〈2022年8月11日・1時29分〉
深夜、日が落ちてなおもじりじりと蒸し暑い真夏の夜。虫たちの鳴き声がこだまする闇の山中において、ひときわ大きな音を立てているのは、一頭の巨人の歩みだった。
山沿いを車で走る男がそれに気づき停車すると、音のなる方角、木々が揺れるその場所に、巨人の影が蠢く姿をその目でハッキリと見た。
男は仰天し文字通り腰を抜かしたが、その後の行動は適切かつ迅速だった。影の正体、考えるまでもなく怪獣だ。
大阪Gフォースに、一本の電話が繋がる。
〈同日・11時22分〉
『……の山中で怪獣と思われる巨大生物を見たとの通報があり、Gフォースが捜索に当たりました。現場付近では木が倒されるなどの怪獣被害と思われる痕跡も残されていましたが、発見には至っておらず、現在も捜索中です』
雲ひとつない晴天と、うだるような暑さに見舞われたここは、首都・大阪。
日本の台所と呼ばれたのもいつの日か、東京が陥落してからもうすぐ12年、新たな首都に定められた大阪は一部を要塞化、対怪獣の徹底的な防衛体制を施されていた。
当然、大阪の首都化と重要地点の要塞化にあたり、世間が揺れに揺れたのは言うまでもない。だが大阪首都化により高められた防衛力によって、今日まで大阪が大きな怪獣災害に遭った事がないのもまた事実であり、完全軍事都市と化した東京に次いで日本で最も安全な場所のひとつになっただろう。
世界は変わった、その事を日本で最も実感しやすいものが、この首都大阪である事は間違いない。 しかし、様変わりしたこの国でも、ここ道頓堀の雑多な賑わいだけは今も昔も変わらない。
「よろしくお願いしま〜す、ネコミミメイド喫茶「にゃん・にゃん・にゃん」日本橋でオープンで〜す、あっ、ありがとうござ……にゃあ!?」
「なんやおもろいカッコやな、何しとんねん?」
その道頓堀商店街の南端で、ネコミミメイド姿でビラ配りをしていた前川みくからビラを受け取った難波笑美が、ビラの内容を一瞥してから冷静にツッコんだ。
「あ〜、そういや今年から高校生やったな、にしても高校生がこんないかがわしいバイトしてええんか?」
「いかがわしくないにゃ! 可愛いネコミミメイド喫茶にゃ!」
「こんなあっつい日によーやるわ、プロ根性やな! てなわけでちょっとつきおうてや!」
「え? ちょ、わぁ!?」
何が「てなわけで」なのか、有無を言わさず、笑美はみくの腕を掴んで道頓堀橋の方へと引っ張っていく。
雑踏を華麗にすり抜ける笑美に、みくはさすがに場違い感の強い格好で商店街を歩いていくのが恥ずかしくなって何とか抵抗を試みるが、笑美は「ええからええから」の一点張りだった。
「なんやでっかいタコがおるとかでえらい騒ぎらしいわ!」
「タコ!? それはそれで気になるけど、みくバイト中なの〜!」
そんな嘆きの声も虚しく、結局みくは道頓堀橋まで連行されてしまった。橋に到着すると、普段にも増して大勢の人が押し寄せており、みんな夢中で道頓堀川を覗き込んでいた。
笑美はよっしゃ行くで! と言いみくを引っ張って果敢に人混みに飛び込んでいく。
「ちょっと通してな〜! 堪忍やで〜……っと」
「も〜、みくのメイド服がシワになっちゃう……にゃあっ!!?」
なんとか人混みをくぐりぬけると、そこには頭から足まで20メートルはくだらない文字通りの「大ダコ」の死骸が浮かんでいた。 不可解なことに、何本かの足が失われており、その断面は荒くまるで牙で食いちぎられたような跡になっている。
