「わぁ…!」
「これは……」
終末チェスタイムとのバトルで手痛い敗北を喫した日から数日後、フォースGloriaの面々は豪奢極まる西洋屋敷の様相を呈した地を訪れていた。
ここはディメンション・シュバルツバルト、領域全体が決して明けない夜の世界で構成され、深い暗闇と人工物の灯りのみが広大な世界を照らす。
そんな一部の好事家達にとっては垂涎ものな要素を取り入れたディメンションである。
その宵闇の世界が内包する幾つかのエリアの一角に、μ達が出向いた場所は存在していた。
フォース『
機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズにて語られる伝説の人物、アグニカ・カイエルの遺産を意味する名を冠した世界ランキング164位の上位フォース。
その構成員や乗機は鉄血のオルフェンズに登場する機体をベースにした改造機か、ソロモン72柱とそれに関わる要素を含む事が必須条件であるという。
これ等の縛り要素を以て自らをカイエル家の正当後継者であると豪語し、多くのバエリストや鉄血オタク達の地雷を踏み抜いて尚も立ち止まらない彼女達がシュバルツバルト内に抱えるフォースネスト。
それこそがこの西洋屋敷、グラズヘイムである。
輝く白亜に完璧な比率で黄金をあしらった豪奢の極み足り得るその様相は見る者全てを圧倒する。
「お待ちしておりました、Gloriaの皆様。」
自分達のフォースを指名して投げ掛けられた言葉を受けてμが視線を正面に戻すと、そこには燕尾服に身を包んだ壮年の男性が真っ直ぐ立っていた。
ぴっしりと両足を揃え手を腹の前に構えて、恭しく会釈をするその姿は、彼の背に佇む白亜の屋敷と相まって「一流の執事」らしさを感じ取らせる。
「あ、えっと…どうも……」
あんまりにも恭しい対応を受けて、μは別段コミュニケーションを苦手としている訳でも無いのに少しどもってしまった。若干慌て気味ながらも会釈を返すと、執事らしい男性が顔を上げて続ける。
「ティアフォニアお嬢様より、案内を承っております。テラスは此方です。どうぞ」
そう言うと男性を背を向け大扉を開き、屋敷の中へと入っていく。μ達は1歩遅れてその背中について行く。奥へ奥へと進んでいくその背中は早いようで、しかししっかりと後続のμ達に歩調を合わせた、完璧な距離感を保つ歩みであった。
その先には────、
「むッ……」
「んっ…眩し……」
「外なのに、明るい…」
屋敷を暫く進み、扉を開けた先に広がっていたのは暖かな陽の光が射し込むテラスであった。
ディメンション・シュバルツバルトはその時間帯に関わらず、夜の帳に閉ざされた常闇の世界である。
だがその暗闇を照らす例外は幾つかある。
1つはライト、これは当然の事柄だろう。
そしてもう1つ、それは期間限定で配信されていたシュバルツバルト実装一周年記念イベントクエスト、
「シュバルツバルトの夜明け」だ。そのクリア報酬に、設置したフォースネストの部屋を時間帯、エリア状況に関わらず「晴れた昼間」の状態に固定するインテリアオブジェクトが用意されていた。
このテラスは、それを用いているのだろう。
「テラスという部屋」判定を利用し、先述のオブジェクトを設置する事でこのシュバルツバルトにおいて唯一……かは解らないが、いつでも暖かな陽の射し込む明るいテラスを再現していた。
そしてテラスには、複数人のメイド達……おそらくはNPDでは無く、ロールプレイングを行っているダイバーと思われる人達がタイミング良くティーセットを用意し出迎えてくれる。その手厚い歓迎にズィーベンはまたもや狼狽えてしまうのだが……μはもう慣れたと言わんばかりに受け入れ引かれた椅子に腰掛け、ズィーベンを手招きして向かいの椅子に座らせた。尚ヒバリは普段の和を重んじる雰囲気の通り洋風が苦手なのか、予備と思しき椅子に案内されるのを滑らかな動作で拒み白亜の柱に背を預け……何とそこからものの数秒で寝息を立て始めた。
寝るのが早いよヒバリさん。
そうして執事の男性がテラスに続く扉を閉め、メイドさん達含めて定位置……らしき場所に着いたところで、明るい庭に1つの大きなホログラムモニターが大きく展開される。その画面サイズと画質は、セントラル・ディメンション中央のモニター以上だ。
そこには……オズマの操る「
「4本腕の白い悪魔」が映し出されていた───。
───────────────────────
時間はほんの少し遡る。
GBN内某バトルエリア、荒野フィールド。
そこに
『フフッ…フフフッ…こうして2人で相対するのは随分と久しぶりですわね、オズマ。』
「嬉しく……いや、ナンでも無いっス」
オズマにとって、目の前の少女と悪魔……
ティアフォニア・カイエルとガンダムレメゲトンとは、切っても切れない因縁の間柄である。
今のオズマの近距離格闘戦のスタンスは、彼女との縁の中で確立されたと言っても過言では無い。
それ程までに、この自称お嬢様は厄介な相手だ。
『さぁて……始めますわよッ!!!』
ティアフォニア……正式ダイバーネーム「ティア」が叫ぶと、それに呼応するようにレメゲトンが腰を落とし、一気に駆け出した。小細工も作戦も存在しない単純明快な正面突破、即ち突撃である。
