ゴジラvsシンデレラガールズ   作:キシ

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〈エピソード4:そして命の花が咲く〉

 あの日、誰かの声が聞こえたの。怪獣が来る、みんな殺される、だから逃げて、みんなと逃げて……って。

 

  でも、そんなこと言っても誰にも信じて貰えない、変な子だって思われるんじゃないかって、そう思うと口に出来なかった。

 

 私がもう少し勇気を振り絞っていられたなら、お母さんもお父さんも死ななくてよかったのかな? 私がみんなを守れたのかな?

 あの声の正体が誰かは分からない、でも、頭の中に浮かんだあの光……金色に光る太陽のような暖かな光が、私たちを助けようとしてくれていたのなら。

 

 信じなかったのは私、お母さんもお父さんもとっても優しいから、きっと私の事を変な子だなんて思わなかったよね。

 私がお母さんとお父さんの事を信じていれば、今でもみんな一緒にいられたかもしれないのに……私のせいで……。

 

ごめんなさい、ごめんなさい……。

 

 

 

〈2021年12月11日、11時55分〉

 

 ここ、神奈川県茅ヶ崎市にある茅ヶ崎ミライガーデンは、怪獣の研究を主に行うG研究センターと併設された新しい植物園である。

 全面がガラス張りのドーム状になっており、フロアごとに快適な温度・湿度設定に保つ最新の設備と、怪獣の研究から生まれた新種の花や、ここでしか見られない植物も多数存在する。

 一般客はもちろん、G研究センターの職員にとっても憩いの場となっているここは、怪獣災害に疲弊した人達にとって小さな楽園と言えるだろう。

 

「おーい、どこにいるのー?」

 

 この植物園に、相葉夕美は毎日のようにやってくる。昔から花や植物が大好きで植物園を巡っていた彼女もまた、この楽園に惹かれた者の1人だ。

 だが、最近は彼女がここに来るというよりも、付き添って来ていると言った方が正しいだろう。

 

「あ、見つけたっ。ふふ、気持ちよさそうに寝ちゃってる……♪」

 

 夕美を連れて毎日ここへやってくるのは、開けた原っぱの上で心地よさそうに眠るこの少女、白菊ほたるだ。

 可憐な花のような寝顔を浮かべながら眠りにつくその場所には、たった一輪だけ季節外れの彼岸花が咲いる。

 

「一年中咲く、永遠の命を持った花……かぁ」

 

 聞くところによると、G研究センターが怪獣の持つ強い生命力に着目し、花にその遺伝子を移植することで作った試作品の中の1本なのだとか。

 確かに永遠の命か、そうでなくても長い時を健康に生きられたらいいと思うのは誰しも同じだろう。この彼岸花も本来ならとっくに枯れて無くなっているはずの12月にこうして咲いているのは、摩訶不思議な光景だ。

 

「ん……あっ、夕美さん……?」

 

「おはよう、ほたるちゃん♪」

 

 ほたるは寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと体を起こし、小さく欠伸をする。

 

「あ……ごめんなさい……私、またこんな所で寝ちゃってて……」

 

「大丈夫だよ、それにいつも同じ場所だから、すぐほたるちゃんを見つけられるしね」

 

 ここはほたるのベストプレイスだった、一輪だけ咲く真っ赤な彼岸花は、確かに見るものを惹きつけてやまない不思議な魅力がある。

 とは言え、つい眠ってしまう人はほたるくらいだろう。それほどまでに、ほたるはこの花に強い関心を寄せていた。

 

「気持ちいいもんね、ここは。外は寒いのに中は暖かいし」

 

「はい、それに……」

 

それに、の後に出かかった言葉を詰まらせて、ほたるは違う言葉を探す。

 

「……この花の近くにいると、なんだかとても暖かい気持ちになって……ずっとここにいたいなぁって、そう思っちゃうんです……でも」

 

「でも?」

 

「永遠の命を持ってしまうのは、本当は悲しいことなんじゃないかって、思うんです……この子だけがずっと、冬の間もこうして咲き続けることは、独りぼっちになるって事だから……」

 

 独り言のように小さな声で呟く、それは薄暗く、憂いを帯びたものだった。

 ほたるの笑顔なはいつも寂しさが見え隠れする、取り返しのつかない損失を負った彼女に、ひとりぼっちで咲くその花はどう見えているのか、夕美は想像するだけで心がぎゅっと締め付けられる。

 

「……あ」

 

 数秒間の沈黙を遮るように正午を告げる時報が聴こえた。夕美は立ち上がり、ほたるに手を差し伸べる。

 

「お昼、オムライスにしよっか♪」

 

 空虚な瞳のまま花を見つめていたほたるは、ハッとして夕美の方へ振り向く。そして不意をつかれた表情のまま少し間を置いてから、いつも通りの控えめな笑顔を浮かべて手を取った。

 

「はい」

 

 けどそれが作った笑顔であることを夕美は見抜いていた、この子が心から笑っている瞬間など、今までにただの一度も見た事がない気がする。

 この小さな手では抱えきれないほどの悲しみを、繋いだ手のひらからひしひしと感じていた。

 

 しばらく歩いているうちに、通路の前方に白衣を着た老人が立っているのが見えた。白い髪に無精髭、シワの寄った目元を細めながらそこに生えているハエトリグサをじっと観察している。

 

「おじいちゃん!」

 

 夕美が笑顔で手を振ると、呼びかけに気づいた老人、夕美の祖父がこちらに体を向けて手を振り返す。

 

「夕美、ほたる、今日も来てたんだな」

 

「うん、おじいちゃんはお昼?」

 

「これでも仕事中だ」

 