「にゃあぁ〜〜!!」
「驚いた……こんなんもう大ダコやなくて、怪獣や!」
「や、やっぱ俺が夜中に見た怪獣の仕業かもしれへん……!」
2人とも愕然として口をぽかんと開けていると、笑美の隣にいた男が連れにそう話していた。
そう言えば……と笑美は今朝のニュースを思い出した。しっかり聞いていた訳では無いが、山に怪獣が出たとか言っていたのは覚えている。
「あれ?」
「ん? どないしたんやみく?」
「急に波が出てきたから……ほら」
再び道頓堀川に視線を落とすと、確かにゆっくりと僅かながら波が立っている。風は吹いているが川が波立つほどの強さでは無いし、何より風でこんな揺れるような波は出来ないはずだ。
「川になにかいる……?」
みくの予感は的中していた。橋の反対側、そこに居るほとんどの人間が気を取られていた方とは逆側から、もう一匹の大ダコが現れた。
巨大な足を伸ばし道頓堀橋に絡みつくと、突然のことでパニックに陥った人々が慌てて逃げ出す。 笑美とみくも逃げようとするが、人混みの最前列である橋の手すりにまで来てしまった事が仇となり、一歩も身動きが取れない。
「んぎゃぁぁぁ!! 無理無理無理! これはムリ!!」
想像してみてほしい。ヌルヌルとした触手をうねらせ、目の前で地面を這い回る巨大なタコを。 身の毛もよだつとはこの事だ、あまりの気持ち悪さに真夏の日差しの下で2人は鳥肌を立たせていた。
巨大な吸盤で橋に張り付き、残された人々を囲うように足でバリケードを作る。足の中心部に見えるのは人くらいなら丸呑みに出来そうな口。 まさか、と思いたいが、このタコは橋に残された人達を「捕食」するつもりでいるのだ。
「いやぁあぁぁぁ!!」
「こ、こっち来んなタコ! あっち行け!!」
パニックに陥る人々、みくは恐怖のあまりうずくまって身を小さくし、笑美も無意味に手を振り払って追い払うような動作を繰り出している。
周りにいる人間も同様だ、逃げ場もなく抵抗もできない。かくなる上は川に飛び込むか……しかし、川に逃げたところで陸に上がるまでに結局捕まるかもしれないし、あのタコの死骸が浮かぶ川に飛び込む勇気もない。 命からがら大ダコから逃れた人達もものを投げつけてタコの気をそらそうとするが、効果はない。
絶体絶命のその時、ドシン、ドシンと建物が揺れる音に重なって、猛獣の鳴き声が響き渡る。 高く高く飛び上がったそれは、太陽を背に道頓堀川へと豪快に着地した。
黒い体毛、太くたくましい2本の腕、それは紛れもなく巨大な……。
「ゴリラ!?」
「ウォォオォォ!!!」
そう、巨大なゴリラだ。立ち上がって15mほどのゴリラが大ダコに吠えて威嚇すると、敵わないと思ったのかその体をズルズルと引きずりながら後退し、川に戻って行った。
「た……助かったん……か……?」
「いやゴリラゴリラ! めっちゃでっかいのがいる……って……あれ?」
大ダコを追い払ったかと思えば、ゴリラは周りにいる人々を襲うことなく、川に横たわるタコの足を掴み先端から豪快にガブリとかじりついた。
ゆっくりと脇の道に腰を下ろし、ボリボリと尻を掻きながらタコを味わう姿はなんともオヤジくさい。
「って、ケツ掻きながらメシ食うな、アホ!!」
その場にいた全員が口を開けてポカンとしている中、先陣を切ってツッコミを入れる笑美の声に、ゴリラはビクッと驚いた様子を見せると、今度は反省してるとばかりに頭に手を添えて少し顎を突き出した。
「いや、反省してへんやろ! なんやねんその適当な謝り方!」
