ゴジラvsシンデレラガールズ   作:キシ

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〈エピソード6:黄金の太陽〉

 産まれる前から私たちはひとつで、産まれてからもずっと一緒。

 だけど「私」が「私たち」になった時から、本当は別々の存在で、それぞれ違うことを見て、感じて、思っていく内に、少しずつ変わっていったんだよね。

 それでもあなたと私はきっと心のどこかで今も繋がっていた。あなたが悲しいと私も悲しい、だから、私が笑っている時は、あなたにも笑っていて欲しい。

 

 私には見えないものがあなたには見えて。

 

 私に聞こるものがあなたには聞こえなくて。

 

 2人に分かたれたその日から、私たちは二度と「私」には戻れないけれど、違うからこそ通じ合える想いがある。

 

 私があなたを信じるように。

 

 あなたも私を信じて欲しい。

 

 例え離れ離れになったとしても繋がっている。 だって私たちはこの世で2人だけの、姉妹だから。

 

 

 

〈2023年7月30日・20時29分〉

 

 日本・太平洋沖を進むクルーズ船キャッスル号。高知県発着で北は北海道、南は鹿児島までを渡る日本一周の旅を終えて、明日朝に高知へ帰港しその旅を終えようとしていた。

 絢爛豪華な客船によるおよそ2週間の旅の終わり、最後にもっと船内を隅々まで探索しようと言い出したのは、双子の姉妹の妹・久川颯の方だった。

 

「すごいすごい! 見てよ、なー! カジノだよ!」

 

 颯がドアを開けた先は、音と光と歓声に包まれるカジノルーム、それを一望できる階段の踊り場だった。

 目を輝かせる颯に手を引かれ後から入ってきた姉の久川凪は、やれやれと肩をすくめる。

 

「この年でカジノに心を躍らせるとは、姉としては心配でなりせんね。あるいは、はーちゃんが伝説の賭博師として名を馳せる新たなるストーリー、その始まりの目撃者となったのでしょうか。 ならば元手は凪がラップで稼ぎましょう、YO」

 

「なーはラッパーになりたいの?」

 

「いいえ、どちらかと言えばマンション広告のコピーライターがいいですね」

 

「そ、そうなんだ……?」

 

「はーちゃんがギャンブルの世界で伝説になるように、凪も世界レベルのマンションポエムを書いて広告界の伝説となりましょう、チェケラ」

 

 などと掴みどころない会話をしているうちに、いつの間にか2人の背後に立っていた人物にぽんっと軽く肩を叩かれる。

 

「こーら、ここは子供が来るところじゃないわよ」

 

 颯は心臓が跳ねるような思いで振り向くと、立っていたのはスラリとした魅力溢れるスタイルの女性だった。 スーツの胸にはネームタグ、名前は「兵藤レナ」と書かれている、どうやらこのカジノで働くディーラーのようだ。

 

「わっ! ご、ごめんなさい!」

 

「妹が迷惑をかけてしまいましたね、姉としてお詫びします」

 

「あら、姉妹なのね? 確かにそっくり……じゃなくて、ここはお子様は立ち入り禁止よ」

 

「はーい……」

 

 しゅん、と肩を落としながら歩き去ろうとする颯を少し不憫に思って、レナは左手の親指で通路の向こうを指さした。

 

「その代わり、私が船の中を案内してあげる♪ ちょうど休憩時間だし」

 

「えっ、いいんですか! ありがとうございます!」

 

「落ちたな(確信)」

 

 パアッと目を輝かせる颯は、トテトテと軽い足取りでレナの後について行き、凪もその後を追う。

 

 

 

〈同日、20時36分〉

 

「……で、ゆーこちゃんの代わりになーがクジ引いたらビックリ! 特賞が当たっちゃってこの船に乗れたんです!」

 

「つまりはーちゃんもゆーこちゃんも凪のおかげで豪華絢爛な旅をほぼタダで満喫しているわけです、これは一生分の恩を売ったと見て間違いないので、一生分褒められる権利が凪にはありますね」

