ゴジラvsシンデレラガールズ   作:キシ

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〈エピソード12:神を討つ弾丸〉

 怪獣はなぜ現れたのか、その明確な理由は未だに解明されていないが、ある説がネットを中心にまことしやかに囁かれていた。

 

 “怪獣は宇宙から来たる地球外生命体に対抗するための地球のカウンターである”

 

 この説はすでに2010年代から存在し、当時は一種のオカルトとして信憑性のない説であるとされ、殆どの人は面白がるだけだった。 しかし怪獣時代10年目に突入した2021年になって、この説は有力視され一気に世界を駆け巡る事となる。

 キングギドラ襲来──あらゆる怪獣の中で唯一、宇宙から来た完全なる地球外生命体の出現によって、多くの人はこの説を信じる事になる。

2021年12月、南極大陸に落ちた隕石と思われたものは黄金に輝く三ツ首の竜であり、落下地点で偶然怪獣を観測したロシアの南極調査隊がГидра(ギドラ、ロシア語でハイドラの意)と呼んだことからそのままギドラと名付けられた怪獣は、ゴジラ一強とされた怪獣時代に最悪の変革を齎した。

 当時、ゴジラは日本にいた。 カマキラス、クモンガ、そしてビオランテとゴジラが一堂に会したあの事件の後、勝者となったゴジラは突如太平洋側を見つめ日本を去り、神奈川大怪獣災害は一旦の終息を迎えた。

 その時ゴジラの敵意を一身に受けていたのが、ギドラだった。 ビオランテを倒した頃、ギドラの到来を察知したゴジラは南極大陸へと向かい、日本時間で4日後の12月20日に南極大陸で二頭は激突。 想像を絶する決戦の末、ゴジラはクレバスに飲み込まれ消息を絶ち、勝者となったギドラは世界の頂点に君臨する新たなる怪獣王として“キングギドラ”と呼ばれるようになった。

 

 キングギドラはゴジラをも上回る大災害であった。 未知の力によって故意にスーパーセルを発生させる能力を持つキングギドラは比喩ではなく天災そのものだった。

 豪雨、落雷、雹、竜巻を意のままに巻き起こす様から、キングギドラは間もなく“嵐の王”の異名を与えられ、地球環境そのものを塗り替える神の如き所業を持って、冒涜者であると嘆く者もいれば、キングギドラこそ神であるとして崇めるカルト教団までも現れた。

 

 蝶の羽ばたきが竜巻になると言う例え話がある、ならばキングギドラの起こす天災は地球に如何なる影響を与えるのか……ある土地は水も枯れ果て、ある砂漠は豪雪に見舞われ、ある街は活火山の1000年振りの大噴火により焼かれた。

 それら全てがキングギドラによる影響だと完全に断定する事はできない。しかしこの惑星は、着実にキングギドラによって破壊されつつある。

 やがてキングギドラは僅か半月で2000万人を超える被害者を出した後、地球を脱出し月に降りた。 なぜキングギドラが地球を離れ月に居座るのか、G対策センターはキングギドラは地球環境を自分の最も住みやすい状態にするために長い年月をかけて環境のバランスを崩し、その経過を見守るために月から地球を監視しているのだと結論づけた。

 キングギドラはその後も約5年の周期で地球に降り立っており、2021年、2025年、2031年、2036年、そして現在、2041年と計5回。

 ゴジラとキングギドラの力は拮抗しており、これまでに4回とも激突、地形により結果的にゴジラの敗走となった21年を除いて全て痛み分けに終わっている。

 故にゴジラこそ地球に唯一残されたキングギドラへの対抗策であり地球のカウンター、防衛装置であるという説が有力視されていくようになったのだ。

 もっとも、ゴジラの出現はキングギドラ襲来より10年早く、またキングギドラへの防衛装置であるならば何故人類を襲うのか、その根拠が希薄である事に対する回答は未だ得られていない。

 

 

 人類は今、史上最大最悪の窮地にある。 怪獣王ゴジラ、魔王デストロイア、嵐の王キングギドラ……地球は三体の王が覇権を争う暗黒の時代を迎えた。

 誰が生き残ろうと、人類にあるのは滅びの道。 ならば人類はその叡智の限りを尽くし、生き残るために禁断の領域へと手を伸ばす。 広大なる宇宙の中でなおも黒く全ての物を飲み込む死の星へと。

 怪獣時代に終止符を打つべく開発された、対G最終兵器。 遥か上空3000kmの彼方より大地を狙う“神を討つ弾丸”。

 

 

 その名も極小重力特異点発生装置、ディメンションタイド。

 

 

 

 

 

〈2041年11月9日・北海道旭川市〉

 

 山が動いた、という他ない。

 

 ほとんどの怪獣は世界中を移動する特性を持つ中、どういう訳かひとつの土地や国に居座り他国への移動を行わない怪獣が、ごく少数ながら存在する。 例えば日本では近畿地方に住み着くキングコングや、沖縄を守護するキングシーサーがそうだ。

