2041年12月4日……オペレーション・スターライトの実行によりゴジラを討伐、自身の炎で燃え尽き灰となったゴジラはその後G対策センター本部指導のもと全て回収、研究が行われたがゴジラが数億年前から生きていたという事以外、新たにゴジラについて判明する事実は何も無かった。
2042年10月28日……G対策センターよりラドン、キングギドラ、ヤマタノオロチ、モスラ、デストロイア、ダガーラ他8種の怪獣の絶滅が発表される。
2043年3月19日……極東本部Gフォース基地再建の予定が破却、怪獣出現の減少に伴い、Gフォースの戦力増強が不要と判断されたため、以後現存するGフォース基地のみでの活動となる。
2044年1月18日……G対策センターよりカマキラス、クモンガ、エビラ、チタノザウルス、ガバラ、ムートー、メガギラス他3種の怪獣の絶滅が発表される。
2044年6月2日……モスラの生息地でもあると考えられていた太平洋南洋諸島の無人島、インファント島にて30m以上の巨大な卵を発見、調査の結果、モスラの卵である可能性が高いと発表されモスラ絶滅は撤回、経過観察が行われる。
2044年9月20日……ミニラが日本に出現との報告あり、心臓病を患う女性の手術中、様態が安定せず危険な状態であったがミニラが手術室に出現(何故か特注サイズの手術着を着用していた)、モスラの鱗粉と思われるものを用いて様態を回復し手術は無事成功したとの事。 手術終了と共に、ミニラは姿を消した。(追記:ミニラはこれ以降以前にも増して頻繁に姿を見せるようになる)
2045年3月1日……G対策センターの研究施設に保管されていたゴジラの遺体が全て消滅していた事が確認された。 監視カメラには謎の発光の後に消滅する様子が映され、モスラの放つ光と似ていたが詳しい原因は不明、公にはされず、調査も早期に打ち切られた。
2045年3月3日……インファント島を大地震が襲い、島は完全に消滅。 モスラの卵も行方不明となる。 モスラの巫女として保護されていた少女たちは、口々に「モスラは役目を終えた」と話していた。 この日を境に、モスラの巫女達が年齢に関係なく能力を失い始める。
2045年11月9日……太平洋の無人島、バース島にて未知の生体反応をGSSがキャッチ、バース島に向かった調査隊と船の乗組員計22名が行方不明となる。
2045年12月19日……バース島にて未知の怪獣を発見、セルヴァムと名付けられた小型の翼竜怪獣は無数に存在し、その日世界中に向けて拡散。
2046年2月13日……これは記す必要のない出来事だが、私は娘と再会した。 大きくなったな、志希。
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2051年8月14日……ゴジラ討伐から10年、怪獣時代、そして怪獣災害は終息しつつある。 セルヴァムの出現を最後に新種の怪獣は発見されていない。 私も特に書き記すような大きな出来事は少なくなってきた、なのでこの部分はただの日記だ。 私は7年前に結婚し今は子供も2人出来た、上が男の子で下が女の子。 ひたすら怪獣との戦いに明け暮れた私の人生において、まさかこんな普通の幸せを手に入れられるなんて考えもしなかったが、これはこれでいいものだな。
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2060年4月2日……セルヴァムを除くクラスーE以外の怪獣は全て絶滅したと発表された。
〈2060年4月26日〉
有浦柑奈と橘ありすが合流して数十分、新たなセルヴァムの接近に警戒しつつ2人は廃墟の街を進んでいた。
ありすはセルヴァムの群れから逃げるために両親と共にGフォースの車両に乗るはずだったのだが、避難のゴタゴタで分かれてしまい、ありすの乗った車両がセルヴァムに襲われ道中で彷徨っていたのだと言う。
「そっか……怖かったね」
おおかた子供であるありすを庇ってみんな犠牲になったのだろう。 ありすはその間どこかに匿われていたが、もしかするとセルヴァムに食い荒らされる人達の悲鳴を聞いたり、目撃していたかもしれない。 柑奈はありすを気遣って、あえて明るい口調で話しかける。
「大丈夫! セルヴァムは群れで行動する事がほとんどだから、さっきのセルヴァムは群れからはぐれてたんだよ、それならもう襲ってこないはずだから!」
セルヴァムは大陸間さえも移動し、その先々で他の生物や人間を捕食する。 小型の怪獣はおろか大型怪獣さえも群れで襲われればひとたまりもない、セルヴァム以外の怪獣が絶滅した原因にはセルヴァム自身も大きく関わっている。
たまにさっきのように単独で動くセルヴァムもいるがあれは群れからはぐれた個体だ、傷ついたり弱ったセルヴァムは容赦なく群れから追い出され孤立する。 メーサー銃の一撃で倒せたのも衰弱していたからだろう、本来ならもう少し頑丈で数発は耐える。
「……あの」
「ん? どうしたのありすちゃん?」
「橘です……荷物、少し持たせてもらえませんか?」
そう言われて柑奈は自分の格好を見回してみる、両手でメーサー銃、ショルダーバッグには食料他サバイバルグッズ、背中にはギター、確かに重たいと思っていたところだ、特にメーサー銃が。
「助けられたお礼に少しでも……と思って……」
「ありすちゃんは優しいねぇ♪」
「橘です」
「じゃあ、はいこれ、お願い」
柑奈はメーサー銃とショルダーバッグを一旦地面に下ろすと、背中にかけてあったギターを手渡した。 ありすの体格には少し大きいがいちばん軽い。
「え、こ、これですか? そのバッグとか重たそうですけど……」
「いいのいいの、だってそのギターが一番大事なものだから」
「なら尚更預かれませんよ!」
「大事なものだからありすちゃんを信頼して預けるんだよ、じゃあしばらくその子をよろしくね!」
柑奈は再びショルダーバッグとメーサー銃を持つ。 ありすは少し古びた使い込まれたアコースティックギターをじっと見つめて、大事なものと言われたからには相当思い入れのあるものなのだろう……と決意を固めて背負った。
あまり重たくはない、体に対して大きいので当てたりしないよう気を使うのは大変だが、少しは柑奈も身軽になっただろう。
「さあ行こうありすちゃん!」
「……もうありすでいいです」
かれこれ10回は訂正を求めているのに聞こうともしない柑奈にありすが折れたところで、また2人は歩き出した。
柑奈は道すがら街を探索していた。 ここがかつてなんと言う名前の街だったのかはよく分からない、周りのビルを見るに、都会というほど発展はしていなかったがそれなりに栄えた街だったのだろうというくらいだ。
途中、形の保たれた甘味処を見つけて立ち寄ってみるも、人の気配はなく当然だが食べ物もない。 どうしていちいち建物の中に入るのかとありすが尋ねると、こうして逃げ遅れた人がいないかを探すのが半分、この街のかつての様相を思い浮かべているのが半分と答えた。
もしも廃墟にならなければいい街だったんだろうな、と柑奈はため息混じりに漏らす。 その時の少し寂しそうな表情が、いつもの柑奈の様子とは正反対でありすはちょっとだけ胸が締め付けられる思いだった。
「柑奈さんは旅がお好きなんですか?」
「うん、まあでも旅というか……その先々で色んなものを見たり、出会った人達と話すのが好きかな」
「どうしてですか?」
「それがラブ&ピースだからだよ!」
「な、なぜ愛と平和の話になるんですか……?」
ありすはツッコミつつも、柑奈に頼まれて落ちてる木の枝を拾い集めながら歩く。 難民キャンプまではかなり遠く、今日一日はどこかで一泊する事になるのだと言う。 実際日も随分と傾いてきており、柑奈は泊まれそうな場所を探していた。
「ふぅ、ふぅ……」
「疲れてきた?」
「い、いえ、まだまだ……」
「私は疲れてきたな、重いんだよねメーサー銃」
「……そう言えば、そのメーサー銃……どこから……持ってきたんですか……?」
だいぶ疲労が溜まってきたのか、ありすの言葉は途切れ途切れだ。 頃合を見計らって、柑奈は丁度よさそうな民宿に目をつけた。 看板を見ると温泉とも書いてあり小さいが和風の旅館跡のようだ、ここなら布団もあるだろうし、落ち着けるだろう。
「う〜ん、ここなら良さそうかな! 今日の宿泊地に決定! あ、メーサー銃だよね、実は先にありすちゃんが護送されてた車両を見つけたから貰ってきたんだよ」
「え、でも……あそこには……」
セルヴァムに襲われ食い荒らされた人達の遺体がたくさんあったはずだが、ありすはその先の話を聞くのが少し怖くて言葉を詰まらせた。 事実、柑奈が目にしたのは凄惨な殺戮現場だった。 そもそもおかしいと思っていた、逃げ遅れた人は何人もいるのになぜ柑奈はありすだけを助けに来たのか。
答えは簡単だ、ありすを助けに来たのではない、ありすしか助ける事ができなくて今こうして2人だけで難民キャンプを目指しているのだ。
(少し考えればわかる事だったのに……)
柑奈はありすしか助ける事が出来なかった悔しさを隠して、あの現場を見てもなおありすを心配させまいと気丈に、明るく振舞っているのだ。
さっき甘味処に寄った時に見せた憂いに満ちた表情、壊れた街を何度も何度も渡り歩き、怪獣時代の爪痕に触れては傷ついてを繰り返してきたのだろう。 それでもまだ彼女が笑顔を見せられる芯の強さの理由が、少し知りたくもなった。
「あはは! お布団がカビくさーい! でも綺麗なままね、何年置いておかれたのかは分からないけど、ちゃんと手入れされてたんだろうなぁ」
二階の客間の押し入れを開けると、多少古びてはいるものの寝る分には問題なさそうな布団を見つけたので、手際よく2人分敷いて柑奈は満足気に腰に手を当てる。
