ゴジラvsシンデレラガールズ   作:キシ

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〈エピソード9:人類の行方〉

 ハロー、世界のG対策センターに務める全ての人たちへ。

 

 私の名前は一ノ瀬志希、G対策センター極東本部に身を置く天才科学者だよ。

 とは言っても、私は既に極東本部にはいない、この文章は私が予め用意した物を時間差で一斉送信しているからね。

 

 さて、結論から伝えると私はG対策センターを含めた、あらゆる機関との関係を今後一切持たない事を決めた。 理由は簡単、私の作り出したものが軍事兵器として利用される事が恐ろしくなったから。

 最初こそ私も私の頭脳が人類の役に立つならそれでいいと思っていた、けれどある日気づいたの、人類は既に怪獣の脅威さえも超越し取り返しのつかない領域にまで足を踏み入れてしまっていた事に。

 だから私は見切りをつけた、これ以上知識を悪用してはならないと思い至り、私は姿を消すことにする。

 もっとも、私が消えたところで既に技術として残ってしまったものもある、それは仕方のない事だし怪獣との戦いを終わらせる役に立つなら本望だ。

 けど一つだけ、あの恐るべき兵器の存在だけは決してこの世に残してはならない。あの兵器に関する全ての研究データは既に消去され、残っているのは唯一私の脳内にのみ、私がいなくなれば全て消えてなくなる。

 

 兵器の名は“ICS”(Ichinose Chemical Substance)、仮の名前ではあるが、私の名を冠したこの兵器はママの言っていた「人類が踏み込んではならない領域」にある物と私は確信している。

 ICSは狂気の産物だ、私はアレを誇張でもなんでもなく核を上回る史上最悪の大量殺戮兵器であると考えている。

 

 

 

 本題に移りたいところだが、ICSについての記述の前に、私がどのようにしてICSを開発するに至ったのかを記しておきたい。これは私自身の発明を正当化する言い訳をしたいのではなく、怪獣が現れた事により如何にして世界が狂ってしまったのかを明らかにするためだ。

 アメリカで生まれ育った私は、共に科学者である両親の影響を受けて幼い頃から科学に興味を示し、早くに天才と呼ばれていた。

 けれど9歳の頃、日本にある両親の実家を訪れていた私たち親子は、突如怪獣災害によって全てを奪われた。

 今でもハッキリと覚えてる、自他ともに認める天才科学者であった父が無惨に瓦礫に潰され肉塊と成り果てる光景を。

 瓦礫の中の空間に閉じ込められた私は幸か不幸か生き延びることが出来たが、救出される頃には両親は服と血痕が残されるのみで、全てを見てしまった私はショックのあまり失声症を患った。

 

 身寄りのなくなった私はアメリカに戻ることも出来ずG対策センターが運営する児童養護施設に預けられた。

 私は復讐がしたかった、こんな世界でなければ、怪獣なんてものが居なければと、両親の敵討ちの為に私はひたすら本を読み、知識を蓄え続けた。

 

 そんなある日、もう一人のママが現れた。 その時ママは決して子供を引き取ろうとした訳ではなく、ただ慈愛の心を持って子供達に優しく接してくれるのが日課と言うだけだった。

 けれど、そんなママもまた怪獣への復讐に燃える科学者だと知った私は、彼女について行くことを決めた。

 ママは優しいから何度頼み込んでも反対されたけど、5回目の訪問の時にようやく私を引き取ってくれた。 養子になった訳では無い、本当にただ預かってくれただけ、それで良かった。

 ママと出会い失声症も治った私はG対策センターの研究所で科学を学んだ、14歳になる頃には私の知識は既に並の科学者を上回っている事を自覚し、16歳になった時にママの研究チームに入ることを頼み込んだが、ママは頑なに私を認めなかった。

 今ならわかる、ママは私に兵器開発の道に進んで欲しくなかったんだ。 本当は誰よりも私の頭脳を認めてくれていたし、私のことを一番愛してくれていた、だからこそママは私を遠ざけた。

 でももう遅かったんだ、私はママに秘密で自分のラボを作り、少数の研究チームを発足した。

 私のチームに加わったメンバーは皆優秀だった、子供である私を認めない人間も多い中、集まったのは真に私の能力を認めてくれる人達、簡単に言えば有意義な研究に没頭出来るなら何でも良いという性根からのサイエンティストだけが集ったからだ。