 祖父、相葉博士はG研究センターに務めている。

 元々遺伝子工学の分野で名の知られた人物であったために、怪獣の遺伝子研究のスタッフとしてG対策センターにスカウトされた。

 今は植物に怪獣遺伝子を掛け合わせる研究をしており、この植物園にはさっきの彼岸花の他にもいくつかの怪獣遺伝子を持つ植物が存在する。

 

「ほたる、あの彼岸花は気に入ってくれたかい?」

 

「あ……は、はい……凄く綺麗で、見ていたら不思議なくらい落ち着きます……」

 

「そうか……ところで私もお前のおじいちゃんなんだから、そんなに畏まらなくていいんだぞ」

 

 緊張した面持ちでたどたどしい返事をするほたるの頭を、ぽんぽんと優しく撫でながら相葉博士はその脇をすり抜けていく。

 

「気をつけて帰るんだぞ」

 

 立ち去りながら背中越しにそう言う相葉博士に、夕美は「うん」とだけ返して、再びほたると共に歩き出した。

 相葉博士は多忙だった。怪獣災害によって故郷を追われたほたるが母の実家である相葉家に引き取られてから3ヶ月、相葉博士が家に帰ってきた事など数える程しかなく、それもほとんどほたるがいない時なのでまるで面識がない。ほたるが他人行儀なのも当然だ。

 夕美とも昔は年に1回お彼岸の時期に会うくらいだったが、その時から2人は仲が良く打ち解けていた。お互いに一人っ子なのでほたるは夕美を姉のように慕い、夕美はほたるを妹のように可愛がっている。

 あの惨劇を経験してなお、こうして夕美と一緒に過ごせることが、ほたるにとってせめてもの救いだった。

 

 

 

 2人が植物園を出た頃、相葉博士は彼岸花の前で立ち止まりじっと花の様子を見つめていた。

 それは単に花を愛でるだとか、観察するだとか、そういった単純なものでは無い、複雑な感情を含む目付きだった。

 

「───」

 

 名前を呼ぶ、もう二度と返事も帰ってこない、我が子の名前。

 決して取り返すことの出来ないかけがえのないものを失ってなお、相葉博士は諦めなかった。

 それがほたるに対するせめてもの慰めであり、愛おしい娘への手向けなのだと信じたから。

 

 

 

〈同日、23時36分〉

 

 ──私が夢を見る時は決まって2つ、どちらかの夢を見る。

 ひとつは家族みんなで楽しく笑い合う夢、お母さんとお父さんがいて、たまに夕美さんもいる。起きた時に現実を突きつけられるようでちょっと悲しくもなるけれど、とても幸せな夢。

 もうひとつはあの日の景色、街も人も全て吹き飛ばされ、焼かれ、潰されていく夢。お母さんもお父さんも灰になる夢......でも、これは現実。

 オルガ......3ヶ月前に鳥取に飛来し中国地方を破壊し尽くしたあの怪獣が、全てを奪って行った。

 怪獣が、オルガが来る、お母さん、お父さん、逃げないと。声がするの、早く逃げてって、誰かの声が。

 

 黄金の……光が……。

 

 

 

 コンコン、とドアをノックする音。時刻は夜中の11時40分、夕美はベッドで友達に勧められた小説を読みふけっていた所だった。

 こんな時間に何だろう? と思いつつドアを開けると、ほたるが枕をぎゅっと抱きしめてそこに立っていた。

 

「ほたるちゃん、どうしたの?」

 

 泣いていたのか、ほたるの目元は赤く腫れ上がっており、小さくしゃくるように鼻を鳴らしていた。

 酷く弱っているのが目に見えてわかる、そう言えば、最初この家にやってきた頃も毎日こんな弱った表情をして塞ぎ込んでいたな、と思い返した。

 

「……いっしょに寝る?」

 

 夕美の言葉に、ほたるは無言で頷く。

 一人用のベッドに二人並んで寝るのは狭かったけど、その距離がほたるの心を支えてくれる。夕美はほたるをしっかりと抱きしめ、眠りにつくまでずっとその髪をゆっくり、ゆっくりと撫で続けた。

 こんな世界に生まれてこなかったら、怪獣なんてものがいなかったら私たちはもっと幸せな日々を過ごせていたのかな?そう思うと悲しくなって、すぅすぅと穏やかな寝息を立てるほたるの顔を見ながら、夕美はひとり静かに涙を流した。

 どうかせめて、この子がこれ以上悲しまないように……そんな希望を願いながら、夕美は目を閉じた。

 

 

 

〈2021年12月16日、7時40分〉

 

 数日後。ドタドタと忙しなく階段を駆け上がる音で起こされた夕美は、まだ目覚ましが鳴っていない事を確認して再び布団にくるまった……しかし。

 

「夕美! 夕美、起きて! 早く!」

 

「んー……なぁにお母さん……? 今日の授業は午後からだよ……?」

 

「早く下に来て! 横浜に怪獣が出たの!」

 

 予期せぬ一言に夕美は眠気も吹き飛び、慌てて部屋を飛び出して母の先導で居間に向かう、テレビにはヘリによる空撮で横浜の惨状が映し出されていた。

 

『ご覧下さい! 体長30mほどのクモンガがビルの屋上に居座っているのが見えます、現在地下鉄内でクモンガの幼体が大量発生しているとの情報が入っていますがまだ地上に出てきているのは確認できません! 近隣住民の皆様は決して市営地下鉄に近寄らず、速やかに避難してください!』

 

「うそ……ほたるちゃんは!?」

 

「それが今、ニュースを見るなりどこかに飛び出していって……!」

 

「飛び出したってどこに!?」

 

「わからないわよ! 止める暇も無かったの!」

 

 心当たり……になりそうな場所はひとつ、茅ヶ崎ミライガーデンくらいだが、こんな緊急事態にあの場所へ行く理由はわからない、だが。

 

「多分、あの花の所にいる……ほたるちゃんを探してくる!」

 

「ちょっと!」

 

