子供の頃、私はキラキラに輝くアイドルを見た。
病室のベッドでテレビを観ているだけの私にとって、憧れの存在。 私のお母さんも昔はアイドルで、その頃はもっと沢山のアイドルが切磋琢磨していたと言う。
今は怪獣災害によって芸能界そのものが衰退し、昔と比べて娯楽はだんだんと少なくなってきた。
それでも娯楽には人の心を満たし、癒し、時に感動を与え、時に勇気を与えるものだと、母は熱く語ってくれた。
だから私はアイドルに憧れていた、子供の頃は、だけど。
年齢を重ねても私の容態は良くならなかった。 それこそ怪獣が出現する前の安定した医療を受けられる環境さえあれば治ったかもしれないけど、怪獣災害によって増していく医療現場の逼迫により、私一人の命を救えるほどの余裕はどこにも無かった。
私は全てを理解し、諦めた。 憧れは届かないから憧れなんだ。
──じゃあ私は、何のために生まれてきたのかな?
〈2041年、7月25日18時53分〉
太平洋を北上し日本へと迫るメガギラスとメガニューラの群れに対し、Gフォース極東本部より3機の最新鋭機が飛び立つ。
一機はスーパーXⅢ、2020年代に活躍しかつて日本最強を誇ったスーパーXの後継機であり、つい先日ロールアウトした。
対怪獣戦闘の他、怪獣災害を含めた自然災害・事故における救助活動も視野に入れた万能機でありながら、その戦闘能力は轟天号にも見劣りしない。
このような万能機になった背景には、対怪獣だけではなく災害救助を目的に入れることでより多方面からの資金を獲得できるからなのだが、狙い通りの成果はあったと言えるだろう。
「ミサイルポッド展開、ミサイル誘導弾、発射」
二基の四連装ミサイルポッドから一斉に放たれる8発の誘導弾により、メガニューラの大群がみるみるうちに撃ち落とされていく。 さすがの破壊力だがこれだけでは足りない、機首の口元が開き、超低温レーザー砲が展開されメガギラスに照準を合わせた。
「超低温レーザー砲、発射」
放射された青い冷凍光線がメガギラスを直撃し、その体を瞬く間に凍りつかせメガギラスは海へと落下、ミサイル誘導弾の追い打ちを受けて粉々に砕け散った。
「メガギラス撃破、すごい……あのメガギラスをこうも簡単に!」
「メガニューラの残党を一掃する、ミサイル誘導弾撃て!」
「ミサイル誘導弾、発射!」
豪雨の如き怒涛の砲撃により、二百はくだらないであろうメガニューラの群れが消え去る。 しかしスーパーXⅢの圧倒的な火力を持ってしても全ての個体を撃破するには至らず、黒煙を破り10頭ほどのメガニューラがスーパーXⅢの脇をすり抜けてゆく。
『撃ち漏らしたメガニューラがそちらへ向かった、頼むぞ』
「ラジャー、さて大和軍曹、期待の新型機はスーパーXⅢだけでは無いことを見せつけてやろう」
「はい! それと大尉、軍曹ではなく少尉であります!」
スーパーXⅢの後方にホバリング状態で待機する2機の人型マシン、ヴァルチャー。
直立して10m、名前の由来にもなった猛禽類のような特徴的な翼を広げて横幅20m程と対怪獣兵器にしては非常に小柄なサイズであり、武装も両腕の20mmレールガン二砲のみという最低限のものだが、特筆すべきはそのフットワークの軽さにある。
昨今Gフォースでは怪獣を殲滅できる火力を持たせた大型兵器が増える弊害で、収容場所や整備が追いつかなくなる事が多くなってきている。 そのため緊急時の発進にも難があり、即座に急行可能な高機動小型機が必要とされた。
この兵器開発計画はV・プロジェクトと呼ばれ、池袋晶葉主導のもと数年で実用化に漕ぎ着けた。 現在は試作の2機のみが製造されているが、今後の成果によっては量産化も視野に入る。
その重要な開発計画のパイロットに選ばれたのは木場真奈美と大和亜季、共に女性であるが卓越した操縦技術を持つ次世代のエースパイロットだ。
「距離500!」
「初陣だ、派手に暴れようじゃないか!」
両腕のレールガンで狙いを定め、ごく小さな標的を次々に撃ち落とす。 だが超高速で縦横無尽に飛び回るメガニューラも負けじと抵抗し、数匹がヴァルチャーの包囲をすり抜ける。