「笑美チャン、さすがに言葉がわかるわけないにゃ!」
ところがどうしたことか、みくのもっともな意見に反して、ゴリラはまるで言葉が通じているかのように今度は歯茎を見せて威嚇し、反抗的な態度を取った。
いや、まるで言葉が通じているかのようにというのは間違いだろう。明らかにゴリラは人間の言葉を理解している。
道頓堀にどよめきが広がる、大ダコが襲ってきたかと思えば次は意思疎通の出来る巨大ゴリラが降ってきたら、誰しも混乱する。 ゴリラには明らかに敵意はなく、人間慣れしているのか周りに人がいても気にも留めていない。
「随分とふてぶてしいにゃ……」
「こないな川に落ちとるタコ食うたら腹下すで!」
そう言われて、横たわる大ダコを見つめてしばらく考えこむような仕草を見せると、おもむろに足をちぎって笑美に差し出した。
「いらんわーーー!!!! 食うなゆーてんねん!!!!」
笑美の渾身のツッコミが炸裂すると、やけに神妙な空気になりつつあった道頓堀に笑いが戻ってきた。 大ダコが襲ってきた緊張感からの開放に、ゴリラと笑美のコントのような間の抜けたやりとりに、誰しも笑いを堪えられなかったのだ。
「お? なんやウケとるし、ええか!」
「いいのかなぁ……?」
結局、呑気にタコを食っているゴリラを一目見ようと大勢の人達が道頓堀橋に押し寄せ、再び人で溢れかえった。 逃げる暇もなく雑踏に飲み込まれた2人は、上空にホバリングするメーサーヘリの到着を最前列で拝むこととなる。
「Gフォースです、皆さん離れてください! 怪獣に麻酔を打ち込みます、退避してください!」
上空だけではない、いつのまにか地上にもGフォース隊員が現れ、避難指示を出していた。
「アイツ捕まえるんか!? オレらを助けてくれたんやぞ!」
「だから麻酔を打って保護するんです、早く下がってください!」
誰かが抗議し、それを宥める隊員の声が聞こえてきた。ゴリラはメーサーヘリを警戒しているのか、立ち上がり威嚇を続けている。だが、そのお陰で川の中心に移動しており、麻酔弾を打ち込もうとしているメーサーヘリからすれば絶好のポジションだった。
ヘリの腹部から砲身が伸び照準を合わせる。射出された麻酔弾は見事右胸に刺さり、怪獣用麻酔液が注入された。 ゴリラは刺さった麻酔弾を引き抜いて川に捨てるが注入は一瞬で終わる、麻酔が回ったゴリラは
ふらふらと体を揺らしてから膝をつき、じきに前のめりに倒れ込み、その拍子に顔面を横の歩道に叩きつけた。
「ゴリラァァーー!!」
「頭から行ったにゃーー!!」
「ただいまより怪獣の輸送作業を行います、皆さん、怪獣から離れてください!」
「……って言ってるにゃ、笑美チャン、もう行こう?」
「お、おう、せやな……」
仕方なく、笑美はその場を立ち去った。 道頓堀川周辺は閉鎖され、ゴリラの四肢と胴体に蜘蛛糸より細く鋼鉄よりも強いと謳う特殊繊維で編まれたロープが括り付けられると、メーサーヘリでその巨躯を持ち上げた。
Gフォースの迅速な作業により、閉鎖は30分ほどで解除され、何事も無かったかのように道頓堀橋には人の姿が戻ってきた。
『速報をお伝えします、本日11時30分頃に巨大なタコ型怪獣が道頓堀に出現し、同時に巨大なゴリラ型怪獣がそれを撃退した怪獣災害の発生について、さきほどG対策センターより正式な発表がありました。 タコ型怪獣をクラスーCに分類し「大ダコ」と命名。 ゴリラ型怪獣を暫定的にクラスーEに分類し、「キングコング」と命名したとの事です。 また、本日未明に通報のあった怪獣について、現場に残された足跡や体毛から、キングコングのものであった事が判明しています。 G対策センターは今後、巨大化生物の発生の原因を調査するとの事です』
