ダンジョンにすっごい研究者が現れた 作:緑黄色野菜
目を閉じ、神経を集中する。
それはどちらかと言えば、慣れた動作ではあった。鍛冶には、時に極限の集中力を要求される。超がつく高熱に煽られながら、一分の隙もなく槌を下ろす。それは、余人が考えているよりも遙かに難しいことだ。
だから、集中することは苦ではない。だから、何が苦かと問われれば。その態勢のまま、ずっと待ち構えている事だ。何時間も続けている正座は、すでに痺れを通り越して麻痺に近い。今動こうとしてもまともに動けない状態だろう。
それでも、彼――ヴェルフ・クロッゾは待ち続けた。意識を尖らせて、ただその扉が開かれる瞬間だけに構え続ける。
そして、扉が開き。彼はかっと目を見開いた。その先にいる人間が、自分の目的である事を悟って。
「お願いします! 弟子にしてください!」
それはそれは、見事な土下座だった。下半身に重くのしかかる重圧も、このときばかりは忘れて。綺麗に体を折りたたむ。
出会い頭に土下座された男――トッド・ノートは。
ちらりとだけヴェルフを確認すると、その男を跨いで、ホームから出て行った。見事なまでの無視であった。
事の始まりは、数日前に遡る。
ヴェルフは、自分の鍛冶の腕前に行き詰まっていた。
ヴェルフは一度だけ、技術公開という事でトッドの鍛冶を見たことがある。それは、どう控えめに表現してもすさまじいものだった。レベルが違いすぎて、何をしているかもほとんど分からないほどだった。あれですら、その後に発表された武器に比べれば、児戯に等しいというのだから表現のしようもない。
彼には目標があった。決して折れぬ魔剣を作るという目標が。
しかし――ああ――それの、なんと低レベルな願望であったことか。
打てるだけ武器を打って、そのたびに絶望し、しかし彼は諦めきれなかった。
自分より遙かにハイレベルな鍛冶を見て、彼のレベルは確実に上がった。鍛冶場の隅に転がっている武器たちは、今までのものに比べれば、数段性能が上だろう。しかし、その程度だ。目指す場所――それすら鼻で笑うような天上――には、全く届かない。
行き詰まり、悩みに悩み、ヴェルフが出した結果は、トッドに弟子入りしようという事だった。とち狂った結果とも言える。
まず最初はホームに突撃した。その結果、興奮のままにまくし立てる。折れない魔剣を作りたいと熱弁した記憶もあるが。数秒後、鼻っ柱を殴り折られた。その衝撃たるや、自分が何を言ったかすら思い出せないほどだった。
それからあの手この手で技術伝授を願ったが、結果はどれもすげないものだった。というか、そのたびにぶん殴られたとも言える。
最終的にいきついたのが、待ち構えての土下座だったが。これもすでに三日目であった。
今日もトッドが外出し、用事を終えて帰ってくるまで正座の姿勢を崩さず待ち構えて。帰ってくると同時に、また弟子入り志願の希望を入れて。
今度の反応は違った。彼は荷物を片手に抱えながら、大きく、とても大きくため息をついた。
ヴェルフの熱意に、トッドが折れた瞬間だった。
「お前みたいに弟子入りを申し出てきたやつは山ほどいたがな」
ぶつぶつと、うめくようにしてトッドが言う。手に持った荷物――食材か何かだろうか――を、テーブルの上に置いて、振り返る。
「こんなにしつこかったやつは初めてだよ」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
彼はきっぱりと(そしてうんざりと)言った。
荷物を置いて、彼は首をこきこきとならした。次いで、壁のハンガーに釣ってあった白衣を羽織る。ハンガーには他にも似たような白衣が無数にかかっていたが、どれも使い込まれていないものはない。
「先に言っとくが」
彼は襟を正しながら、続けた。
「俺は本職の鍛冶師じゃない。元は研究者だ。だから、お前に応える事はまずできないと思った方がいい」
「それでも俺より数段上の鍛冶師っす」
宣言されるが、ヴェルフの気持ちは変わらなかった。背筋を伸ばし、トッドの準備が整うのを待つ。
「まあ、それが分かってるならいいが……いやよくはないが」