しかしヴァルチャーが真価を発揮するのはこの後だ、メガニューラが真横を飛び去って行くのと同時に反転しすぐさま追走する。 立体的な動きの飛行怪獣であろうと決して逃しはしないのが高機動小型兵器たるヴァルチャーの専売特許、どこまでも獲物を追いつめるその様はヴァルチャー=ハゲタカの名に恥じない勇猛たる姿と言えよう。
レールガンの猛撃がメガニューラを次々に叩き落とし、やがて日本へと迫りつつあった全ての怪獣の撃破に成功した。 ヴァルチャーは再びホバリングに移行し、戦いの余韻に浸る。 水際での上陸阻止は多大なる成果と言って異存ない。
「ふぅー……ヴァルチャー隊、メガニューラを殲滅した」
『了解、これより帰投する、お疲れ様でした大尉、少尉』
「やりましたな大尉!」
「フッ、これでヴァルチャーの有用性は証明できただろう、では本部まで競走だ軍曹!」
「え、ちょ、大尉!? 私は軍曹ではなく少尉であります! 大尉ー!」
ヴァルチャーのウイングから吹き出す紫色のジェットの光が、一筋の閃光となって夕暮れの空を翔けてゆく。
対怪獣兵器の進化と多様化によってかつて大都市一つを壊滅させる大災害を引き起こしたメガギラスでさえ、このように上陸を許さずして完全に撃破するにまで至った。
もはや人類の叡智はあのゴジラの喉元にまで届いている確信を、多くの人間が抱いている。
事実、軍用都市と化した旧首都・東京では既に対ゴジラ最終決戦を想定した要塞化が進められており、決着の時が迫っている。 それはただの予感ではなく、かつてある少女が──成宮由愛が残した“最後の予言”に基づく一大作戦として……遥かなる天の向こうで、全人類の希望たる対G最終兵器もまた、決戦の時を待ちわびている。
だが安息の時は無い、メガギラス撃退からわずか数分後、競走は木場大尉の勝ちで終わったヴァルチャー二機が帰投完了した頃と時を同じくして、茨城県にて謎の地鳴りが確認された。
その夜、水戸市を中心とする半径6kmに渡る大規模な停電が発生、あらゆる電子機器が機能不全を起こし、都市が丸ごとひとつ一瞬のうちに陥落した。
地鳴りの震源地となった地点より雌のムートーが出現、同時刻、中国にて捜索中であった雄のムートーを再び観測、日本へと飛翔した──。
〈同日、20時44分〉
ムートーが出現してはや1時間半、ムートーの繰り出す電磁パルスによって水戸市は完全に沈黙、車も電車も使えない街から脱出するには自分の足ひとつで逃げるしかないが、体の弱い北条加蓮にとってそれは到底無理な話だった。
この季節でもさすがに9時前にもなれば辺りは真っ暗だ、喧騒もなく人もなく、行き交う車は路上に破棄され廃墟のように静まり返った街はどこか現実離れしていて、遠方から響くムートーの破壊音だけが耳に届いている。
(もう諦めよう……)
加蓮の入院する病院もムートーの被害によって機能停止、非常電源も使えず生命維持装置が必要な患者はその時点で死亡した。
残った患者や職員たちが避難する中、加蓮は半ば諦めたまま1人でも歩いて逃げられるからと一緒に避難する事を拒み、こうして街に取り残されたのだ。
自業自得……ではない、加蓮はもしかすると心のどこかでこの日が来ることを望んでいたのかもしれない。 むしろ足でまといの自分がいる事で同伴した人間まで巻き込まれていたかもしれないと考えれば、加蓮は自分の選択は間違いではなかったとすら思えた。
それでもなお足がムートーから遠ざかっているのは、逃げるべきだという生存本能に従った行動なだけであり、逃げきれないことは分かりきっている。
(怪獣がこっちに来れば一巻の終わり、でもそれで苦しみから解放されるなら……もういっそ……)
全てを諦め死を受け入れてしまおうか、そう考えて加蓮の足が止まると、どこかから歌声と弦を鳴らす音のようなものが聞こえてきた。
こんな街にまだ人が? 気になって音の鳴るほうへ歩み寄ってみると、派手な髪型をした加蓮と近い年頃の少女がアコースティックギターを弾きながら歌を紡いでいるではないか。
観客のいない路上ライブ、誰の耳にも届かないはずだったその旋律が、不思議な縁となって2人を引き合せる。
「……ん? そこにいるのは……伊吹か? どうした、避難したんじゃ無かったのか……って、違うな?」
「え、わ、私?」
いきなり親しげに話しかけられた加蓮は困惑し周りを見渡すが、もちろん誰もいない。 伊吹とは誰だろうか?