〈同日、13時47分〉
随分とあざとく可愛らしいBGMが大音量で流れ、店内のそこかしこから文字通り女の子たちの猫なで声が聞こえてくるここはメイド喫茶にゃん・にゃん・にゃん、さきほどみくが配っていたチラシを頼りに、笑美はこの店を訪れていた。
「大ダコにキングコングて、見たまんまやないかしょーもない……はぁ〜」
柄でもない溜息をつきながら、笑美は一杯700円もするメロンクリームソーダのアイスをひと口食べる。
「いや、なんでいるんにゃ」
「いや〜、涼しそうやな思て! お、オムライスやんおおきに!」
みくがこれまたひと皿1200円もするオムライスをテーブルに置くと、ごゆっくりどうぞ〜と言いながら立ち去ろうとする。
「いや待てい! ケチャップサービス頼むわ!」
「くっ……! 初めてのメイド喫茶のくせになんでサービス周りを熟知してるんにゃ笑美チャン……!」
「笑美お嬢様や。 いやーウチもな、最初は戸惑ったけど慣れてみれば楽しいとこやなメイド喫茶も!」
猫チャンメイドに有るまじき形相を隠しきれずケチャップの蓋を開ける、このまま顔にぶちまけてやろうかとも思ったが流石にバイト中にやるのはまずい、今度会う時に取っておこうと胸の中に閉まってみくは落ち着きを取り戻した。
「はぁ……まあ楽しんでるならいいにゃ。 で、なんて書いて欲しいの? 猫の絵でもいいよ」
「ウチの似顔絵」
「無茶言うにゃ! ……ハッ!」
みくは先程からのやり取りを周りに見られている事にようやく気づき青ざめ、笑美はしてやったりと必死に笑いを堪えている。 我慢の限界を迎えたみくはケチャップで「帰れ!!」と派手に書き記しそのまま厨房に戻り、それを見た笑美は壊れたように笑い転げていた。
〈同日、16時18分〉
「綺麗さっぱり、おらんなっとるな〜」
んだかんだとメイド喫茶をひとしきり楽しんでからまた道頓堀へと戻ってきた笑美は、今朝の騒動が嘘のように元通りになっていた川を見下ろしていた。 少し冷めたタコ焼きを口に運びながら、日が傾いてもなお暑く照りつける日差しに汗を流す。
(おもんないわ……)
難波笑美は退屈していた、怪獣に脅えながら生きていかなければならない今の世の中があまりにも窮屈に感じているからだ。
行き交う人々誰しもが同じだ、怪獣が怖くて仕方がないところを、それでも笑いながら今にもなくなりそうな日常を謳歌している。 大阪を包む笑顔の下にはいつだって暗い顔が潜んでいるに違いない。
今朝の大ダコとキングコング騒ぎで、笑美は初めて直に怪獣という存在を経験した。 あれほどの恐怖を覚えても、片や脅威度最低のクラスーC、片や危険度のないクラスーEと遭遇する怪獣の中では軽い方だと言われたのだ。
今も世界中のどこかで怪獣災害が発生している、怪獣時代と称されるように今は人間が大手を振って笑いながら道を歩ける時代ではなくなってしまったのかと思うと、どうしようもなく虚しい。
「ここいらでドッカーンとおもろい事、起きひんかなぁ」
沖縄ではキングシーサーという怪獣が人々を守るために怪獣と戦っているらしい。 キングコングに当てはめられたクラスーEとは人類の味方をする怪獣の事だ、もしも沖縄のキングシーサーのようにキングコングが大阪を守るスーパーヒーローにでもなれるなら。