 最も、彼らはいずれも人類の味方をするクラスーEの怪獣であるのに対し、北海道に現れたその怪獣は出現当初から国家を滅ぼしかねないクラスーAに認定された。

 全長680m、8つの首は全てがマンダの全長と同等の300mを誇る超弩級大型怪獣、ヤマタノオロチ。

 巨大すぎる故に動くだけで地は揺れ山は崩れ、存在するだけで破壊をもたらす大怪獣の出現は、多くの人々を北海道の地から外へと追いやった。

 ヤマタノオロチは北海道の外へ移動できない、あるいは移動しないだけなのかはともかく、この地に根付かれる事はG対策センターにとっても痛手だった。 北海道にはG対策センターの支部とGフォース基地の他、兵器の実験用の土地も存在し、軍事的な理由においても北海道を手放す事は出来ない。

 ヤマタノオロチを倒せる戦力は無い、総力戦を挑めば討伐は可能と思われるが、わずか1ヶ月後にゴジラ討伐作戦の決行が迫る今、これを倒せるだけの戦力を北海道に割くことは出来ない。

 だがもしもヤマタノオロチを一撃の下に葬る事ができれば……ディメンションタイドならばそれが可能だ。 既にロシアで使用されカマキラスとクモンガの大群を消滅させた実績のあるディメンションタイドなら、例えヤマタノオロチであろうと一呑みに消滅させられる……はずだった、キングギドラが北海道にさえ現れなければ。

 

「ダメです! 積乱雲で地上の様子が確認できません!」

 

「ディメンションタイド有効射角到達まであと30分! 有効射角滞在時間もおよそ30分です!」

 

 G対策センター極東本部・ディメンションタイド制御室。 GSS搭載型衛星から送信される地上の映像をもとに怪獣の位置を把握し発射するディメンションタイドだが、キングギドラ出現により発生した積乱雲で姿を観測できず、GSS(ゴジラサーチシステム)の生体電磁波探知ではその距離と位置を正確無比に把握することは難しい、ディメンションタイドの発射には位置情報を元にした着弾位置と時間の緻密な計算が必要になるからだ。

 

「旭川基地との連絡はまだつきませんか!?」

 

「音信不通のままです! ……大石室長、恐らく旭川基地はもう……」

 

「くっ……!」

 

 騒然とする制御室の中、室長の大石泉は両拳を握りしめて顔を歪めた。

 かつて池袋晶葉たちの自由研究に関わりプログラミングの技術を磨いた彼女は、国際G対策センターが総力を挙げて挑んだディメンションタイド開発のメンバーの1人でもあり、その実績を見込まれて極東本部のディメンションタイド制御室室長、即ち日本におけるディメンションタイドの使用権限を握る重要職に任命された。

 ディメンションタイドを使用するにあたって唯一残された方法は発信機の打ち込みだ、専用ライフルの弾丸として怪獣の体表に直接発信機を打ち込む事が出来れば、標的の位置を把握する事が出来る。 だが頼みの綱である旭川支部と連絡が取れない。

 

(2頭の怪獣が戦っているのだとしたら……キングギドラならヤマタノオロチを倒せるかもしれない、それならそれでひとまずの状況を打開した事にはなる、けど……)

 

 仮にヤマタノオロチを打倒してくれたとして、問題はキングギドラにすり変わるだけだ。 そしてそれは状況の悪化にもなりかねない。 キングギドラの行動は気まぐれとしか言いようがなく目的が読めない、もし北海道から本州へ進行しようものなら最悪日本が壊滅する。

 

(ディメンションタイドの欠点は常に照準を合わせられないこと、衛星軌道と標的の位置、天候、時間が噛み合わないといけない……今を逃せばキングギドラの討伐はいつになるかもわからない……絶対に今ここで倒したい……けど……!)

 

 泉は物事の優先順位を組み立てる。 今最も重要なことはゴジラ討伐作戦だ、30年という年月を要しついに決行の時を迎えたこの作戦には全人類の未来がかかっている。

 次はヤマタノオロチの討伐だが、これは北海道の防衛が目的でありゴジラ討伐作戦の不安要素を排除する意味もある。 けれども防衛は既に失敗している、あまりにも不甲斐ない話だが、こうなった以上この問題は解決したと片付ける他ない。

 そしてキングギドラ、放置すれば北海道は完全に陥落、このまま去ってくれればいいがもし本州へ進行してきた場合、恐らくGフォースは総力を持って対抗するだろう。 そして同時にゴジラ討伐作戦は頓挫、ディメンションタイドを使う余裕も恐らく無い。

 

(絶対に今しかない! キングギドラを逃がせばゴジラどころではなくなってしまう……! 誰か……誰か応答して……!)

 

 旭川支部の1人でも生き残っているなら必ず応答があるはず、ディメンションタイド誘導の発信機さえ打ち込めれば全て解決する……藁にもすがる思いで泉が手を合わせていたその時、希望の光が差した。

 

「し、室長、応答ありました! 通話流します!」

 

「っ!? もしもし! こちらG対策センター極東本部ディメンションタイド制御室です!」

 

『……わ、私は……』

 

 

 

 

 ──時間は僅かに遡り数十分前、旭川市。

 

 黒川千秋は目を覚ました。 滝のような雨が全身に打ち付けられ、冷たく、寒く、ごうごうと風の吹く音が聞こえたからだ。 生きている……指を動かし、五体満足である事を確かめてゆっくりと立ち上がった。

 頭がぼうっとし体の節々が痛むものの、目立った怪我も出血もない。 振り向くと自分が乗っていたはずの黒いリムジンが横転し大破していた、生き残りは多分いない。 よく覚えていないが、車が横転してから逃げるように這い出した後で気を失っていたようだ。