ぶつぶつと、うめくように彼はつぶやく。
着付けが終わると、トッドの雰囲気が変わった。どこか気だるげだったが、意識をしゃんとさせる。目つきまで、どこか鋭くなった。
「とりあえず、折れない魔剣だったか?」
「覚えていてくれたんすね」
「しつこかったからな」
半眼になって、トッドが見てくるが。今更その程度でひるむなら、そもそもここまでしつこく頼み込んでいない。
彼はしばらくそうしていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「とりあえず魔剣だ。失敗作でもなんでもいい。一番できがいいのを持ってこい」
「はい!」
言って、ヴェルフはすぐさまアルテミス・ファミリアのホームを飛び出た。向かったのは、自分の鍛冶場だ。
魔剣はすでにある。折れないそれを作れるまでは、と自戒していた彼であったが。
結果は失敗だった。今までの魔剣のように、耐久回数を超えれば砕け散るという事こそなくなったが。それでも全体がひび割れ、武器としては使い物にならなくなった。当然、魔法も発動しない。
秘密裏に作った魔剣は五本。そのうち、一番できがいいと言えるものを引っ張り出す。一応誰にも見られないように、全体に布を巻いた。そして、来た道を駆けるようにして、戻っていく。
鍛冶場とアルテミス・ファミリアのホーム。距離にしてそれなりにあったが、かなり早く走ったために時間はそれほどたっていなかった。
ホームのドアを開ける。トッドは待っている間、テーブルでお茶をしながらくつろいでいる。
「早かったな」
言う彼のお茶は、まだ半分ほど残っている。それを一気に飲み干して、ソーサーに置いた。
「庭に出るぞ」
彼は一言言って、とっとと家の中を歩いて行く。ヴェルフもそれについていった。
庭は、とくに何があるわけでもない。狭い空間に、手入れの届いた芝生が生えている。隅の方に一本木が生えていた。季節のせいか、それとも元々そういう品種だからか、種子らしきものは見当たらなかった。中央に一つ、剣立てがあり、そこに一本の剣が立てかけられている。
トッドは剣を手に取ると、肩に担いだ。
「そこに置きな」
指さした先には、つい今し方トッドが回収し、空いた剣立てがある。
ヴェルフは布を丁寧に取り払うと、それを剣立てにおいた。むき身であるため、木製のそれを切らないよう、慎重に。
設置された剣を、トッドは眺めた。剣の背に指を這わせたり、軽く叩いて剣の調子を確かめたり。いくらか試してみて、まあ満足はしたのだろう。小さく頷きながら、剣から視線を離す。
「なるほど、一応
「魔剣の力に耐えられる鉱石って言ったら、これしか思いつかなかったっすから」
「まあそれは正しいよ。
それは、彼なりのジョークだったのだろうか。よくは分からない。ただ、顔色も変えずに、肩はすくめて見せていた。
安価といっても、
彼はひとしきり魔剣を確認すると、一歩引いて、剣を鞘から抜いた。
見た目は普通の剣だ。どこかに特徴があるわけでもない。売り物にする気がないためか、つばなどもついていない、本当に刀身と柄だけの剣。
「いいか、これが
「おお……」
ヴェルフはうなって、その刀身に魅入られた。
トッドが作った剣は、そう簡単に拝めるものではない。
「ふッ!」
彼は一息短く漏らすと、そのまま無造作に剣を振った。
剣は吸い込まれるように魔剣へと向かい、そして魔剣は、あっけなく両断された。折れも割れもしない、綺麗な切断面でもって、剣立てから滑り落ちる。落ちた魔剣が、分かれた上下ぶつかり合い、小さな音を立てた。
トッドの剣の腕は、目を見開くほど見事な訳ではない。少なくとも、ヴェルフでも見切れる程度だ。それでもこう鮮やかに切れるものなのか。彼の心に、怒りはなかった。ただその武器の美しさに、心奪われていた。
「これがお前の今の地位な訳だ」
剣の切っ先で、破壊された魔剣を指す。
「こんなんじゃ
「お……おぉ……すっげぇ……!」
魔剣を破壊されて、しかしヴェルフに怒りはなかった。ただ、感嘆だけが胸を占める。本物とはこういうものか。頂点とは、ここまでのものなのか!
「これだけじゃあれだから、ついてきな」
「お……おