燦々と降り注ぐ太陽の光、家族連れで賑わう夏の砂浜。伊豆半島南部、観光名所として知られる豊かな自然に恵まれたその町、下田市には今日も大勢の旅行客が訪れていた。
「千鶴ー、船っ!ベリーロードだって!」
「......。」
「私、下田バーガー食べたーい!」
そして今、伊豆急下田駅から出てきたこのうら若き三人の乙女たちもまた、忘れられない青春の一頁を伊豆へ求め、様々な思惑が交錯する下田市へと足を踏み入れるのだった。
「はぁぁぁぁぁ...。」
快晴の空の下、アウトドア用のコンパクトなチェアに座った和也が長い溜め息を吐く。目の前で繰り広げられている友人たちのビーチボール合戦に呆れたわけではない。寧ろ普段の彼ならば全力で参加していたであろう。つまり、今の和也は本調子ではないのだ。理由は多岐に渡るが、強いて挙げるなら数時間前の七海麻美との会話だ。同居人であるエミヤの事を根掘り葉掘りと聞かれ、連絡先まで訊ねてきた彼女。携帯を所持していないと説明すれば、それならとバッグの中からお古のスマホを差し出してくる始末。
「しかも丁寧に初期化してるし.........。そんなに衛宮さんの事が気になるのか、麻美ちゃん...。」
正体不明、それが和也から見たエミヤの印象。思い返せば謎が多すぎるのだ。路上で倒れていた詳しい理由すら未だに明かされず、あの時の赤い外套だって一般人が着るようなものではなかった。問えば上手い具合にはぐらかされ、一向に話が進まない事もあった。だからといって追い出すような真似も出来ず、一週間、二週間三週間と共に過ごす内に自然と信頼関係が構築されていた。しかし何事にもけじめが必要な時はある。七海麻美に心からの謝罪をした。水原千鶴との関係を終わらせた。ならば次は、良かれと思い先延ばしにしていた衛宮士郎の事情と向き合う時だ。
「...衛宮さんと話すなら今日、だな。」
「かずくん!かずくん!衛宮さんがすごいのっ!きてっ!」
「えっ?ちょちょ、ええー!?」
和也が声のした方を見れば小走りでこちらへ駆け寄ってくる七海麻美の姿。彼女は海とは反対側、妙な人集りが形成されている砂浜を指差すと間髪入れずに和也の手を取り、目標の場所へと走り始める。近付けば近付くほど熱のこもった人々の歓声が聞こえ、そこで何らかの競技が行われているのは明白だった。群衆の中を通り抜け、互いに息を切らしながらも人集りの内側に辿り着いた二人が目にしたのはビーチバレーの試合。付け加えるのなら、それは普通のビーチバレー風景ではかった。
「衛宮さん、パスっ!またやっちゃって下さい!」
「あまり気は乗らないが、相手側が真剣勝負を望んだ以上、致し方ない。」
木部のパスしたボールがエミヤの頭上に差し掛かった瞬間、強風が周囲を襲い砂埃が舞った。正確にはエミヤが飛躍した事により発生した小さな衝撃波なのだが、誰もその事には気が付かない。何故なら、人々の目はこれからエミヤが放つサーブに釘付けだからだ。狙うは相手側の地面、負ける気は毛頭ない。
「いくぞっ!」
エミヤが平手でボールを打ち、コート内に突風が吹き抜ける。風で舞い上がった砂が目に入らぬよう瞼を閉じた相手側の二人、栗林と笹野が次に目を開けた時、試合はエミヤと木部の勝利に終わっていた。
「衛宮さんって運動神経良いんだね〜。きっとアスリート目指せるよ!...かずくん?」
「......え、あ...あははっ!確かにそうかも。」
謎が多い
正体不明
奇妙な外套
素性を話したがらない
和也の頭の中で次々とハマっていくピース。この世界でのエミヤを最初から知っている彼だからこそ、ビーチバレーでの異常な動きを見て本能的に悟ってしまった。
「...いや、何考えてんだ俺。有り得ないだろ、人間じゃないとか...そんなの。」
「ねぇ、皆もう行っちゃったよ?」
「あ、ごめん。戻ろうか、麻美ちゃん。」
芽生えつつある恐怖心に蓋をして笑顔を装う和也。そんな彼の様子に多少の疑問を抱きながらも、麻美は和也と共にビーチバレーのコートを後にする。
伊豆半島一泊二日の旅行はまだ始まったばかりだ。