「よしっ!」
「ほ、本当にここに泊まるんですか……?」
と、ありすが不安に思うのも仕方ない。 中に入ってみたが、明かりも付かない和風建築の建物は思ったよりも雰囲気がある、ありすの言葉を素直に代弁するならば、ちょっと怖い。
「大丈夫大丈夫! おばけよりセルヴァムの方がずっと怖いでしょ? いざとなったらメーサー銃もあるしね!」
「ゆ、幽霊にメーサーは効きませんよ!」
「そうなの? まあ出たら試してみるね!」
「幽霊なんて出ませんからぁ!」
「どっちなの……?」
ありすは混乱している。
それはさておき、日は沈み夜が来た。 柑奈はバッグから食料を取り出し、一階に降りる。 狙い通り一階の食堂らしき場所には囲炉裏があったのでありすが集めた木の枝をくべて火をつけると、暖かな光と熱に体が包まれた。
柑奈は囲炉裏にキャンプ用の金網を設置すると、その上にやかんを置いて沸かす。 当然水道は使えないので水も貴重品だ、きちんと分量を計ってお湯にし、カップ麺に注ぐ。
「はい」
「ありがとうございます」
ありすはカップ麺を受け取った。 柑奈に見つけてもらった時に携帯食料を渡してもらったが、ちゃんと食事を摂るのは護送車が出発する昼前だから、随分とお腹も空いている。
ふぅふぅと冷ましてから口に運ぶカップ麺は、特別なものでは無いはずなのに、今までに食べた中でも格別に美味しい気がした。
黙々とカップ麺を食べる2人、囲炉裏に灯した焚き火からぱちぱちと木の弾ける音だけが聞こえ、時間の流れがとてもゆっくりに感じられる。
「……うっ……う……ひっく……」
スープだけが残ったカップ麺で手を温めながら焚き火を見つめているうちに、わけも分からずありすが泣き出す。 悲しいのか、辛いのかも分からないけど、ありすは静かに泣き続けた。
「……美味しかったね」
「はい……とっても、美味しくて……でも……!」
でも? と柑奈は追求しなかった。 ありすが泣いている原因はなんとなく察しがつく、今は情緒が乱れてしまっているが、きっとありすは寂しくなってしまったのだろう、故郷を思い、この街を思い、家族を思い、それでもこの暖かさの中に得られる安心感が、彼女の気持ちを表に引き出した。
いままでの旅でもずっとそうだった、廃墟を見て、難民キャンプを訪れて、壊れていない街を訪れてもそこにあるのは寂しさだけだった。 どこまで行っても世界は傷だらけで、
怪獣がいなくなれば怪獣時代は終わりなのだろうか? 旅を続けるうちに、そんな疑問が頭をよぎるようになった。
復興の兆しは見えてきている、けれど壊されたものがあまりにも多すぎて、まるで追いついていない。 なにより、どれだけ直したってそこにあった生活や街は元通りにはならない。 失ったものを取り返すことは決して出来ないのだ。
「わたしっ……知らなかった……こんなの、知らなかったんです……!」
何も言い返さず、柑奈は焚き火に燃料を足しながら黙ってありすの言葉に耳を傾ける。
「知らないでいた事が……悔しい……恥ずかしい……!」
聞くところによると、今回の護送車はセルヴァムに襲われた街から安全な都市への移動を目的としており、難民キャンプはその中継地点であるらしい。 柑奈はたまたま旅の途中で難民キャンプに合流し、ありすを助けに来た。
ありすは街の外に出た事がなかった、過去には怪獣に襲われた事もあったものの、ありすが生まれてから今までは幸運にも怪獣災害を免れてきた街だ。 ありすはこの廃墟の街と自分の故郷を重ねていた、生まれて初めて経験する本物の怪獣災害、外の世界を知らなかった事への後悔と懺悔が彼女の心を苦しめ、けれども今この体を包む熱があまりにも優しくて複雑な心境は涙となって溢れ出す。
「やっぱりありすちゃんは優しいね」
それからと言うもの、ありすが落ち着きを取り戻しても火が消えるまで2人はじっと囲炉裏の前で火を見つめて、時に目を閉じて、静寂の中に聞こえる火の音にだけ心を傾ける時間を過ごしていた。
どれくらい経っただろうか、火にくべる木も無くなりやがて焚き火が消える頃、ようやく柑奈は立ち上がってここにまで持ってきていたギターを手に取ると、ありすに手を差し伸べた。
「ちょっとだけ付き合ってくれるかな?」
「……?」
ありすはキョトンとした顔で柑奈を見つめて、何事かと思いつつも手を取る。
連れ出されたのは旅館の中庭、倉庫の中を物色すると折りたたみのハシゴを見つけたので、柑奈は二階の屋根までハシゴをかけてするすると登っていく。
「ほら、ありすちゃんも!」
「え、えぇ!?」
「はやくー!」
「う、も……もう! 分かりましたよ! 行けばいいんですよね!」
恐る恐る、ありすも後に続く。 一歩足をかける毎に遠ざかる地面から目を逸らして、瓦屋根の上でニヤニヤと笑う柑奈だけを目掛けて少しずつ少しずつ進んでいると、ようやく屋根上に辿り着いた。
(落ちない! 落ちない! 落ちない!)