 夕美は2階の自室に戻り、上着だけを羽織って部屋着のまま玄関に向かう。一刻を争う事態だ、横浜からここまで距離はあるが、虫型怪獣の行動範囲は広く思いもよらない場所まで幼体がやって来ることも多々ある。

 夕美は玄関を飛び出しあの植物園へと走り出した。

 

 ほたるはあの彼岸花に惹かれていた、それも異様なまでに。あの花に執着していたと言ってもいい。

 あれに混ざった怪獣の遺伝子がどんなものかは分からないけど、確かに、あの花には特別な存在感があり、夕美も不思議な感覚を覚えていた。

 夕美は祖父の研究が少し怖かった、植物に怪獣の遺伝子を与える事もそうだが、祖父までもがあの彼岸花に対して何か強い感情を抱いているように見えて、それがなんだか不気味に見えたのだ。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 植物園に着いた時、夕美は信じ難い光景を目にした。 壁や天井を突き破り、至る所から巨大な植物の根のようなものが飛び出していたのだ。

 

「ほたるちゃん……!」

 

 サッと血の気が引く、この植物園で何が起こっているのか分からないが、夕美にはどうしても最悪の事態が頭に浮かんでしまう。

 そもそも、ほたるがここに居るかも分からない以上、この中へ踏み込むのはあまりにも危険すぎる、そう考えると、その場で立ちすくむしかなかった。

 その時、背後からガチンガチンと甲高く奇怪な音が聞こえた。ハッとして振り返ると、そこにクモンガの幼体が一匹、こちらを睨みつけていた。

 

「きゃあっ!」

 

 思わず叫び尻もちを着く、追い打ちをかけるようにクモンガが大顎を広げて威嚇すると、夕美は震える足を叩いてなんとか立ち上がり、全力で逃げ出す。

 当然、それを追うクモンガ、結局夕美はあの植物園へ逃げ込む選択を取った。

 

(やだっ、やだ! 死にたくない! 嫌だ!!)

 

 ドクドクと心臓が破裂しそうな程に激しく脈打ち、体は震え、頭は酸欠で真っ白になっていく。

 

「うあっ!!」

 

 足をもつれさせ倒れ込む夕美ににじり寄るクモンガ、死を覚悟し目を閉じたその時、樹木のように巨大なハエトリグサに似た植物がアスファルトの地面を突き破り、クモンガを真下から捉え呑み込んだ。

 植物はそのまま動きを止めて、まるで次の獲物を待っているかのごとくクモンガ達のいる横浜の方を向いていた。

 

「なに……なにこれ……!?」

 

「夕美、大丈夫か!」

 

 相葉博士が破られた植物園の出入口から出てきて、夕美の元へ駆け寄ってきた。

 

「お、おじいちゃん……これは何なの……!?」

 

「……わからない、だが私たちに危害を加えるつもりは無いらしい、行こう、ほたるも中にいる」

 

「え……?」

 

 夕美は博士の手を取り立ち上がると、ふらつく足で植物園へと入った。壁には無数の根が張っているが、植物園内は外観の印象ほど荒れておらず、穏やかな雰囲気に包まれていた。

 

「……ハエトリグサ、普通なんだ」

 

怪獣遺伝子を注入されたハエトリグサは特に変わった様子がない、てっきり、この草が怪獣遺伝子の影響で巨大化でもしたのかと考えていたが、そうではなかったようだ。

 

「あぁ、だがお前の考えは間違っていない、あれを見ろ」

 

 たどり着いたのはいつもの場所、あの彼岸花がポツンと咲く原っぱ。しかし、そこにあるのは異様に巨大化した大木のような彼岸花であった。

 

「あ、あれが、あの彼岸花なの……!?」

 

「そうだ、ほたるもあそこにいる」

 

 相葉博士の指さす方、花の足元に、いつものようにすやすやと眠るほたるの姿が見えて、夕美は駆け出した。見上げるほどに巨大な彼岸花の下に入るときに少しだけ躊躇うが、危険ではないらしい、夕美はほたるを揺り起こした。

 

「ほたるちゃん、ほたるちゃん!」

 

「んん……夕美さん……どうしてここに……?」

 

「どうしてって、ほたるちゃんを探しに来たんでしょ!ほたるちゃんこそどうしてこんな所にいるの!?」

 

「……っ!」

 

 ほたるは、初めて聞く夕美の怒鳴り声にびくりと身をすくませて、ぎゅっと胸の前で両手を握りしめた。

 

「ごめんなさい……」

 

「うん……ねえ、早く逃げよう?」

 

ほたるは頭を揺らすように小さく首を横に振った。

 

「ここに居ます、ここにいればお母さんが守ってくれるから」

 

「お母さん……?」

 

「夕美さん、私はよく夢を見るんです……3ヶ月前のあの日、お母さんとお父さんが死んじゃった時の夢、それが怖くて怖くて、毎晩眠れなかった……でもこの花のそばで寝ている時だけは、楽しい夢を見るんです」

 

 ほたるは立ち上がって、彼岸花の茎を撫でる。

 

「お母さんとお父さんがいて、夕美さんもいる、みんな居て、楽しく笑っている夢……それはこの花が、お母さんが私を見守ってくれていたからなんです」

 

 言っている意味が分からなかった、ほたるは錯乱しているのか、そんなことを考えた所で相葉博士が割って入る。

 

「夕美、この花に移植した遺伝子が何なのか教えていなかったな」

 

「……?」

 

「この花に移植したのは……ゴジラの遺伝子だ」

 

 言葉を失った、最強の怪獣と言われるゴジラの遺伝子なんてものがここに存在していたなんて、想像もしていなかったからだ。

 

「正しくは、G細胞によって生まれた怪獣オルガから抽出されたゴジラの無限自己再生物質、オルガナイザーG1と呼ばれるものだ、中国地方を襲った時に回収されたな。だからこそこの花は無限に等しい命を保っていた……そして」