 

「なー偉い!」

 

 凪はそう言いながら得意げにダブルピースを決めると、わしゃわしゃと颯にその頭を撫でられて、満更でも無さそうな顔をしながら「ふふん」と鼻を鳴らした。

 

「へぇー、それは本当にすごいわね、もしかして凪ちゃんの方がギャンブラーに向いてたりして」

 

「ポーカーフェイスには自信があります、はーちゃんのなでなで以外でこの仮面を剥がすことは不可能と言っていいでしょう」

 

「なでなで〜♪」

 

「ふふ、ポーカーフェイスが崩れてるわよ」

 

「ギャンブラーは無理そうですね、人間堅実に生きるのが一番です、はーちゃんに撫でられながら」

 

 初めは掴みどころのない子だと思っていたが、レナは段々と凪のことが分かってきた。無表情に見えて感情の動きは人並みにある、特に妹の颯の事が大好きなのだと、口にしなくても伝わってくるようだ。

 

「ちなみにあのカジノ、お金のやり取りはしてないわよ。 健全な施設だから大人になったらまたおいで」

 

「はーい! 私、大人になったらちゃんとお金稼いでまた来ますね!」

 

 などと無邪気な会話を交えながらたどり着いたのは、最上階のデッキ、すなわち一番高い場所にある甲板上だった。 広く取られた空間にベンチなどが設置されており、昼間はよくここでくつろぐ人の姿が見れる。

 

「すごい……!」

 

 船の進行方向から来る風を真っ直ぐに受け、颯はその長い髪を揺らす。暗い海を突き進む煌びやかな船、改めてこの度の素晴らしさを実感できた。

 

「夜の海から漂う潮の香り、夏の夜風にさらされて、部屋の光を背に月を見上げる……こういうロマンティックなのもいいでしょう?」

 

「はい! レナさんは、見慣れてるんですか?」

 

「ええ、でも飽きないわ。 何度でも何度でも見たくなる、どんなことを抱えても、この海と風と空が私を癒してくれるの」

 

「素敵ですね……」

 

「でしょう?」

 

「景色もだけど、レナさんが。 カッコよくて、素敵です!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 素敵と、そう言って貰えるのは素直に嬉しかった。なりたい自分、やりたい事にまだ手の届いてい中途半端な自分に時々嫌気も指すけれど、カッコいい姿を見せられているなら本望だ。

 本当ならば、レナはもっと大きな場所、大きな世界へと羽ばたけたのかもしれない、世界を渡るクルーズ船など今や過去の話だ。

 何故なら、この一見美しい海も怪獣の支配する領域だから。その象徴たるのがマンダとダガーラ。世界中の海洋を生息域とし、人類から航路という道を奪った怪獣たちである。

 あらゆる輸出入の制約を受けた事により、こと日本においてもGフォースの護衛無くしては石油すら安心して手に入れられなくなった。まして船での旅行など自殺行為、今はこうして日本近海を周回するのがやっとである。

 

(燻っている……のかしら、私は今も)

 

「あれ? なーがいない!」

 

 と、仰天する颯の声にハッとさせられた。そう言えば先程から随分と静かだと思っていたが、話に夢中で気づかなかった。 2人して周りを見渡してみると、デッキの端で何も見えない方角の空をじっと見つめている凪の姿があった。

 

「……ラヤ……ラ……カサク……」

 

 すぐに駆け寄るが、凪は近寄ってきた2人に気づきもせず、無心で意味不明な言葉をうわ言のように繰り返していた。時折、何かの模様を宙に指で描きながら、また言葉を紡ぐ。

 

「凪ちゃん?」

 

「まただ……なー、昔からたまにこうなるんです。」

 

 その様子は普段の凪から感じる「不思議な子」とは明らかに違っている。 不思議を通り越して、不気味な程に静かで、空っぽの目をしているからだ。

 

「なー……もう部屋に戻ろう? ね?」

 

「……………………」

 

 いわゆるトランス状態というものか、あるいは白昼夢か。凪は何も無い空間に何かを見て、聞いて、話しかけている。

 たまにこうなる、とは言ったが実は最近はこうなる頻度が増してきている。いつもおちゃらけている凪だが、こればっかりは颯にも理解できなくて困っていた。

 

「これ、後で治るんですけど、なーは何も覚えてないって言うんです、嘘をついてるとは思えないし……」

 

「そう……」

 

「ごめんなさいレナさん、私たち部屋に戻ります。 いこ、なー」

 

 颯に手を引かれる凪は無気力かつ無抵抗なまま、ただ黙ってついて行った。

 それから部屋に戻った凪がどうなったのかレナは知る由もないが、颯に連れられて歩いていく去り際に、凪の口から出た小さな言葉をその耳でハッキリと捉えていた。

 

 ──太陽の紋章

 

 その言葉の意味するところをレナは知らないし、きっと颯や凪に聞いても分からないだろう。

 ただ、これから何かが起こるような悪い予感がしていた。それは凪の不審な行動故に感じる事なのかもしれないが、得体の知れない不安感に駆られながら、レナはカジノへと戻った。

 

 

 

〈同日、23時28分〉

 

 船内の施設もほとんどが閉まり、段々と静寂に染まっていく夜中に颯はふと目を覚ました。 あれから凪はすぐに眠ってしまい、颯も起こすのをやめて早めにベッドに入った。

 なんとなく目が冴えてしまったので上体を起こすと、隣のベッドで母が眠っているものの、もうひとつのベッドからは凪の姿が消えていた。

 

「なー……どこ……?」

 

 恐る恐る呼びかけてみても返事はない。トイレの方を見に行くが電気は点いておらず、まさかと思い部屋の玄関に行ってみると、ふたつ用意されていたはずの合鍵がひとつ無くなっていた。

 背筋が凍った。合鍵を持たず部屋を飛び出すと、冷たさはすぐに熱へと変わっていく。 弾け飛ぶほどの心音が胸を叩き、じっとりとした嫌な汗を全身に滲ませながら、颯は静まり返った船内を走り回った。

 

(どこ……どこなの? やだよ……私をひとりにしないでよ……!)

 

 姉のことをどこまで理解できているのだろうか? そんな不安を強く覚える時がたまにある。

 産まれる前から一緒で、産まれてからもずっと一緒、そう思ってきたのはもしかして幻想なんじゃないかと思う時もある。

 今だってそうだ、凪は何も言わずに姿を消した。さっきのトランス状態になる度に、颯はまるで双子の姉ではなく、赤の他人を見ているような気分になる。

 

「なー! どこなの!? なー!」

 

 いつも颯が引っ張って、凪が振り回して、そんな関係がずっと愛おしかった、姉妹なんだと実感できた。

 自分は他の誰よりも凪を理解しているし、凪も自分のことをきちんと理解してくれている、そう思っていたのに。

 今、どこにいるのかさえ分からない。彼女が何を見て、聞いて、感じているのか、時々本当に分からなくなる。 もしかしたら本当は分かり合えているなんて、都合のいい妄想だったのかもしれない。

 

「はーちゃん?」

 

「はぁ、はぁ……はぁ……!」

 

 先程訪れたデッキにたどり着くと、凪は手すりに掴まって風を浴びていた。 月明かりに照らされた白銀の髪は美しくなびき、いつも通りの静かな表情はその情景によって神秘的に映える。

 

「なー!」

 

 駆け寄り、抱きしめる、だがどうしようもなく心を締め付けていた不安はそれでも晴れない。

 

「わお、振り向けば絶世の美少女、かと思えば抱きしめられました、これは役得というものですね、よしよし」

 

「……なー……どっか行ったりしないよね……?」

 

「行きませんよ」

 

「私たち、本当に姉妹だよね……?」

 

「……? はい、もちろんです、凪だけがはーちゃんの姉で、はーちゃんだけが凪の大切な妹ですよ」

 

