ゴジラvsシンデレラガールズ   作:キシ

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〈エピソード14:新宿最終決戦〉

〈2041年12月3日、18時36分(日本時間)〉

 

 太平洋ソロモン諸島近海、航空型原子力潜水艦「羅號」は轟天号の兄弟機として製造された二番艦として対ゴジラ最終決戦の前段階を任され潜航していた。 ゴジラは強力な兵器や軍事施設、発電施設を察知しそれを追跡する習性を持つ。 ゴジラにとっても原子動力を持つ轟天と羅號は標的であるとして、追跡対象になるのだ。

 つまるところ羅號の任務とは「ゴジラの誘導」である。 最終決戦に向けて東京で準備をしている間ゴジラを引き付け、来るべきタイミングで日本へと誘い込む。

 思惑通りゴジラは羅號を追尾していた、海上にも艦隊が待ち構えゴジラを牽制しつつ、明日の昼にゴジラが上陸できるような距離を保つのだが、常に背後にゴジラが居るという状況はクルーにとって生きた心地のしない時間であった。

 

「……今のところ大人しいですね」

 

「警戒はしてもこちらから攻撃を仕掛けない限りは敵対はしないという事だろう、後はニューフロンティアの起動に引き付けられてくれればいいが……」

 

 対ゴジラ最終決戦用兵器、ニューフロンティア。

 高さ150m、横幅70m、厚さ20mの見た目は超巨大な鉄の壁でしかないそれは、表面に施されたアンチビームダイヤモンドミラーコーティングによって守られ理論上はゴジラの熱線さえも跳ね返す巨大な防御壁である。 東京・旧新宿の地下に建造され、直径1.5kmの円形に並べられたニューフロンティアの檻にゴジラを幽閉し、熱線を無力化するのが本作戦の主な戦略だ。

 本来ならこのニューフロンティアに閉じ込めたゴジラに対してディメンションタイドを発射する予定だったのだが、既にディメンションタイドはゴジラによって破壊された。 想定外の事態ではあるが、元よりディメンションタイドは天候や時間によって使用が制限される。 そのためディメンションタイドを使用しないプランBが立てられていた。

 それこそがゴジラへの総力戦によって体に穴を開け、ANEB(=Anti Nucleus Energy Bacteria、抗核エネルギーバクテリア)を打ち込み注入、核エネルギーを分解し無害化するバクテリアの働きによってゴジラの核反応炉を停止させるというものだ。

 G細胞研究の末に生まれ、一ノ瀬志希もプロジェクトに参加していたANEBは、少量でも1つの原発を完全停止させられるほどの効力を持っており、既にゴジラ襲撃跡地の放射能汚染の除去にも使用されている。

 問題は……どのようにしてゴジラの体表に穴を開けるかだ。 轟天号のドリルで貫くのが主になるが、ゴジラの再生能力の前には与えられる時間は精々数十秒が限界、故にゴジラにはニューフロンティア脱出のためにエネルギーを消費させて再生能力を落とす必要がある。

 だが人類はゴジラの力を侮っていた、惑星級の質量を持つギドラの特異点を破壊しディメンションタイドにすら届く赤いゴジラ、あの状態になればニューフロンティアも容易く突破されるだろう、本作戦には一切の予断が許されない。

 

 

 

〈12月3日、22時00分・東京〉

 

 新宿跡地の地面からニューフロンティアが迫り出し、壁と壁で隙間なく円を作る。 新宿はゴジラが初めて大規模破壊を行った場所であり、怪獣災害を象徴する土地だ。 ここを最終決戦の舞台とするのは、ゴジラに対する意趣返しでもある。

 日本中の電力をかき集め、ニューフロンティアが稼働する。 大電力を蓄えたニューフロンティアは今世界で最もエネルギーが集まる場所となった、ゴジラも今頃東京に引き付けられているだろう。

 ニューフロンティアの正常稼働を確認し、部屋で経過を見守っていた池袋晶葉もようやくほっと胸を撫で下ろす。 全ての準備は整った、後は明日の本番に備えるだけだが……。

 

「緊張しているの?」

 

「……当たり前だろ」

 

 マキノが運んできたコーヒーカップを持つ晶葉の手が、小刻みに震えている。 マキノだって平静を装ってはいるが、少なからず緊張を隠せていない。

 

「私は明日のために今まで生きてきた、私の人生はずっとゴジラに囚われたままだ、ゴジラへの復讐の為に私は多くの犠牲を払ってまでここにいる」

 

 2011年11月3日、あれからちょうど30年、当時5歳だった晶葉はゴジラによって家を失い、故郷を失い、以来ずっとゴジラを倒すという目的のためだけに生き、センターに入った。

 晶葉のもたらした人類への恩恵はあまりにも大きい、いずれ歴史に名を残すだろう。 それが稀代の天才科学者としてなのか、あるいは妄執の復讐者としてなのかは分からないが、晶葉はそれだけの事をしてきた。

 

「私にはこの生き方しか出来なかった、本当ならお前だって美世だって……それに志希だって私とは違う道を進めたはずなんだ、なのにお前たちを巻き込んでまで私はここに来た……だから……そのだな……」

 

「巻き込んですまなかった、なんて思ってないわよね?」

 

「…………」

 

「今更よ、それに私も美世さんも自分の意思でここに来たのだし、志希はあなたに救われたと思ってるはずよ」

 

「……だといいな」

 

 マキノは先日志希と通話していた事を晶葉に伝えていない、2人の問題はいずれ2人の間で解決すべき事だと考えたからだ。 親子の関係に余計な口を挟むのはマキノの趣味ではない、いつか再開する時のために、晶葉だけは絶対に死なせる訳には行かないとマキノは密かに決意を固めていた。

 

「あぁ〜〜! つっかれたぁ!」

 

 すると部屋のドアが開き、うーんと伸びをしながら美世が入ってくる。 顔についたオイルから察するに今の今まで作業に明け暮れていたようだ。

 

「終わったよ、例の取り付け」

 

「ありがとう美世…………うぅむ」

 

「え、何その顔……?」

 

「いや、なんだか美世と会うのも久しぶりだなと」

 

「あー、言われてみれば確かにそうね」

 

 2人は毎日のように連絡を取り合ってはいるものの、持ち場が違う。 それにプライベートな会話よりも仕事内容のやり取りが多く、こうして2人が会う機会など本当に数少ない。

 

「……」

 

「……」

 

「何してるの2人とも? 姉妹のくせに遠慮してるのかしら?」

 

「誰が誰の姉だ!」

 

「妹にしては昔っから可愛げがないんだよね……」

 

「うるさい!」

 

 こうして会ってみても不思議な感覚で、何となく言葉に詰まった2人をマキノが茶化すと、晶葉が勝手に自爆する。 今も昔も3人の関係は変わらない。

 いつもそうだった、マキノは一歩下がった所から周りを見て間を取り持つ。 晶葉と志希の関係も、2人を繋げる手助けだけをして本人は我関せずとばかりに知らぬふりをする。

 マキノがこの2人と出会ったのは本当になんでもない偶然だった、ある日ネットの掲示板でどうしても優秀な情報通とプログラマーの協力が欲しいという少女の書き込みに興味を持って話を聞いてみたのが始まりで、元々知り合いだった大石泉にも話を持ちかけて晶葉の自由研究を手伝った。 そして2人は出会い、美世とも出会い、忘れもしないあの2020年の出来事に巻き込まれたのだ。

 

「……懐かしいな」

 

 そう、晶葉が小さく漏らした。 まるであの日を懐古するマキノの心を読んだかのように、晶葉もまたあの日の事を思い出していた。 多分、美世もそうだったのだろう。

 

「覚えているか? あの自由研究」

 

「忘れるわけないでしょ、死にかけたんだもの」

 

「まあ約束通り出世払いで車も弁償したし今となっては笑い話だな!ハッハッハ!」

 

「あの時一発殴っとけばよかった……」

 

 始まりはジャンク品を集めて作った怪獣探知機、それが今や衛星軌道から怪獣を監視するGSSにまで進化した。 本気でG対策センターに売り込むつもりでいた晶葉、興味本位で自由研究に参加したマキノ、ただただ巻き込まれただけの美世……3人の物語はあの日始まった。

 

「あの日私たちを救ったメーサーヘリも今となっては古参で、小規模な怪獣災害や救助活動に使われるのが主になった……だから私はメーサーヘリを選んだ、私たちの命を救ったメーサーヘリを使ってゴジラに引導を渡すためにな」

 

 晶葉に発注され美世が今の今まで作業していたのは、メーサーヘリへのANEBミサイルの取り付けだ。 ゴジラを消耗させ体表を削った後に、このメーサーヘリを遠隔操縦で動かしANEBを打ち込む。 この最も重要な役目に、晶葉は自ら志願した。

 

「失礼します……ってあれ? お揃いですね?」

 

 神妙な空気になりつつあった所へやってきたのは、ディメンションタイド制御室から晶葉のチームへ異動してきた大石泉だった。 彼女もまた自由研究の重要なメンバーであり、晶葉の兵器開発をいつも支えてくれていた。

 

「お取り込み中だった?」

 

「まさか、ちょっと昔話をしてただけだ……そうだな、泉も来た事だし自由研究のメンバーはこれで勢揃いだ」

 

「わぁ! 懐かしいね、昔話なら私も混ぜてもらおうかな」

 

 そう言って泉も空いている椅子に腰掛ける、あの自由研究の後もたびたび協力はしてもらっていたが、晶葉と泉が実際に会うのはG対策センターに入ってからの事で、お互い同じ場所に来ることを知らなかったために驚いた記憶がある(マキノは知っていたようだが)。

 

「昔話ね、じゃあまずは晶葉が家に来たばっかりの頃なんだけど……」

 

「そこからか!?」

 

 美世へのツッコミから始まった思い出話に花を咲かせながら、4人の夜は更けていく。 あれから本当に遠くまで来てしまった、気が遠くなるほどの時間だった気もするし、あっという間だった気もする。 だがどれだけの時間が経とうとも、4人の思い出は変わらない。 21年前のあの日から、今日までも、これからも。

 

 

 

──Gフォース基地兵器格納庫

 

 人の居なくなった格納庫の片隅、地べたに座り壁に持たれかけて最終チェックを終えたヴァルチャーを眺めている大和亜季を、木場真奈美が見つけた。 静かな格納庫に反響する真奈美の足音に気づき、亜季は素早く立ち上がる。

 

「座っていろ、そう身構えるな」

 

「……はい」

 

「キミは真面目すぎるな、確かに私は上官だが同じヴァルチャーのパイロット、言わばバディだ、私に遠慮しすぎていてはいざと言う時に困るのはお互い様だぞ」

 

「バディ……ですか、確かにそうでありますね」

 

 亜季は言われた通り座り直し、またヴァルチャーを見上げた。 真奈美も同じようにして隣に座ると、彼女がここでヴァルチャーを見上げていた理由がよく分かる。

 

「いい角度だな」

 

「はい」

 

 ヴァルチャーは世界的にも数少ない人型機動兵器、そのヴァルチャーが直立しているところを下から見上げるのは中々に壮観であった。

 対ゴジラ用の拡張として踵部分に取り付けられた超振動特殊合金カッターは、ミサイル攻撃すら通用しないゴジラの体表を切り裂けると言う。 だが、ヴァルチャーがゴジラに対して出来ることなど殆どないのはパイロットである2人が一番よくわかっている。

 

「本作戦のヴァルチャーの役目は遊撃、要はサポートであります、実際ヴァルチャーの火力ではゴジラに十分なダメージを与えることは出来ません……それでも私は、ヴァルチャーならゴジラとだって戦えると信じたいのであります」

 

「随分とヴァルチャーに入れ込んでいるな? キミはもっと硬派で軍人堅気な人間だと思っていたが」

 

「自分でもそのつもりでした、ただ何と言いますか……ヴァルチャーを初めて見た時にロマンを感じたのです、一目惚れと言えばいいのでしょうか」

 

「フッ、それは結構な事だ……そう言えば聞いた事がなかったが、キミは何故Gフォースに入った?」

 

「子供の頃にGフォースに助けられたからであります、最初は憧れという側面が強かったのですが、今は誇りを持っています……大尉は?」

 

「私か……そうだな……」

 

 真奈美は目線を下に落として、少しの間考え込む。 昔Gフォースの士官学校に入学した時にも同じ質問をされた、なぜGフォースに入りたいのか?と。

 その時は何と答えただろうか、おそらく当たり障りのないそれらしい事を言って本音を隠していたかもしれないが、亜季には話してもいいだろうと、視線を上に戻す。

 

「アメリカに行きたかったからだ」

 

「…………え?」

 

 当然の反応に真奈美はちょっとだけ自嘲気味に笑い、またヴァルチャーを見上げる。

 