急加速を伴うその突貫攻撃をオズマは操縦桿を咄嗟に握り直して横飛びにレグルスを回避させる。
「んガッ……いきなり飛ばして来やがる…!」
『この程度、まだまだ序の口でしょうにッ!』
その苛烈な激突にオズマは再度操縦桿を回し、レグルスを回避に専念させてダメージを避ける。
しかし尚も悪魔は止まらず、その苛烈さはブレーキの壊れた暴走車が如く加速し、暴れ続ける。
その猛攻に先手を取られたオズマは手動であるが故にいつか訪れる反撃の好機を狙い、ただ避け続けるしか無かった。当然全てを躱しきれる訳ではなく、時折機体の端を掠めて次第に傷を増やしていく。
そうして一連のやり取りを数度繰り返し……幾度目かの突撃からまたしても機体が180°回転しそれに合わせてオズマが再度操縦桿を握り直すと……不意に、白い悪魔の苛烈極まる猛攻がピタリと止まった。
先程まで互いに傍受し合うだけであった通信網が正式に繋げられ、オズマの視界にティアが映る。
「ッ、………はぁ、次は何だ…?」
『見損ないましてよ、オズマ』
「────は……?」
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
それが逆鱗に触れたのだろう、ティアは大きく息を吸い込み、紅い瞳を見開いて、激昂した。
『見損なったと言ったのですッ!そんな腰の引けた情けない戦い方をしてッ、
「ッ────。」
胸が痛んだ、心臓を掴まれたような気分だった。その言葉は……オズマ自身、かつての愛機を握りしめてGBNに足を踏み入れた日からずっと実感していたモノを、しかし諦め忘れようとしていたモノを、深々とオズマの心の奥底に突き立てて来た。
オズマ────
だが、後年のGPDは1対1の個人戦ばかりが魅せ場ではない。3人1組で組まれる団体戦もまた、個人戦とは一風違った魅力が求められる場である。
この時、御堂和真は個人戦のみに限らず団体戦でもまた、その恐るべき才能を遺憾無く発揮して日本一を決めるステージへとその駒を進めたのだ。
その時に一部からは「紅き悪魔」と、
「白き悪魔」、「美しき悪魔」で構成された
「三柱の悪魔」であると呼ばれる程度には、苛烈なバトルぶりであったと彼等も自負していた。
当の代表選考会本戦では決勝戦にて惜しくも敗退し、チームとしては日本2位の座を示す楯を授与されて、GPDワールドランカーの夢を個人戦で世界大会へ駒を進めた御堂和真に託したのだった。
ティアはきっとその時の事を言っているのだろう。かつては「白き悪魔」の名を冠して、「紅き悪魔」である和真と戦い抜いた間柄であったが故に。
昔の苛烈な彼を最も近くで見てきたが故に。
数年の時を経て再び彼の姿を見たティアには、
『昔の貴方には迷いが無かった。もっと真っ直ぐで、激しく、猛々しいものだった。それが今ではなんですかッ、ちまちまちまちまと隙を伺って避けてばかり。私が惹かれたのは、「悪魔」の異名を欲しいままにした昔の貴方なのにッ!』
「ッ……どうしようも無ェだろうが…もう、昔と変わらんようなヤンチャはしてられねぇんだよ…」
『それは、また失うのが怖いからですか?』
「ッ────!」
また1つ、図星を突かれた。
かつてのGPD団体戦、その決勝戦での敗因はひとえに相手チームとの実力差であった。
そのチームは最終的に当時の世界2位にまで上り詰めて引退したが……その実力差はちょっと神の悪戯が起きようと覆せるような差では無かった、というのは和真も仲間達もよく理解し納得もしていた。
だからこそ、それはただの偶然に過ぎない。
「美しき悪魔」を操っていた彼が、その敗北を切っ掛けに引退を決め、それから程なくして事故に遭って一生車椅子生活を強いられたのは、ただの偶然に過ぎないのだ。
だがしかし、どうしても、あの時負けなければ、もっと上手くやれていれば、巡り巡って彼が怪我をする事も無かったのでは無いか、と思ってしまう。
そしてそれは今の仲間達にも同じ事を思い…昔のように後先考えない戦い方をして負けてしまったら、それでμやヒバリ、ズィーベンの誰かに精神的な負担を与え、
事実、前回の……終末チェスタイムとのバトルに敗北した瞬間、和真は気が気で無かった。今回は幸いにも大きな影響が見られる気配は無かったものの、次もそうだとは限らない。だからこそ、フォースの中において昔のような戦い方は出来なかった。
「───あぁ、そうだな。怖いさ。あの時のミスが関係ないたぁ解っていても、臆病者ってのは余計な想像をせずにはいられないもんなんだよ。」
『────はぁ、呆れた。』
「好きに笑えば良いさ。否定できる材料なんか何一つありゃしねぇ、勝手に昔の失敗に縛られて動けなくなってんのは事実だからな……」
『そこじゃありませんわよ、馬鹿』
「ンがっ…じゃあなんだってんだよ。」
『もっと仲間を信じ、頼りなさい。』
「なッ……んな事────、」
言われなくても解ってる。
そう言い返そうとして、言葉が詰まる。
本当に?本当に今の仲間を信じ、頼ってきたのか?心の何処かで、もしもの可能性に怯えて、いつかそうなってしまわないためにと言い聞かせて、ずっと自分1人で背負い込んでいたのでは無いか?