 

(これで生きているなんて奇跡ね……)

 

 廃墟と化した街を進む、ヤマタノオロチが這いずった跡なのか、ビルも瓦礫も全て押しつぶされて街並みは一部跡形もなく消失している。

 遠くでヤマタノオロチが何かと戦っている、キングギドラだ。この距離からでもあの体色と翼ですぐに分かる。 体格差は数倍、だがキングギドラがいななく度に数本の落雷がヤマタノオロチを襲い、口から吐き出す引力光線で首の一本を弾き飛ばした、力の差は歴然だ。

 8つの首、日本の神話そのものという風貌からヤマタノオロチと名付けられたあの怪獣だが、確認できる限り既にそのうちの3本の首を失っている。

 

(ここまで圧倒的だなんて……)

 

 抵抗するヤマタノオロチは火炎放射を吐きつける、あれだけでも並の怪獣なら骨ひとつ残らず焼き尽くすであろう攻撃は、キングギドラに触れることもできない。

 ゴジラの熱線すら寄せ付けないキングギドラのバリアの前に、あらゆる攻撃は無意味だ。 モスラが使用する光の壁とも形容すべき名前通りの「バリア」とは違い、キングギドラのそれは超重力によって空間の歪みを生じ、空間を伝わる物理攻撃も、光も、熱も、全て遮断するのだ。

 

(とにかくここから逃げないと……お父様とお母様は無事に逃げられたかしら……)

 

 生き残っている人がいないか念の為辺りを見回してみても、目に映るのは相変わらず瓦礫の山で人の気配もしない。

 だが轟々と降りしきる雨音の中に紛れて、どこかから音が漏れ聞こえてくる。 微かな音を頼りに歩いていると、やがてGフォースの武装車に行き着いた。 瓦礫を避けようとして運転を誤ったのか、ビルの壁に突っ込んで停止していたようだった。

 中を覗くと、頭から血を流し息を引き取ったGフォース隊員の姿が運転席に見える、どうやら隊員が耳に装着している通信機から音声が漏れているようだ。

 

(しめたわ、これがあればGフォースと連絡を取って救助を呼べるかも!)

 

 千秋は隊員に手を合わせてから、通信機を拝借するためドアを開ける、すると……。

 

「う……だれ、ですか……?」

 

 突然車内で聞こえた声に、千秋はビクッと身を引く。 女の子の声だ、外からは気づかなかったが後部座席に誰か生き残りがいる。

 千秋は後部座席のドアを開けると、中に白く透き通った肌と髪の色をした少女がいた。 歳は10代半ばだろうか、目立つような怪我はないようだが酷く衰弱している。

 

「大丈夫!?」

 

 少女を車の外へ引きずり出し、何度か声を掛けているうちに、少女の意識もハッキリとしてきたのか自ら体を起こしてふらつきながら立ち上がった。

 幼い顔立ちだが、背が高くどこか大人びた雰囲気の少女だった。 肌や瞳の色からして恐らく日本人ではないが、言葉は通じるようだ。

 

「Большое спасибо……アー……たすけてくれて、本当にありがとう……」

 

(ロシア語?)

 

「あなた、名前は? 私は黒川千秋よ」

 

「アナスタシア……アーニャって呼ばれています」

 

「アーニャね……色々聞きたいことはあるのだけど、早くここから逃げましょう、ちょっと待ってて」

 

 千秋は改めて通信機を取り耳に装着すると、思惑通りG対策センターからの通信が入っていた。 それも極東本部だ、ディメンションタイド制御室と名乗っているが確かG対策センターが世界中の技術を結集して作り上げた最新兵器の名前がそうだった覚えがある。

 

「あ、あの……!」

 

『し、室長、応答ありました! 通話流します!』

 

『っ!? もしもし! こちらG対策センター極東本部ディメンションタイド制御室です!』

 

「わ、私は……あの、私は一般人です! 名前は黒川千秋、隊員の方が付けていた通信機を借りて……いえ、その人は亡くなっていました」

 

 千秋が置かれている状況を説明しているその間、アーニャはじっとヤマタノオロチとキングギドラの戦いを見つめ、祈るように手を握っていた。

 生き残っていた女の子を見つけた事を話すと、泉はすぐにアーニャの事だと理解して名前を問う。

 

「そうです、アナスタシアという女の子です」

 

『……アーニャは無事なのね……ありがとうございます、そちらの状況は分かりました……私は大石泉と言います、黒川千秋さん……でしたね?』

 

「えぇ」

 

「…………すみません、少し時間を置いてまた連絡します、ほんの少しなのでそこで待機してもらえませんか?」

 

「え、えぇ……分かったわ……」

 

 通信が途切れ、千秋はアーニャに近寄る。 通話の間にGフォース車両の中を物色していたらレインコートがちょうど2着あったのでひとつをアーニャに手渡し、自分も着込む。 完全にびしょ濡れになった後だがこのまま雨ざらしにされるよりはマシだ、11月の雨はとても冷たく立っているだけでも体力が奪われる。

 

(……あのヤマタノオロチが、まさか手も足も出ないなんて)

 