 表立っての科学チームが反重力エンジンや光学バリアと言った華々しい研究成果の数々を打ち出している中、私たちは怪獣を確実に抹殺できる化学物質の開発に没頭した。

 ラボ発足から2年も経たない内に対ゴジラ兵器として期待されているANEBの開発プロジェクトにも参入し、私達は着実に勢力を伸ばしていった。そのせいでママにバレてしまい、とうとう顔も見せてくれなくなったけど、その頃の私は親の愛情よりも兵器を作る喜びを求めてしまっていたから、どうでもよかった。

 

 

 愛情も温もりも要らない、私が欲しいのは望む限りの研究が出来る設備と人材と時間、そして全ての怪獣を抹殺できる最強の兵器という結果だけ。

 ANEB開発を手伝う傍ら、私は他のメンバーにも秘密である化学物質の研究に没頭していた。 研究を秘匿していたのは単純に興味本位で始めた事で他人の手を煩わせるほどでもないと思っていたから。 それがICSだった。

 やがてICSを完成させた私はチームメンバーを集めて研究の事を明かした。 核と比べても小型で被曝リスクはなくコストもかからない、それなのに殺傷能力だけで見るなら核にも勝ると言っていいICSの完成に、メンバーは打ち震え誰もがこう言った。

 

 “ICSならゴジラを殺せる”と。

 

 だが私はその時、なんとなく心に影が差したような気がして、この研究データは誰にも明かしてはならないと思うようになった。

 最初はただ自分の研究成果を独占したいだけだと思っていたが、本当はICSが人の手に余る恐ろしい兵器であり、製造法を残すことは許されないのだと心のどこかで予感していたのかもしれない。

 実戦投入を見据えた本格的な実験を上層部に打診したところ、都合よく日本近海に姿を見せていた怪獣エビラを特定のポイントに追い込み実際にICSを使用するという場を与えられた。

 私はいい気になっていた、ママが反重力エンジンの基礎を作り轟天号と羅號という最新鋭の戦艦を作ったのに対して、私は手に持てる大きさのカプセルで怪獣を抹殺するICSを作ったのだから。

 

 決行日の5月7日、エビラを数隻の艦隊で陸地から離れた太平洋側の指定ポイントに追い込むと、ついにICSが投下された。

海中でICSが散布されると、瞬く間に周辺1km半径の海からあらゆる生体反応が消失した。 後に残るものなど骨ひとつない、かつて人類から航路を奪う原因の一端ともされた怪獣エビラとその幼体の大群が、なんの抵抗も見せないうちに跡形もなく消え去ってしまったのだ。

 私はその時甲板から海を見つめていたが、エビラの消失が報告されるや否や艦内は静まり返った。 前線で戦っているGフォースの皆はすぐに理解したのだろう、ICSが想像を絶する兵器であるということに。

 

 

 ICSの恐ろしさを目の当たりにして、私はようやく正気を取り戻した。

 私は自分の事を天才科学者だと思い込んでいたがとんだ勘違いだ、私はただ復讐という名の言い訳を盾に兵器開発を楽しんでいただけのマッドサイエンティスト。

 この世にあってはならないものを作り出してしまった事にやっと気づいた私は、恐怖に打ち震えた。 かのロバート・オッペンハイマーもまた同じ恐怖を覚えたのだろうか、なんて事を考えながら。

 

 やがて放心する私のもとに研究メンバーの1人が駆け寄ってきた、彼はなんの疑いも無い笑顔を私に向けて、嬉々として実験成功の報告を告げたのだ。

 ようやく、私は人類の過ちに気づいた。 怪獣と戦うために人類の科学文明は急速な発展を遂げ、数十年前まではフィクションの中にしか存在し得なかったはずの兵器さえ、当たり前のように手にしている。

 怪獣は人類を滅ぼし、地球という土地を自らのものにしたなんて、まるで地球が元々は人間の所有物であるかのような物言いこそ人の傲慢さそのものだよ。

 何もかも間違っていたんだ、怪獣によって人類が滅びたのなら言い訳はつく、だけどもし人類が怪獣をも凌駕する力を手に入れて、本当に地球の支配者になってしまった時はどうなるの?