瓦屋根に登ったのは初めてだ、廃墟ゆえ瓦の噛み合いも悪くなっており触る度にガチャガチャと擦れる音がするが、両手をついて這うように頂上までつく頃には、柑奈はギターを構えて空を見上げていた。
「き、来ましたよ! あの! 今更ですけど、これ降りる時はどうしたら……」
「あ、確かに降りる時の方が怖いかもしれないね!」
「もう!」
能天気に笑う柑奈とは対照的に、ありすは震えて身動きひとつ取れなくなっていた。 そんな時、柑奈はポロンとギターをひと撫でしてから、また空を見る。
「でもほら、空を見て」
「え……?」
四つん這いになっていた体勢をなんとかひっくり返して、ありすは同じ方向を向く。
「わあ……!」
見上げれば、夜空には満天の星。 きらきら、きらきら、あっちを向いても、そっちを向いても、きらきら、きらきら。
本で読んだ事がある、夜空に見える星はどれも恒星と言って太陽のように自ら光を発する星であると。 見渡す限りの光が、全て宇宙の彼方で輝く恒星なのだと。
「すごい……私、こんなに星を見たの初めてです……!」
星を見るありすの瞳に吸い込まれた光が、ありすの暗い顔さえも照らす。 いずれ知るべき世界の真実に触れ、少女は一歩大人になった。 そして今、本当に知るべき世界の輝きに触れ、また一歩進む。
「よかった、ありすちゃんやっと笑ってくれた」
「え、あ……私笑えてますか……?」
「うん!」
ニコッと太陽のように笑う柑奈につられて、ありすの顔もほころぶ。
静かで、広大な宇宙の果て、見上げているうちに吸い込まれそうになり、しっかりと両手で屋根を掴む。
体は地球の重力に捉えられていても、心はどこまでも飛んでいける気分だ。 無限の想像力で、どこまでも、どこまでも。
「……ねえ知ってる? 地球はこの宇宙のどこにも無い地球だけの輝きを放っているんだって」
「地球だけの、輝き……? 惑星は太陽に照らされているだけで、光ってはいないと本で読みましたよ?」
「ふふ、違う違う」
そう言って柑奈はギターの弦を指で弾き、緩やかなメロディーを奏でながら語り出した。
「それは文明の光、人々がこの地球にだけ灯した、地球の光……宇宙の果てまで探してもこの輝きはどこにもない、人の歩みが今日まで続いてきた何よりの証拠なんだ」
「なるほど……でも、明かりがつけば星は見えなくなります、今こうして星が見えるのは周りが暗いからで……」
「違うよ、確かに私たちの目には見えなくなるけど、だからといって星空は無くならないの、曇りの日でも、雨の日でも、ずっと昔からそこにある、だから私たちの地球も輝かなくちゃいけないんだよ、暗い宇宙に紛れないように……って、ある人からの受け売りなんだけどね」
「どんな人なんですか?」
「不思議な人、頭が良くていつも笑っていて、ちょっとだけイタズラ好きで、この世界を愛していて……それがラブ&ピースだって教えてくれた人」
「愛と、平和……」
ワインレッドのウェーブヘアー、猫のように無邪気な瞳をしたその人は、柑奈に会いに来る度に愛と平和の旅路を語ってくれた。
「その人の背中を追いかけてる訳じゃないんだ、ただ、その人の語る旅路に憧れたから私はこうして旅をしているの、
「……素敵ですね」
「ねえ、ありすちゃんは今の世の中が不安?」
「…………はい」
「私もだよ」
「え? ならどうして、柑奈さんは笑顔で居られるんですか? ……私は、とてもじゃありませんけど笑うことはできません……」
「それはね、今が誰かの夢みた未来だからだよ」
そう言って柑奈はギターのメロディーと共に語り始める。 古びたギターの音は決していいものでは無い、けどこれがいいのだと柑奈は手放さなかった。 苦楽を共にして来た旅の仲間、その音に乗せて、旅先で聞いたいつかの誰かの話を言い聞かせる。
「かつて、世界の終わりを見てしまった人達がいました、怪獣によって故郷を奪われ、迫り来る恐怖の中で重大な命の決断を迫られ、大切な誰かを失っても強く生きると決めた」
壊されて、奪われて、生きて、咲く。
「いつ終わるかもしれない暗闇の時代が続く中、それでもやがてみんな立ち上がります……時には大声で笑う事もあれば、すれ違いわかり合う事もあって、みんなを守るために戦ったりもして、道の途中で迷ったり悩んだりしながら人は生きてきました」
笑い、信頼し、戦い、迷う。
「間違えたり後悔する事もあったかもしれません、誰かの命の上に立ってまで生きる事に責任を感じる事もあったかもしれません、生きる事に疲れ全てを諦めたくなった人もいたかもしれません、怖くても逃げたくても立ち向かわなきゃいけない時だってあったかもしれません」
間違い、悔やみ、折れ、立ち上がる。
「けれども希望の光はいつだって見えていたのです、誰の心にも光は宿っている……だから人はゴジラにだって勝てました、今私たちが生きている世界はそんな素晴らしい人達のひとつひとつの歴史が交わり、紡がれて、ようやく辿り着いた“いつかの未来”なのです」
「いつかの未来……」
「歴史には多くの人の物語があって、私たちはそんな人達が戦い勝ち取った未来を生きてる、だから笑顔でいたいの、あなた達が繋いでくれた今日はとても幸せな日だよって、伝えたいから」
「それが柑奈さんのラブ&ピースなんですね」
「そういう事!」