 ずっと、ずっと感じていた不安だった。

 成長する程に2人は変化していった。もっと小さい頃には性格にもさほど違いはなく、どっちがどっちか親でも迷うくらいにそっくりで、でもいつの間にか性格も見た目も明らかに変わっていって、かつてひとつだったものが完全にふたつに分かれてしまったことに颯は気づいた。

 

「妹をなぐさめるのは姉の役目です、たくさんなでなでしてあげましょう、よーしよしよしよしよし」

 

 颯に見えているものは凪には見えていない、凪に聞こえているものは颯に聞こえていない。

 それでいい、姉妹だって別々の人間なのだからそれが当たり前だって分かってる、だけど凪にはそんな事じゃ説明のつかない何かが見えて、何かが聞えている。

 そうだ、不安なのは自分たちが姉妹であるかどうかなんて事じゃない、もっと深く、もっと本質的なこと。

 

「なーは何が見えてるの?」

 

「え?」

 

 凪の肩に顔を埋めたまま、颯が問う。

 

「なーはさ、昔から変なところあるよね……ちょっと変わった子なのは分かってる、でも……時々なーが普通の人なのかわからなくなる時があるの……さっき誰と話してたの? 今私が来た時も何かを見てたよね……?」

 

 凪は本当に人間なのか? なんて、馬鹿馬鹿しい疑問だと思った。けれどこのままだと凪だけがどこかへ消えてしまう、誰かに連れていかれてしまうんじゃないかと、それだけが不安の正体だった。

 

「どこにも行かないで、私をひとりにしないで……怖いよ……」

 

 凪は、まるで母のような優しい笑みを浮かべながら、改めて颯を抱きしめた。

 

「大丈夫、“彼女”は悪いものではありません、ただはーちゃんにはまだ届かないだけ、凪もはーちゃんも、何もおかしくありません」

 

「“彼女”……?」

 

「きっとはーちゃんにも届きます、その時が来たら必ず、凪たちの手で多くの人を救いましょう」

 

 やっぱりだ、やっぱり何も理解できない。それでも凪の口からはっきりと不安に対する答えは出た、凪は決していなくなったりしない、ただ今はほんの少しズレてしまっているだけなんだと、颯はそう納得するしか無かった。

 

「それより、美しい姉妹愛を覗き見する曲者がいるようですね、姿を現しなさい、こちらには人質がいます」

 

「?」

 

 颯が自分の背後に向けられた凪の目線の先へ振り向くと、物陰からレナが姿を現した。

 

「髪をほどいてるとそっくりね、ところで、なんで妹を人質に取るのかしら……?」

 

「今の凪はわるなぎです、いくら妹と言えど人質として身の安全は保証できません、手始めにほっぺをつつきます」

 

「むえっ」

 

「柔らかい」

 

「はあ……今何時だと思ってるの? 連れて行ってあげるから部屋に戻り……あら?」

 

 言葉を止めて怪訝な表情を見せるレナ、その視線の先は颯の隣、凪の方だ。わけも分からず振り返ると、凪はまたじっと虚空を見つめたまま動かなくなっていた。

 

「なー、またなの……?」

 

 再び不安が募る、こうなれば声も届かない、会話もできない、凪がまた遠い存在になってしまう。

 

「はーちゃん、レナさん、手すりにつかまってください」

 

「え?」

 

 だが違った、凪にはまだ意識が残っている。いつもと同じ、何かが見えて何かが聞こえている、しかしこの状態で話しかけてきたのは初めての事だ、凪には周りが見えている。 その次の瞬間だった。

 

「揺れます! 早く手すりに!」

 

 想定外の鬼気迫る声に、2人は咄嗟に凪の言う通り手すりに捕まった。こんな表情で声を荒らげるのも初めての事だった、それだけに何か異常な事が起ころうとしている。 そして。

 

 ──ドオォォォォオオオ!!