(めっちゃおもろそうやな、それ)
この怪獣時代、誰もがヒーローを求めている。 ゴジラが南極大陸で倒され消息を絶ったという話は瞬く間に世界中に広まり、束の間の歓喜を呼んだ。
しかし、真相は“新たな怪獣がゴジラを倒した”事であると人類が知るのはそれから程なくしてだ、“嵐の王”と呼ばれるその怪獣は、ゴジラをも凌ぐ大破壊を短期間で齎し姿を消した。
不安は終わらず、とどまることを知らない。 今やゴジラですら敵わない規格外の化け物が出現し人々が心に絶望という名の爆弾を抱えているからこそ、キングコングが大阪の平和のシンボルになるのでは? 笑美はそう考えていたのだ。
なぜならゴリラが平和のシンボルだったら面白そうだから。
「なに黄昏てんの? 似合わんよ」
「お、みく! なんや、バイト終わったんかいな?」
メイド服から私服に着替え、ネコキャラから元に戻ったみくがいつの間にやら隣に立っていた。
「メガネも掛けとるからみくにゃんやのうて前川さんやな!」
「どゆこと?」
そう笑いながら、みくも笑美と同じように橋の手すりに両肘をかけて頬杖をついた。笑美が食うか?とタコ焼きを差し出すと、みくは念入りに息で冷ましてから頬張った。
「むぐむぐ……で、何してたの? こんなところでボーっとして」
「なんや、おもろい事転がってへんかな〜ってな」
「昼間にあんな面白いことあったんだから、しばらく落っこちてないよ」
「いやいや分からんで、今におもろい事が起こるかもしれんからな、あむ……ん?」
たこ焼きの最後の1個をひと口で頬張ったその時、道頓堀川がまた揺れていることに気づく。
まさかまた大ダコか? そう思って波の立つ反対側を振り向いたその時、大きな音とともに数百メートル先の地点の川で大きな爆発が発生した。
「なんや!?」
その直後、川に浮かぶ人型のシルエットが近くに停泊していた無人の小型ボートを掴むと、それを勢いよく投げつけた。
怪獣からすれば適当に放り投げただけだろう、しかしそのボートの着弾地点は道頓堀橋……笑美とみくを含む多くの人が行き交うあの橋の上だ。
「ちょっ……!!」
逃げきれない、爆発音によってより多くの人々がその場に集まっていた。その場にいる誰もが、逃げるという判断より先に、自らの死を理解した。
その時、彼は現れた。風よりも早く、岩よりも強く、遥か上空から舞い降り、拳をボートに振り下ろし川に叩きつけた。凄まじい量の水しぶきの中で、彼は悠然と立ち上がる。
「コング!!」
「ウォォォオオォォオ!!!」
〈16時02分〉
G対策センター怪獣研究施設内にて休眠状態にあったキングコングが突如覚醒。
〈16時08分〉
G対策センターの防災シャッターをくぐり抜けて脱走、再び道頓堀橋方面へ移動開始。
〈16時23分〉
道頓堀川にて謎の爆破現象が発生、クラスーC、体長18mほどの怪獣ガバラの出現を確認。
同時刻……キングコング、道頓堀橋に到着、ガバラの投げた小型船舶を粉砕し人命を救出。
「コング! 助けに来てくれたんかいな!」
目を光らせる笑美と、呆気に取られるみくの姿を振り返って確認したキングコングは、まかせろとばかりに右腕で力こぶを作って見せてから、ガバラの方へと向き直す。
向こうの体長は18m、対するキングコングは立ち上がっても15mほど、体格ではかなり不利に見える。しかしコングは怯まない、ガバラに向かって果敢に駆け出す。
対するはガバラ、イボの生えた緑色の肌を持った人型、あるいはゴジラ型と呼ばれる直立二足歩行の首の長い怪獣だ。