柑奈はニッコリ笑顔でピースサインを見せて、ありすはまたつられて笑ってしまった。 きっと柑奈の旅路もこれまでの人生も楽しいことばかりじゃ無かったはずなのに、その笑顔には一遍の曇りもない。
きっと彼女の見てきた世界はそれでもまだ楽しい事や嬉しい事の方が多くて、彼女だからこそ笑っていられるのだろう。
「それとね、笑顔は魔法だっておばあちゃんが言ってたから……あ、おばあちゃんって言っても本当のおばあちゃんじゃなくて、旅の途中で出会った人、歌が好きで笑顔が素敵な御歳66歳のおばあちゃん! ちなみにこないだ誕生日でした!」
「……柑奈さんは色んな人を知ってるんですね、ちょっと羨ましいです」
「ありすちゃんもこれから色んな物に触れて大人になるの、大変な事もたくさんあると思うけど、どうか笑顔でいてね」
「……はい!」
巡りゆく時代を越えて、戻らない過去を背負って、人は大人になってゆく。 今が永遠ならいいのにと願っても、いずれ時間は過ぎるのだ。
それならば、この瞬間を心に焼き付けよう。 この思いを人生に刻みこもう。 そうすればきっと、未来の自分は笑顔でいられるだろうから……ならいっそ……はやく、はやく……。
「はやく、大人になりたいな……」
「……さあ、歌を歌いましょう! あの星空に届くまで、私たちが生きている証を伝えよう!」
星空をスポットライトにして、ギターを手に柑奈は歌う。 ちょっと昔の流行り歌、柑奈が作った創作曲、ありすが好きな歌、2人は色んな歌を時間の許す限り歌い続けて、夜が更けていく。
ハシゴを降りる時はまた一波乱あったけれども、それは別の話。 部屋に戻るなりまたありすが幽霊を怖がって一悶着あったけれども、それもまた別の話…… かけがえの無い時間は過ぎ、日が昇る。
〈4月27日、10時33分〉
翌日、一晩を過ごした宿に深々と頭を下げお世話になりましたと一言告げて、2人は旅館を後にした。 この調子で行けば昼過ぎには難民キャンプに辿り着けるだろうと歩き始めて1時間、ありすは昨日に引き続きギターを任され、柑奈は食料分軽くなったバッグを下げて、両手にしっかりとメーサー銃を握っていた。
「ちょっと日が出てきましたね……」
「うん……これは思ったよりも、きついかもしれないね……」
その日は昨日より日差しも強く、また一時は太陽を遮っていた雲も今となっては見る影もないほどの快晴で春らしからぬ陽気だった。
時々日陰で休憩を挟んではいるものの、予定よりだいぶ遅れそうだ。 しかし食料も水もギリギリであるため、何としてでも今日中には辿り着かなくてはいけない。
「行きましょう!」
と、先んじて歩き出したのはありすの方だった。
「ええっ! ちょ、ちょっと待って〜!」
足早に前を進むありすに置いていかれそうになったので、柑奈も後を追いかける。 歩調を合わせて、少し疲れるけれども早いペースで歩いていた、その時だった。
ガラッ……と軽く瓦礫の崩れる音が聞こえて、柑奈の足が止まる。 3歩進んだところでありすが振り返ると、柑奈は俯き気味に顔を強ばらせたまま身動きひとつしなくなっていた。
「柑奈さん……?」
「シッ! ありすちゃん、私の左手側にある建物の入り口……私が合図したらすぐそこまで走って……!」
いつになく真剣な……いや、必死な訴えにただ事ではないと感じつつつ、ありすが指示された雑居ビルの入口に目をやると、暑さも忘れるほどのゾッとした寒気が背筋に走る。
影だ、建物の影、見ている方とは反対側の建物の影が地面に射している。 それだけならなんてことは無かった、問題は……その影の屋上と見られる場所で、何かが動いているという事だ。 今ありすが背にしている建物の屋上に何かがいる。
振り向いてはいけない、正体を確かめてはいけない、影はじっとこちらを見つめているのだから。
ドッドッドッ……と心臓が跳ね上がる、ダメだ、落ち着かないと、落ち着いて柑奈の合図を待たないと、走り出す準備だけは整えても、動いたらダメだ、まだ、まだ、まだ、動いたら襲ってくる、影が襲ってくる。
──セルヴァムが襲ってくる。
「……っ今だ!!」
生きた心地のしない数秒間の読み合いが終わり、柑奈とありすが雑居ビルに駆け込む。 出遅れたセルヴァムは屋上から急降下しつつ2人が入った入口に顔を突っ込むと、メーサー銃を構えていた柑奈が引き金を引き喰いかかるセルヴァムの大口に命中、急所を撃ち抜かれたセルヴァムは絶命したが、これで終わりではなかった。
バサバサ、バサバサと羽ばたく音とセルヴァム達の鳴き声が混じる、あのビルはセルヴァム達の住処だったのだ、2人は不幸にもセルヴァムの巣を横切ってしまった。
「くっそー!」
2人は慌てて階段を駆け上がると、窓を突破ってセルヴァムの長い首がこちらまで伸びてくる、落ち着いてメーサーを構えるがこの雑居ビルの至る所でガラスの割れる音が聞こえた。
(囲まれてる!?)
引き金を引きセルヴァムを撃ち落としても、割れた窓の向こうにはまた別のセルヴァムが待ち構えており、1階の入口も新たなセルヴァムによって塞がれた。
狭いビルの中にセルヴァムは入ってこられない、しかしいくらコンクリートの壁といえどいずれ破壊される。 しかもこの階段以外に行ける場所はない、フロアには窓も多くセルヴァムの侵入を許してしまうし、1階と2階の中間にあるこの踊り場からも動けない。
(とにかく隠れるしかない! 上の階に行って、なんとか隠れられる場所を探さないと!)