 

「……まだなにかあるの?」

 

「もうひとつ、私の娘……亡くなったほたるの母の遺伝子だ」

 

 再び、夕美は言葉を失う。相葉博士は顔を抑えてその場に座り込み、震えた声色で話を続けた。

 

「私は……私はあの子を失いたくなかった……! だからせめてこの永遠に生き続ける花にあの子の面影を残しておきたかっただけなんだ! それがこんな……こんな事になるなんて!」

 

「待ってよ……ねえ、何が起きてるの!? あの花はどうなったの!」

 

 夕美が詰め寄ると、博士は息を整えてから花を見上げる。

 

「あの花から生体反応を検知した、あれは生きている……あれはもう、生物になってしまった……G細胞の恐るべき力は生命力だけではない、取り込んだものを怪獣に変貌させる侵食力を併せ持っていたんだ......!」

 

 遡ること3年前の2018年、アメリカはゴジラにダメージを与えることに成功している。その時に飛び散った肉片をネズミが食べた結果、G細胞との拒否反応を起こして体が異常に変化した死骸が大量に見つかった。

 しかし、ただ一匹だけ急激な細胞と肉体の変化に順応し、巨大な怪獣へと変貌した個体がいた。

 

 それが、オルガである。

 

「G細胞の本質は怪獣化……さらに言えば“ゴジラ化”を引き起こすものだったんだ、オルガナイザーG1だけならそこまでの作用もないと思っていたし、現に今日までの3ヶ月間何も異常はなかった……なのに、なぜ今日になって突然こんなことに……」

 

「声が聞こえました」

 

 ぽつりと呟くほたるの方に目をやる、ほたるはいつものように空虚な瞳で花を見上げたまま、言葉を続けた。

 

「黄金の太陽……“私たちを護るもの”が語りかけてくるんです」

 

「……黄金の太陽?」

 

「もうすぐやって来る……ここに……ゴジラが来ます」

 

「……え?」

 

『全職員に通達、鎌倉にゴジラ出現! 鎌倉にゴジラ出現! 全員、ただちに総合会議室へ集合してください!』

 

 ほたるの口から発せられた信じ難い言葉の意味を問いただす暇もなく、G研究センターから放送が鳴り響く。どうやら本当にゴジラが出現したらしいが、突然そんな事を言われてもにわかに信じられない。

 人類を絶望の淵へと叩き落とした最強最悪の怪獣ゴジラ、それが現れたら最後、全ては灰となって消える。そんな恐怖の象徴、歩く災害とも呼べる存在が、まさに今目と鼻の先まで迫ってきているなど、夕美には想像もできなかった。

 

「……夕美、ほたる、ゴジラの狙いはもしかすると研究センターかもしれない! 一刻も早く、なるべく遠くまで逃げるんだ!」

 

「おじいちゃんは!?」

 

「どうせ会議室に集まってもすぐ避難指示がでるだろう! いいな、早く逃げるんだぞ!」

 

 相葉博士は足早にG研究センターへ向かい、すぐにその背中は見えなくなった。確かに逃げるのが最優先だ、だが、ほたるはそれでも頑なに彼岸花のもとを離れようとしない。

 

「ほたるちゃん、行こう」

 

「私はここにいます、この花が私たちを守ってくれる」

 

「ほたるちゃん!」

 

「信じてくださいっ!」

 

 思いがけないほたるの大きな声に夕美はたじろぎ、言葉を詰まらせた。今までただの一度としてわがままを言ってこなかったほたるが、ハッキリとした反抗の意思を見せた事に驚いたからだ。

 

「私はお母さんとお父さんを信じなかったんです……私の言葉を信じてくれないだろうって、変な子だって思われるだろうなって……そう思い込んでしまったから……だから今度こそ、私はみんなを守りたい……」

 

 ほたるは今にも泣き出しそうなほどに声を震わせていた、自分に勇気が足りなかった、あの時の失敗を何度も何度も悔いてきた。 二度と同じ思いをしたくないからこそ、必死に言葉を捻り出している。

 確証も保証もない、ここにいたってゴジラに殺されるだけなのは誰の目にもわかる。それでも、夕美はほたるの言葉が気の迷いから出てきたものではないのだと、信じてみたかった。

 夕美は、彼岸花の茎に背をもたれながら座り、地面をぽんぽんと叩く。

 

「信じるよ、私」

 

結局のところ、今更逃げてもどうしようも無いという諦めもあったのかもしれない。ならせめてほたるの傍で一緒に死にたいと、そういう考えがなかったと言えば嘘になる。

 

「……」

 

 今もこうして、隣に座って縋るように腕にしがみつくこの女の子と共に、最後のその瞬間を迎えよう、そう思った。

 ほたるが震えているのは、信じてくれたことの嬉しさと、それでもどこかで感じている不安によるものか......得体の知れない何かに導かれるようにここに留まることを選択したのが果たして正解だったのか、それはほたるにも分からなかった。

 

 生か死か、最後の審判の時が刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 ──2021年12月16日、8時22分。

 クモンガ、カマキラスへの攻撃のために出撃していたメーサーヘリ3機は目標をゴジラに切り替え、攻撃を開始。

 同時刻、Gフォース極東本部にて待機中だったスーパーXが発進。

 

 

 その皮膚は黒曜石の岩肌のように黒く硬く、そこから覗く瞳は、まるで憎しみを向けるかの如くギョロリと人間を見下し、しかして、まるで感情を感じられないほどに空虚であった。

 歩みは重く、一歩踏み出すほどに地面は砕けビルが倒壊し、街という情景が失われていく。

 なにより象徴的なのは、轟々と燃え盛る紅蓮の炎を纏った、剥き出しの骨のような三列の背鰭だ。

 