凶暴かつ狡猾な性格をしており、知能が高く隠れ潜んだり武器を使ったりとずる賢いところがある。戦闘能力、破壊規模共に大型怪獣の中でも下位だが、その知能ゆえに駆除に苦戦するといった記録が多い。
戦いの火蓋は切って落とされた、ここは大阪道頓堀、両者の雌雄を決するリングとして申し分ない大舞台だ。
先制を仕掛けたのはコング、渾身の右拳を迷わず顔面に叩き込み、怯んだところにすかさず左。ガバラは頭を左右に大きく揺さぶられ一歩二歩と後ずさる。
だがその膝は折れない、ガバラは効いてないとばかりにゆっくり首を回すと、差し出した右手の指をクイクイと曲げてかかって来いと挑発する。
「グオオオオオ!!」
挑発に真っ向から乗ると、コングは飛びかかって脳天にアームハンマーを叩き込む。が、ガバラはその両手首をがっしりと掴み受け止め、膝を曲げてその衝撃を地面に逃がす。
狡猾、と言うだけでは説明のつかない知能の高さだ、ガバラは格闘術を理解している。 地面に降りたコングの手首は離さないまま、ガバラは右足を突き出すようにコングの胴体を蹴る、蹴る、蹴りまくる。逃げ場のない蹴りの連打にコングはたちまち膝をついた。
「あ、アカン! やられっぱなしや!」
コングはガバラの出現を察知して覚醒しここまで走ってきた、だが効果自体は薄かったものの怪獣用麻酔が効いていなかったわけではない。
本来ならばコングの実力はガバラとの一騎打ちに十分通用するものだっただろう、だが、しかし、麻酔の抜けきっていない今のコングでは太刀打ちできない。
ガバラは力なく項垂れるコングの体を担ぐように持ち上げると、そのまま道頓堀橋の方へと投げ返した。
「うわーーー!!」
「ぎゃーーー!!」
川に叩き落とされた衝撃で激しい水しぶきが上がり、橋の上で見物していたギャラリーに襲いかかった。最前列で見ていた笑美とみくは特にその被害が大きい。
「うぇぇ〜〜……!」
「涼しなってちょうどええわ! コング、大丈夫か!?」
コングはなんとか両手で支えて上半身を起こしたが、それ以上立ち上がることができない。
「あの怪獣こっちに来てる!」
トドメを刺さんとガバラが進行を始めるが、余裕たっぷりにのそりのそりと歩いているのがなんとも憎たらしい。
「立て! 立つんやコング!」
笑美の声援を受けてフラフラと立ち上がるコングだが、その足元は頼りなく背中側に倒れ橋にもたれ掛かる。
「うわぁぁ!!」
「きゃあ!」
コングの頭を支えきれず橋の手すりがひしゃげ、振動で2人が倒れ込む。 絶体絶命のコングに追い打ちをかけるように、ガバラがバチバチと腕に電気を発生させ、川の水を伝わせてコングに電撃を浴びせた。
「ウゥオォォオオォォ!!!」
目に見えるほどの電流がコングの体を貫く、水を浴びた体にはより電気が通りやすい、ガバラの攻撃は正しく必殺の威力となっていた。
「コングー!」
電流が止まると、とうとうキングコングはピクリとも動かなくなった。 余裕綽々と言った顔でガバラが迫る。 キングコングを倒し気分が良くなったのかまるで小躍りでもしているかのような軽い足取りだ。
「笑美チャン! 逃げなきゃ!」
「ま、待ってぇな! い、今ので腰が抜けてもーた……!」
「ちょっとぉ!!」
ついに目と鼻の先にまでやってきたガバラは、動かないキングコングには目もくれず橋に取り残された2人を見て、ニヤリと口角を上げてみせる。 そして両拳を振り上げ、橋に叩きつける──!