 キングギドラが雷を呼び寄せ、さらに首を1本奪う。 まるで児戯にも見えるほどのキングギドラの余裕っぷりに、ヤマタノオロチに対する同情さえ覚えた。

 体格差は数倍だが実力差はさらにその数倍だ、あのゴジラでさえ倒すに至らない宇宙怪獣の力は、正しく想像を絶する。

 千秋が言葉も失ってじっと戦いの行く末を見届けているさなか、突如ハッとした素振りを見せたアーニャが、辺りを見回した後に小さなコンクリートの破片をいくつもかき集めて、何かを描くように並べ始めた。

 

「何をしてるの……?」

 

「アーニャ、見えました……これから先に起こる、ミライのこと……だからモスラを呼びます」

 

「え……?」

 

『もしもし、大石です、応答してください』

 

「あ、はい!」

 

『ご無事ですね? 通信機の赤いボタンを押してスピーカーにしてください、アーニャを交えて話がしたいので』

 

 そう言われてアーニャの方を見てみるが、相変わらずコンクリート片を並べている。 この行動を報告すべきか一瞬迷ったが、千秋は指示通り通信機をスピーカーモードにしてアーニャに声をかけた。

 

「アーニャ、話があるそうよ」

 

「はい」

 

 まるで話しかけられることが分かっていたかのように、アーニャはすぐに手を止めて立ち上がる。

 

『アーニャ、それに千秋さんも、よく聞いてください……2人の力を借りて、キングギドラを討伐します──』

 

 ──そんな信じられない切り口から語られた「作戦内容」は、前提からして千秋を混乱させた。アーニャの事、モスラの事、対G最終兵器を今ここで使おうとしている事。

 聞き及んだ情報の全てが真実だと受け入れられない、ただの女の子がGフォース車両に乗っていたのは確かに不思議だったが、モスラの巫女などというオカルトチックな話を飲み込むのに、時間を要した。

 

「理解は出来てないけど……分かったわ、今の話を信じる事にする……その上で、私にそんな命懸けのミッションを託すというのね?」

 

『はい、ハッキリと申し上げますが、最悪の場合命の保証はできません、そうさせないためのモスラ召喚ですが、それでも安全とは言えません』

 

「……断れば?」

 

『速やかに2人はモスラの力を借りて安全なところまで避難してください、もちろんあなたにはその選択権があるし、決して強要せず、責め立てることもありません……そもそも、一般人であるあなたに機密事項であるモスラの巫女の事を知らせたり、作戦の実行を要請する事自体が立派な違反行為ですから』

 

「何もそこまでは考えてないわよ、これでも口は固いわ」

 

『……キングギドラはヤマタノオロチを倒せばまたどこかへ飛び立つかもしれません、加えてディメンションタイド発射可能時間があと20分後から50分後以内、それがタイムリミットです』

 

 全くもって無茶な注文だった。 人ひとり、それも顔も知らないような一般人に頼るような作戦ではない。 それほどまでに状況は悪く、故に逆転のチャンスを逃したくもないという焦りがあるのだろうが、本当に違反行為も甚だしい、千秋がひとつ口を滑らせるだけで泉は破滅するだろう。

 それも、失敗して千秋が死ぬようなことがあれば口封じにもなる、作戦を受け入れた場合にお互いの背負うリスクが釣り合ってない以上、千秋が了承するメリットは無いに等しい。 だが……。

 

「…………もしここに居たのが私以外の誰かだったとしたら、その誰かが同じことを頼まれたんでしょうね」

 

「チアキ……」

 

「そんな心配そうな目で見ないで、アーニャ……それに一度は憧れるじゃない、世界の命運を握る戦いと言うものに」

 

『では……』

 

「ええ、やってみせるわ、黒川の人間たるもの成すべき責任を成せ、それが我が家の教えよ」

 

『……あなたの決意に心から感謝します』

 

「感謝なら成功した後に受け取るわ、それに……この作戦には私とアーニャの命もかかっている、感謝するならアーニャも一緒よ」

 

「はい……! チアキとなら必ず成功、できますね!」

 

『……ありがとう、では今一度作戦を説明します』

 

 ──最終目標はディメンションタイドによるキングギドラ討伐、手順は次の4つ。

①Gフォース車両に積み込まれているディメンションタイド誘導発信機専用のライフルを持ち出し、キングギドラに接近。

②ヤマタノオロチが倒されるのは時間の問題、そのためモスラを召喚しキングギドラをこの位置に釘付けにする。

③アーニャは未来予知を駆使して安全に千秋をキングギドラの近くへ誘導、有効射程距離の100m以内に接近し発信機を体のどこでもいいので撃ち込む。

④ディメンションタイド発射と同時に千秋とアーニャはモスラの瞬間移動で速やかに安全圏へ避難、モスラも退避。

 

 以上の行動をもってキングギドラをディメンションタイドで討伐……キングギドラに通用するかはともかく、それで2人の作戦は終了となる。

 

「……作戦と言うよりは強硬策ね」

 

『すみません、ですがそれしか方法はありません、モスラの力で積乱雲を晴らすというのも考えましたが、キングギドラは即座に積乱雲を復活させますし空が晴れた時点でディメンションタイドの存在に気づき逃亡する可能性が非常に高いんです』

 

「どうして? 上空3000kmの人工衛星なんて見えるものなの?」

 

『キングギドラは月から地球の様子を確認できるほどの視力がありますし、ゴジラ程かは分かりませんが危機察知能力も備えています、露骨な行動はむしろ隙を与えるだけでしょう』

 

「どこまでも信じ難い話ね……」

 