 答えは簡単、人と人による争いの時代へ逆行する。 戦争は人の歴史を作る、数千年に及ぶ闘争の時代から歴史は積み重なり、学習した人類は力を制御する術を学び、これまで均衡を保ちつつ適切なスピードで科学を発展させてきた。

 だからこそ文明は今日まで続いてきたのに、怪獣によって進化を早められた科学はとっくに人の知恵では制御出来ないものになってしまった。 自分を守り怪獣を殺すために蓄えられてきた力が、今度は自分自身に跳ね返ってくる日も近いだろう。

 

 故に私は決心した、ICSという新たなる人類の脅威を、やがて全てを滅ぼすであろうこの悪魔の発明を、悪魔となってしまった自分ごとこの世から抹消すると。

 結局のところ、私がいなくなった所で私に作れたのだからいずれ科学はICSに辿り着くのだろう。 ほんの心ばかりの延命にしかならない事は百も承知の上で、私は全てを実行に移す。

 この文章を読んでどうかよく考えてみてほしい、旧時代より遥かに進んだ軍事技術、怪獣と戦うという大義名分のもとに歯止めなく増え続ける兵器の数々を生み出した果てに訪れる、人類の行方を。

 

 

 最後になるが、私はICSの実験を行った帰り、帰投する船の甲板から空を見上げていた。

 遠く、美しく、広大な宇宙の果てに燦然と輝く無数の星、今後1000年科学が発展しようと決して手が届かないであろう光に、私は焦がれた。 そんな星空を見上げているうちに、世界の醜さとこの戦いの小ささを知り全てがどうでも良くなってしまった。

 

 私が本当に欲しかったものは、復讐を遂げる知恵と力でもない、怪獣を滅ぼす兵器でもない、じゃあ何が欲しかったのか? 今となっては何も分からない、全てを失ったような喪失感の後に残るものは虚しさだけだ。

 ただ、それでも一つだけ願いが叶うなら、私はこの地球に再び科学の光が灯される瞬間を見てみたい。 宇宙に散らばる無数の星々の中にさえ、連綿と紡がれてきた人の営みがもたらすその輝きだけはどこにも見つからない。

 

 いつか、この星に光が取り戻される日を、私は願っている。

 

 

 

 

P.S.(解読不能な手書き文字の羅列)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈7月7日、早朝5時31分〉

 

 一ノ瀬志希はあてもなく歩いた。

 早朝、G対策センターを誰にも見つからずに抜け出す事は簡単だった。 仮に見つかったとしても、いつもの失踪癖が出ただけですぐに戻ってくると思われただけで済むだろう。

 荷物は少ない、替えの服も大して持ってこなかった。 脱走がバレて口座をロックされるのだけは避けたかったのでしばらく暮らして行ける金は下ろしてきたが、現金の札束を持ち歩くのは流石にかさばる。

 

「にゃはは……お札触ったのいつぶりだろ……」

 

 児童養護施設の次は日本最高の科学研究所に所属していたのだ、ハッキリ言って志希は外の世界を知らない。

 まともにお金を使ったことも無いし、生活費を考えたこともない。 それを差し引いたとしても彼女はまだ18歳の少女であり、自分で生きていく術をほとんど身につけていなかった。

 日も高くなる頃、志希はすでにG対策センターへの行き来にしか使われなくなった東京と神奈川を結ぶ道路を歩きながら、ふと案内標識を見上げた。

 この先ずっと真っ直ぐに歩き続ければやがて神奈川に着く、自分の事を誰も知らない場所、そこから更に遠くへ。 誰も自分を知らず、誰にも自分を知られない場所を探し、志希はひたすらに歩みを進める。

 

 

 もうどれだけ歩いただろう、この時間になってくるともう夏の日差しを感じて体力も急速に奪われて行く。 神奈川の市街地までの距離を考えていなかった訳では無いが、自分の体力については正直全く考えてなかった。

 ざっと20kmもしないうちに街に入る、時速4kmで歩けば5時間だから昼までには余裕で人の住む地区にまで辿り着ける……はずだったのだが、研究室籠りの志希にそもそも時速4kmをキープしながら歩く体力などあるはずもなく、仮に牛歩でも5時間歩き続ける体力も無かった。

 

「あぁ〜〜! もう無理、お腹空いた〜!」

 

 こんな時は科学の力だ、志希は朝食にと持ち出したレーションと水で腹を満たし、特性のビタミン剤と強壮剤を飲み込む。

 

「……街に行ったら美味しいものあるのかな」

 

 

 

 歩く、歩く、歩く……足が痛み、夏の日差しに体力を奪われながらも、がむしゃらに歩き続ける。

 疲れ果てても後悔はしなかった。 これは罰だ、自分がして来た事に対する罰なのだと受け取って、どんなに辛く苦しい道のりであっても、ただ歩き続けることが赦しになると信じたかったから。