「……っ!」
「あれ……?」
だが拳は空中で止まっていた、振り下ろされたガバラの手首を、キングコングが掴み食い止めていたのだ。
「こ、コング!!」
コングはくたばってなど居なかった、ガバラが近距離にまで接近するこの瞬間を静かに待っていた。 先程までパワー負けしていたキングコングだが、皮肉にもガバラの電気ショックによって麻酔の効果が切れ目が冴えた。 さらにそれだけでは無い。
「ウウゥ! オオオォォ!!」
キングコングが拳をガバラの腹にめり込ませると、拳の先から食らっただけの電撃を跳ね返し吹き飛ばす。 どういう訳か、キングコングは帯電体質となり電気への耐性を得ていた。
ガバラはすかさず川伝いに電撃を浴びせるがもはや通用しない、むしろ電撃を食らえば食らうほど、キングコングにはパワーが漲っていく。 拳を突き出し、電撃を浴びせ返す。 ガバラもこれには堪らず転倒し悶え苦しむばかりだ。
「ひ、必殺の電撃ゴリラや……!」
「見たまんまじゃん!」
立ち直したコングは2人の方に振り向き、目と目を合わせる。 ただのゴリラではない、その様、その姿、正しくスーパーヒーローの佇まいである。
「コング……やったれ!!」
笑美の言葉を受けてコングは走り出した、決着の瞬間は近い。 ガバラは体勢を立て直す暇もなく、コングの渾身のラリアットをその首に受けて倒れ込む。
すかさず体重を乗せたエルボーを叩き込んだかと思えば、その体を起こしてからの連続水平チョップ! 苛烈、圧倒的な手数の技がみるみるうちにガバラから戦意を削いでいく!
だがガバラもがむしゃらだ、手を振り足を振り暴れ回ってコングが組み付くのを回避する。 フルパワーのキングコングと言えど体格差のアドバンテージはガバラにある、ガバラはまだ勝利を諦めていなかった。
倒れたままのガバラに飛びかかるコングの手を押さえ、腹を足で思いっきり蹴り上げ投げ飛ばす、そう、見事なまでの巴投げである。
川に叩き落とされたコングは組み付かれないよう素早く体を起こすが、ガバラも既に立ち上がっていた。 こうなれば勝負は互角、両者同時に飛び出し手と手を組み合う睨み合い。
力と力の正面衝突は、キングコングが優勢だった。 腕を捻るとガバラは堪らず悲鳴を上げる、そのままガバラに飛びかかり、マウントポジションでの顔面殴打、これでもかとばかりに連続でパンチを打ち込む!
勝機は見えた、ガバラにはもはや立ち上がる力も残っていない。 近くのビルの屋上まで跳躍し飛び乗ったコングは、下方に倒れ込むガバラに狙いを定める。
キングコングは拳を振り上げ、反動をつけて勢いよく落下……否、飛翔した! 全身全霊のフライングボディプレスがガバラに炸裂し、街を揺らす!
もはやガバラには立ち上がる力すら残されていない、ぐったりと力なく倒れるその姿を目に、キングコングは両拳を天に突き上げた!
「グルルォオオォオォォォオオオーーーー!!!!」
その雄叫びが決着のゴング。かくして終結したこの戦い、大怪獣プロレスは後の世に語られる名勝負と相成ったのだ。
〈同日、17時33分〉
「ごく、ごく……ぷはぁ〜〜! 美味しぃ〜! まだ日の沈まないアフターファイブに飲むビール! これぞ夏よね〜!」
「瑞樹ちゃん今日も飲むねぇ! お代わりいっとくか!」
「飲んじゃう飲んじゃう〜!」
通天閣のすぐ近く、行き付けの居酒屋で豪快にビールをかき込むのは、大阪の人気ニュースキャスター川島瑞樹。
今日は怪獣だなんだと大騒ぎな1日だったが、終わってしまえばこちらのものとばかりに羽を伸ばしていた。
「せや、ニュース見てたで! なんや、道頓堀の方はエライ事になっとったみたいやな?」
「ええ、まあ何とかなったみたいだけど、それにしても巨大なタコにゴリラなんて、怪獣の在り方も変わってきたわねぇ……」