 千秋はライフルバッグを背負い走りながら、泉と言葉を交わす。 瓦礫だらけの街だが、アーニャの未来予知による道案内は正確で、比較的安全でいい足場のルートを選定してくれていた。

 それだけではなく、アーニャは怪獣同士の戦闘による揺れや建物の倒壊まで予測し、その都度身構えてはやりすごす。 ありがとう、と千秋が声をかければアーニャはニッコリと笑顔で「どういたしまして」と流暢に返す、そんな様子は普通の女の子らしく、命懸けの状況下で千秋に安心感を与えてくれた。

 やがてガランとしたビルの中を通って外に出ると、いつの間にか怪獣たちを見上げられるほどの位置にまで近づいていた。 激しい戦闘によって既に瓦礫ばかりの場所と化しており、遮蔽物もない危険な場所だがキングギドラまでは目測で300メートルほど、あと少しだ。

 その時、アーニャの顔色が変わった。 目線の先では、キングギドラがヤマタノオロチに光線を浴びせていた。 だがヤマタノオロチがダメージを受けている様子はない……次の瞬間、目を疑うような光景が2人の視界に映る。

 

「ヤマタノオロチが……浮いてる……!?」

 

 キングギドラの引力光線によって100万トンを超えるとされるヤマタノオロチが、まるで無重力を漂うかのように軽々と浮き上がったのだ。高度はみるみるうちに増していき、ついに積乱雲の中に呑み込まれた。

 上空からヤマタノオロチの雄叫びが聞こえた、積乱雲の中で四方からの雷撃に晒され、悲鳴を上げているのだ。

 まるで赤子の手をひねるかのような圧倒的な力の差、星の重力の支配すらものともしないキングギドラの冒涜的な所業。やがてキングギドラが光線を止めると、積乱雲を突き破り力尽きたヤマタノオロチの巨体が天から落ちてきた。

 

「モスラ!!」

 

 ヤマタノオロチの落下による衝撃は計り知れない、アーニャは咄嗟の判断でモスラを予定よりも早く呼び出した事で、すんでの所でヤマタノオロチと地面の間に強烈な閃光が生じ、ヤマタノオロチは光に包まれてゆっくりと地面に降ろされた。

 

「あれがモスラ……!?」

 

 光は霧散し、既に絶命したヤマタノオロチの上に青白い光を放つモスラがその姿を表した。

 キングギドラとモスラが戦った記録はなく、モスラがあの怪物に通用するのかは未知数だが、今は足止めに期待するしかない。

 こちらの思惑通りキングギドラはモスラを新たな敵と認識し攻撃を開始した、引力光線を躱しキングギドラの周辺を囲うように飛行するモスラだが、3本の首のどれかが常にモスラの姿を視界に捉えて離さない。 モスラも負けじと光線を放つが、キングギドラのバリアにはモスラの攻撃すら跳ね除けられてしまう。

 

「チアキ、今のうちに!」

 

「え、えぇ! 分かってるわ!」

 

 思わず見とれてしまっていた千秋が先行するアーニャを追いかける。残り200mにも迫るとキングギドラの大きさがより一層目立つ、こんな距離にまで接近した人間は未だかつていなかっただろう。

 

「!? チアキ!」

 

 あと少しだ、そう思ったその時。 キングギドラは翼をはためかせ上空へと舞い上がった、突風が襲いかかることを察したアーニャは咄嗟に覆い被さるようにして千秋を押し倒し庇う。

 直後、アーニャの予感通り突風が生じ多数の瓦礫が吹き飛ぶ中で、そのいくつかがアーニャの体に当たり千秋から引き剥がす。

 

「アーニャ!!」

 

 吹き飛ばされたアーニャのもとへすぐに駆け寄るも、アーニャは頭から血を流し真っ白な髪を赤く濡らしていた。 レインコートのフードを被っていたお陰で多少は軽減できたかもしれないが、明らかな重症である。

 

『千秋さん! アーニャがどうしたんですか!? 今の音は!?』

 

「き、キングギドラが飛び上がって……突風で瓦礫の破片がアーニャに……! わ、私を庇って……!」

 

「だ……だいじょうぶ、です……チアキ……早く……いって……」

 

「でも……!」

 

 アーニャは震える指で千秋の背後を指さす、視線を向けると、飛び立ったはずのキングギドラが空中でもがいている様子が見えた。

 

「えっ……!?」

 

「モスラが……糸で……今のうちに、チアキ……!」

 

 そう、モスラがキングギドラの周囲を旋回していたのはただの撹乱やスキをついた攻撃を狙っていたからでは無い、本当の狙いはモスラの張り巡らせる“糸”だ。

 クモンガの糸よりも遥かに細く、しかし劣らない強度を誇る糸を遠方のビル群を使って繋ぎ合わせた事で、既にキングギドラの頭上には糸の檻が出来上がっていたのだ。

 

「で、でも……」

 

『千秋さん!』

 

「うっ……く……! 分かってる、分かってるわ……その代わりアーニャ、一つだけ教えて欲しいの」

 

「……?」

 

「ロシア語を、ワンフレーズだけね」

 

 アーニャは耳打ちされると、チアキは面白い人ですね、と笑って言葉を教えた。

 やがて決心を固め千秋は立ち上がる、キングギドラは糸に絡め取られ必死にもがいている、直に地面に落下してくるだろう、その時がラストチャンスだ。

 