「他に誰がいるんだよ、もうこの街に残ってるヤツなんて他に居ないぜ? ……あぁ悪ぃ、勝手に人違いしといて名乗らないのも失礼だったな、アタシは木村夏樹、アンタは?」
「……北条加蓮」
「加蓮か、よろしくな」
何がよろしくなのか加蓮には分からなかったが、これ以上関わり合いにはなりたくない。 足早にその場を去ろうとするが、数歩踏み出した所で特に目的地があった訳でもなく、行き場がない事を思い出し、また足が止まる。
(逃げたって……私にはどこにも行く場所なんか……)
「どうした?」
考えてみれば夏樹もこんな所にいるのはおかしな話だ、怪我をしているようにも見えない、逃げようと思えば逃げられそうなものを悠長にギターを掻き鳴らしている。
立ち止まった事で一気に疲労感に襲われ、無意味に歩き続けるのも億劫になった加蓮は、ひとまず夏樹とは離れたところにあるカフェテラスのベンチに腰かけた。
「待っててもカフェオレは運ばれて来ないぜ」
「ジョークのつもりなら面白くないよ」
「ははっ、手厳しいな」
そう言って軽く流すと、また夏樹はギターを鳴らしながら静かにバラードを口ずさむ。 ドラマなんかでよく見るが、実際にこうして路上ライブを見るのは加蓮にとって初めての事だった。
それが特別気分がいい訳では無いのだが、遠くから聞こえる破壊音、街の静寂、真っ暗な世界、人のいない中で一番ハッキリと耳に届く彼女の歌が、まるでこの世の最後を演出しているように思えて、なんとなく小気味よかった。
救助もやって来ない、いっそこのまま本当に世界が終わってくれたなら……そう思い始めるほどに。
(そうだよ、無くなっちゃえばいいんだよ、全部全部無かったことにしちゃえば……生きていても辛いことだけ、誰にも助けられずに……このまま)
どうしてだろうか、そう思うほどに加蓮はきゅうっと心臓が締め付けられるような感覚に襲われ、胸を抑えて俯く。 夏樹は気づかず歌い続け、なおも無為な時間だけが過ぎていく。
……加蓮には怪獣の知識がなく知らぬ事ではあったが、事実Gフォースによる救助は難航を極めていた。 ムートーは現存する怪獣の中でも(クラスーXに分類される規格外の怪物を除いて)最も対処の難しい怪獣なのだ。
強力な電磁パルスはあらゆる電子機器を機能停止させる、ミサイル誘導も利かず、電波も狂わされ、当然救助ヘリや戦闘機も全て無力化され使える交通手段は徒歩か自転車くらいのもの。
故に1度出現を許してしまえばまともな避難誘導も出来ず、街ひとつが無抵抗のまま壊滅させられる。
もちろんGフォースもただ手をこまねいているだけではない、ムートーの電磁パルスを遮断できる兵器の開発はムートー出現以降から進められており、対抗手段も皆無では無くなった。
とはいえまだ数は少なく技術的な問題もあり、日本でムートー対策が施されている兵器は僅か8機しか存在しない。
轟天号と羅號、スーパーXⅢ、ヴァルチャー2機、ガルーダ、スターファルコン、ランドモゲラー、それらがムートーに対抗出来る数少ない兵器である。
しかし轟天と羅號の2機は現在別任務のため海外遠征中、スーパーXⅢはメンテナンスと補給に時間がかかりすぎる為に出撃不可、ガルーダ、スターファルコン、ランドモゲラーはまだロールアウト前。 よって出撃可能な機体はヴァルチャーのみ……V・プロジェクトの目的である「フットワークの軽い兵器の開発」は、奇しくも怪獣連続出現という非常事態によって成功を示すことになる。
「…………?」
2つの閃光が黒い空を突き抜けてゆくのが見えた、ヴァルチャーだ。 閃光は燃え盛る街の方角、ムートーが暴れ回る方へと飛んで行き、見えなくなった頃に砲撃音のようなものが小さく響いて来た。
「どうやら助けも来てくれたらしいな」
「……まさか救助が来るのを分かっててここで待ってたの?」
「いいや、ムートーの電磁パルスの中じゃ普通救助なんて来ない、これはアタシにも予想外さ」