柑奈はまたも2階の窓に張り付くセルヴァムを撃ち落として、ありすの手を引き上を目指した。
(2階の部屋は……ダメだ! カーテンすら閉まってない!)
「ありすちゃん! もっと上に行くよ!」
「は、はい!」
恐怖に震える足を必死で堪えながら、ありすもついて行く。 3階に辿り着くとまだ階段の窓は割られていなかった、もしかするとと思い部屋の中を覗くが、セルヴァムが首を出して待ち構えている、ここもダメだ。
(もっと上! ……って、まずい! 見つかった!)
3階の部屋を物色するセルヴァムと目が合い、セルヴァムは首を引き、壁を這いながら窓の方へと迫る。 だが、柑奈が慌ててありすの手を引くものだから、咄嗟のことに焦ったありすは足をもつれさせ、4階へ上がる階段の途中で転倒してしまった。
「ぁぐっ!!」
「ありすちゃん!!」
窓ガラスが割れセルヴァムが牙を突き付ける、柑奈はなんとかありすの体を引っ張るが、セルヴァムはありすが背負っていたギターに食いかかってありすを奪おうとした。
バキバキッと木製のギターが砕ける音、咄嗟の判断で柑奈はギターストラップを外してありすを取り上げ、セルヴァムは残されたギターを粉々に噛み砕く。
「っ……! ああぁぁあぁ!!」
メーサー銃でセルヴァムを撃つが最後の一発だったらしく、もうエネルギー切れだ。 万事休すとはこの事、柑奈は泣きわめくありすの体を強く抱き締めて、踊り場でじっと身を潜めた。
セルヴァムはまだまだいる、きっとこのビルが破壊されるのも時間の問題だ、後は倒壊で潰れて死ぬか、セルヴァムに食い殺されるかの二つに一つ。
「ごめんねありすちゃん、怖いよね」
「ちがっ……ちがうんです……っ! わたしの、せいでっ……! 柑奈さんのギターが……!」
「え……?」
「わたしを信じて、任せてくれたのに……! わたしのせいで……ごめんなさい……!」
「……いいんだよ、ありすちゃんは優しいね」
ありすの頭を優しく撫で、大丈夫、怖がらないでと言葉をかけ続ける。
そう、受け入れなければならない、現実はいつだって残酷だ。 見てきたものも、出会った人も、耳にする話も、本当はどれも残酷な事の方が遥かに多かった、
世界は変わりつつある、けれど誰もがハッピーエンドを望むが故に、皆がハッピーエンドを迎えられるわけでは無い。
(そう、分かってるよ、あの人の言ってた通り、この世界を旅する事は辛い事の連続だった……その道を選んだのは私、後悔はない、こんな結末もいつか来るとわかってた……だからって……!)
だからって諦めていい訳じゃない、どんな結末を迎えようとも、最後まで生きる事を、抗う事をやめなかった人達がたくさんいた。
どんな絶望に道を阻まれても、運命を覆して人の歴史は積み重なってきたのだ、受け入れるのはバッドエンドじゃない、運命に立ち向かう覚悟だ。
「ありすちゃん、よく聞いて」
「……?」
「さっき、1階に裏口があった、私がセルヴァム達を引きつけるからその隙に裏口から逃げて」
「え……! ま、待ってください! 柑奈さんはどうなるんですか!? 逃げきれますよね? 後で合流できますよね!?」
「うん、もちろんだよ、セルヴァムを撒いたら合流するから、私が来るまでどこかで隠れてて」
半分嘘で、半分本当だ。 柑奈が生き残れる可能性は限りなく0に等しい、けど死にに行く訳じゃない、もしも生き延びることが出来たなら必ず探しに行く……生きるか死ぬか、そう考えれば今言ったことは半々になる。
(あぁ、でも嘘になった時ありすちゃんはどうしよう? 来るまで隠れててなんて言ったら、来ない限りじっと動かなかったりするのかな? 上手い言葉が見つからないなぁ)
「じゃあ、行ってくるね」
これ以上言葉を交わしたら未練が増える、そう思い必要以上の事を言わず立ち去ろうとした時、ありすが柑奈の袖を引く。
「……必ず、来てくださいね」
「…………もちろん!」
また虚勢を張ってしまった。 嘘に嘘を重ねて、柑奈はようやく走り出す。 窓から首を伸ばすセルヴァムを、手すりを越えて下の階に飛び降りる事でなんとか躱し、1階まで降りる。
セルヴァムたちは標的が上に昇ると思い屋上側を固めていたおかげで、柑奈は上手くビルから出られた。 これまでに倒したセルヴァムの死骸を飛び越えて、柑奈は大声で叫ぶ。
「おーーーーい!! こっちだよーー!!!! おいでー!!」
柑奈の呼び声にセルヴァム達が一斉に振り向く、数は4、思ったよりは少ない。
廃屋の中に逃げ込むと、セルヴァムが勢いを付けて体当たりし建物全体が大きく揺れ動く。 とはいえ、簡単に倒壊させられるほどの力もないようだ。 裏口から入り組んだ路地に入り、また別の建物に逃げ込んではセルヴァムを翻弄する。
(よしよし! ついて来て!!)