 

 爆発的な轟音と共に船体が大きく傾いた。 それは横ではなく、下から突き上げるような衝撃。金属のひしゃげる音が聞こえ、海が荒々しく波を立てている。

 

「きゃあああああああ!!」

 

 手すりに捕まっていなければ今頃デッキの下まで転がり落ちていただろう。

 海の底に何かがいる、だが日本近海のこの海域で? この辺りは過去10年間1度たりとも怪獣が現れたことなどない安全な海域のはずだ。

 ……否、この世は怪獣時代、人の信じた“安全”の崩壊した世界。この世に本当に安全な場所など本当は存在しない、今までが幸運だったに過ぎない。

 

 ──ギャオオオオ!!

 

 咆哮を上げながら船の下を何かが通り抜ける、波を立て、水しぶきと共にその怪獣は姿を現した。

 海龍マンダ、人類から海を奪った、海洋の支配者。静寂の海が一転、今ここは死の領域と化した。

 

 

 

〈同日、23時40分〉

 

「こちらクルーズ客船キャッスル号、マンダと思われる怪獣に襲われている! 至急Gフォースの救助を求む!」

 

『現在キャッスル号は怪獣に襲われています、お客様は各位スタッフの指示に従い、速やかに』

 

 轟音と共に船内放送が雑音混じりに途切れる。マンダは船底に突進を繰り返し、沈没させようとしていた。

 もはやそれも時間の問題だ、どう考えてもGフォースの救助など間に合わない。船にはマンダの攻撃に耐える術はなく、救命ボートになど乗ろうものなら直ぐに転覆しマンダのエサとなるのは必定。

 豪華絢爛なる夢のクルーズ客船はもはや、暗闇の海に孤独に浮かぶ鉄の棺桶でしかなかった。

 

 

「くっ……凪ちゃん! 颯ちゃん! 今のうちに中へ! 早く!」

 

 レナの先導で部屋へと駆け込むが、凪は手すりにつかまったまま動こうとせず、毅然とした表情で空を見上げていた。

 

「なー!」

 

「……レナさん、どこかにペンかガムテープのようなものがあったら持ってきて貰えませんか?」

 

 その言葉に、颯は困惑を通り越して頭が真っ白になった。これほど切迫した状況にあってなお、凪の口から出る言葉はどれも意味不明でまるで言葉が通じていないようだ。

 

「なー、早く逃げようよ……ダメだよ、ふざけてる場合じゃないんだよ!!」

 

「はーちゃん、これは私たちにしか出来ない事なんです、信じてください」

 

(やっぱりいつもの状態じゃない……!?)

 

 凪の目は正気を保っていた。いつもの見えない何かと話している時の様子とは違う、それと意思疎通した上で、凪は自らの言葉を発しているようだ。

 

「……テープかペンね、分かったわ」

 

「え、レナさん!?」

 

 その目を見てレナは、凪の言葉を信じて道具を探しに走った。

 いや、信じたと言うよりは賭けた。生き残る術を凪に託しベットした。 現実的にはそれしか選択肢がなかったとも言える、だが重要なのはただ一つの選択肢に迷わず賭ける決断の早さだ、ここが勝負の分かれ目だとレナは直感した。

 

「レナさん!」

 

 そう、直感だ、根拠も心理戦も何も無い、行くか行かないかを選ぶだけの山勘。

 真っ暗な事務室は、ブレーカーが落ちたのか明かりがつかない。胸ポケットにしまっておいた非常用の小型ライトで部屋を照らしながら、使えそうなものを手探りで見つけ出す。

 

「あった、テープ!」

 

 ムテープを見つけたレナが部屋を飛び出そうとしたその時、3度目の衝撃が船を襲い体勢を崩してしまう。

 

「きゃああ!」

 

 横転し廊下で体を一回転させ壁に背中を打ち付ける。 それでも辛うじてテープは手放さなかったが、起き上がった際に足場に違和感を覚えた。

 

(斜めになってる!?)