「……ムートー……電磁パルス……?」
「まさか知らないのか? 学校で習ったろ」
「私、学校行ってないし」
ムッと来た加蓮は語気を強くして言い返す、学校で得られる知識なんて加蓮は持ち合わせていない。 勉強と言っても両親や病院の関係者が生活に困らない程度の教育を与えてくれた程度だ。
「あぁ〜……今更だけど、その服病院のだよな? なんか訳アリだったみたいだな」
夏樹はちょっと考えてから、ギターをケースに仕舞い肩に背負って立ち上がる。
もう立ち去る気なのだろう、これでやっと1人になれる……だが1人になることを望んでいたはずなのにどこと無く寂しさを覚えながらため息を吐く加蓮は、不意に視界に入った夏樹の手に驚き顔を上げる。
「ほら、逃げるぞ」
夏樹の表情と声は優しく、諭してくれているようだった。 事情も知らない見ず知らずの自分に手を差し伸べてくれる人が居た事に、加蓮は信じられないという顔で夏樹を見つめ返す。
「どうした? まだ疲れてんなら休んでてもいいけど、すぐにここも危なくなるぜ」
「……いい、ほっといてよ……私はここに居たいんだから」
加蓮はそう言って目を逸らし、また膝を抱え俯いた。
「それは嘘だな、アンタがここに来たのはただの偶然だ」
「…………」
「アタシだって別に何も考え無しに歌ってた訳じゃねーよ、逃げ遅れたのもまあ事実だけど、アタシのギターと歌に引き寄せられて集まってきた連中に避難場所を教えてやるためだ」
「…………それにまんまと引っかかったわけね」
「加蓮が来る前にも何人か避難誘導してたんだぜ? まあいい加減誰も来そうにないけどな」
「……いいよ私は」
「そっか、じゃあ逃げたくなるまで一緒にいてやるよ、まだ歌い足りないからさ」
「はぁ!?」
冷たく突っぱねたつもりだったが、夏樹はまるで気にしてないとばかりに軽い口調で答え、さすがの加蓮もその態度には驚きを隠せなかった。
「人助けのためにここにいたんだぜ? アタシひとりで逃げたりできねーよ」
夏樹は加蓮のそばを離れると、さっきと全く同じ場所に再び腰を下ろし、仕舞ったばかりのギターを取り出した。
ピックで弦を弾くと、さっきまでとはまた違う歌を口ずさむ、どうやら本当に加蓮と一緒でなければ逃げるつもりがないようだ。
「なんなの……」
読めない人だ、と思ってはみたもののどこかほっとしている自分自身に戸惑う。 加蓮はいつの間にかここに居ることが心地よくなっていたのだ。 この場所が、ではなく、夏樹の歌声を聞いているこの時間が、不思議と安心感を抱かせてくれた。
静寂と騒音、歌声と夜風、暗闇と閃光……アンバランスでめちゃくちゃなこの異空間に彷徨い着いたことは本当に偶然だったのだろうか? 加蓮がセンチメンタルな想いに浸っていた時、突如夏樹の演奏が途切れた。
「……やばいな」
「…………?」
「あれは雄の方か……おい加蓮! ムートーがこっちに来る! さっさと逃げるぞ!」
言われて顔を上げると、暗闇でよく分からないが黒い翼に赤く光る瞳の怪獣がそう遠くない距離を飛び回り、紫色の閃光と空中で格闘しているような様子が見て取れた。
夏樹はまたギターケースを背負い加蓮に近寄ると、有無を言わさず手を引いて立ち上がらせた、加蓮も突然の事で抵抗できず、考える間もなく走り出す。
「ちょ、ちょっと待って……! 離して……!」
次の瞬間、激しい破壊音と砂煙が2人を襲う。 ムートーによって叩き落とされた木場真奈美の乗るヴァルチャーがすぐ近くのビルに激突したのだ。
墜落したヴァルチャーを仕留めたと思ったのか、それとも雌を守ろうとしたのか、幸運にもムートーはその場から離れ一難は去った。
「げほっ! げほっ……加蓮、大丈夫か……!」
「けほ……うっ……!?」
立ち上がりかけた加蓮は右肩を押さえて膝をついた、さっきの衝撃で飛んできたガラス片が加蓮の肩を掠めたらしく、軽傷ではあるが血を流している。