クモンガ、カマキラス、カメーバ、ゲゾラ、ガニメ、エビラ……それらの怪獣は生態や見た目こそ既知の生物に近いものであるが、今回の大ダコやキングコングはまさしく「巨大化した生物」そのものだった。
2021年12月、そのクモンガとカマキラスが神奈川に出現し、ゴジラによって倒された。 不可解なのは同日に出現したという植物怪獣……ビオランテという名前以外何も公表されていない。
そして同じく12月、南極大陸に落下した隕石と、それを追うように南極へ向かったゴジラ。
隕石と共に現れた嵐の王と呼ばれる怪獣がゴジラ消失と関係していると思われるが、嵐の王もその名の通り気流を乱すという超常現象を操る事がわかっているだけで、姿を見たものは誰もいない。
怪獣時代が10年を過ぎた今、世界にさらなる大きな変革が訪れようとしている、そんな不安が瑞樹を含めた多くの人の胸に黒いモヤのように浮かんでいた。
(何も分からない事だらけ、考えても仕方ないわね)
何もかも洗い流すように、瑞樹はジョッキになみなみと注がれたビールを半分ほど飲み込んだ。
「ぷはぁ〜〜!! ……あら?」
ふと手元を見ると、つまみの置いてある皿がカタカタと揺れていた。 いや、よく見れば店中の備品が揺れているし、自分も揺れている。
地震か? そう思った時、ズズン、ズズンと地響きのような音が外から聞こえてきた。
まさかまた怪獣!? と瑞樹は音の正体を確かめるために店の外に顔を出すと。
「き、キングコング!?」
「んにゃあぁぁぁ〜〜〜!!」
「わははははは!!」
キングコングは左掌に2人を乗せて、建物の屋上から屋上へと軽快に飛び回っていた。 向かう先にあるのは大阪のシンボル、通天閣。
高い高い跳躍は、ひと跳びのうちに通天閣の展望デッキの上にまで届き、塔のてっぺんへと瞬く間にたどり着いた。
「おお〜! 見てみい、ええ眺めやで!」
「いや、普通にめっちゃ怖いけど!? なんで平気なの!?」
「なんや、猫のくせに高いとこ苦手なんかいな、おもろいやっちゃな!」
「ぎゃ〜! バカバカバカ! 背中叩くやつがあるかぁ〜!」
「あっはっはっはっ! コング、これがお前の守った街の景色や、大阪のヒーローキングコングや!」
世界は変わった、それでも変わらない景色がある、変わらない暮らしがある。 そんな街だからこそ、守らなければならないものがある。
「ウチはな、この街に本当の笑顔を取り戻したい! 世界中の誰もが心の奥底からドッカンドッカン笑えるような、そんな世の中にしたい思とる!」
「笑美チャン……」
「せやからこれからもよろしゅう頼むで、コング!」
そう言いながら振り返ると、コングは2人と目を合わせたあとに唇を尖らせた。
「は?」
「ウゥゥ〜、ウゥ〜」
「……何しとんねん?」
「まさか……チューしようとしてる?」
「はぁ?」
コングは右手の人差し指で2人を交互に指さすと、拳で胸の中心を叩き、小指を立てた。その顔は何故か得意げだ。
「……まさかお前、ウチらに惚れたんか?」
「ええぇ!?」
コングはニヤリと笑いながら頷く、どうやらその通りだったらしい。
「なんやぁ、モテる女は辛いでホンマ!」
「なんで嬉しそうなん!?」
「けどなぁコング、どっちか一人にせんかい! 男らしくな!」
「そういう問題じゃないよぉ〜!! てか、オスだったの!? いやどっちでもいいけど! もう降ろしてよぉ〜!!」
「わっはっはっはっ!」
新首都・大阪。 そのシンボルたる通天閣のてっぺんで、キングコングは恋をした。 美女と野獣と言うにはあまりにも不釣り合いなそれは、しかして大阪を笑いに包む。
少女たちは今日も笑う、戦い、生きて、いつか人々が心から笑顔になれる日を願い、明日もまた笑う。
真夏の太陽はまだまだ沈まない。
〈エピソード5:恋と巨人と通天閣〉 -完-