GBN内、ウィルダーネス・ディメンション
エアーズロックエリア。
果てまで平坦に広がる赤い台地にて、金属同士が幾度と無くぶつかり合う無骨な音が響いていた。
「ッうぉあ…ッぶねぇなァッ!」
紫檀色のアストレイが風を斬る音と共に刀を薙ぎ払い、紅い悪魔が剣閃を紙一重で躱す。
「あははッ、良い、良いな赤い人…いいやオズマッ!これまでの凡百とは違う、其方には幾度振るえども我が全霊の太刀がまるで当たらんッ!」
「へェ、そいつは、どーもッ!!」
お返しとばかりに紅い悪魔が大爪を振れば、その端を紫檀色のアストレイは刀で受け去なす。
紅い悪魔、バルバトスレグルスRと
紫檀色のアストレイ・月煌はバトルの開始から既に10分、状況の動かない完全な膠着状態を演じていた。
だが万物に永遠など無い。オズマは既に激戦の中で神経をすり減らし、アストレイ・月煌の操縦者であるヒバリもまた、無尽蔵とも言える体力を万全とは言いきれない程度には消耗させていた。
もう幾度目かの激突が膠着し、お互い跳んで距離を取る。またも静寂を取り戻したエアーズロックエリア上に、乾いた風が音を立てて吹いた。
(どうする…奴さんもそれなりに消耗はしてるだろうが、こっちはもう限界だ。これ以上戦闘を長引かせれば確実にこっちが押し切られて仕舞いだろう。)
オズマは思考を重ねる。…ここまでの激突の中で判明した事だがこのヒバリという女…こちらから仕掛けない限りはじっと待つスタイルを貫いている。頭を回すのに便利なのでそこは有難いが……それを差し引いたとしても勝機がハッキリ見えない程に強い。
ヒバリは「まるで当たらない」と言うが、実際は数発掠めているし、耐久力も着実に削られている。
此方が紙一重で躱しても躱しきれない太刀筋は実体剣だというのにヨノモリ塗料と機体再現によって与えられた二重のナノラミネートアーマーを一撃で殆ど剥がしきられた箇所もあるという異様な攻撃力。
加えて近付くだけで斬られる間合いの密度。一瞬でも攻撃の手を緩めれば万全の装甲でも上から力押しだけで強引に断ち斬られてしまうだろう。
まだ試してこそいないがビームも斬れるのではないだろうか、等と余計な思考も巡らせ……オズマが視界に映ったコンソールの文字に目を向ける。
『GP-EX』
必殺技、GBNだけの特別な力。
μとの無双ミッションの最終版、アルヴァアロンやGNフラッグとの戦いの中で発現したレグルスの必殺技を使う事に、オズマは躊躇っていた。
無双ミッションの中でも使用こそしたものの最後の瞬間のみで、明確な効果は未だ確認出来ていない。
そんな不確かなものを使っても良いのか?必殺技なんて大仰なものまで使っても負けるような有様で、このバトルが終わった後μに顔向け出来るのか?
逡巡していると…不意に通信が繋がる。
何事かとオズマが視線を移せば、そこには俯き肩を震わせるヒバリが映っていた。
待たせ過ぎてしまっただろうか?そう思い思考を止めて戦いに集中しようとすると────、
『────悦いッ!!』
「────は…?」
『その爪、その攻勢、凄く悦い!一撃に宿っておる拙の身を抉り、削り、穿たんとする気迫!ふふ…控えめに言って、[倫理規制]が疼くッ!』
「ぶふッ…!?」
おいバカやめろ。
GBNは全年齢対象のVRゲームなんだぞ、そんな事言って規制されない訳が無いだろうが。
現に問題の部分はピー音入ったな。GBNでそういう発言をするとこういう風に処理されるのか。
今後一切役にたたんとは思うが勉強になった。
『ふふ…ふふふ…さあオズマッ!もっとだ、もっと拙を傷付けてくれ!その爪で拙の肌を削って、肉を抉り、骨を穿ち砕いてくれッ!』
まだ何か言ってやがるが、これで1つハッキリした。ヒバリは結構ヤバめな方の、ドがつくMだ。
「スゥー……ハァー…」
大きく息を吸い込み、吐き出す。
いったい何を躊躇っていたのか。ここは
だからこそ、本気になれる。好きだから夢中になれる。いつかの昔、遠い遠い幼い頃。最早顔も思い出せない誰かから聞いた言葉を思い出し────、
コンソールに浮かぶ文字へ、手を触れた。
「良いぜ、ヒバリさんよ───、」
『はぁ…はぁ………む?』
「とびっきりの奴を食わせてやる。…勝手にキャパ越えて、壊れるんじゃァねぇぞ?」
『〜ッ!あぁ、あぁ無論だとも!さあ味あわせてくれ!オズマッ!』
「フゥー……行くぜ────、」
「吼えろレグルス、狩りの時間だ───ッ!!」
『GP-EX ability standby………Boot !!』
バルバトスレグルスのフライトユニット───六本三対のカレトヴルッフで構成された悪魔の翼が音を立ててヒビ割れ、派手に崩壊し落下する。
