ダンジョンにすっごい研究者が現れた 作:緑黄色野菜
「ほんまにもう、どういうこっちゃねん!」
ロキが憤懣やるかたないといった調子で、声を上げる。
それを聞いていたのは、フレイヤとアルテミスだ。
彼女は特に反応を待ってはいなかったのだろう。備え付けられた椅子の肘掛けを、ばんばんと叩いて自分の不平を訴え続けた。
「アイズたんが超ミラクルスペシャル天才様製超兵器のテストベッドになるのはまあええわ! せやけどなんでそれがうちのファミリアの中の話にならんのや! うちにやって
バンバンバン! これは再度、ロキが椅子を叩いた音だが。
「仕方ないじゃない」
ふふふ、といつもの調子を崩さず、優美な仕草で対応しているのは、フレイヤだ。
「他ならぬ彼が、オッタルでもなければ力不足だって言っているんだから」
「なんでや! フィンたちかて
「あら、性悪女とは酷いわね」
全く酷いなどと思っていない様子で、フレイヤ。美の女神らしいその
「なにより気に入らんのが!」
ロキはもう、肘掛けを叩くのはやめていた。かわりに、それを握り潰さん限りの握力で、ぎちぎちと音が鳴るほど握りしめている。しつらえはかなりいい椅子のはずだが、彼女の腕力に負けて聞くに堪えない異音を鳴らし、今にも壊れそうだ。
「うちにも詳細が秘密って事や! ええやんアイズたん貸してるのはロキ・ファミリアやぞ! 新発明の詳細くらい、景気よく教えてくれたって! 知りたかったああああ! 誰より早く知ってドヤってみたかったああああ!」
「あなた、本音はそれね」
「当然やろ!
フレイヤは申し訳程度に眉をひそめて、ロキを見た。
気持ちは分かる、とは誰もが思うだろう。今までの、どんな発明をも過去の物にしかねない、トッドの傑作。それを知るためならば、それこそ神の力を使うことすら辞さない神は山のようにいる。そして、一時の優越感のために言ってやるのだ。ふふん、俺はこれを知っていたぜ、と。ロキはまさしく、それをしたかった。
それができなかったのは、トッドの課した、徹底した守秘義務と。それこそ張本人のアイズとレフィーヤすら、大雑把な要項すら漏らさなかったことだ。つまるところ、彼女たちすら思ったのだ。こんな凄いことを自分たちだけが知っていたんだぜ、ふふん、という事を。
ロキは完全にへそをまげて、踵で椅子の前足を持ち上げた。唇を尖らせて、あさっての方向を向いている。こうなると、彼女は面倒くさい。まあ、面倒くさくない時がないと言ってしまえばそれまでではあるが。
研究内容は明かさないという契約があったのだから(そもそそもなかったとしても、当人たちには理解できなかったが)、仕方ないのだが、それについてロキはすでに記憶の彼方だ。往々にして神は、いかにして楽しめるかが重要なのだから。
そういった意味では、フレイヤはしてやったりだろう。ロキ・ファミリアが独占していた情報に、割って入ることができたのだから。その上、十分な見返りもあるのだろうとロキは踏んでいる。ある意味で、ロキはフレイヤに一番おいしいところをかっさらわれた形になる。
「そう機嫌を損ねるのはおよしなさいな。アルテミスが困っているわよ」
いきなり話のだしにされて。なるべく縮こまって、存在感をなくそうとしていたアルテミスがびくりと震えた。
ロキはぎろりとアルテミスを睨んだ。そもそもこいつが眷属をちゃんと管理できていないからこうなった、とでも言いたげだ。
「だから脅すのはおよしなさい」
仕方なしにと、フレイヤはぺしりとロキの頭を叩く。
それで当然機嫌が直るわけはないが、とりあえずやつあたりだけはやめた。尖った唇は、正面にだけ向く。
「そもそも、なぜ私がここにいるんだろう……」
アルテミスは、引きつった笑いを浮かべながら、がちがちに緊張している。
今彼女らがいるのは、オラリオ南方郊外の、急造で建てられた主賓席だった。といっても、簡単な木組みで多少段差を作ったという程度のものだが。真正面ではすでにアイズとオッタルが正対している。正しく特等席だ。
周囲では、勝手に椅子を持ち出したり、中にはシートを敷いて座り込んだりと、神、冒険者問わずにかなりの人数が並んでいる。余波を恐れて大分遠くに陣取っているが。それでも半月状に並ぶくらいに、人が集まっていた。実際、ファミリア関係者の大半が見物に来ていそうだった。一応「これ以上前に出てとばっちり食らっても責任持ちませんよ」という線が引かれており、その最前列では、アミッドを中心とした治癒術士やら薬師やらが待機している。
そんな中の、ド中心にいる。場違い感に、アルテミスは押せば倒れそうなほど緊張している。見てみていっそ哀れですらあった。
「全く、なんでそんな蚤の心臓なんかなあ」
機嫌は多少直ったのか、それとも腹の中に納めたのか、ロキがいつもの調子に戻る。行儀が悪いのは相変わらずで、アルテミスに吐き捨てるように言った。
「そもそも今回の主賓が
「そうねえ。うちのオッタルをも差し置いてこれだけ人を集めるなんて、妬けてしまうわ」
「やめてくれよ……本当にやめてくれよ……私だってこんな大事になるならトッドを止めてたんだから」
「まあ気持ちは分からなくもないけど」
「どう考えたって言って止まるやつでもないやろ」
アルテミスはかたかたと震えている。急造とはいえ一応、作りはしっかりしているため、多少震えたところで土台は軋み一つ上げないが。彼女は以前オラリオの外でファミリアを結成していたため、こういったファミリア合従の大舞台には全く、本当に全く縁がなかった。
ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは、ともに押しも押されぬオラリオ最大ファミリアだ。対してアルテミス・ファミリアは、主神一人に眷属がLv.3とはいえ一人だけの、弱小零細ファミリアである。金銭的にもそこまで余裕があるわけではない。金はトッドが、あるだけ研究に突っ込んでしまうから。最近は
「と、そろそろ始まるで」
審判であるハシャーナ・ドルリアが進み出ている。彼が大声で口上など述べているが、誰も聞いてはいなかった。
アイズがLv.5最高クラスなら、オッタルは間違いなく現オラリオ最強の存在だ。その二人の激突に仲介できる人間は少ない。というか、トッド・ノートという超人の介入を考えれば、誰にも不可能だと言っていい。たとえ他のLv.6であろうとだ。というわけで、角が立たないようにオラリオの治安維持を買って出ているガネーシャ・ファミリアから審判が選ばれたのだが。正直に言って、これはただの貧乏くじである。この中に割って入るというのは、イコール死である。まさか、二人して相手が死ぬまで戦う事もないだろうが。
「それでは!」
大声を上げながら、ハシャーナが手を上げる。アイズとオッタルが、同時に得物を抜いた。
「始めっ!」
そして、勢いよく手を振り下ろす。
今ここに、世界の常識を覆す対戦が始まった。
開始の合図とともに、オッタルは大剣を振り上げた。そして、数メートルの間合いを一瞬で詰め、袈裟斬りにアイズを両断した。かに見えた。
切ったのは残像でしかなかった。それは、手に残らなかった感触で分かる。オッタルは下ろした剣を即座に右脇へと移動させた。甲高い、金属の擦れ合う音がする。アイズは最小限の動きで斬撃をくぐり抜け、すれ違いざま、脇腹を薙いでいた。
剣と剣が接触している。間合いは小柄なアイズのものだが、そもそも膂力が違う。彼は崩れた姿勢のまま、腕に力を入れ、その少女を弾き飛ばそうとした。
もくろみには、一応成功した。が、思ったより間合いは稼げていない。彼女は自分の間合いを保ったまま、オッタルの背後で構え直していた。その頃には、彼も振り向いて姿勢を直していたが。
(なるほど)
剣を握る力を込め直して、内心でひっそり賞賛を送った。
(あの男の発明も伊達ではないわけだ。この少女も、思ったより腕は上げている)
問題は、それが本気を出すに足るものかという事だったが。それはまあいいと思考を脇に置いた。それこそ試せば分かる問題だ。
先手はもらい受けた。であれば、次は相手の番だ。それが決まっているわけではないが。彼は自戒した。何事もなく一方的に終われば、それこそ興ざめというものだろう。誰にとっても、それこそ主神フレイヤにとっても。
何をしてくるのか。半ば面白がるように待ち構える。
彼は己に誓って言うが、待ちはしていても油断はしていなかった。それでも、一瞬アイズの姿を見失った。
(!?)
驚嘆し、気配だけで備える。剣を持ち上げたのは反射的だったが、そこでまた耳にいたいほどの高音が鳴った。跳ねたアイズが、オッタルの背丈より高く飛んで、大上段から剣を振り下ろしていたのだ。
「馬鹿な!」
思わず叫んで、上空に追撃する。が、そこにはすでに、アイズはいなかった。彼のやや左方で、またも同じ構えで悠然と構えている。
(どういう事だ……?)