 怪獣王、怒れる獣、災厄の獣、黒き神……ゴジラを言い表す言葉は数あれど、ゴジラを前にして人類が出来ることはただ一つ、神に祈り、命乞いをし、焼き尽くされる……それだけだ。

 

 

 3機のメーサーヘリがフォーメーションを組みながらゴジラの周囲を高速で駆け抜ける。

 14式メーサー攻撃機。2014年に実戦投入されて以来、日本Gフォースの主力兵器として今なお第一線で活躍し続ける戦闘機だ。

 ヘリのような見た目からメーサーヘリという愛称で呼ばれてはいるものの、実際には内蔵された大推力ターボジェットエンジンと二次元偏向ノズルによる高速ホバー飛行が可能な戦闘機であり、後発の戦闘機全てのモデルになっている程の高性能機である。

 メーサー光線と呼ばれる超高出力マイクロウェーブ光線発射装置により怪獣の細胞を焼き付くし死滅させる対G兵器は「殺獣光線」と呼ばれるほどの破壊力を有し、それを二基搭載したメーサーヘリによる攻撃はゴジラに対しても効果が期待されている……はずだった。

 

『全機、ゴジラの顔に向けて集中攻撃を行う、メーサー出力最大!』

 

『メーサー2、了解!』

 

『メーサー3、了解!』

 

 メーサーヘリによる最大出力の攻撃は、1機でもクラスーBに分類される怪獣に致命傷を与えられるほどの破壊力を持つ。現に、中国地方でのオルガへの攻撃でもその効果は実証されていた。

 3機一斉照射、計算上はクラスーAの怪獣に対してでも有効な威力を誇ると考えられるその攻撃により、ゴジラは顔から蒸気を立てていく。

 マイクロウェーブ光線によって皮膚が蒸発している証拠だ、攻撃は効いている……しかし、それはただの物理的反応に過ぎない。正常に作用する事と、期待される効果が発揮されることはイコールではないのだ。

ゴジラの歩みは止まらない、痛がる様子も避ける動作もなく、まるで何も無いかのようにただ悠然と大地を揺らす。

 メーサー照射を止め蒸気が晴れると、そこには傷一つないゴジラの顔があった。全くもって通用していない。日本が誇る対G兵器は、ゴジラに対してなんの有効性も見せなかった。

 メーサーによる皮膚の蒸発は確かに起こっていた、だが、オルガナイザーG1に起因するG細胞の超速再生能力は“メーサーによるダメージよりも早い”のである。

 

 ──この時点で人類はまだ知る由もないが、ゴジラには地球上全てを索敵範囲とする危機察知能力が備わっており、例え地球の裏側にいようと「自分に対する明確な驚異」を見つけ出し先手を打つ事が出来る。

 裏を返せば、ゴジラは脅威と思わないものに対して警戒心を持たない。今こうして攻撃をし返すことも無くメーサーヘリの攻撃に晒されているのも、メーサー攻撃が(少なくとも今の技術による威力程度では)自身に対して一切の効果を示さないものであるとゴジラが判断したからである。例えるなら、人が目に見えないチリや微生物を気に留めないのと同じことだ──。

 

 しかもゴジラの再生能力はただ治るだけではなく、進化する。アメリカがバンカーバスターIIによりゴジラに深い傷を追わせることが出来たのも束の間、バンカーバスターIIの破壊力に順応し強化されたゴジラの表皮は、続く攻撃を“弾き返した”。

 核シェルターをも貫く攻撃が、もはやゴジラには通用しない。オルガの出現以降、ゴジラの肉片を地上に落とすような攻撃は避けるべきとされ対ゴジラがより難航したが、そもそも、今の人類にはゴジラに傷一つ付けることもできないだろう。

 

『スーパーX、ハイパーレーザーを使用する』

 

 現着したスーパーXが構えるのは、120万キロワットの出力を誇るハイパーレーザー、その火力はメーサーの実に5倍。砲門を開きゴジラの右側頭部に照射すると、ようやっとその体をよろめかせる事に成功した。

 ……だがそれまでだ、よろめかせたところで何かが変わる訳でもない。紅蓮の炎に包まれているゴジラの背鰭が、青白く発光する。熱線のエネルギーを右腕に溜めて振り払うと、熱線と同質のエネルギーが鞭のようにしなりスーパーXを撃ち落とした。

 

『うわぁあああ!!』

 

『スーパーX! 不時着する!』

 

 オルガのレーザー攻撃の直撃を3度受けてなお戦闘を継続できたスーパーXが悲鳴をあげている。それも設計段階で想定していたゴジラの熱線の直撃に耐えるなんて次元ではない、ただ熱線のエネルギーを“適当にばら蒔いただけ”でこの有様である。

 かくして日本が誇る最強の対G兵器は、まるでうるさいハエを叩き落とすかの如く、敗北を喫した。

 

 

 悠然たるその姿は神か、悪魔か。ゴジラはただ真っ直ぐに、G研究センターへ、そしてほたると夕美が残る茅ヶ崎ミライガーデンへと歩み寄る──。

 

 

 

 ズン、ズン、とゴジラの足音が地響きとなってここまで聞こえる。その音は次第に大きさを増していき、段々と近づいている事が分かる。

 先ほど、放送で全職員への避難が命じられた。ほたると夕美は相葉博士の言いつけを守らず、この場から動かなかった。

 

「ごめんなさい……私、間違えたのかも……!」

 

 どう考えたって助かるわけが無い、自分の選択は過ちだったのかと、ほたるは不安の声を漏らすが、夕美は震えるその体を無言で抱きしめた。

 

オオォオォオオオォオォ!!!!