「Желаю удачи……幸運を祈ります、チアキ」

 

「……ええ」

 

 千秋が頷き、走り出すのを見届けた後で、アーニャはゆっくりと仰向けになった。 冷たい雨がアーニャの体から熱を奪い、血は雨に溶けて地面へと流れ出す。 朦朧とする意識をなんとか保とうにも、体力の限界が来てしまった。

 アーニャは小さな声で歌を口ずさむ、雨音にかき消されるほどの小さな声で。 昔、母がロシア人の父に教えて貰い、アーニャによく歌い聞かせていた子守唄……娘の将来を想う母の心情を奏でた、優しい歌。

 

「……パパ……ママ……また、会えますね……」

 

 瞼を閉じる、不思議と恐怖はない、冷たくもない。 光が消え、音が消え……アーニャは深い深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ……はぁ……!」

 

『千秋さん、ディメンションタイドの発射準備は既に整っています……どうかお願いします、私たちの未来を救ってください』

 

「はぁ……はぁ…………えぇ、こっちも捉えたわ……有効射程距離……100mに……!」

 

 見上げる首が痛くなるほどの超至近距離、キングギドラは空中戦を諦め既に地面に降りていた。 なおもモスラとの攻防を繰り広げるが、どちらも攻撃を防ぎ防がれてばかりで消耗戦に陥っている。

 ライフルをバッグから取り出し、泉の指示に従って弾を込める。 あとは撃つだけだ、と改めてキングギドラを見上げた時、千秋は自分の指が震えていることに気づく。

 恐怖……確かにそれもある、これほどの強大な怪獣を前にして恐怖を覚えない人間などどこにもいない。 走って接近している時から、ずっと千秋は恐怖と戦い続けていた、それでも一度決めた覚悟と、その覚悟を信じて前を進む15歳の少女に手を引かれて、心と体を奮い立たせてここまでやってきたのだ。

 だがもうそれだけじゃない、ふつふつと体の奥から熱が登ってくる。 怒りと憎しみが湧き上がり、千秋はいても立ってもいられず叫んだ。

 

「ギドラァァァァーーーー!!」

 

 風雨の中にあっても響き渡る声に、キングギドラがその視線を落とす。 瞳の中に捉えたのはちっぽけな1人の人間だ、なんてことは無い虫けらが羽音を立てていたに過ぎない。

 嵐の王にとって人間など敵ではない、どんな兵器を作っても無駄、どんな文明を築いても壊すだけ。 星の支配者にすらなれていない、数が多いだけの虫けらに王が興味を示すものか。

 だが、王は知らなかった、虫けら共が遥かなる天より構えた銃口が、既に己の眉間に狙いを済ましている事に。 その油断が、慢心が、キングギドラが真の怪獣王として君臨できないたった一つの理由だ。

 その瞳に向けて虫けらが銃を構える、なんだそれは、そんな豆鉄砲で何が出来る──しかし奴はこう言った、王たるギドラに向ける不敬極まりない侮辱の言葉と共に、引き金を引く。

 

 

 

「Попадать в ад (地獄に落ちろ)」

 

 

 

 次の瞬間、キングギドラの視界がひとつ潰れた。 千秋の放った弾丸はギドラの中央の首、その左目に突き刺さったのだ。

 苦しみのたうつギドラはすぐさま千秋を潰そうと口を開くが、モスラの攻撃がそれを許さない。 絶対にこの場から逃がさないという使命を全うすべく、モスラが果敢に足止めをする。

 

『千秋さん! 脱出を!』

 

「えぇ……モスラ、お願い!」

 

 千秋の言葉を聞き届けて、モスラは自身と千秋、そしてアーニャの体を光で包み込んで瞬間移動した。

 弾丸は放たれた、目標を突如見失い狼狽えるキングギドラの上空、積乱雲の彼方より黒い影が迫る。 分厚い雲が逆巻き、闇へと飲み込まれていく。 瓦礫も、建物も、地面ごとキングギドラの体が浮き上がる、極小のブラックホールが全てを飲み込もうとしているのだ。

 キングギドラは引力光線を吐きかけるが、ディメンションタイドは止まらない。 炸裂したディメンションタイドは黒いドーム状の光となって直径1kmにまで膨れ上がると、全てを飲み込んだ後、瞬時に収束して消滅──後には何も残らない、崩壊した街も、キングギドラも、ヤマタノオロチも、何もかも消え去っていた。

 千秋はアーニャを抱えて、遠方のビルの屋上からその様子を見守っていた。 泉からの作戦終了の連絡を受けて、ほっと胸を撫で下ろす。 アーニャの体は硬く、冷たく、呼吸も途絶えている。 そんなアーニャをぎゅっと抱きしめて、終わったわよ、と優しく声をかける。

 それを見守るように、視線の高さへとモスラが降りてくると、モスラは触覚から光を伸ばして、アーニャの体を暖かく包み込む……すると。

 

「……うっ……けほっ、けほっ……!」

 

「っ!? アーニャ!」

 

「……ハァ……あぁ…………チアキ……やりました……ね」

 