訳が全く分からなかった。
自分は確かに、アイズの動きを子細余すところなく注目していた。筋肉の挙動一つ見逃すはずがない。だが実際に、彼女は予備動作もなしに動いていた。一瞬、エアリアルの効果かとも思ったが、そもそも魔法を使った様子もない。
アイズが軽く右に跳ねた。だけに見えた。実際には、目で追うのも難しいほどの速度で、かき消えるように風に溶け込む。
なんとか体勢だけは維持し、体を向けた。
動いたはいいが、アイズのそれは闇雲にしか見えなかった。維持していた間合いが開く。が、彼女はその姿勢のまま、剣を振った。届くはずのない距離だが。
オッタルは悪寒とともに、剣を持ち上げた。まるで斬撃を受けたかのような衝撃が、剣から伝わってくる。それもけして軽いものではない。重く、骨の芯にまで響くような強烈なものだ。それからいくらか遅れて、旋風が体を撫でる。
どう見ても困惑しているオッタルに、しかしアイズは追撃してこなかった。その場でステップを踏み、まるで最後の調整でもしている風だ。
(読めてきた……)
風の内、一筋が頬を撫でていた。うっすらと皮膚が裂けて、一筋の血が流れる。それは、肩を上げて拭ったが。
(いや、わざと理解させられたか)
つまりはこれがトッド・ノートの作った武器の効果なのだろう。
魔剣……ではない。彼が公開したステイタスを信じるならば、そもそも彼に魔剣を作る技能はない。武器そのものに属性を付与している。壊れず、堅固で、ひたすらに強力。それがこの武器の正体だ。
(なるほど)
オッタルは緊張を一段高めて。剣を掲げた。
(確かにこれであれば、
アイズの姿が、またも前兆なくかき消える。
(これならば全力で戦える!)
その思考に、一瞬遅れてオッタルは知った。それは高揚だった。
半ば浮いて引きながら戦うアイズに、オッタルは連打を与えた。彼女はそれを防御し、時にはいなし、反撃まで与えてくる。それらも、うまく受け止めて致命撃とはならない。
彼女の厄介なところは、前兆なしに体を消えさせるという点だった。筋肉の動きから予測する動きを、たやすく裏切る。そして、浮いた状態でも体重を乗せた強力な一撃を容赦なく放ってきた。
たかだかLv.5の上位と、Lv.7の、それも頂点。本来であれば、児戯にもならない戦闘。それが長続きする。
めまぐるしく変わる攻防の中で、しかしオッタルは冷静だった。相手を観察し、分解し、状況を冷徹に見定める。
(力、耐久力ともに俺が明確に上。手数こそ劣るが、そう差があるわけでもない。速度も俺の方が上のはずだが、風をうまく使った奇妙な動きでその差を埋めている。剣もそれなりに習熟したのだろう、狙いは定かだ)
点と点を、一つ一つつなぎ合わせていく。部分部分でアイズが勝る点もあるが、総合すればまだオッタルが上だ。
(どうする?)
オッタルは戦法を変えた。アイズに合わせたそれから、自分が勝っている点を前に出す形に。
むやみに動かない。どうせ遠距離攻撃は、致命撃たりえない。強力ではあるが、それだけだ。モンスターにならば有効だろう。その程度。迫ってくる瞬間を狙い、時には腕力差で押し込み、時には甘い一撃をいなして剣をたたき込む。武器の効果か、それらまで軽減されているようではあったが。それとて、ダメージが蓄積すれば長く続くものでもないだろう。
アイズの連打は続く。とてもLv.5とは思えない無数の斬閃だ。が、オッタルには通用しない。防御を要所だけに絞り、的確に反撃を与えていく。
当たり前に、先に音を上げたのはアイズだった。オッタルがいくらかのかすり傷なのに対して、彼女は所々血が滴っている。防具のおかげで、致命的な部位までには至っていない様子だったが。
「やっぱり……このままじゃ勝てない」
「この先がある、とでも言いたげだな」
言葉に、挑発の意図はなかったが。しかし、彼女はそう捉えたようで、顔を引き締めた。
「この剣は、私専用にしつらえられた物」
「だろうな」
そこは疑うべくもない。風使いのアイズに、空気を支配する剣を与えたのだ。誰よりも風の中で生きる彼女だからこそ、このような武器が拵えられたのだろう。
思って、はたと気がついた。風使い専用に作られた武器?
オッタルの察知を、アイズも捉えたのだろう。アイズは頷いて、剣をまっすぐ、自分の目の前で掲げた。
「これはもともと、エアリアルと併用して使うことが前提の武器。私の乱暴だった風を、精緻に、精密に、そしてより強力にしてくれる」
とつとつと、それは歌うようでもあった。
アイズの目が、一瞬閉じられる。そして、次の瞬間には、強く見開かれた。
「
それで、暴風がうねる、などという事はなかった。以前の彼女の魔法であれば、まず間違いなくあったであろう、その乱暴な起動がだ。
アイズ・ヴァレンシュタインは蒼く揺らめいていた。強烈な風の嵐が、ただ一点に集中されているのが、可視化されるまでになっている。背中には、大きな風の翼が生えていた。景色を歪め、白い雷光すらも生み出している。青白い輝きが少女を照らし、そのすがたは、まるで精霊そのものにすら見える。
「ここからが、本当の本番」
その言葉が詠唱の終わりだとでも言うように。
アイズは空を飛んだ。今までのように風で跳ねているだけではなく、自由自在に。