。謗りを受けていた張本人が制止の声を上げた。溢れ出る激情を抑え込んだような、低く感情のこもった声色に全員の視線が彼の元へと集まる。

 

「麻美ちゃん......俺は君に謝らないといけない。付き合ってた時、俺は自分の事ばかりで麻美ちゃんの...相手の事を深く知ろうともしなかった。恋人らしい事して、満足して...その先はまた今度やればいっかって。話だって何時だって出来るしって。現状に、甘えてた。」

 

付き合いたての頃、和也は将来の家族構成や親族への紹介等の先走った理想を麻美に話していた。相手の家庭事情や内心を考慮に入れず、独り善がりに二人の未来を語る当時の和也を見て麻美はどんな心境だったのだろうか。想像するだけで、和也は胸が詰まる思いだった。

 

「失礼過ぎるよな、幸せにするって言ったのに独善的な行動ばっか。麻美ちゃんが怒るのは、当然だよ。でも、君と付き合って別れて...初めて分かったんだ。自分がどれだけ未成熟だったのか。」

 

麻美と別れた後のエミヤや千鶴との出会いが自身の短所に気が付く切っ掛けをくれた。だが、やはり大元は麻美との関係。彼女が一時でも恋人だったからこそ、和也は成長出来たのだ。

 

「だから何だって思うかもしれないけど、聞いてほしい。まず、短い間でも俺の傍に居てくれてありがとう。麻美ちゃんのお陰で少しは成長出来たと思うんだ。

 

そして、君を蔑ろにして......何も返せなくて......本当にごめんなさい!」

 

和也に初めて出来た、絶対に幸せにすると心に誓った恋人。麻美は彼に変化を兆しを残して、彼の元を去った。その後に様々な出来事を経て、切っ掛けを手にした和也は自身の欠点と向き合い、成長の機会を得た。

 

 

 

なにそれ.........帰る。」

 

笑みを消し、席を立った麻美は振り返る事もなく部屋を出て行く。和也は彼女の行動を咎める事はせず、ただ一度だけ頭を下げるのだった。

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