 驚くべきことに、アーニャは息を吹き返したのだ。 完全に止まっていたはずの心臓が脈打ち、みるみるうちに血色が回復していく。

 信じられない……千秋は思わず泣き崩れて、途切れ途切れの言葉で泉に状況を伝えると、泉も驚きとともに涙を溢れさせた。

 様々な奇跡を起こすモスラだが、人を蘇生した例は今回が初めてだ。アーニャは体の状態もよく、心停止から間もないうちであった為に蘇生する事ができた。 モスラは2人の再会を見届けると、ゆっくりと天に登り姿を消す。

 やがてディメンションタイドによってぽっかりと穴の空いた積乱雲が、少しずつ晴れていくのが見えた。 澄み渡る空から光芒が差し、戦いの終わりを知らせる。

 

「良かった、私たちの……勝ち……」

 

 

 

 

 

───────。

 

「え?」

 

「……いま、何かいいましたか? チアキ?」

 

「い、いえ……でも何か聞こえ……」

 

───。

 

 その時、2人の意識がなんの前触れもなく途切れその場に倒れ込む。 正体不明の誰かの呼び声が、底知れぬ暗闇へと2人を誘う──。

 

 

 

 誰かに呼ばれたような気がして目を開けた時には、千秋は何も無い空間に漂っていて……いや、確かに何も無い、けど何かがいる、誰かの声がするのだ。

 

─、──────。

 

(…………え?)

 

───────、───────────────、───、───────────────────。

 

(声……? ここは……冷たくて、暗い……体が浮いているような……)

 

─────、──────、─────、─────────。

 

(何も聞こえない、何も見えない……何も感じない……声が頭に響く……ここはどこ……? …………私は……だれ……?)

 

───────、──────────────、─────、──────────────────────────────、────────────────────、────────、───────────────────、─────────────────、─────。

 

 何も無く、何も感じない、完全なる虚無の闇の中で、千秋はおぞましいほどの怨嗟の言葉を投げつけられていた。 しかしてそれは、決して人には理解できない“言葉とは似て非なるもの”。

 だが千秋には理解出来た、これが、これこそが人が“感情”と呼ぶものなのだと。 ひとつひとつの感情をぶつけられる毎に、千秋の感覚は闇の中へと蕩けるように薄れていき、全てから遠ざかっていく。

 

──、──、──、────、───、──、───、────、─────────────、─────────────────────、──────。

 

(分からない……理解できない……でもまるで、冒涜的な言葉の羅列のような……憎悪と、怒りと……)

 

 恐怖はなかった。 あるいは、恐怖という概念すら溶けて無くしてしまったのだろうか。 自分が消えていくほどに、自分が自分から遠ざかるほどにこちらに近づいてくるもの、それが“死”である事を、千秋は既に理解できなくなっていた。

 

───────────、──────、───────────────────────。

 

(あぁ……分からない、もう眠たくなってきた…………)

 

─────────、─────────────。

 

(…………………………)

 

 

……………──?

 

─────────、───。

 

───、─────────────────────!!!!

 

 

 

 

 

 

『…………て……さん……………きて……応答して! 千秋さん!』

 

 泉の声に、ハッと目を覚ます。 眠っていた? 一体いつの間に? 千秋とアーニャは突如会話が途切れ連絡がつかなくなったのだと泉に聞かされたが覚えがない。 誰かの声を聞いていたような気がするが、何も思い出せない。 ただ少なくとも、この世のものとは思えない恐怖を体験していたような……。

 

「今のは……?」

 

『千秋さん、アーニャ! すぐに離れて! 積乱雲に紛れて全く探知できなかった……いえ、まさかこの時まで気配を消していた……?』

 

「な、何が起こったの!?」

 

『ゴジラです! ゴジラが既に旭川市に上陸しています!』

 

 

 

〈G対策センター極東本部・作戦本部室〉

 

「ゴジラ、旭川市に侵入!」

 

「ディメンションタイド着弾地点にて空間の歪みを検知!」

 

「なんだと!? ディメンションタイドの不具合か!」

 

『ディメンションタイド制御室の大石です、反応を確認しましたがディメンションタイドによるものではありません……あれは一体……特異点の中心から惑星に相当する莫大なエネルギーを感知!? いや、まだ膨れがって……もう計測できません!』

 

 ディメンションタイド着弾地点に突如出現した特異点、あらゆる光を飲み込む完全なる黒の球体は、信じられないほどのエネルギーを秘めて不気味に空中に浮かびあがっている。

 なんらかの被害を周りに与えている様子はない、だが明らかに異常なもの、あるいはこの世のものですらない。 その様子は千秋とアーニャも確認していた、ゴジラはこの黒点へと向けて進行している。

 

「ゴジラの全身が赤く発光しています!」

 

「ゴジラの表面温度上昇……ひ、100万度以上!? さらに上昇、止まりません!」

 

「背鰭の発光を確認!」

 

「何をするつもりだ!?」

 

 

 

〈旭川市〉

 

「赤いゴジラ……!」

 

 赤く赤く、ゴジラの体はさらに赤く光を放つ、あまりの高熱に周囲が溶け出し、足元はマグマ溜りのようになり、降りしきる雨もゴジラに触れる前に気化し水が大量の蒸気となってゴジラを包み隠すように立ちのぼっている。

 

「チアキ! あれを!」

 

 特異点の奥に何か見える、いや、そもそもあれはなんだ?