 

(結局、ママにはあの実験の前日以来会ってないな……)

 

 ICSの実験を行ったのが5月7日、今日よりちょうど2ヶ月前になる。

 実験当日、志希は偶然施設内でママとすれ違ったが、半年近く言葉も交わしていない2人は目も合わせることなく、本当にただすれ違うだけだった。

 志希はなんとなく、楽観視していたのだ。 今はママが自分の事を嫌っていても、いつか必ず仲直りする機会はやって来ると。 その為に彼女に自分の才能と正しさを証明する必要があったから、ICSを使った。

 そんな考えがまず間違っていた事に気づいたのは、ICSを使い後戻り出来ない所まで行ってしまった後だ。

 

(謝れば良かった、ちゃんと話し合えば良かった、ママが私の事を嫌いなんてなるはずないのに……嫌いになったのは私の方、私がママを傷つけた……)

 

 あるいは、ただ1人で塞ぎ込んでいたこの2ヶ月の間に勇気を持って会いに行けば良かったのだろうが、新しい人型航空兵器の開発に忙しいママの邪魔になるわけにはいかないと、結局自分からは動けずにいた。

 実験後の話になるが、ICSは余りにも冷酷無比な殺戮兵器であるとして、兵器として採用されることは無かった。 開発者である志希も会議の場で不採用にする事を申し出て、全ての研究成果を破棄する事を誓ったために審議は極わずかな時間で終わった。

 最も、人類がやがてICSに辿り着くまでの頼りない時間稼ぎにしかならないだろうが。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 それから、もう何時間歩いただろうか、腕時計を確認する余裕もないほどに歩き疲れた頃、ようやく街が見えてきた。

 相次ぐ怪獣災害によって神奈川も大きく景観が変わり、街並みは志希が産まれる前と比べても随分ともの寂しくなっている。

 ようやく着いた、ここから先は公共交通機関を使ってどこまででも行ける……そう思いながら足を引きずると、ふと道路に面したところにある木々に囲まれた広い敷地が目に止まった。

 

「ここは……?」

 

 入口には「怪獣災害慰霊公園」と書かれた看板、志希は、何かに導かれるような感覚を覚え公園に足を踏み入れた。

 少し歩くと、高さ3m、幅5mほどの綺麗な長方形の石碑が置かれており、右端に大きく「怪獣災害慰霊碑」と掘られ、長々と追悼の言葉と未来の希望を願う文章が刻まれていた。

 周りに人の気配はなかったが、慰霊碑の前には今朝供えられたばかりの色とりどりの花束が置かれている。

 ここには人々の祈りが集まっている、遺骨が埋められている訳では無い、ただの想いの集合場所、そんなことは分かっていたはずなのに志希は──。

 

「…………あ、あれ……?」

 

 不意に流れ頬を伝う涙を慌てて拭う。 けれども、次から次へと、とめどなく涙は零れ、ついに溢れ出した涙とともに志希は膝から崩れ落ちた。

 

「あはは……なんだろう、これ……変だな……変、だよ………………こんなの変………………なんで……なんでなの……違う……パパもママもここにはいない……! いない……いないのにぃ……!!」

 

 涙を流したのは、10年振りだった気がする。 あの日、目の前で両親が殺されるのを目撃したその日から、志希の心はずっと閉ざされていた。 涙を流せるほどの感情も、とうの昔に枯れ果てて。

 

「嫌だ、嫌だぁ……! 私をひとりにしないで……! う、うぁあぁぁあぁ……!!」

 

 志希は初めて、自分の心を理解した。

 寂しくて苦しくて辛くて悲しくて、そんな自分の心も理解せずに生きて来て、自分自身を取り繕っていたものの全てが音を立てて砕け散る。

 

(みんな……みんな苦しんでる……! 私だけが特別じゃない、私だけが不幸なんかじゃない……なのに私は、そんなことも知らないで!)

 

 どれほどの悲しみや苦しみが世界に渦巻いただろう、力を持たない多くの人が無情にも怪獣によって踏み潰されて来た事も知らずに、何が開発者か、何がGフォースか。

 兵器開発は復讐劇ではない、誰かを守るための戦いだ。 救えなかった命、今ある命、産まれてくる命……人の営みを守りいつか取り戻すための戦いこそG対策センターに課せられた唯一絶対の使命であり、ただ悪戯に命を奪うだけの殺戮兵器を作り出すことが目的ではない。

 

(私なんにもしてない! ママは沢山の発明で沢山の怪獣を倒してきた……沢山の人を救ってきた……! 本当に凄いのはママだ、私以外のみんなだ! 私なんか何の役にも立ってない! 私は……私の人生は……!)