「アメリカに憧れてたんだ、昔からね、けど渡航も難しい時代だ、Gフォース隊員には配属先を海外も含めて選ぶチャンスがあると聞いたから入ってみたんだが……うん、意外と簡単にはいかなくて少しガッカリしてるよ」

 

「なぜアメリカに?」

 

「これでも歌手になりたかったんだよ、アメリカでね……いやまあ、なんだ、その……昔の夢を話すのはちょっと恥ずかしいな」

 

 珍しく照れくさそうな笑顔を見せる真奈美を見ていたら、亜季もつい釣られて顔をほころばせる。 ほんの少しだけ、たった今だけでも、2人は軍人としての上下関係を超えた友人になれたような気がした。

 

「誰しも夢を持っているものだ、キミには夢はあるのかい?」

 

「夢ですか……私はかっこいい兵器や武器が好きですから夢は叶いました、でも本当はこんなものない方がいい、叶うなら、人が戦争を忘れ、怪獣の居なくなった世界を見てみたいでありますな」

 

「戦争もなく怪獣のいない世界か、そうだな」

 

 怪獣が出現したのは30年前、真奈美も亜季も生まれた頃にはすでに世界は怪獣達が闊歩する怪獣時代であった。 この時代に生まれ育った誰もが怪獣のいない世界を想像し、夢に抱いている事だろう。

 ゴジラを倒したとして怪獣が全ていなくなる訳では無い、戦いはこれからも続いていく。 もしも怪獣のいない世界がもう一度訪れるのだとしたら、生きてその日を迎えたいと願うのは当たり前の望みだ。

 

「必ず勝ち取ってみせるさ……さあ、もう夜も遅い……せめて今日だけは、何もかも忘れてゆっくり眠ろう」

 

「……はい!」

 

 ヴァルチャーは未来を切り開く兵器だ、と設計者の晶葉は語る。

 いつも通りの大袈裟な表現だが、彼女の作り出す技術が役に立たなかった事など一度もないし、彼女の発言が嘘になった事もほとんどない。

 彼女の先見の明は確かだ、それがゴジラ打倒という意味なのか、或いはゴジラ打倒後を見越した話なのかは分からないが、ヴァルチャーがただの足でまといになるなどと他ならぬ晶葉自身思ってはいないだろう。

怪獣のいない未来を切り開くべく、ヴァルチャーは舞う。

 

 

 

〈同時刻・インド洋〉

 

 深く暗い海の底にて、赤黒い悪魔が目を覚ました。 日本に向けてゴジラが移動している事を察したデストロイアが、海底から浮上する。

目的地は日本、否──ゴジラ。 デストロイアがなぜゴジラをこれほどまでに敵視しているのか、一説にはキングギドラと同じくデストロイアもまたこの地球の支配者となる為に、障害であるゴジラを狙うのだとされているが真相は分からない。

 だが今この瞬間、日本に向けてゴジラとデストロイア、残る2頭となったクラスーXの怪獣が同時に迫って来ているという事実だけは揺るがない。 この一報はすぐさま日本にも伝えられた、しかしこれは好機でもある。 ニューフロンティアを持ってしてゴジラもろともデストロイアを倒す、さらに2頭の消耗戦になれば有難い誤算になる。

 

 ──ゴジラか、デストロイアか、生き残った方が敵になるだけだ。

 

 

 

〈2041年12月4日、12時13分〉

 

 晶葉は自室で昼食を摂っていた、いつもは人が集まる食堂にも今日ばかりは朝から誰もいない。 自分で用意出来る食事も簡素なサンドイッチとコーヒーだけ、ゴジラとの直接対決を前にして食事が通らないのならまだしも、恐怖と緊張のあまり体調を崩す者もいれば、心が折れ戦線を外れた者もいる。

 正直なところ晶葉も叶うことならあの3人を連れて一刻も早く逃げてしまいたい。 ついに30年来の念願を果たす時が来たかもしれないというのに、人生をかけた決意を鈍らせるほど、ゴジラが恐ろしかった。

 

「志希……お前は今どこで何をしているんだ……?」

 

 これが最後の食事になるかもしれない、そんな不安に押しつぶされそうな晶葉の頭に浮かんできたのは、最愛の娘の名前。 ずっと目も合わせていない、声も聞いていない、晶葉には彼女の笑顔がもう思い出せない。 共に戦ってくれたならばどんなに心強かったことか。

 

「…………」

 

 様々な思いが脳裏を巡っていた、志希の事、美世の事、マキノの事、泉の事、家族の事、友人の事……けれど走馬灯を見るには早すぎる、晶葉は振り払うように最後の一口を頬張りコーヒーを飲み干す。

 

「……よし」

 

 意を決して晶葉は立ち上がり、部屋を出た時にふと振り返りたくなった衝動を抑え、足早に司令室へと向かう。 この自室にも多くの思い出が詰まっている、だがもう感傷や思い出に浸るのは終わりだ、ゴジラを倒し明日を迎える事だけを考えればいい。

 晶葉が司令室に入ると既にマキノがいた、泉もモニターに向かい兵器の制御系をチェックしている。

 

「来たわね、晶葉」

 

「遅れました」

 

「あぁ、よろしく頼む、開発主任」

 

 司令室に入るなり晶葉はG対策センター極東本部総司令に挨拶をし、その言葉に強く頷く。

 白髪混じりのオールバックに、鋭い目付き、総司令という立場にありながら隊員との組手では次々に若い隊員たちをちぎっては投げるという鍛え上げられた肉体は、齢60を超える人物のものとは思えない。 20年以上Gフォースの総司令を任されている、ベテラン司令官である。

 

「ゴジラは?」

 

「もう間もなくだ」

 

 日本海を潜航する羅號を追跡し東京湾へと誘導されるゴジラの様子をGSSが捉えていた。 海に仕掛けられた魚雷で千葉、神奈川への進行を防ぎ東京上陸を促す方法は上手く行ったようだ。

 

(芝浦ふ頭か……ゴジラめ、自分が破壊したレインボーブリッジ跡と湾岸線跡はさぞ通りやすかっただろうな)

 

『こちら羅號、間もなく陸地に到着する』

 

「ラジャー、浮上しゴジラを上陸させてください」

 

 司令室スタッフの指示に従い羅號が浮上する、前面に取り付けた巨大な回転式カッターにより轟天よりも鋭角的なデザインの原子力潜水艦が反重力エンジンの稼働により空を舞い、その背後の海面はグツグツと煮えたぎっていた。

 ゴジラがいる、そんな実感を抱き司令室にいる誰もが息を飲んだ──そして。

 

「ゴジラ、姿を現しました!」

 

 熱湯と化した海を割り、黒き破壊神がその姿を見せる。 実に30年振りの東京上陸、ゴジラは陸に上がるとすぐさま背鰭に赤い炎を滾らせ戦闘態勢に入る。 監視モニター越しではあるが、21年振りに間近に現れたゴジラを目にして晶葉は静かに拳を握りしめた。

 

(あの日私は直接は目にしていない……だが……お前の事はずっと見ていたぞ、ゴジラ!!)