「怪我したのか……大丈夫、避難所なら医者はいなくても救急箱くらいあるだろ、急ぐぞ!」
「……っ! 離してっ!」
加蓮の左手を引こうとした夏樹の手を、声とともに強く振り払う。
「見ず知らずの私の事なんかほっといて、逃げたきゃあんた1人で逃げればいいでしょ!」
そうだ、自分のせいで夏樹が巻き込まれてしまったのだ。 自分を置いて逃げればこんな事にはならなかったはずだと、己の存在を呪いながら本心を叫ぶ。
「……見ず知らずだからってほっとけるかよ」
「うるさいうるさい! どうせ私は死ぬの! 無意味に生きて、誰かの邪魔になるだけの人生なんて嫌ッ! そんな事ならいっそここで──」
加蓮の言葉を遮るようにして、乾いた音が響く。
それはこの暗闇と静寂の街でより強く、ハッキリとした痛みとなって加蓮の頬を赤く染めた。 一瞬、何が起こったのか分からずゆっくりと頬に手を当てて、ようやく加蓮は夏樹に叩かれた事を理解した。
押し黙ったままの夏樹に怒りが込み上げてくる。 なぜだ、なぜ彼女は何も言ってくれない? なぜ私のためにここまでしてくれる? なぜ……加蓮は声を震わせた。
「……なんなの、アンタ……何とか言ってよ! 言えってば! ……私はアンタと違って学校も行けない、夢も持てない! 生まれてきた意味もないそんな人間なの! このまま生きてたって……私には、もう……」
言葉に詰まり、代わりに大粒の涙と嗚咽が盛れ始めた。 加蓮の言葉は全て嘘偽りなく本心だ、心から思っている、喜びも思い出も夢も未来も捨て去って、死んで全ての苦しみから解放されたいと心から願って。
「そんな私なんかのためにアンタが命を張る必要なんてないんだよ……1人で逃げればよかったんだ……! 私のせいでまた誰かに迷惑をかけるなんて……死ぬより怖いんだよ……!」
けど声を発する度に胸に突き刺さる痛みに耐えきれず、感情は涙となって零れ落ちる。
「…………私のお母さんは、昔アイドルだったの……病室のベッドを抜け出せない私にとって、お母さんの昔話はどんなおとぎ話よりも楽しくて、憧れだった……いつか私もお母さんみたいになりたいって思って……アイドルを夢見て……」
気づけば、加蓮は語り出していた、本当は誰かに自分の弱さをさらけ出し知って欲しかった、そんな本心にも気付かぬまま。
「でも私には無理だって気づいた! 私はきっともう長く持たない! それもこれも全部怪獣が悪い! お母さんがアイドルを辞めたのだって怪獣のせい! 私の入院費を払うためにお母さんもお父さんも必死になって働いてる……私のせいで……だからもう嫌なの……私なんか生まれてこなければよかった……そうすれば、2人はもっと幸せになれたかもしれないのに……!」
「……子供が生まれてきたことを不幸だなんて思う親がいるかよ、それともお前なんか生まれて来なければいいのにって、そう言われたのか?」
顔を両手で押えてすすり泣く加蓮に、あえて冷たい口調で夏樹は言った。 その通りだ、そんな事は加蓮にだって分かっている、でもそう思い込んで自分を責めているうちは、なんだか救われた気分になってしまう。
「アタシには加蓮の気持ちが分からない、加蓮だって両親が本当に不幸だと感じてるのかも分からないはずさ……もちろん、アタシの気持ちもな」
そう言って夏樹はどこか憑き物が晴れたような優しい微笑みのまま深く息を吐いて、よしっと意を決する。 加蓮が開いてくれた心に報いるように、夏樹も閉ざされた心を開く。
「さっき避難指示のためにあそこに残ってたって言ったけど、あれはウソだ、アタシはそんな大それた人間じゃない」
「え……? じゃあ、なんで……?」
「お前と同じ理由さ、アタシはあの場所で最期のライブをして……全部終わりにするつもりだった」
夏樹の口から出た言葉はあまりにも予想外のもので、加蓮は思わず面食らってしまう。 終わりを望んでいた? この夏樹が? どうして……?