 

 耳をつんざく咆哮。ゴジラは既に目の前に迫っていた、今更逃げても間に合わない。

 

「夕美さん……!!」

 

 選択は間違っていた、そう全てを諦めたその時、無数の巨大なツタが地面を破り這い出てきた。そのうちの一部が2人を包み込むように球の形を取り、急激な勢いでせり上がってゆく。

 

「な、なにっ!?」

 

 ツタは絡み合い、結び、伸びてゆき、やがて一本の巨大な樹木のように高く高くそびえ立つ。それは100mを越すゴジラよりもなお大きく、ゴジラを見下ろしていた。

 

「これは……何が起こってるの……?」

 

 夕美たちは球形のツタに運ばれて、ゴジラの進行方向、まるで樹木がゴジラから2人を庇うような位置にあるビルの屋上で開放された。

 樹木から300m、ゴジラからさらに500mほど離れた位置に来たが、依然として危険な距離にある。

 

「花が、咲いた……?」

 

 すると、今度は根元から真っ赤な彼岸花の花弁に似たものが……いや、それは彼岸花の花弁そのものだ。美しく細長い真紅の花弁が、まるで翼のように根元で花開く。

 樹木本体の先端が割れ口となり、牙が生え揃い、4つの鋭い瞳がゴジラを睨みつけた。その姿はさながら龍のようであり、爛れ落ちた表面が亡霊かゾンビのような不気味さを醸し出していた。

 巨大な口を開き、ゴジラを威嚇するその咆哮はまるで幾重にも重なった女性の歌声のようだ。

 

 ビオランテ──後にそう呼ばれることになるこの怪獣の様相は、もはや樹木というよりも、花を纏う龍の如く雄々しく美しかった。

 

 目の前にある未知の怪獣を敵とみなしたのか、ゴジラは背鰭の炎をより激しく燃焼させ戦闘態勢に入った。

 ビオランテは、地面から無数のハエトリグサのような触手を伸ばしてゴジラに噛みつき先手を取る、あの時夕美を助けてくれた植物の正体はビオランテの触手だった。

 触手からは溶解液が滲みゴジラの皮膚を溶かしていくが、ゴジラは触手をその手で掴み引きちぎった。

 だがビオランテは攻撃の手を休めず、腕、足、胴、喉元に触手を噛みつかせる。

 

「戦ってる……ゴジラを倒すつもりなの?」

 

 ゴジラの背鰭が青白く発光し、周囲に熱線エネルギーを撒き散らす体内放射の構えに入るが、ビオランテはすぐさまゴジラを囲うように地面からツタを伸ばし、ツタのカーテンを作り出した。

 放たれる体内放射により、触手もツタのカーテンも全て焼き払われるが、ビオランテ本体は無傷のままだ。さらに、ツタのカーテンはビオランテだけではなく周囲の建物やほたる達も被害から守っている。

 ビオランテは人と街を守るという明確な“意志”を持っていた。これがG細胞と人の遺伝子が混ざりあった故に出来た行動なのかは分からない、しかし今この瞬間、ビオランテは紛れもなく人類の味方としてゴジラと戦っていた。

 

「負けないで……負けないで!」

 

 ほたるが叫ぶ、ビオランテは巨大な龍のごとき本体を伸ばしてゴジラの右肩から胸に掛けてを丸齧りにし、触手のそれとは比べ物にならないほどの咬合力と溶解液でゴジラにダメージを与えていく。

 さしものゴジラもこの攻撃には耐えかねてか、激痛に声を上げ体を数歩後退させるが、ビオランテは逃がさない。

 再び発光するゴジラの背鰭、ビオランテはすぐさま自身の背後にツタのカーテンを生やし背後のふたりを庇う。放たれた熱線はビオランテの体の中腹に当たり、その胴体を真っ二つに引き裂いた。

 

「お母さんっ!!」

 

 しかし、千切れた箇所から目を疑うほどの速度で再び胴体部が伸びていき、その体を完全に再生させる。この再生速度は、G細胞の主であるゴジラのそれを遥かに上回るものであった。

 当然、ビオランテが負わせたゴジラの傷も既に完治していたが、ビオランテの攻撃はさらに手数を増して苛烈なものになっていく。

 地面から伸ばした20本もの触手がその牙をゴジラに突き立て、熱線を吐こうとすれば喉に、腕を振ろうとすれば腕に、動こうとすれば足に食らいつく。

 

「凄い……!」

 

「ほたるちゃん、見て!」

 

 ゴジラの左右と背後の地面に巨大な亀裂が入ったかと思えば、なんと、ビオランテそのものが全く同じ大きさと姿で生えてきた。 見せかけでは無い、紛れもなく、3体のビオランテが新たに出現したのである。

 

「クローン……彼岸花の繁殖と同じ!」

 

 彼岸花は三倍体のゲノムを持つ不稔性の植物であり、種子を作る事が出来ない。故に、球根を分裂させることで全く同じ遺伝子を持ったクローンを作り出して繁殖する。

 無論、彼岸花から怪獣化したビオランテは同じ繁殖能力を持つ。 これが人類の敵であったならば恐ろしい事この上ない生態だが、こと現状においては心強い。 4体のビオランテがゴジラを完全に包囲し、咆哮のカルテットを奏でる。

 

「これなら……!」

 

 ゴジラに勝てる、夕美はそんな確信めいた希望を抱いた。4体のビオランテが一斉にゴジラに攻撃を仕掛ける、さしものゴジラも多勢に無勢では敵わない……そう、思われた。

 

「え……?」

 

「ゴジラの、色が……」

 

 ゴジラは──背鰭に滾る炎の色を、紫へと変色させていた。原理は分からない、しかしそうした事でゴジラの背鰭周りの温度は先程までと比べ物にならない程に高くなり、辺り一面が灼熱地獄と化していた。

