エミヤさんの異世界転移   作:夕叢白

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水原千鶴と木ノ下和也

服装事件から一日後、残念な大学生、木ノ下和也は街中を訪れていた。池袋駅前の壁に背を預け、先日申し込んでしまったレンタル彼女の到着を待っているが、その顔色は暗い。

 

「はぁ...何やってんだろ、俺。」

 

レンタル彼女を初利用する和也とて、サイト内に掲載されている情報を全て鵜呑みにするほど、能天気ではない。これから合流する人物への期待値が大幅に下がっているのは、必然とも言えた。 だが、現実は和也の予想を良い意味で裏切る形となる。

 

「オレンジのシャツに、ストライプのパンツ。」

 

透き通るような女性の声に反応して顔を上げた和也は、思わず目を見開く。

 

「和也君...だよね?」

 

控えめな美しい前屈みをキープしながら、彼を見詰める麗しき美女がそこにいたからだ。

 

「うぇ...?」

 

これが、清純可憐なお嬢様系レンタル彼女の水原千鶴と残念でお人好しな冴えない大学生木ノ下和也の最初の出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってとある喫茶店。お互い席に腰を落ち着けた二人は、軽い世間話を始めていた。水原千鶴は大学の話から和也との共通点を見付け、上手く会話を繋げている。尚、話を振られている和也本人の意識は水原千鶴と言う異性に釘付けとなっている為、ほぼ空返事である。

 

「あの...いいかな?」

 

そんな和也の様子から早めに本題に入った方が良いと判断した千鶴は胸の前で手を広げ、料金の支払いを促す。利用客の夢を破壊しない為にも、タイミングは重要だった。彼女の動作に呆けていた和也だったが、何とか数秒で持ち直すと神妙な表情で懐から財布を取り出し、中から諭吉を四枚手に取った。夢心地から急転直下、込み上げてくる虚しさを誤魔化すように、彼は心の中で呟く。

 

「(もう、帰って寝たい。)」

 

千鶴のプロ意識は逆効果だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、和也の部屋のベランダではエミヤが空を見上げていた。その行為自体に何ら意味はなく、文字通り黄昏ている。服装に関しては相も変わらず赤い外套を身に纏っているが、それも今日限りとなるだろう。無論、エミヤの服装に苦言を呈した和也によって服が新調される事となったからである。彼が帰宅した暁には無理矢理にでも着替えさせられるに違いない。 とはいえ、エミヤも自らの異様さを理解しているので抵抗する気はなかった。

 

さて、そんなエミヤではあるが、元より現状に満足しているはずもなく、和也が外出したタイミングを見計らい、数分前まで部屋を物色するという泥棒紛いの行為に及んでいた。結果、得られた情報と言えば例の力と木ノ下和也は無関係だった事くらい。

 

力を隠している可能性も考慮していたエミヤだったが、見ず知らずの他人である自分を助けてくれた善人という前提を無視して疑い続けられるほど、冷静さは失っていなかった。

 

「全く...私も、焼きが回ったものだ。」

 

エミヤの今後の活動方針としては、まず木ノ下和也を隠れ蓑にしてこの世界の情報を集める。そして次は、優先的に魔術や自分(英霊)に関連する物全ての有無を確認。

 

例の力の正体を探るのは、それからでも遅くはない。そう自分を納得させ、エミヤは再び空へ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、喫茶店から水族館に移動した和也とレンタル彼女の水原千鶴は非常にぎごちなくだが、デートの形を保っていた。

 

「私、水族館初めてなんだぁ。」

 

何回目の初めてだよ───!と口に出しそうになる冷めた自分を押し止めた和也は、ぶっきら棒ながらも言葉を紡ぐ。

 

「へぇ、珍しいね。」

 

不満を隠そうともしない和也を気にする素振りすら見せず、天真爛漫な笑顔で和也へ魚の説明を求める千鶴はプロと言う他ないだろう。譬えこの時間が偽物であっても、自分の求めていた完璧なデートが現実となっている事に、もはや和也は赤面するしかなかった。

 

夢はあっという間に終わり、夜の帰り道、不意に和也と千鶴の手が触れ合い、お互いを確かめ合うようにゆっくりと繋がれる。事情を知らぬ者が見れば、初々しさ溢れる二人の姿は本物のカップルのようであった。

 

「じゃあ、今日は楽しかった。」

 

その幸せな夢が、木ノ下和也の心を打ったのは間違いない。

 

「ありがとう、またねっ、和也君!」

 

千鶴の走っていった方向を眺め、未だ手に残る彼女の感触に頬を紅潮させる和也。彼の頭の中は水原千鶴という存在で埋め尽くされていた。新たな同居人の事など、既に頭にはない。

 

詰まるところ、和也は重要な事を二つ忘れてしまっている。和也がその内の一つに気が付いたのは、家の前に到着してからだった。

 

「あっ、服買うの忘れた。」

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