「アタシにも夢はあった、叶わない夢さ、アタシだけじゃないぜ? こんな時代じゃなきゃ、こんな世の中じゃなきゃ……そう嘆くヤツらを星の数ほど見てきた、だからアタシは夢を捨てなかった……でも潮時だと思ったんだ、自分の執着してるものにキッパリと見切りをつけてやるのも、ロックだなんて嘯いてよ」
「…………それで……?」
「そしたら観客がやってきたんだ、たった1人の観客が……バカバカしいと思うかも知れねーけど、それがなんか嬉しくなっちまってさ……この世の終わりだ〜みてーなそいつの顔見てたら、自分なんてまだマシなんじゃねーかって思って……気づけばそいつの手を引いてたんだ、アタシもお前も、こんな所で終わりじゃねーだろってさ」
夏樹はニカッと爽やかな笑顔を浮かべながらそう言った。 こんな顔をする人間が本当に死にたがっていたって? まるで嘘みたいな言葉だけれど、きっと本心なのだろう。
「……なにそれ」
なんだかバカバカしくなってきて、加蓮は小さく笑った。 本当に本当に小さな、ほころびのような笑顔は、紛れもなく本心から出たものだった。
「笑っちまうだろ?」
つられて夏樹も笑う、奇妙な縁で繋がれた、2人の笑顔。 命を捨てようとしていた2人だから救えた、2人の命。
その2人の会話を聞いていた人物が、もう1人いた。
『話は纏まったかい?』
「うぉ!? お、女の声……?」
『こっちだよ』
倒れていたヴァルチャーが起動し上体を起こす、ムートーと空中でもつれ合いビルに叩き付けられてなお、真奈美に怪我はなくヴァルチャー自身にも目立った損傷は無い。 報告すれば、これはいいデータが取れたと本部にいる晶葉もご満悦になる事だろう。
『すまないね、この子の集音性が良すぎて会話が丸聞こえだからつい話しかけるタイミングを失ってた』
「ちょっ……聞いてたの!? 全部!?」
加蓮は途端に恥ずかしくなってきて顔を赤らめ、夏樹は呆れたもんだと苦笑いする。
『ま、お互い気持ちの整理は付いただろう? 早く逃げるんだ』
2人が顔を見合わせる。 もう迷いは無い、今はもう生きる事だけをお互いに考えている。
「行こうか」
「…………うん!」
夏樹は再び加蓮の手を取り走り出す、加蓮の足取りは驚く程に軽い、生き延びるために足を進める事がこんなにも清々しいものだとは思わず、適切な言い方かは分からないがとにかく加蓮は足を進める事が楽しかった。
──だがその時、ブゥン……という鈍い音が何処から聞こえると、加蓮と夏樹は心臓を握り潰されるような激しい痛みを覚え勢いよく倒れ込んでしまう。
「かはッ! ……ぁぐ……ぅっ!」
「ぐぁ……っ! く、くそっ……あの虫野郎……!!」
2人とも立ち上がる事が出来ない、しかも健常な夏樹ですらこの有様なのだ、加蓮の方はもっと深刻なダメージを心臓に受けてしまい呼吸困難に陥っていた。
「か……はっ…………うっ……!」
「加蓮……!」
『ムートーの電磁パルスか!? クソっ! 直に浴びていると最悪命に関わる、とにかく逃げろ!』
「そのっ……つもりだ……!」
『大尉! 主翼を破壊されて身動きが取れません! メスのムートーはなんとか倒しましたが、オスがそっちに向かってます!』
『チッ……ヴァルチャーを起動したから獲物を仕留め損ねた事に気づいたか! すまない少尉、そのまま待機だ!』
主翼を展開しヴァルチャーが垂直に飛び上がると、すぐさまムートーが襲いかかり激しい空中戦を繰り広げた。