 煌々たる紫炎が揺らめき、その凄まじい熱でゴジラに噛み付いていた触手たちが燃え尽きていく。

 強い発光を見せた次の瞬間、背鰭から放たれた扇状の体内放射が後方のビオランテを根元まで焼き付くした。次に右手を振り払えば右側の1体、反対方向に尻尾を振れば左側の1体と、想像を絶するほどの熱量を持ってしてたちまちに死滅させた。

 

「あ、あぁ……! ああぁあぁぁ!!」

 

 夕美は絶望的な光景を受け入れられず呆然と立ち尽くし、ほたるはフェンスにしがみつき泣き叫んでいた。

 これが怪獣王、この地球上において唯一絶対なる覇者の力。 何者もその存在を脅かすことは出来ないのだという事を、嫌という程に思い知らされる。

 

「あっ……!?」

 

 その時、ビオランテのツタがビルの足元から伸びてきて、2人の胴体を絡めとった。

 

「やだ! 嫌だ! 離して!!」

 

 ツタはゴジラとビオランテから遠ざかっていく、2人を逃がそうとしてくれているのだ。そしてそれは、ビオランテが自らの敗北を悟ったからこその行動に他ならない。

 

「お母さん、お母さんッ! 私を置いていかないで! 嫌ぁぁ!!」

 

 段々と小さくなる変わり果てた母の背中に向かって、ほたるは懇願する。それは、ほたるの母に対する初めてのわがまま。ただ一緒にいたいと願う、ただそれだけの純粋な。

 

「ほたるちゃん! お母さんはもう……!」

 

「嫌だぁっ! うぁあぁぁぁ!!」

 

 その時、ビオランテはまるで我が子の呼び掛けに応えるように、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 

「──っ!?」

 

 その顔に母の面影はなく、その瞳に母の優しさは感じない、声はなく、姿もなく、母はそこには居ないはずだった。

 ただ、伸ばされたツタの先端が、ほたるの頭を優しく撫でるのだ。

 

「お母さん……?」

 

 返事はもう返ってこない、それでも、堅く冷たいツタの先に、過ぎし日の中に生きる母の温もりを確かに感じていた。

 姿こそ変わってしまっても、決して変わることの無い心。過ぎ去りし遠い日々の思い出が、母の面影をビオランテに重ねていく。

 

「う、うっ……うぁあぁぁあぁぁぁ!!」

 

 ありがとう、ありがとう、そう言葉にしようとしても感情を堪えきれず溢れ出した叫び声になって、上手く形にできない。だからせめて、最後にこの声が届くように……ほたるは声を張り上げた。

 夕美はただ無言でほたるをきつく抱きしめ、零れる涙も拭わずに、消えてゆくビオランテの姿をしっかりと見届けていた。

 

 

 

 ビオランテは全ての力を振り絞り、自身の背後に何層ものツタのカーテンを作り出した。今から繰り出されるゴジラの熱線を全て受け止めるために、守るべきものを全て守るために。

 ゴジラの口から紫に光る熱線が放たれる。それはビオランテの根元、心臓部である地中深くの球根を狙った一撃。ビオランテの本体を数秒で蒸発させ、地盤ごと根本までも焼き尽くす。

 その余波だけで、盾となるべき多重カーテンを次々に突き破っていき、ゴジラさえも包み込むほどの大爆発によって街が消滅する。

 そしてたった1枚、最後の1枚だけが、ほたると夕美の命を守る盾となった。それもやがて枯れ果てるように朽ちていき、ビオランテという怪獣の存在が完全に消え去ったことを知らせる。

 2人を運んでいたツタも、無事2人を地面に下ろした後に灰のようになって消え去り、その責務を全うした。

 本当の別れ、命を燃やす花の、最後のその瞬間を、2人は確かに見届けた。

 

「ありがとう、お母さん……さようなら」

 

 かくして永遠の命を持つ彼岸花は、その命を賭して、我が子を守り抜いたのであった。

 

 

 

 だが……その身に炎を滾らせた破壊神はなお健在である。爆心地に佇むゴジラによる破壊活動の継続を予感し、監視を続けているGフォース内部には、張り詰めた空気が漂っていた。

 しかしそんな不安も他所にゴジラは突如太平洋側に振り向き、数秒の静止の後に、体を反転し海へと立ち去っていった。

 海へと潜行し、やがてGフォースの索敵を振り切ったゴジラ。その行動の意味はまるで理解できなかったが、少なくとも日本が救われた事に、誰もが胸をなでおろした。

 

 

 ──それが、新たなる怪獣時代が幕を開ける予兆であった事も知らずに。

 

 

 

〈2021年12月16日〉

 南極大陸に隕石が落下、ロシアの南極調査隊が落下地点にて休眠状態にある未知の怪獣を発見する。

 

〈2021年12月20日〉

 ゴジラ、南極大陸に上陸。未知の怪獣との激突の末、消息を断つ。

 

 

 

 

〈2021年12月17日、10時39分〉

 

 神奈川を襲った怪獣災害から一晩が経ち、廊下では慌ただしく医師と看護師が走り回っている。

 今回の怪獣災害、クモンガとカマキラスによる被害者の数は、後に3万人程であると報道されている。しかしそれも、過去の2頭の記録と比べればかなり少ない方だ。皮肉にもゴジラが成体を除去してくれたおかげで被害の拡大は食い止められ、地下鉄内に残された幼体達も地下完全封鎖のもと、Gフォースによる完全駆除活動が行われている。

 ゴジラは街を破壊したものの、広範囲への攻撃はなく、また先の怪獣災害による避難体制が既に整っていた事から死傷者はなく、記録上0人となった。

 しかし昨今の怪獣被害の膨大さに感覚が麻痺しているが、3万人という数は余程大きな災害でもなければ出ない数字だ。こうして夕美とほたるが検査入院のために数日病院のベッドを借りられているのも、ビオランテとの接触があるためという特例による措置と言える。

 