 

 船全体が僅かに傾いていた。左右のバランスが崩れ、底の方では浸水も起こっているだろう。もってあと数十分、マンダの攻撃をあと何回耐えられるか分からない。

 

「なー……やだよ……! 死にたくないよ……!」

 

 ようやくデッキに出た時、颯はついに泣き崩れていた。 無理もない、ハッキリ言ってしまえばこのままでは死ぬ。絶対に助からない。

 目の前まで迫る死の恐怖によって、まるで彼女は幼い子供のように凪にすがりついていた。そんな颯を諭すように「大丈夫、大丈夫」と凪は何度も繰り返す。

 

「……持ってきたわよ、テープだけど」

 

「ありがとうございます」

 

 テープを手渡すと、凪はしゃがんで颯と目線を合わせた。泣きじゃくり目を腫らした颯に対して、いつも通りのすましたポーカーフェイスのまま、こう言った。

 

「私たちならできます」

 

 その一言だけを告げて立ち上がると、凪はテープを引き伸ばして適当な長さに切り、それをデッキの床に貼り付けた。 さらにまた同じようにテープを切り、床に貼る。

 颯にもレナにもその意味は分かっていなかったが、凪の動きに迷いはない。 その目は真剣そのものといった様子で、黙々と作業を進めていく。

 

「分かんないよ……なーのこと……何ができるの……? 教えてよ、ねえ……」

 

 俯きながら溢れ出たその言葉を耳にして、凪は手を止めずに話し出す。

 

「はーちゃんは覚えていますか? あの夜に見た夢を」

 

「……?」

 

「いえ、覚えてないと思います、あれは凪たちが2歳頃の事なので。 2011年の11月2日から3日にかけての夜、私たちは同じ夢を見ました」

 

「同じ、夢?」

 

「朝起きて、お互いに見た夢のことを話しました。 凪は今でも覚えています。 壊れて燃える街の中に立ち尽くして、黒い大きな影を見上げながら私たちは泣いていた」

 

 凪の話を聞いてレナは訝しんだ、燃える街に黒い影、そして2011年の11月3日、間違いなくゴジラの事だ。

 夢ではなく幼い頃の曖昧な記憶の事を話しているのかと思ったが、彼女らは徳島に住んでいるはずだし、本当に見たのなら今こうして生きていられるとは思えない。

 

(まさか予知夢?)

 

「でもその時、黄金の太陽……いえ、彼女が突然空を照らし、凪たちは目を覚ましました。 そしてその日、ゴジラは現れ夢は現実になりました」

 

「まさか、本当に予知夢を見たの? それも2人で?」

 

「はい、彼女はその夢の中でも、そして今でもこう言い続けています。太陽の紋章を掲げよ、と」

 

 太陽の紋章と聞いてレナはハッとした。 広い空間に要求されたペンかテープ、それは床に何かを描き出す為に必要なものだったのだ。

 

「あなたは今、その紋章を作ろうとしているのね?」

 

 デッキの上には既に8枚のテープが貼られており、その形は二重のX字のように間隔をおいて貼られていた。太陽の紋章という名前から察するに、それは太陽光を模した部分なのだろう。

 

「そうです、この紋章は彼女を呼び出すための1つめの鍵……そしてもう1つは……きゃあ!」

 

凪の言葉を遮るように、4度目の衝撃が船を襲う。マンダの攻撃はついに機関部を破壊し、船の後方から爆発音が響いた。

 

「あっ……!」

 

 3人ともマンダの不意打ちに体勢を崩す、しかし特に颯は立っている場所が悪かった。尻もちをつくように後ろに倒れたことで、背後にあった手すりに後頭部を強く打ち付けた。

 

「はーちゃん!」

 

「颯ちゃん!」

 

 駆け寄る2人の声を耳にしたのを最後に、颯の意識は途絶えた──。

 

 

 

 

 