 

 ゴジラは真っ直ぐに羅號を追いかけて足を進めていた。 21年前、自らの手で破滅に追い込み、度重なる怪獣災害によって完全なる廃墟と化し軍事都市と成り果てた東京を、ゴジラはまたも躊躇いなく踏み荒らす。

 ニューフロンティアを停止したことでゴジラの狙いは再び羅號となったが、それでも日本に感知した強大なエネルギーの気配は気になっているはずだ。 その正体を確かめる為には新宿へと辿り着かなければならない、かつて灼熱の炎と共に怪獣時代の始まりの狼煙を上げた新宿へ。

 

「ゴジラ、旧新宿に侵入! ニューフロンティア中心地点まで予定通り進行中!」

 

「背鰭の青い発光を確認! 熱線来ます!」

 

 ゴジラの表面温度が急上昇し、計測モニターには信じられない程の莫大なエネルギー数値が表示されている。 羅號との距離が離れすぎたか、司令室にいる誰もが焦り出した。

 というのも、作戦としては羅號は芝浦ふ頭から真っ直ぐに新宿を目掛けて港区を進み、ニューフロンティア起動後は国分寺跡地に建設されたG対策センター極東本部へと進路を変える予定だ。 そこまで行けばゴジラの狙いがセンターへと向けられても関東山地によって熱線を遮断し他県の市街地へと攻撃を届かせない算段になっている。

 だが今の角度はまずい、芝浦ふ頭から新宿に向けていればその直線上には埼玉県、山のような遮蔽物も存在しない。 ゴジラの加減次第ではあるがゴジラから直線上にある限り距離による安全圏は無い。

 

『背面にバリア展開! ゴジラの熱線を受けつつ高度下げ!』

 

 しかし、この状況にも怯むことなく羅號艦橋にて艦長が力強く指示を飛ばす、この状況も羅號クルーには織り込み済みだった、あって欲しくは無かったが対策はシミュレーションしている。

 羅號は背部に光学バリアを集中させると、それからコンマ数秒というタッチの差でゴジラの熱線が放たれた。 しかし真っ直ぐ受けていてはバリアが持たない上に拡散した熱線がどこへ飛ぶかも分からない、そこで考えられたのが熱線を受けた上で徐々に高度を下げるという方法だ。

 ゴジラの狙撃は3000km彼方のディメンションタイドを撃ち抜くとほど正確無比だ、ならばその正確さを逆手に取る。少しずつ高度を下に取り楕円形に展開されるバリアの形を利用し、上向きの曲面で受ける事で熱線を拡散させる事なく上空へと逸らす。 射程距離数十kmにも及ぶゴジラの熱線は、斜め上へと角度をずらされて東京の空を横切った。

 司令室でまばらに歓声が上がる、こんな方法でゴジラの熱線を無力化できるとは、理論上可能である事は分かるが土壇場で実践して見せたのは羅號クルーの優れた連携と操縦技術の為せる神業だ。

 ちなみに、歓声がまばらというのは各々が小さく感嘆の声を上げていたからだが、その中に一際大きな声で騒ぐ人間もいた。

 

「アーハッハッハッハッ!! 見たかゴジラめ! これが私の羅號だ!! ざまあみろ!!」

 

「うるさい」

 

「ぶふッ……!」

 

「ごめんマキ……今誰か笑った?」

 

「コホンっ……ゴジラ、ニューフロンティアへ侵入!」

 

 羅號に接近戦を仕掛けようとしたのか、ゴジラは速度を上げて追尾した。 それによりゴジラは上手くニューフロンティア内に侵入し、幽閉圏内まで進行してくれた。

 ここまでは順調そのものだ、しかし一時たりとも油断はできない、ニューフロンティアがどの程度ゴジラに対して有効なのかも未知数のまま。 起動すれば大出力のエネルギーでゴジラを引きつけるために昨日初めて起動実験を行ったのだから、期待通りの効果を示すかはぶっつけ本番になる。

 

「よし……そのままだ……そのまま……今だ!」

 

「ニューフロンティア起動!」

 

 新宿駅跡地、怪獣災害の象徴とも言える破壊後には今も尚当時のままの廃墟と化した新宿駅とズタズタになった線路が残されている。 ゴジラが再びその場所に足を踏み入れたのと同時に、地響きを伴いながら直径1.5kmに渡る円形に超合金の壁がせり上がった。

 ゴジラは罠に嵌められたことを察したのか、自分を囲むように立つニューフロンティアを見渡し威嚇の咆哮を上げ、羅號はニューフロンティアの上を跨ぎゴジラの射線から外れた。

 全ての壁が立ち塞がり隙間なく円形に近いニューフロンティアが完成、ゴジラ討伐のために作り上げられた対ゴジラ決戦場、最後の舞台がその全貌を見せゴジラを完全に包囲する。

 

「熱線、来ます!」

 

 逃げ場を失った事を察したゴジラは背鰭の炎を滾らせ口から熱線を放つが、アンチビームダイヤモンドミラーコーティングはそのエネルギーを分散し反射、反射された熱線もまた別の壁で反射し幾何学模様を描きながらニューフロンティア内を拡散し駆け巡る。

 やがて反射された無数の熱光線が四方八方からゴジラへと襲いかかり、自身が放った熱線をそのまま打ち返されたゴジラが苦痛の雄叫びを上げた。

 

「よしっっ!! よしっ、よしっ!! ニューフロンティアは正常に働いている!!」

 

 今まで数え切れないほどの街と命を奪われ、いかなる兵器でも直撃に耐える事の出来なかったゴジラの熱線を完全に攻略した。 そして予想通り、ゴジラにはゴジラの熱線が通用する。 全てが順調だ、こればかりは晶葉だけでなくマキノや他の皆も歓喜の声を上げた。