出口から外を確認する、さっきまで歩いていた大通りだが、セルヴァムは裏路地の方に回っていて姿が見えない、さらに揺さぶるためにここから向かいのカフェテリアまで突っ切ろうとしたその時だった。
「きゃあぁぁぁーー!!」
「っ!? ありすちゃん!?」
あの廃ビルの辺りから、ありすの悲鳴が聞こえた。 続いて、破裂音のような音。 もう1匹、あの廃ビルから動かなかったセルヴァムがいて指示通り裏口から逃げていたありすを追跡していた。 生き残っているセルヴァムは5匹いたのだ。
「ありすちゃん!!」
失敗した、セルヴァムは柑奈の考えよりも遥かに狡猾で頭がいい。 こちらに2人いる事をしっかりと認識した上で、もう1人がビルから出てくるのをじっと待つという役割分担を行っていた。
そして、ありすの声に気づいた4匹も大通りに戻り、柑奈は再び見つかった。
今度こそどうしようもない、既に大通りの中腹、逃げ込める場所もなくどう足掻いたって柑奈の足よりセルヴァムの方が速い。 ありすは捕まってしまったのだろうか? そんな事を考えている余裕もなく、柑奈は必死に足を動かした。
(諦めてたまるか!! 絶対に逃げるんだ!! 絶対、絶対生きて……!!)
限りなく0に近い生存の賭けは、たった今0になった。
死を感じ取り、ハイになった脳は世界をスローに見せる。 こんなもの、最後まで見せなくたっていいのに。 これが本当に最後だと言うのならせめて、美しい景色を見せて欲しかった。
疲労と緊張で限界を迎えた体、足がもつれ、前のめりに倒れたこの場所もきっと、いつかは車が往来する賑やかな場所だったに違いない。 辿り着けなかったあのカフェテリアも、あの雑居ビルも、色んな人たちが集う場所だったに違いない。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
走る勢いのまま倒れた体をすぐさま両手で起こし、なんとか走り出す。 だが、その背後には既にセルヴァムの牙が迫っていた。
極限の状況に置かれ思考する力も失ってなお、柑奈の体を突き動かすのは強い生存本能。 生きるために逃げる、逃げるために走る、少しでも前へ、少しでも遠くへ、無駄でもいい、数秒でもいい、生きるために進めと、体が動く──その最後の足掻きが、運命を覆した。
ゴォッ! と凄まじいスピードで何かが柑奈の頭上を通り過ぎ、風に煽られて柑奈の体が押し倒される。
今にも突き立てられようとしていた牙は、片翼を失ったセルヴァムが体勢を崩し墜落した事で柑奈には届かず、飛来したそれは空を旋回しつつ脚部の特殊合金カッターをセルヴァムの胴に突き刺しながら地上に降り立つと、迫るもう3匹のセルヴァムをレールガンで撃ち落とした。
「……ヴァルチャー……!」
勇猛なる白銀の猛禽類の背中を見て、柑奈は呆気に取られた。 さらに数機のヴァルチャーがその場へ駆け付けて、柑奈を守るように背中を向けあって陣形を組む。
「救助に……あっ! ヴァルチャー! もう1人女の子がいます! あのビルのあたり……に……」
そう言って柑奈は自らが指さす方へ振り向くと、ありすが駆け寄ってくる姿が目に映った。 柑奈はもはや何も考えられず、ありすのその小さな体を全身で受け止め、余分な言葉を交わさずただひたすらにお互いの無事を喜び合う。
ありすが裏口から逃げようとした時、裏口付近でセルヴァムが待ち構えていた。 聞こえてきたありすの悲鳴はその時のものだ。 すぐに引き返すと、その直後に破裂音のような音が響いて、振り返った時にはセルヴァムはヴァルチャーのレールガンで撃ち抜かれた後だった。
ヴァルチャーが通りがかったのは半分偶然だ。 セルヴァムの群れが飛び立った後に取り残されるセルヴァムは多い。 その残党を探すためにパトロールを行っていたところたまたま少数のセルヴァムの群れを発見し、たまたま柑奈達を救った。
しかし、ヴァルチャー隊を率いていたリーダーはこう考えていた。 これは最後まで生き残る事を諦めなかった者が掴み取った、必然の勝利であると。
「難民キャンプまで送ります、少し狭いですが乗ってください」
そう言ってコクピットを開き姿を見せたのは、ヴァルチャー隊のリーダーを務める女性パイロット。 茶色混じりの結んだ髪を揺らしながら、手を差し伸べる。
「よく頑張ったでありますな、勲章ものです!」
──ヴァルチャー、それはかつて「未来を切り開く兵器」として日本の空を駆け抜けた、白銀の翼。
大型怪獣が姿を消し、セルヴァムとの戦いが始まって約10年。 対G兵器が役目を終えてゆく中でも、ヴァルチャーは今なお最前線で戦い続けている。
いつか、飛び立たなくても良くなる日を夢見て、ヴァルチャーは今日も空を舞う。
〈4月27日、11時45分〉
「お父さん、お母さん!!」
無事ありすを両親のもとまで送り届けた柑奈は、再会を喜ぶ親子の姿に一安心と胸をなで下ろし、見返りも求めず無言で立ち去る。
ありすが振り返り、両親も顔を上げた時にはとっくに柑奈の姿は見えなかった、難民キャンプの人波に隠れてもうどこかへ行ってしまったのだろう。 それでもまだ、声は届くはずだ、ありすは精一杯の声で叫ぶ。