 球体そのものは直径にして30mほどだが、その体積は計り知れないほどに大きなものに感じる。 事実、G対策センターの観測データでは、この黒点の質量と体積は惑星に匹敵するほど大きなものだった。

 理解不能な現象としか言いようがない、計器がそう示す以上は真実でしかない。 常識では計り知れない惑星級の物体がそこに浮いている。

 その黒点の奥底から金色の光が見える、蠢くように動き、伸びて、点の外へとせり出してくる。

 

「ギドラ……」

 

 長大なキングギドラの首が、1本、2本、3本……いや、もっとだ、10本はある。 ブラックホールに飲み込まれた事で生物の枠組みを超え、宇宙支配を掲げる概念へと変質したギドラが、地球の支配者へと首を伸ばす。

 

「あれだわ……さっき私に語りかけてきたもの……! あれは、あれはなんなの!? あんなもの、生物じゃない!!」

 

 そう、生物ではない、肉体を超越し、精神存在へと成り上がったギドラによる精神汚染こそが千秋とアーニャを襲った現象の正体。

 人の意識から意識へと移動し、やがて全ての生命を喰らい尽くし虚空に帰す最悪の災害。ギドラは物理宇宙の法則にすら縛られない上位次元の存在、すなわち神になろうとしていた。

 まだ不完全だが、このまま成長を許せば地球はおろか、この宇宙全てがギドラによって呑まれるだろう。 それは完全なる虚無への回帰、真空崩壊すら生ぬるい、ギドラという名の宇宙誕生に伴う現存宇宙の終焉──決して人類には届き得ぬ、文字通り次元の違う存在がそこにはあった。

 

 

 

 だがここには、ゴジラがいる。

 

 

 

 王は、赤き怒りと共にその一撃をもって神を討つ。 数百万度に達する赤い熱線が放たれギドラは10の首から超重力バリアを展開する、通常の熱線であれば易々と跳ね返す鉄壁の守りは、もはや王の怒りを受け止める器を擁さない。

 物理宇宙を脱却できていない不完全な神は、その熱量に耐えきれず粉々に崩れ去っていく。 やがて熱線は黒点にまで届き、凄まじい爆発と共に根源から焼き尽くした。

 

「きゃあぁ!!」

 

 突風に煽られた千秋とアーニャが倒れ込む。

 その一撃でギドラは完全に消滅し、神へとなり上がろうとした偽りの王は消え去った……しかし、ゴジラは熱線を止めない。

 ゴジラはゆっくりとその射角を上に向けて、天空にて漂う“最後の標的”へと狙いを澄ます。

 

「まさか!?」

 

 上空3000km……遥か宇宙空間を漂うディメンションタイドが、一瞬のうちに蒸発する。 王の怒りは天をも貫く、観測上この時の熱線の最大射程距離は10000kmにまで及んだ。 人類が作り上げた最強最後の決戦兵器は、無惨にも撃ち落とされたのだ。

 絶望が渦巻く中、ゴジラはゆっくりと体の向きを変え、海を目指し歩き始めた。 持てるエネルギーの全てを使い果たした事で、戦闘能力を失ったゴジラはすぐさま退散する。

 だが対ゴジラ最終決戦の要であったディメンションタイドを焼き尽くされては、もはや誰もゴジラには敵わない。ゴジラは地球上で最後と言ってもいい人類が生み出した脅威をこの世から取り除いたのだから。

 ゴジラには勝てない、そう理解し千秋は拳を握りしめた、そんな千秋の手を、アーニャは優しく包み込む。

 

「お疲れさま、ですね。 帰りましょう、チアキ」

「…………」

 

 手を握り返す。 そう、終わったのだ、今はそれでいい。 そんなアーニャのどこまでも優しい言葉が、千秋の心を解いていく。

 

「ええ……そうね」

 

 かくして北海道を襲った……否、地球を襲った宇宙怪獣キングギドラは2人の少女と怪獣王によって完全に討伐された。

 

 

 

 

 

〈G対策センター極東本部〉

 

「晶葉!」

 

 ドアを開けて、マキノが晶葉の研究部屋に入ってくる。 慌てている様子だが無理もない、晶葉も状況は知っていた。

 

「みなまで言うな、分かってる」

 

「……どうするの? ゴジラ最終決戦は、ディメンションタイドを使用したものだった」

 

「問題ない」

 

 晶葉は冷静に言葉を返す。 この事態は想定外だが、もとより天候次第で使えなくなる兵器に全てを託すのは作戦とは言わない。 マキノも冷静さを確認するために知っていてあえて聞くのだ、もっとも、晶葉には要らぬ心配だったようだが。

 

「作戦はプランB、ANEB(Anti Nucleus Energy Bacteria)を使用したゴジラ停止作戦で行く」

 

「……いよいよ、この時がやってきたのね」

 

「あぁ、私たちの、人類の悲願を果たす時がな……マキノ、作戦本部に伝えてくれ! 来る12月4日、予定通り東京・新宿、“ニューフロンティア”にてゴジラを迎え撃つ!」

 

 遡ること21年前のあの日に誓った、ゴジラの討伐。 長く、とてつもなく苦しい道のりだったが、ついにその時は訪れた。

 永遠に続くとさえ思えた絶望の淵を幾度となく乗り越え、たどり着く未来のビジョンを、晶葉は確信を持ってその目で見据える。

 

「これが人類の存亡をかけた最終決戦! 作戦名は、オペレーション・スターライト!」

 

 

 

 

 

〈エピソード12:神を討つ弾丸〉 ー完ー

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