 

「うっ……うぅ……」

 

「………………!」

 

 声を枯らしながら泣きじゃくる志希のもとへ、1人の女性が近寄る。

 足音に気づいた志希は泣き腫れた顔を見られないように腕で覆い隠すが、女性は何も言わずただハンカチを差し出し、志希は素直にそれを受け取った。

 女性は花束を供えて、手を合わせた。 嗚咽を漏らす志希の傍に立ったまま、一言も喋らずにただじっと慰霊碑に祈りを捧げている。

 

「ぐす……ありがとう……」

 

 志希はようやく落ち着きを取り戻して、受け取ったハンカチを返す。

 

「立てる?」

 

 細く、優しく、だけどどこか芯の通った声をしている。 志希は目を合わせるのが気恥しくて顔を見ることはしなかったが、声と服装と香水の香りから、だいたい30歳前後であると見立てた。

 

「…………立てるけど、歩き疲れちゃった」

 

「そっか、じゃあ私の車で街まで送って行ってあげるね」

 

「……ありがとう」

 

 立てると言いながらも、志希は依然として座り込んだまま動こうとしない。 いるはずも無い両親にようやく会えた気がして、しばらく離れたくなかった。

 学者が慰霊碑を前に「死んだ両親がいる気がする」など呆れ返るばかりだが、そんな理屈は今はどうでもいい。

 

「あのね、私は昔お父さんとお母さんを亡くしたの、こことは違う場所で……だけどね」

 

 志希の様子を見かねて、女性は身の内を語り出した。 寂しさや憂いは感じない、昔話を語り聞かせるような、優しい声で。

 

「昔はずっと後悔してた、本当なら助けられたはずなのに、って」

 

「今は……?」

 

「ちゃんと受け止めることにしたよ、だからここに来るの、私は生きてるよ、今とても幸せだよって、伝えに」

 

「幸せ……こんな世の中なのに……そういうのもアリなんだね」

 

 志希は座り込んだままそっと女性の顔を見上げる。 色白できれいな肌に、どこか儚げで、強さを宿した瞳。 肩甲骨の下まで伸びた黒い髪が風でふわりと揺れていた。

 

「過ぎたことは変えられないから、せめて生き残った私はちゃんと前を向いて歩く事に決めたんだ」

 

「……私はどこに向かって歩けばいいのか分かんなくなっちゃった」

 

「焦らなくいいんだよ、あなたが行きたい道をゆっくり探せばいいの」

 

「…………そっか、そんな事でよかったんだ……」

 

 彼女の言葉を受け止める度に、志希の心に覆いかぶさっていた重たいものが少しずつ落ちていくようだった。

 10年間の黒い蓄積が崩れていく、自分の道を閉ざして復讐に取り憑かれていた自分が幸せになる道なんて、想像することもできなかった。

 

「私は道を探すことから逃げてたんだね」

 

 志希は慰霊碑に手を合わせ黙祷を捧げる、10年の空白を埋めるように、2人に思いが届くように。

 ふと、両親の言葉を思い出した、志希という名前の由来──希望を志す。 それは、両親から託された想いなのだろう。

 

「パパ、ママ……行ってきます……私、今度は人の役に立つ事をしたい、だから困ってる人達を助けに行くよ」

 

 慰霊碑に誓い、立ち上がる、もう涙は零さない。 2人にもらったこの命がある限り生きていくと、いま心に決めたから。

 

「お姉さん、ありがとね」

 

 振り返り、微笑む、それは年相応に可愛らしくて、どこかイタズラっぽい、一ノ瀬志希の本当の笑顔。

 

 

 

 それは怪獣時代が始まってから29年目の、西暦2040年7月7日。 強い日差しと吹き抜ける風が夏を感じさせる、旅立ちの日──。

 

 

 

 

 

〈2040年7月7日、10時49分〉

 

 G対策センター極東本部科学研究所兵器開発部の一角、小さなラボに彼女はいた。 パソコンの画面に映し出された新兵器の開発データを睨みながら、アイスコーヒーを飲み干す。