「柑奈さーーーん!! また、旅に連れて行ってくださーーーい!! 私、必ず追いつきますからーーーーー!!!」
その声に周りの視線が集まるのも気にせず、ありすは最後まで言葉を言い切った。 娘のこんな声は聞いたことが無いと両親は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑ってありすの頭を撫でた。
「な、なに? なんで笑ってるの!? や、やめてよ! 恥ずかしいからぁ!」
かけがえの無い親子の笑い声と、少女の誓いを聞き届けて、柑奈はまた旅に出る。
柑奈には目的地があった、この難民キャンプからさらにいくつかの街を超えた先にある、とある保育園。
結局さらに1日の時間をかけて、柑奈は目的地へと辿り着いた。 園からは子供たちの無垢な歌声と、ピアノの旋律が聴こえてくる。
「お誕生日おめでとう、おばあちゃん!」
ピアノを引く園長の手が止まる、4日前に66歳の誕生日を迎えた初老の女性……そう、柑奈がありすに語った「歌が好きで笑顔が素敵なおばあちゃん」だ。 彼女の誕生日を祝うためだけに、柑奈は何日もかけてここを目指していた。
「柑奈おねーちゃんだ!」
「また帰ってきたんだ!」
「お話聞かせてー!」
「はいはい、みんなも元気なままだね♪」
子供たちは一斉に柑奈のもとに集まり、彼女をあっという間に囲いこんでしまった。 その微笑ましい様子におばあちゃんはにっこりと笑って、立ち上がる。
「柑奈ちゃん、また来てくれてありがとうございます」
「……うん!」
「ふふっ、いい笑顔ですね」
そう言っておばあちゃんは……島村卯月は、変わらぬ笑顔で微笑みかけた。
ここまでどれだけ長い道を歩んできただろう、忘れもしない、あの2011年11月3日の出来事。 ニュージェネレーションズの未来を変えた、あの日のライブを。 それでも笑顔を捨てなかった、3人の軌跡から始まる、少女達の物語を。
どんなに遠く霞んでも、探しものはきっと行く道の先にある……だから今日も語り継ぐ、在りし日の想いが褪せぬように、未来永劫、続くように。
歌に乗せて、想いを乗せて、いつか卯月たちがそうしたように、みんなの笑顔のために、柑奈の歌は空に響く。
──始まりは遠い昔の事、街にはそびえ立つビルと、行き交う人の波、道路には沢山の車が走り、電車に乗ってどこまでも行けた時代。
全てが上手くいってた訳じゃないけれど、人にとっては今よりも豊かな時代がありました。
けれどある日、街に大きな影が差したのです。 大きな大きなその影は、怪獣と呼ばれ次々に街を壊し、たくさんの人が死んでしまいました。
このままじゃ私たちの住む場所が無くなっちゃう、人々は力を合わせて怪獣に立ち向かいます。
それから何年、何十年も人と怪獣は戦いました。 特に、人々が一番恐れていたのは黒くて大きな怪獣の王様、ゴジラです。
ゴジラは怪獣たちの中で一番強くて、人も怪獣も、ゴジラにだけは敵いません。 だからこそ、よりいっそう人々は知恵と勇気を振り絞り、最後の最後まで諦めずに戦い続けたのです。
挫けそうになっても、怖くてたまらなくても、勝つまでゴジラと戦い続けました、そうしてついに人はゴジラを倒したのです!
今でも怪獣との戦いは続いていますが、いつかきっと終わる時が来ます。 どんなに長く暗いトンネルにも出口はあるように、明けない夜はないように、諦めない限りきっと光は差すのです。
だから歌いましょう、たくさんの人達が繋いでくれた今日、私たちは笑っているよと伝えてあげましょう!
ほら、空を見て、あの星が私たちのスポットライト、この大地が私たちのステージ!
自由に、どこまでも自由に、星に届くまで! 私たちの
──自然豊かな街の公園の中、その老婆はいつもベンチに座って絵を描いていた。
そこから見える街並みを鉛筆片手にスケッチブックに写し出す。 不思議な程に心温まる老婆の絵は、白と黒なのにどうしてか色とりどりの世界に見えて、彼女の絵を見に公園までやってくる人もいた。
齢3桁にまで届きそうな皺だらけの手から、どうしてこんなにも惹き付けられる絵が生まれるのだろうか? そんな疑問も、彼女の笑顔を見れば納得がいく。
言葉にしなくてもわかる、彼女はただ心のままに絵を描いているだけなのだ、その心がいつまでも色彩やかだからこそ、誰の目にも彼女の絵は魅力的なのだと。
老婆の名前を知る人はいない。 だけど彼女が座るベンチの傍らには、いつも必ずボロボロのソフビ人形が置かれていた。
これは何? と尋ねると、老婆はホッコリとした笑顔で「大切な宝物なの」と答える。
今日も彼女は筆を取る、描き終わったらまた別の場所へ、けれどもこの街のどこかで、きっといつまでも描き続ける。
見上げんばかりの摩天楼を、人を、自然を。 全ての悲劇から立ち直った、この東京の景色を。
ひらひらと、春の風に導かれた一羽の蝶が老婆の宝物に止まる。
世界の終わりから100年目の、ある晴れた日の事であった。
これは、怪獣によって狂わされた世界を生き抜いた少女たちの群像劇、その最後の一幕。
〈エピソード16:Singin' in the starry sky〉 ー完ー