夏樹は胸を押さえて苦しむ加蓮に肩を貸して、少しでも遠ざかろうと足を進めるが、牛歩では高速で空中を駆け回るムートーからはとても逃げ切れない。 それを理解して、真奈美は2人からムートーを引き離すために距離を取ると、ムートーもつられて追いかける。 不幸中の幸いかムートーは2人に気づいていなかった。
(ちくしょう! ムートーが離れていても加蓮の体がもう持たねぇ!)
ムートーの放つ強力な電磁パルスは人体にも有害だ、夏樹でもしばらく身動きが取れなくなる程の痛みが、これだけムートーから距離と障害物を挟んでいても襲い掛かるほどに。
体の弱い加蓮に至っては即死しなかっただけ幸運だったと言っても良い、しかしただでさえ歩き疲れていた加蓮は、すでに肩を預けても歩くのが困難な程に衰弱しきっていた。
意識もほとんど飛んでいる中で、薄れゆく視界と感覚、そして僅かな思考で自分が今夏樹と共に歩いている事くらいはなんとか把握出来ていたが、もはや自分の意思で体を動かすのは不可能に近い。
うっすらと夏樹の呼ぶ声が聞こえるような気がするが、上手く聞き取れない。 ただ唯一、自分の鼓動の音だけがハッキリと聞こえる。 弱く、心もとない命の音が、少しずつその音色を小さく、遅く、消えかかってゆくのが分かった。
(あぁ…………死んじゃうんだな、私……)
とくん……とくん……と、小さな鼓動は暗闇に飲み込まれていく。 消えかかった灯火を再び燃やす術などない、やがて加蓮は襲い来る微睡みに身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。
途端、走馬灯のように溢れ出す記憶。 幼い頃から今までの、母との思い出──。
──お母さんがアイドルになったのは、怪獣が初めて姿を現すより少しだけ前だったらしい。
駆け出しのアイドルだったお母さんの前に突如現れた、アンギラスとゴジラ。 全てがめちゃくちゃに壊されてゆく中で、それでもお母さんは未来を諦めなかった。
ゴジラによる東京大破壊を生き延びたお母さんは、アイドルとして少しでも人の心を救えるようにと必死に頑張った。 怪獣の出現が当たり前になる頃には、怪獣災害の被災地を訪れてはチャリティーライブを開いたり、事務所ぐるみで復興支援にも尽力していたらしい。
きっとお母さんが夢見ていたアイドルとしての未来はそこにはなかったんだと思う、でもそんな毎日はとても充実していて、アイドルを引退してからもお母さんはずっとタレントとして活躍し、収入の多くを支援に当てた。
凄いな、と思った。 そんなお母さんも最初はアイドルに興味がなくて、成り行きでアイドルになったらしくて……運命は分からないとお母さんは笑う。
そう、運命なんて分からないものなんだよね、もしなにか違っていれば私もアイドルになれていたのかな、なんて思う事もある。
だって時々夢に見るの、お母さんと肩を並べてステージに立つ夢……そんなはずは無いのに、私はステージで歌うんだ、命の限り。
──目覚めたら私がいるのはいつだって病室のベッドの上、つまらないテレビなんかよりも、昔のアイドルの映像を見ている方がよっぽど楽しかった。
毎日が無意味に過ぎていくような気がして、生きる意味を見失っても、アイドルだけが私の心を支えてくれた。
けどそんな誤魔化しの日々はとっくに限界を迎えていて……怪獣が現れた時、私は救われたような気がしたの。
それがどんな絶望でもいい、どんな最悪の結末でもいい、同じ毎日だった私の人生に何か大きな変化が起きただけで、なんだか胸が高鳴った。