 完成まであと一歩、彼女が基礎設計した反重力エンジンの発明によって完成した飛行潜水艦、轟天と羅號は圧倒的な性能を発揮し人類の宿敵とも言えるマンダを滅するに至った。

 しかし高すぎる維持コスト、巨大故に取り回しの悪い決戦兵器は、怪獣の出現が激化した近年の怪獣対策にはそぐわない。

 求められているのは、整備性がよく即出撃が可能で高い汎用性と攻撃性能を両立した小型兵器。 V・プロジェクトと名付けられたこの新兵器開発プロジェクトも、いよいよ佳境に差し迫っていた。

 空になったグラスをテーブルに置いたその時、ドンドンと慌ててドアを叩く音が聞こえたので、落ち着いて「開いてるよ」と外の人物に声をかけると、眼鏡をかけた髪の長い見慣れた女の姿が見えた。

 

「そんなに慌ててどうした? マキノ」

 

 マキノ、と呼ばれた女性は、30代後半とは思えないほどに若々しい美貌を保つG対策センター情報統括部の人間だ。 常に冷静沈着で物事を正しく分析する情報のプロフェッショナルがこうも慌てているならば、よほどの非常事態なのだろう。

 

「志希がいなくなった……!」

 

「なんだまた失踪か? いつものこと……」

 

「これを見て! ついさっき全世界のG対策センターに向けて一斉に送信されていた……これは、あなたに向けたメッセージよ! 晶葉!」

 

「なに……?」

 

 思わず立ち上がり、マキノの表情を伺うのは──G対策センター極東本部・科学研究所兵器開発部開発主任、池袋晶葉。

 32歳という若さで兵器開発の主任にまで上り詰めたG対策センター始まって以来の天才である。

 マキノから手渡されたタブレットで志希の残したメールを確かめる。 メールは同じ内容のものを日本語と英語で書いて全世界に送信しており、加速する兵器開発への警鐘を鳴らしていた。

 読み進めるほどに、晶葉は心音を早めた。 嫌な汗が額に浮かび首筋を流れる。 晶葉には受け止めきれなかった志希の赤裸々な思いを目の当たりにして、視界が歪むほどに血の気が引いていった。

 

「ねえ、晶葉……最後のP.S.ってところ、解読できない模様みたいな手書きの文字列……これ、あなたと志希が昔やってた“秘密の暗号”なんじゃないの?」

 

 最後に書かれていた短文は、志希がまだ小さかった頃に晶葉と2人で作った創作文字だった。 なんでもない、ただの遊びで作った2人だけの秘密のやりとり、2人にしか読めないメッセージ。

 

「マキノ……少しだけ1人にしてくれないか」

 

「大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だから……」

 

「……分かったわ」

 

 マキノはタブレットを受け取り、部屋を後にした。 残された晶葉は再び椅子に深く腰掛け、落ち着かせるために息を吐く。

 けど、ダメだ、冷静さは決壊し、ボロボロと涙を流しながら、晶葉は子供のように声をしゃくり上げる。

 志希にはただの女の子でいて欲しかった、彼女を引き取ったのも幼いながらもどこか危うい雰囲気があったから、彼女自身を守るためというつもりだった。

 なのに晶葉は志希を恐れた、想像以上の才能に恵まれた彼女の知識欲は満たされることなく、全てが復讐心へと吸収されていく様を目の当たりにして、手に余るのを感じた。 そうして志希を避けるようになった結果がこのザマだ、たった1人の少女の未来を守れない自分が、人の親なんかであるものか。

 

「…………バカ……」

 

 晶葉はひとり、顔がくしゃくしゃになるまで泣き続けた。 最後に記された暗号の答えは本当になんでもない言葉だったけど、2人にとって一番大切にすべき言葉だったのだろうと、今になって思い後悔だけが募って行く。

 

 ありがとう、愛してるよ、ママ──たったそれだけの、一番大切な言葉。

 

 

 

 

 

 ──時は流れた、晶葉がゴジラ討伐を掲げたあの自由研究から19年、怪獣の脅威は尚も膨れ上がり、世界はゴジラとキングギドラという二つの王が支配権を奪い合う中で、人類が生存をかけて戦う、混沌の時代となった。

 晶葉は己が誓いを果たすため、大切な娘を失ってもまだ立ち上がる。

 来たる対ゴジラ最終決戦、全ての因縁に決着をつける最後の戦いまで、あと1年と5ヶ月。

 

 

 

 

 

《エピソード9:人類の行方》 ー完ー

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