その日、彼は大学で課題として与えられたレポートの参考文献を探す為、図書館に赴いていた。いつも彼の隣には栗林駿という細身の男性がいるのだが、今回は用事があるとの事でこの場にはいない。
図書館内に設置されている検索機器を利用して目的の本を発見した木部はその棚へ向かうも、途中で予想外の光景を目撃してしまう。
派手な服装をした白髪の男性が柄の悪い若者に囲まれ、煽られている状況。刺激せず対処するつもりなのか、煽りを受けている本人は無視を決め込んで本棚を眺めている。
何と非常識な事かと木部が職員を呼ぼうとした直後、遠くから成り行きを見守っていた男性職員が痺れを切らしたと言わんばかりの形相で騒動の中に飛び込んでいった。
これで万事解決だろう。そう思いきや、男性職員が全く非のない白髪の男性に向けて退館を促しているではないか。
そんな理不尽すぎる一連の流れを見ていることしかできなかった木部は自ら出て行った白髪の男性を追いかける為、
「(いや、なんでさ。)」
唐突な出来事に脳の処理が追い付かず、と言いたいところだが、そこはエミヤ、和也とは違い理解は早かった。
「つまり、本を貸すから好きな時に訪問して構わないと?」
「いやまぁ、深夜とかは流石に勘弁してほしいですけどね。」
木部の人柄を瞬時に察したエミヤは赤の他人の為に何故そこまで、という疑問はあえて口にせず、渡された紙切れに視線を落とす。確かに今後服装を変えてあの図書館に訪れたとして、例の若者と鉢合わせてしまう可能性は無きにしも非ず。無視をして対処する事は可能だが、あの職員が静観しているとも考えにくい。最悪の場合は出禁も有り得るのだ。ならば彼の厚意に甘えるのも一つの手ではあるが、必ずしも読みたい本が彼の家にあるとは限らない。
だとしたら、エミヤの取る行動は一つ。
「君の申し出は有難い。だが、無闇矢鱈と他人に住所を教えるべきではない。申し訳ないが、受け取れないな。」
エミヤは住所の書かれた紙を木部の手へ押し付けると、反論する隙を与えず、早足でその場を後にした。一人残された木部はエミヤの真っ直ぐな心意気に感心していた為、暫くはその場から動く事はなかったが、改めて自分の大胆な行動を省みて違和感を覚えているようだった。
「あれ...でも俺、何であんな積極的に...?」
場所は変わり、和也と千鶴のデートが進行中の喫茶店。二人は前回と同じ席に座り、前回と同じ流れで金銭の受け渡しをする。
「はい。ありがとうございます。」
諭吉を受け取り、笑顔で応対する水原千鶴に対して苦笑いを浮かべた和也は挑発的な声で言い放つ。
「な、なんかさ...虚しくならない?好きでもない相手とデートして、金貰って、ヘコまない?」
一瞬の間を置き、本来の自分を押し殺した千鶴は和也の言葉に対して丁寧に返答していく。
「ううん。私はこの仕事好きだよ、和也君みたいな人にも出会えるし。」
プロの意地とでも言うべき微笑みの前で、和也は黙り込むしかなかった。その後、千鶴のリードによってデートはある程度は順調に進んだものの、和也の態度は悪化するばかり。プロの千鶴でさえ、苛立ちを募らせるレベルにまで達していた。
「見て見て、和也君!ネオンテトラ!」
前回のデートの際に訪れた水族館に足を運んだ二人。予習した魚の話題を持ち出して和也の機嫌を直そうと奮闘する千鶴とは対照的に冷めた目を向ける和也。もはやデートと呼べるのかも怪しいこの空気に彼は耐えられなかった。
「もういいって。」
「えっ?」
彼女にフラれ、新たな同居人は増え、レンタル彼女には弄ばれ、最後の理由に至っては壮大な逆恨みだが、既に和也の鬱憤は限界を迎えていた。