 だが……喜びも束の間、全員の脳裏には再び不安の影が差していた、今耐えたのはゴジラの“第一形態”の熱線に過ぎない、紫色の第二形態、そしてこの世の理を超えたギドラを倒しディメンションタイドまで撃ち落としたあの第三形態にまでなられたら、いくらニューフロンティアでも耐えられないだろう。

 戦いは消耗戦に陥るほどこちらが不利、さらなる不安材料として先日からこちらに向かっているデストロイアの存在もあった、既にデストロイアは台湾上空を通過し日本へと侵入している。 時間はない、だが策がない訳でもない、今はとにかくゴジラをニューフロンティアで釘付けにする必要がある。

 

「司令!」

 

「あぁ、スーパーX全機、発進!」

 

 Gフォースの天井ハッチが開き、スーパーX、スーパーXII、スーパーXⅢが滑走路へと押し上げられる。

「デストロイアはこちらへ……ゴジラに向けて真っ直ぐに飛行中、あと20分で到着すると予測されるわ」

 

 マキノが手に持ったタブレットでGSSの観測データを見せる、よもやゴジラと戦わせるためにクラスーXの怪獣をみすみす招き入れる事になるとは、作戦にしても酷いものだと改めて思う。 だが利用するものは利用する、手段は選ばない、怪物同士で潰しあってくれるなら尚更だ。

 

(もっとも、ゴジラがそれくらいで倒されてくれるなら、だが)

 

 北海道で判明したゴジラの第三形態、あの一件で分かったのはゴジラは今の今まで1度たりとも本気を出した事がなかったという事実だ。 ゴジラがその気になればキングギドラもデストロイアも一方的に倒す事だって出来たはず、そうしなかったのはあの赤い形態は消耗が激しすぎて簡単には使えないからだと推測できる。

 つまり裏を返せばゴジラに付け入る隙のある唯一の弱点でもある、何としてでも、ニューフロンティア内であの第三形態を引きずり出さなければならない。

 

「スーパーX各機、ゴジラに接敵! 攻撃を開始します!」

 

 各機体がニューフロンティアの壁の外側から攻撃を仕掛ける、スーパーXのハイパーレーザーがゴジラの後頭部に直撃し怯ませると、振り返り熱線を放とうとするゴジラから逃れるように、高度を下げてニューフロンティアの壁に隠れる。

 熱線発射を諦めたゴジラの背後から、さらにスーパーXⅢが冷凍レーザーとミサイルで追撃し、ゴジラの注意を引きつける。 当然、ゴジラが振り返った時にはスーパーXⅢの姿はない、ゴジラはニューフロンティアという檻の中で、姿なき敵との戦いを強いられていた。

 その中で一機、ニューフロンティアの影に隠れようとしない機体があった、スーパーXIIだ。 円盤型のスーパーX、主翼を持つ飛行機型のスーパーXⅢとはまた違った、楕円形ののっぺりとした見た目の機体は、スーパーXシリーズの中で唯一無人遠隔操縦によって操作される。

 このような機体となったのは、2021年にスーパーXがゴジラによって破壊され乗組員が全員死亡した件を受けて、対ゴジラに完全特化した機体として作られた兵器であるためだ。 対ゴジラ特化兵器としての所以は、艦首に隠されたダイヤモンドミラーコーティング技術の前身、ファイヤーミラーにある。

 

「ファイヤーミラー展開、角度合わせ良し」

 

「熱線来ます! 目標、スーパーXII!」

 

 艦首が左右に開きファイヤーミラーが顕になると、ゴジラの熱線の直撃を真正面から受け止めた。 だがスーパーXIIは沈まない、ゴジラの熱線エネルギーをファイヤーミラー内で反射する事でそのエネルギーを何倍にも増幅してゴジラに打ち返した。

 

 ──ギャアァォォォォォ!!

 

 ゴジラの悲鳴が轟く。 スーパーXII完成から十数年、対ゴジラ戦闘を行う機会こそ無かったが、光線を放つ怪獣との戦いには何度も身を投じその威力を遺憾なく示してきた。 ついに迎えた対ゴジラ戦においても、この成果だ。 幾度となく苦汁を飲まされてきた放射熱線ももはや恐るるに足らない。

 そう、ゴジラの熱線は通用しない──ゴジラはこの時初めて、極東Gフォースを「敵」として認めた。

 背鰭を包む赤い炎が紫に塗り替えられてゆく、体表温度は倍以上に上がり、足元に散乱する新宿駅跡地がドロドロに融解されマグマ溜りへと変貌する。 司令室にいた誰もが息を飲む、未だかつて攻略しえた事の無いゴジラ第二戦闘態勢、いかなる怪獣も、いかなる軍隊もこのゴジラの前には手も足も出せず蹂躙されてきた。

 スーパーXIIのファイヤーミラーでも紫の熱線を跳ね返せるかは分からない、だがニューフロンティアならば……紫炎の熱線が放たれ、発射とともに生じた凄まじい衝撃波が足元の瓦礫とマグマを飛び散らせた。 真っ直ぐにニューフロンティアへと向けられた熱線は、しかしダイヤモンドミラーコーティングによって威力を分散され、無数の線となってゴジラに襲いかかる。

 さしものゴジラも切り札のひとつである紫の熱線には耐えられなかったのか、悲鳴とともに前のめりに倒れて両手を地面に着く。

 

「ッっよォォォっし!!」

 

 その光景を目の当たりにした時、司令室だけでなく各持ち場で映像を見ていたセンター内の全ての人々がワッと歓声を上げた。 ただの一度、ただの一撃すら防ぎようの無かった紫の熱線さえも、人類は攻略した。

 それもゴジラは跳ね返った熱線によって倒れた、ゴジラ自身の攻撃を利用した形ではあるものの、ついに人の技術はゴジラに膝をつかせたのだ。 これを快挙として何と呼ぼうか、これを喜ばずして何を喜ぼうか、今朝まで不安と絶望が渦巻いていたセンターの中に、ようやく活気と希望が生まれた。

 さらに喜ばしい事はこれだけでは無い、ニューフロンティアは全てのエネルギーを反射していたのではなく、反射しきれないエネルギーを電力として変換・吸収し地下の蓄電装置に送っている。 ニューフロンティアの切り札はまだ伏せられたままだ、莫大なエネルギーの貯蓄にはゴジラの熱線という最後のひと押しが必要で、ゴジラは無自覚のうちに己の首を締めていたのだ。

 

「マキノ! ニューフロンティアのエネルギー充填率は!?」

 