これでようやく、このくだらない世界から解放されるならそれが救いだと思った……そのはずなのに、アイツはそんな甘えを許してくれなかったんだよ。
運命なんて分からないもの、その意味をようやく心で理解した。
こんな私が誰かの命を救えるなんて、想像もできなかったもん。だから私の運命はね、きっと今日この瞬間から変わっていくんだよ。 出会いは運命を変える、お母さんが昔アイドルになった時のように。
だから……生きなくちゃ……どんなに辛くて、苦しくて、悲しくて……虚しくて、惨めで、残酷で、無力な明日が待っていたとしても、絶対にこの心臓の鼓動を止めちゃいけない。
お願い、神様、もう一度チャンスをください。
明日を生きるチャンスを、もう一度だけ──。
暗闇に光が差したような気がして、ゆっくりと目を開ける。 視界はぼやけ、意識も混濁しているが、最初に目に映った人の顔が誰なのかはすぐに分かった。
「お……かあ、さん……?」
「加蓮!」
母はベッドに横たわる加蓮に抱きつき、泣いた。 それが嬉しくて、加蓮もつられて泣き出す。 母の綺麗な長い黒髪が鼻頭を掠めるのがちょっとくすぐったい事に少し笑ったりしながら、2人は再会できた喜びを分かち合う。
落ち着いた後、ここが加蓮と夏樹の目指していたシェルター内の避難所であった事を聞かされた。 加蓮の記憶ではヴァルチャーが飛び上がる所までしか覚えていないが、ムートーは無事討伐され多大な被害を受けながらも茨城から脅威は去ったらしい。
加蓮は気を失った状態で夏樹におぶられてここまで連れてこられたらしく、一晩眠っていたようだ。
「加蓮、本当に危なかったんだって……心臓が止まりかけてて……安定したのは加蓮の気力だってお医者さんが言ってたよ」
「……そっか……うん……そうだよね……私、生きなきゃって思ってたんだ……生きて……こんな所で死んじゃダメだって……」
「……うん」
「あ……夏樹は……? 私を連れてきた……変な髪型の……」
その言葉に母はクスッと笑い、耳を澄ましてごらん、と言った。
(あぁ……夏樹の歌だ……!)
遠くから、とっくに聞き慣れた歌声とギターの音色が聞こえた。 結局、なんだかんだ言ったって好きだから夏樹は歌を歌うのだな、と、また少し可笑しくなった。
(そう言えば夏樹の夢、聞かされてなかったな……後で……話しに……)
「……お休み、加蓮」
「…………」
安らかな寝息を立てながら、加蓮は再び眠る。
次に目覚めた時にも、変わらない現実が待っているという恐れは、もう無い。 今はただ変わらない現実が愛おしく、待ち遠しい。
加蓮は、とても命を諦めていた少女のものとは思えないほどに、安らかな寝顔を浮かべていた。
──しかし世界はどこまでも残酷である。
“月面にて休眠中のキングギドラが活動を再開”
2ヶ月後、世界中でそのニュースが報じられた後、燃え盛る流星となって太平洋へと落下したキングギドラは、逆巻く嵐を従えながらオーストラリアへと南下した。
ゴジラ、デストロイア、ラドン……生態系を脅かし、文明を破壊する怪獣は数いれど、地球という“星の環境を崩壊させる怪獣”など後にも先にもただ一つ。
嵐の王、黄金の神、外なる侵略者……気まぐれにその姿を現し、地球を喰らい、敵のいない月の支配者となった天の厄災が再び、世界の均衡を乱す。
──2041年11月9日、キングギドラ、北海道へと襲来。
対ゴジラ最終決戦まで、残り1ヶ月。
〈エピソード11:鼓動よ響け〉 ー完ー