 ──2011年11月3日、私は夢を見た。

 暑くて、暗くて、うるさい街の中。 気がつくと私はお姉ちゃんと手を繋いでた。

 辺りを見渡すと見渡すと、逃げ惑う人々の中で、何人かの女の子達が私たちと同じようにあの黒い影を見上げていた。

 茶色くてウェーブのかかった髪型の高校生くらいの女の人、反対を見れば私たちと変わらない歳の黒髪の小さな女の子。

 もっと居る、そして何故かは分からないけど、出会った覚えのないその人たちの事をまるで見知った人のように感じていた。

 大きな影がこちらを睨んだ。 ある人は竦み、ある人は泣き出し、ある人は立ち向かうように1歩踏み出したが、誰も逃げ出そうとはしなかった。

 ──その時、厚い黒雲を切り裂くように一筋の光が降りてきて、スポットライトのように私たちを照らした。

 明るい、だけど眩しくない。 息も出来ないほどの熱気に包まれていたはずなのに、どうしてか優しい温もりを感じていた。

 さっきまでの恐怖が嘘のように消えていって、やがて景色はどこまでも続く美しい草原に変わり、あの影も燃える街も全て無くなっていた。

 空には黄金の太陽の如く輝きを放つ何かが浮かんでいる。 そして語りかけてきた、私たちが、人々を救うのだと。

 

 ──呼んでる……私の大好きな、お姉ちゃんの声が聞こえる。

 

 

 

 

 

〈同日、23時49分〉

 

 全てを思い出した。それは自分たちに課せられた使命、多くの命を救うために、彼女を呼ばなければならない。

 颯は目を覚ますと、今にも泣きそうな顔で凪がこちらを見ていた。体はレナによって抱き抱えられていて、自分が気を失っていたことを察する。

 

「はーちゃん!」

 

「……なーのそんな顔、初めて見た」

 

心配させまいと何事も無かったようにスっと立ち上がってみせるが、後頭部に感じる痛みは誤魔化せず両手で抑えながら「痛たた……」と言ってしゃがみ込んだ。

 

「無理しないで、血は出てないけどそのうち腫れてくるわ」

 

「はい……あの、私どれくらい寝てました?」

 

「ほんの10秒くらいよ」

 

 時間にはまだ余裕がある事を知って安心し、床を見る。貼られた8枚のテープは太陽の紋章の光を表す部分だ、あと必要なのは中心を通る十字と、十字の角に太陽の球体を表す曲線を描くのみである。

 

「なー、思い出したよ」

 

 もう一度立ち上がり、颯は凪に手を差し伸べる。

 

「はーたちで助けよう、みんなを」

 

「……はい」

 

 2人で協力して一気にテープを引っ張る。 8本の光の線の中心を通る十字はすぐさま出来上がり、紋章の全体像が浮かび上がる。

 その様子を黙して見守りながら、レナは恐ろしく冷静でいた。 恐怖というモヤが晴れたような、あるいは暖かな安心感にすら包まれているような気持ちで、ただその場に立っていた。

 

(……この危機的状況で、どうして私は落ち着いていられるのかしら)

 

 不思議な感覚だ、さっき凪が話していた夢の話が、どうしてか他人事のように思えない。

 燃える街、黒い影、2011年当時中学生だったレナは東京に住んでいた。 しかしゴジラの被害とは遠い場所にいたから直接その姿を見たことは無いはずだ、そのはずなのに、記憶の奥底から朧気な景色が浮かび上がってくる。

 

(まさか、私も夢を……?)

 

「できた!」

 

 完成したのは直径3メートルほどの太陽の紋章……それは太陽と太陽の化身たる神を祀る象形文字、太平洋に浮かぶ小さな無人島、インファント島にて遥か古代に失われた文明が残した、たった一つの遺産。

 2人は完成した紋章の中心に立ち、手を繋いで空を見上げた。それから息を合わせ、歌を奏でる。

 太陽の紋章に続くもうひとつの鍵、それは少女の歌。 故も知らぬメロディ、馴染みのない言語、けれどもずっと昔からその歌を知っていたかのように、2人は言葉を紡ぐ。

 歌が終わる頃、レナはさっきまで荒れていた海面が嘘のように静まり返っていた事に気づく。 マンダがその動きを止めたのだ、はるか上空から接近する存在に気づき、警戒している。

 それはあらゆる脅威を鎮める守護者、遥か古代より人類の傍に有り続けた黄金の太陽、その名は──。

 