「ええ……驚いたわね……日本の全電力を少しずつ借りてようやく昨日60%に届いたというのにたったの2発で88%になってる……!」

 

「はははっ! しかも9割は跳ね返してるのにな! だがそれだけニューフロンティアはゴジラに通用しているという事だ、後は……」

 

「……デストロイアね」

 

 超高速で接近するデストロイアは既に関東圏に入っていた、よほどゴジラに会いたいのか、その道中通りかかったどの都市もデストロイアによる攻撃を受けていない。

 

「ゴジラが起き上がります」

 

「体勢を立て直す隙を与えるな! スーパーX全機、総攻撃!」

 

 ミサイルとレーザーの嵐が立ち上がろうとしていたゴジラに降り掛かり、ゴジラは再び地に伏す。 ゴジラは背鰭の発光を強め、今度は口ではなく背鰭にエネルギーを溜め込んだ。

 

「全機後退!」

 

 司令の号令を受けスーパーXが攻撃の手を止めてニューフロンティアの影に隠れ、間もなくゴジラの背鰭から無数の熱線が上空に撃ち出されニューフロンティアの上空を貫く。

 ようやく隙を作り立ち上がったゴジラは上体を捻り右腕を振りかぶると、熱線エネルギーを溜めて勢いよく振り下ろした。 ゴジラの熱線には光線として放出し破壊するタイプと、刃状にして腕や尻尾から放ち切断するタイプがある。 刃ならば反射されないと踏んだゴジラの読みは的を得ていた、確かにダイヤモンドミラーコーティングが跳ね返せるのは熱線の奔流だけであり刃状に“固めて”放たれる熱線は返せない。

 しかしゴジラ渾身の熱線の刃はニューフロンティアの壁に届かなかった。 ニューフロンティアの表面に張り巡らされた光学バリアがその一撃を防いだのである。

 

「ふははは! ニューフロンティアは2段構えの防御壁だ!」

 

 そう、これがニューフロンティアの伏せられたもうひとつの切り札、大電力を用いた超高出力の光学バリアである。

 続いて尻尾の先端にエネルギーを溜め強烈なテールスイングと共に熱線のカッターを飛ばすが、同様に防ぎ切る。 いかなる熱線も通用しない、ゴジラは怒りをぶつけるように咆哮するが、その視線はすぐさま壁ではなく上空に向けられた。

 ──上空から赤い影が迫る、間髪入れずにゴジラは口から熱線を吐き出し飛来物を打ち落とそうとするが、同威力の光線によって撃ち合いになりながらも飛来物……デストロイアは勢いを緩めることなくゴジラに突進する。

 

「来た……!!」

 

 息を飲む晶葉、デストロイアは光線を撃ち合ったままゴジラに激突し、強烈な閃光を伴う爆発がニューフロンティアを揺らした。 大量の瓦礫と土埃が舞い上がり、内部の様子は衛星カメラでは目視できない。

 

「……スーパーX各機はそのままニューフロンティアの外で待機、指示を待て」

 

『スーパーX、ラジャー』 『スーパーXⅢ、ラジャー』

 

 動きがない、凄まじい衝撃だったがあれだけで2頭ともダウンするとは思えない。 爆煙の中で伺いあっているのか……ほんの十数秒ほどの静寂が、不気味な程に長く感じる。

 

「……司令、M研究所に連絡を取ります」

 

 晶葉がそう申し出ると、司令は静かに頷く。 ここから先は未知の領域だ、ゴジラとデストロイア、2頭の戦いにニューフロンティアが耐えられる保証は無い。

 M研究所にはいつでもモスラを呼び出せるよう、紋章の用意を済ませた巫女たちが待機していた、旭川から来たアナスタシアもいる。 巫女たちも感じているだろうが、晶葉にも、もちろんマキノや司令、その他の誰もがこの先の戦いでモスラに頼らざるを得ない展開が来ると予感した。

 内線を取りこちらの合図でいつでもモスラを呼び出せるように待機する事、そして巫女たちが必要だと予見し意見を揃えたなら指示を待たずしてモスラを召喚する旨を伝え、晶葉は受話器を置く──その瞬間だった。 沈黙を破るようにゴジラを観測するGSSの熱感知センサーの数値が跳ね上がり、土煙の中で紫の光が妖しく灯るのが見えた。 先に動いたのは、ゴジラだ。

 熱線の衝撃波で煙が晴れると、直撃を受けたデストロイアが爆裂霧散する様子が映る。 跳ね返る熱線に晒され続けるのも意に介せずゴジラはぐるりと首を左右に振り回してデストロイアへの徹底的な攻撃を仕掛けた。

 顕になったニューフロンティアの内部、デストロイアは既に粉々に砕け散り、ダメージに耐えかねて熱線を止めたゴジラが苦しそうにふらつく。

 しかし──デストロイアは死んでいない、母体であるデストロイア・ディアボロスがバラバラにされようと、急速な分裂と合体を繰り返して瞬く間に5頭ものデストロイア・ビースト(50m態)へと変貌し回復しきっていないゴジラに襲いかかる。

 

「バケモノどもめ!!」

 

 理解を超えた戦いに絶句を通り越して怒りすら覚えた晶葉が叫ぶ、どこまでも非常識な生物だ、ゴジラも、デストロイアも。

 ゴジラは背鰭の熱線、腕部熱線、テールスイングを駆使して次々にデストロイア・ビーストを駆逐するが、デストロイアはバラバラになろうと何度でも復活する。 飛び交う熱線と、どれだけ執拗に焼き払われ踏み潰されようとも関係なく復活するデストロイア、怪獣頂上決戦の様相は正しく猛り狂う獣同士の戦いであった。

 さらに、轟天号の装甲さえも容易く貫いたビーストの槍状の腕は、ゴジラの皮膚をも貫いた。 本来ならばその程度の傷は数十秒で完治するところだが、なにやら先程からゴジラの様子がおかしい。

「動きが鈍い……? デストロイアにあそこまでいいようにされるゴジラでは無いはずだ……」

 

「見て晶葉、ニューフロンティア内の酸素濃度が急激に下がってる、オキシジェンイレイザーが充満しているのよ」

 

 デストロイアの吐き出す酸素破壊物質オキシジェンイレイザーそのものは僅かに空気より重たい気体だ、1.5kmという範囲を150mの壁で囲われたこの戦場は、そのオキシジェンイレイザーを封じ込め酸素濃度の低下を早めてしまう。

 つまり、この牢獄はゴジラにとっては苦しく、デストロイアにとっては格好の戦場であったのだ。

 