「はぁ〜、私たち何ともないんだけどなあ」

 

「私たちがベッドを埋めてるのも申し訳ないですね……」

 

 当然2人は健康そのものだったが、新種の怪獣と接触していた事実は確かだ。しばらくすれば、G対策センターの医務施設に送られ、精密検査とビオランテに関する事情聴取を受けることになるだろう。

 

「悪い怪獣じゃないのに……」

 

「ぶえっくしょい!」

 

 その時、向かいのベッドから豪快なくしゃみが聞こえたので夕美は体を起こし、ほたるもそれに続いた。

 

「いっってぇぇー!! 背中! 背中裂けた!!」

 

「裂けてませんよ、きちんと縫ってるんだから。大人しくしててください」

 

「あ、あはは……えっと、りんご切りましょうか拓海さん? 山形産ですよ」

 

 夕美は体を起こして賑やかな声の方を見ると、そこにはベッドに寝そべる少女と、彼女の両脇に座る2人で合わせて3人の少女の姿があった。しかもそのうち2人は……。

 

「有香ちゃんに拓海ちゃんだぁ!」

 

「え? あ、相葉先輩! お久しぶりです!」

 

 中野有香と向井拓海、2人とも学校行事などで何度か交流している高校時代の後輩だ。特に有香とは学年は違えど体育祭などの行事でも一緒だったので交流が深く、仲が良かった。

 一方で拓海はと言うと……。

 

「ち……ちぃ〜っす……」

 

 何故か怯えた様子で冷や汗を垂れ流し、目を泳がせている。

 

「拓海さん、もしかして先輩と何かありました?」

 

「い、いや、その……学校の、花壇をその……ちょーっと……な!」

 

「アハハ、懐かしいねぇ!」

 

 夕美は気にしてないとばかりに笑い飛ばすが、拓海はそうも行かないようで……。

 

「いや、でも、あれは、事故なんだ、本当に! 決して、マジで、仏に誓ってわざとじゃ……!」

 

 まるでか弱い小動物のように震える拓海を見て、岡崎泰葉は思わず吹き出した。何が起こったのかは想像の余地を出ないが、よほど怖い目に遭ったのだろう。

 

「ぷっ、ふふふ……ん?」

 

ひとしきり笑ってから、泰葉は会話に入ってくることなく、自分を見つめたままあんぐりと口を開けて固まっているほたるの存在に気づいた。

 

「あ、お、お、岡崎泰葉ちゃん……? ほ、本物?」

 

「う、うん……」

 

 ほたるはパアッと顔を輝かせると、ベッドを飛び出してぺたぺたと泰葉に近づいて行く。

 

「あ、あの……私……テレビで見てます……ふぁ、ファンです……!」

 

 爛々と目を輝かせるほたるを見て、そう言えば、と夕美は思い出した。ほたるは以前から芸能界に興味があると度々口にしており、とりわけアイドルに惹かれているらしい。

 きっかけは4、5年前に地元でツアーライブを開いたあるアイドルグループのパフォーマンスに感動して、との事だが。

 

「そうなんだ、ありがとう。今新しいドラマ撮ってるから良かったら観てね」

 

「は、はい……わぁ……感動です……!」

 

 泰葉はアイドルではないが、有名な芸能人を見つけていても立っても居られなくなったのだろう。

 確かに役者としての人気は落ち目にあったが、ほたるはそんな泰葉の事をちゃんと知っていた。 泰葉もつい嬉しくなってしまい、顔を赤らめる。

 

「何照れてんだ、あーあ、騒がしくなってきやがったぜ……」

 

 拓海が疲れたようにそう漏らした途端、廊下から一際響く足音と共に、金髪ツーブロックの少女が病室に飛び込んできた。

 

「たくみーーーーん!!」

 

「ぎゃああああーーーー!!!!」

 

 その勢いのまま抱きつかれた拓海は、背中の傷から走る激痛に悲鳴をあげた。

 痛みを与えている本人、藤本里奈はまるでそんなことには気づかないで、力の限り拓海の胴を締め上げて頬擦りする(悪気はない)。

 

「大丈夫!? 怪我はない!? めっちゃ心配したぽよーー!!」

 

「死ぬぅぅぅぅ!!」

 

「うわあああ! 里奈さん離れて! 傷口が開きます!!」

 

「ぽよ?」

 

 里奈が加わったことにより更に騒がしくなったこの病室の騒動は、この後看護師に全員が叱られることでようやく収束していく事となった……。

 

 

 

 見舞いに来ていた泰葉と有香、それから里奈が帰って、拓海も寝息を立て始めた頃、ほたるはじっと病室の窓から澄み渡る空を見上げていた。

 

「夕美さん、私……」

 

 振り返ると、夕美も眠ってしまっていた。ほたるはくすりと微笑み、ひとりごとを続ける。

 

「私、今日は夢を見なかったんです。皆で笑ってる幸せな夢も、あの日の夢も、もう見ない気がします。そうなればもう本当にお母さんやお父さんとはお別れなのかもしれません……でも、それでいいんですよね、きっと」

 

 ほたるは眠りについた、夢は見ない、語りかけてくるあの声ももう聞こえない。

 全てを失ってなお心に灯った小さな光を、生きる希望を胸に、ほたるはまた目を覚ますのだろう。

 その時目の前に見える現実こそが、明日を願って精一杯に生きることの出来る今が、確かな幸せだと気づけたから。

 

 

 

 あのね……お母さん、お父さん。本当はね、話したいことがまだたくさんあったんだ。だからいつか私がそっちに行った時に、また聞いて欲しいの。

 その時、私はおばあちゃんになってるかもしれないから、私の事が分かるようにずっとずっと見守っていてね。

 

 

 

 それが私の、最後のわがままだよ。

 

 

 

 

 

〈エピソード4:そして命の花が咲く〉 -完-

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