続けて、翼を喪いかつての姿をへと戻った紅い悪魔の背中に亀裂が走る。Xを描くように入った背の傷は機体の色よりも紅く光り輝きそして────、
炎が噴き出した。
「Ah…u…r…Ghaaaaaaaa────ッ!!!」
『───ッ!之、は…!?』
コックピットの中で、オズマが吼える。
通信画面から見えるその容貌は惨憺たる、まさに悪魔が如き姿形であった。
身体の各所に血管が浮き出るような変化が発生し、瞳孔が開き三白眼のように変化する。
自身の躊躇いによって一度は萎れ元に戻った髪が、今度は掻き上げる動作も無くひとりでに立ち上がり、髪色も血の如き真紅へと変貌する。
歯並びは獣の牙を彷彿とさせる形になって、剥き出し吐き出す息も熱を帯びたものへ───、
オズマが見出した必殺技によって彼の身にまず訪れた第一の変化は、ダイバールックの変質。
「カッコ良さ」をかつてから変わらぬ至上命題としていたオズマならではの変化。彼自身、見た目の変化が気分に大きく作用している為に、不思議とこの姿になると力が湧き出て心も昂り出すという。
勿論、必殺技の発動に伴う変化はそれだけでは無い。そしてその真価は今、目の前に────、
『Ghaaaaaaa─────ッッ!!!』
吼える。
その声の主はオズマでは無い。また乱入を狙って現れた闖入者や、ましてやヒバリでも無い。
ガンプラだ。オズマのガンプラ────、
ガンダムバルバトスレグルスRが、背中から猛々しい業火を噴き上がらせながら、ただ排熱機関として作られたはずの口を限界以上に開き首を空へもたげて、天を衝く咆哮をフィールド中に轟かせていた。
瞳には阿頼耶識システムのリミッター解放を示す紅い光が宿り、肩や腰、躯体の各部位に設けられた複数の排熱機関からは真紅の炎が勢い良く噴出する。揺らめく陽炎が
そうした炎は一頻り踊り狂うと両腕のクローに纏われ、巨大な炎の爪として武器を形作る。
それがこの必殺技によって与えられるシステムの名。ただの阿頼耶識では無い、全身からイメージによる業火を噴き出しその炎を爪に纏わせる事で一時的な攻撃力、反撃性能の大幅強化を果たす力。
レグルスは今この瞬間、真に「紅い悪魔」へと変貌した。オズマが若い頃、GPD最盛期から長らく追い続けてきた理想の形が、ここにはあった。
─────悪魔が構える。
腰を落とし、両手をぶら下げ前を見据える。
次の瞬間───レグルスの踏み込みで台地が崩壊した。否…正確には、レグルスの加速を手助けする炎が、台地の岩を灼いて砕き尽くしたのだ。
「雄オォォォ啊アァァァ───ッッ!!!」
『ぐぅッ────!!?』
ヒバリの月煌が悪魔との激突を避けるべく、愛刀を傾け受け流す…が悪魔はそれを見抜き、両手のクローで挟み込むように構えて月煌への突撃を敢行する。
こうなってしまえば最早、ヒバリに回避の手段は無い。レグルスの炎によって台地が膨大な量の砂埃で視界を埋めつくしながら崩れ行く中、破壊の轟音と爆音がウィルダーネスディメンション全体に聞こえてしまう程高らかに響き渡りそして────、
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砂埃が晴れるとそこには、2機のガンダムが膝を着き共にその機能を停止していた。
片やレグルスは月煌の刀によってフレーム内の動力部を両断され、片や月煌はレグルスの必殺技で右肩と頭を砕かれ、それに応じた痛覚伝達の影響でパイロットのヒバリ自身が機体を動かせない。
互いに決着をつける事が不可能になった両機、その最終判断をくだしたのは────、
『Battle Ended DRAW…』
GBNのバトルシステムであった─────。
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所変わって、セントラル・ディメンション
中央ロビー、その更に中央に設置されている巨大モニター。普段イベントの開催期間外は、GBN内にて行われているバトルがランダムに中継される、そのモニターに1つの戦線が映し出され、少なくない人々が激戦の模様に釘付けになっていた。
紅い悪魔と、紫檀の武者。
2機のガンプラが荒野にて対峙しそして、十数分に及ぶ一進一退の大接戦を展開して見せたのだ。
偶然にもそれを目にした人々の間では暫くの間、その激しさが語られたという────、
「むぅ…何なのあの男…あんなに強いならお姉様に頼る必要なんて無いでしょう。ますます気に入らない…いつか背中を刺してしまいそう──。」
今日のヒント:夜間モード