「ゴジラの体温が急激に低下! 第一戦闘態勢に移行しました!」

 

「マズイ、デストロイアが優勢すぎる!」

 

 酸素濃度の低下によりゴジラの纏う炎が弱まり、ゴジラは強制的に段階を下げられ、傷の治りも見るからに遅くなっていた。 好機と見たデストロイアは集合し、オキシジェンイレイザーによって自らの細胞結合を分解しひとつになって行く、現れたのは全くの無傷のままのデストロイア・ディアボロス──デストロイア完全体。

 普段深海に住むゴジラにとって低酸素空間自体は苦しいものでは無い、しかしこれまでのダメージの蓄積と体力の消耗に加え、炎を排出することで体温調節を行っているゴジラにとってこの状況は、満足に代謝を巡らせる事もできない。

 デストロイアはオキシジェンイレイザーを使って頭部に生えた一本角を分解・再構築し薄く長い剣のようにしてゴジラの胴体を袈裟斬りにする。 硬い表皮に阻まれ切断とまでは行かなかったが、引き裂かれた皮膚から大量の血が吹き出しゴジラが後ずさる。 さらにすかさず、今度は左手の爪を引き伸ばしてゴジラに突き刺すと、その体を容赦なく貫通した。

 ゴジラは慌てて熱線を放つも、デストロイアの撃ち返した光線に一瞬のうちに押し負け、紫の熱線と同等の破壊力を誇る光線を胸に浴びながら後方へ数百メートル吹き飛ばされる。

 

「そんなバカな……!」

 

 本来、ゴジラ討伐作戦であるこのオペレーション・スターライトであるが、ゴジラが倒れるかもしれないというこの局面において誰一人として内心穏やかでは無かった。

 

「スーパーX全機! デストロイアへ集中砲火!!」

 

 司令の言葉を待っていたとばかりにスーパーX部隊がニューフロンティア上空へと顔を出し、デストロイアに向けて全火力をぶつける。 デストロイアの体は脆い、スーパーXの攻撃でもたちまちに傷つき悲鳴を上げるほどには効いているようだ。

 特に効果を見せたのはスーパーXⅢの冷凍レーザー、デストロイアは極低温を得意としていなかった。 オキシジェンイレイザーは極端な温度差に弱く、極低温あるいは超高温の中では消滅する、ゴジラがオキシジェンイレイザーで細胞を分解されないのはそもそも高温のゴジラにはオキシジェンイレイザーが無力化されるためだ。

 冷凍レーザーもまたオキシジェンイレイザーを無力化する、凍てついた体はオキシジェンイレイザーで分解する事ができない、だがそれを先に理解したのはデストロイアの方だった。

 デストロイアは光線を吐き出してスーパーXⅢの撃墜を狙う、主翼の片方に損傷を受けたスーパーXⅢはニューフロンティアの影へと避難することを余儀なくされた。 そして難を逃れたのはデストロイアも同様、損傷部分の分解・再構築によりダメージを全て「無かったこと」にし、残ったスーパーX二機を狙い撃つ。

 ──その背後で立ち直ったゴジラが再び第二戦闘体勢となり既に臨戦状態にあった事に気づいたのは、己の体が熱線によって爆破された後の事だった。

 

「ゴジラ復活しました!」

 

「どこにそんな余力が……っ! しまった!」

 

 ゴジラはデストロイアを狙う……そぶりをみせながら、騙し討ちのようにテールカッターをニューフロンティアに向けて飛ばす。 判断が遅れ光学バリアの展開が間に合わず、ニューフロンティア3枚の内壁に横一線の切り傷が刻まれた。

 表面さえ傷つけられてしまえばニューフロンティアの熱線反射は正確に作用しない、ゴジラはその僅かな切れ込みに向けて熱線を撃ち込んだ。

 

「光学バリア展開!」

 

 直撃の寸前、光学バリアによって熱線は防がれたもののニューフロンティア本体と違って熱線を跳ね返す事は出来ない。 いくら超高出力のバリアとは言え紫の熱線に耐え続けるのは難しい。

 

「ニューフロンティアの電力残り60%を切りました! このペースだとあと1分も持ちません!」

 

「くっ!」

 

 モスラを呼ぶしかない、晶葉が内線の受話器を手に取ったその時、ニューフロンティア上空に眩い閃光が弾けた。 モスラだ、巫女たちは今だと判断し晶葉の指示を待たずしてモスラを呼び出したのだ。

 

「流石だ!」

 

 新たなる敵の出現にゴジラは熱線を止め、デストロイアも再び完全体ディアボロスへと集合合体した。

 両者ともにモスラへ攻撃を向ける、ゴジラの熱線とデストロイアの光線、しかしそれらはモスラの球体状に展開された黄金の鱗粉によって反射され、それぞれの元へとそっくりそのまま跳ね返る。 ニューフロンティアのそれとは比べ物にならない程に強固で、かつ正確な攻撃反射、人は未だモスラの居る「神の域」に遠く及ばない事を痛感させられる。

 さらに攻撃を仕掛けるモスラ、触角光線でデストロイアの翼を破壊するとデストロイアは苦痛に悶えて倒れ込み、続けてゴジラにも触角光線を放つ。

 ゴジラは熱線で対抗するが“あらゆる物体を消滅させる”触角光線の前には紫の熱線の破壊力を持ってしても無力なのか、ゴジラは顔面にモスラの光線の直撃を受けた。

 ただし、ゴジラの表皮はなおも硬く、モスラの光線でも表面を僅かばかり削り取るのが限界のようで致命傷にはなっていない、ものの数十秒もすれば完治するような傷だ。

 

「凄い……」

 

 だが十分すぎる戦果だ、クラスーXの怪獣二頭を相手にしてモスラは見事な大立ち回りを見せる。 デストロイアは角を引き伸ばしてモスラを串刺しにしようとしても避けられ、背後から受けたゴジラの熱線を反射しデストロイアにぶつける。 砕け散りながらも放ったデストロイアの光線も反射してゴジラへと、2頭は完全に翻弄された。

 これならばどうだとばかりに空を絶つゴジラの腕部熱線光もヒラリと躱し、モスラの突進によってゴジラが倒れる。

 その隙を狙ってディアボロスへと再集合したデストロイアが飛びかかるが鱗粉の一部を炸裂させる事でこれを迎撃、それでも食い下がるデストロイアを鱗粉の壁で地面に押し倒し数百m引きずった所で、突如としてモスラは制御を失い地に落ちた。 モスラの圧倒的優位に見えた戦況は一転、デストロイアが地に伏すモスラを見下ろしていた。