 

 

 

 

 

「「モスラ」」

 

 

 

 

 

 

 漆黒の空を溢れんばかりの光が照らす、それは眩く、優しく、暖かい光。レナはその姿をハッキリと目で捉えた、無数の光の粒子が球体を型取っており、まさしく黄金の太陽と形容する他ない。

 光の粒子は本体を離れこちらに迫り、巨大なキャッスル号の全体を包み込んだ。

 代わりに顕になったのは、美しい翼を織り成す蝶のような怪獣。

 

「あれが、モスラ……?」

 

 やがてキャッスル号を包む光はその輝きを増し、レナはたまらず目を伏せた。次の瞬間、死の海域からキャッスル号が消えた。

 

 

 

 光の粒子を失ったモスラの姿は、しかし尚も輝いていた。 黄金の太陽からうってかわり、その翼は青白く発光し月のように夜空に浮かぶ。

 

 ──ギュロロロロロ!!

 

 マンダは海面から顔を出しモスラを威嚇する、モスラは両翼の直径は100m以上あるが、体は30mほどと怪獣の中では比較的小柄だ。

 対するマンダは海の支配者、ゴジラや個体数が少なく行動範囲の狭いダガーラを除けば海において最強と名高い怪獣で、その全長は300mを優に超える。 体格差は歴然、圧倒的だ。

 それでもなお怯まぬモスラに痺れを切らしたか、マンダは海底から体のバネを活かして一気に空中へと体を伸ばす。 まさしく天に昇る龍が如く襲いかかるが、その牙がモスラへと届くことは無かった。

 モスラの触覚から放たれた七色に光る光線が、長大なるマンダの肉体を一瞬のうちに跡形もなく消し去ったのである。波ひとつ立たない静かなる一撃、しかしてそれは絶対的な攻撃力を持ってして、あらゆる邪悪を鎮める聖なる光。

 やがて本物の月明かりが差す頃、海は静寂を取り戻していた。

 

 

 

〈7月31日、0時0分〉

 

 気がつくと、キャッスル号は帰港予定だった高知県の港に着いていた。モスラの力による瞬間移動、紛れもない神の御業だ。

 

「助かった……のかしら?」

 

 モスラが行ったのは瞬間移動だけではない、完全では無いものの船の損傷は修復され、火災の起こっていた機関部も元通りになっており沈没の危機を脱していた。

 

「あ……頭打ったとこ、痛くなくなってる!」

 

「船も怪我もモスラが元通りにしてくれたようですね、ついでにゆーこちゃんのアンチエイジングもお願いすれば良かったか」

 

「2人とも、大丈夫なのよね……?」

 

 レナが恐る恐る尋ねると、揃ってキョトンとした顔で振り向く。何も変わりない、いつも通りの2人がそこにいた。

 

「ふふっ……!」

 

「えー! なんで笑うのー!?」

 

「ごめんなさい、2人とも同じ顔して口開けてるものだからつい……ふふ」

 

「凪とはーちゃんは双子ですからね、そしてどちらも絶世の美少女と来たものです」

 

「ねー! なーたち仲良し姉妹だもん!」

 

 颯は凪に抱きつき、凪は羨ましいでしょうとでも言わんばかりのドヤ顔を浮かべながらピースして見せた。

 

「はいはい……ふふっ、本当に可愛い姉妹ね」

 

 レナはようやく肩の力を抜いて笑うと、2人も一緒に笑いあった。 美しい満月に照らされた埠頭に、誰にも気付かれること無く、一羽の蝶が飛んでいた。

 

 

 

 このキャッスル号の瞬間移動と、乗客や乗組員たちの多数の目撃情報により、黄金の太陽こと怪獣モスラの存在は世界へと知れ渡ることになった。

 後にG対策センターはこの出来事を受け、以前よりモスラらしき怪獣を幾度も観測していたことを公表する。

 しかし、モスラと交信する少女たちについては、一切公表されることは無かった。

 

 

 

 

 

〈エピソード6:黄金の太陽〉 -完-

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