思考がまとまらない。
もう答えは出ている筈だ、なのに。
あと一歩踏み出すだけの決意が四肢を、全身を雁字搦めにしてその先へ踏み出させてくれない。
[Message:3]
ふと、ディスプレイの通知欄に目が行った。
バトルの最中だと言うのに、気になった開けてしまったのは、それ程集中が掻き乱されていたのだろう。それは……ズィーベン、ヒバリ、そしてμ……今この瞬間、このバトルを見ているであろう仲間達から送られてきた緊急メッセージであった。
そしてそれが、時の歯車を動かす鍵となる。
「何だ……アイツ等、こんな時に…ッ……」
[To:オズマ
お姉様を信じなさい。というより、私達に頼りなさい。これは命令です、異論は認めません。]
[背は任せよ]
[信じて。オズマは前だけ見て]
三者三様、しかしそれぞれが同じ意味を持った言葉が綴られたメッセージ。どれもがとても単純な、短いメッセージだった。それだけで充分だった。
ノートの切れ端にも書けるような軽いメッセージが、一歩を躊躇うオズマの背を押してくれた。
「ッッ────、スゥ…フゥ……」
『ふふっ……覚悟は、決まりましたわね?』
「あぁ…悪ぃ、随分と待たせちまったな。アイツ等にも、お前にも、
『ならば』
「あぁ、
そう言って互いに通話を切断した次の刹那……紅い悪魔が、己の爪を自身の身体に深く突き刺した。
ミシ、ミシと金属の軋む音を響かせ、空けられた隙間からエイハブフレームの駆動する機械音が漏れ聞こえる。それはまるで悪魔が叫んでいるかのようで……同時に、何かの目覚めを伝えていた。
必殺技では無い。
ただ、オズマが────否、御堂和真がかつて己の愛機に仕込んだ起死回生の一瞬を可能とする機構。
このGBNへ参入するにあたって縛り封じられた禁忌の技が、彼自身が決めた最大限の覚悟を以て今、この荒野に解き放たれようとしていた────。
「…随分と長い事待たせちまったな……さぁ行くぜ。今こそ目覚めろ、
[情報解禁]
ティアフォニア・カイエル
鉄血のオルフェンズにおける伝説的存在、アグニカ・カイエルの末裔を名乗る、腰まで届く黒のロングヘアーに蒼い瞳、血のような紅色のドレスが特徴なお嬢様ロルを常とするダイバー。
個人ランキング72位に属する凄腕で、愛機たる4本腕のガンダムフレーム系統機「ガンダムレメゲトン」を操る。
その名前から分かる通り彼女もまたバエリストに分類される者共の1人ではあるが、やる事成す事は非アグニカンの極みでありバエリストに喧嘩を売っているような存在。時折一部のバエリストから決闘を申し込まれている。
一応G-tuberとしても活動し、散歩配信や凸待ち雑談etc…一通りの事はしているものの、視聴者数はそこまで芳しくない。ただしコアな視聴者からは「すぐにキャラ崩壊するエキサイトお嬢様」として人気。
|´-`)そしてちらりこぼれ話。
オズマ君、実はこの作品の草案段階において主人公だったんですよ。気付いたらμに取って代わられてしまいましたが、その片鱗は今も健在だったりする訳です。
次は凡そ決まってるので何とか安産を目指します。