 

「どうした!?」

 

「ちょっと待って……これは、モスラの翼が一部欠けてる!?」

 

「なんだって!?」

 

 モスラが突進を仕掛け、デストロイアを引きずり回していたその刹那、一瞬だけオキシジェンイレイザーによって引き伸ばされたデストロイアの爪が、鱗粉の隙間を縫ってモスラの翼を掠め切り裂いていたのだ。

 羽の欠損により鱗粉の展開にも乱れが生じていた、デストロイアは光線を撃ち込むが制御が完璧ではない鱗粉では上手く光線を跳ね返せない。 ジリジリと光線がモスラ本体に迫る、絶体絶命のピンチに誰もが息を飲んだその時、ゴジラは静かに立ち上がった。

「ゴジラ、体勢を立て直しました! ですが……また第一戦闘態勢に移行しています!」

 

 紫の炎は絶え、赤い炎がゴジラの背鰭を燃やしていた。 2度不意を突かれることは無いよう背後を警戒していたデストロイアはモスラへの攻撃を中断しゴジラの方を振り返って光線を放つ、しかし──デストロイアの光線の直撃を受けても、ゴジラは怯まない。

 仁王立ちのまま顔を伏せて、ただ静かにデストロイアの光線に晒され続けていた。 あれほど苦しめられていたはずの攻撃がまるで効いていないようだ。

 何か様子がおかしい、デストロイアはゴジラに急接近し角で串刺しにしようとしたが、引き伸ばした角はゴジラの体に触れるよりも早く溶けて無くなり、逆にデストロイアがダメージを負う。

 

「違う……第一戦闘態勢じゃない!!」

 

 ゴジラの体が、徐々に赤く染まっていく──そのあまりの熱量にデストロイアの体は溶かされ、慌てて距離を取るが……既に、ニューフロンティア内の全てが焦熱地獄と化していた。

翼を広げて飛び立とうとするデストロイア、そんなデストロイアを逃がすまいとしたのか、それともゴジラの形態変化を食い止めようとしたのか、最後の力を振り絞ってモスラが鱗粉を爆発させるようにして拡散し、ニューフロンティア全てを包み込むほどの最大最強の威力を持って2頭へ攻撃する。

 致命的なダメージを受けたデストロイアは、体を分解し再生しようとするがオキシジェンイレイザーは赤いゴジラの放つ高熱の中では無力、飛び立つ翼も失い、モスラの全身全霊の攻撃を受けてなお無傷で立ち塞がるゴジラを前にして、もはや絶叫する他にデストロイアに出来ることは無かった。

 次の瞬間──モスラの鱗粉爆破すらも凌駕する程の超高温の熱波がニューフロンティア内にて広がり、ニューフロンティアの表面が赤熱しミラーコーティングが融解した。

 デストロイアは熱を間近に浴びた事で一瞬のうちに蒸発し、細胞の一片さえも残すこと無く完全に消滅。 ギリギリのところで上空に飛び立ったモスラは、紅蓮に染る新宿跡地を見下ろしてバリアを展開する。 その一枚でニューフロンティアすらも遥かに凌ぐ地球上で最強を誇る盾は、ゴジラの赤い熱線を受けるとまるで紙切れのように破られ、モスラは焼き尽くされた。

 

「馬鹿な、モスラが!!」

 

「スーパーX全機! 撤退せよ!」

 

 司令の判断はあまりにも遅かった、もはやニューフロンティアに防御壁としての力はない、第三戦闘態勢へと変貌したゴジラの前に、それは壁というにはあまりにも薄すぎた。 スーパーX三機を壁の向こうに捉えたゴジラが、瞬くうちに3本の熱線を撃ちニューフロンティアをぶち抜いてスーパーX全機が爆散する。

 

「スーパーX全機ロスト!!」

 

 モニターに表示される、乗組員全員死亡という非常な通知。 そんなことに意気消沈する暇も与えずゴジラは尻尾を振りかぶると、その先端にエネルギーを集中させる。

 

「本部正面にバリア展開! ゴジラのテールカッターが来るぞ!!」

 

 ゴジラの放つテールカッターは半壊したニューフロンティアを横一線に切り裂くに足らず、約20km離れたG対策センター本部にまで届いた。 この距離に加え途中で無数のビルや建物を巻き込んで威力が減衰していたはずであるにも関わらず、本部を包むようにして展開された光学バリアが受けた衝撃は耐えられる限界ギリギリの数値を示していた。

 一瞬でも判断が遅れていたら終わっていた、その事実に誰もが震え脂汗を額にうかべる。

 恐怖──絶対的な力を目の当たりにした事による恐怖が、センター内に蔓延していた。 ニューフロンティアは壊滅、最新鋭機スーパーXⅢも失い、あれほど善戦していたモスラもデストロイアもたったの一撃で跡形もなく消え去った。

 なにより、モスラという最大戦力を失ってしまったのはあまりにも大きい、人類が縋れる最後の希望を失い、絶望が頭を過ぎる。 しかし重たい沈黙を破るようにして、司令が次の指示をかける。

 

「諦めるな! ここからが作戦最終段階だ!!」

 

 その言葉にハッと顔を上げる隊員たち、第三戦闘態勢にあったゴジラは急速にその体温を下げ、第一戦闘態勢まで状態を落としていた。 やはり、あの姿を保てるのはほんの一瞬のうちだけのようだ。

 

「我々の全戦力を持ってして今こそゴジラを打ち倒す! 轟天号、スターファルコン、ランドモゲラー、ガルーダ、ヴァルチャー、メーサーヘリ部隊、メーサータンク部隊、全機発進せよ!!」

 

 そう、ここからが本当の戦いだ。 ニューフロンティアで全ての決着をつけるつもりなど、最初からなかったのだから。

 

「出番だ、行くぞマキノ!」

 

 全てはANEBを注入する為の準備段階、晶葉は司令室を飛び出しマキノもそれに着いていく。 要であるANEBは晶葉が遠隔操縦するメーサーヘリで注入する、あの時から今日この日まで、虎視眈々と待ち続けた瞬間がついに今訪れた。

 

「これが最後の戦いだゴジラ! 今日こそ、この地球を取り戻す!」

 

 戦いの果てに待つのは未来か、滅亡か──決着の時が迫る。

 

 

 

 

 

〈エピソード14:新宿最終決戦〉 ー完ー

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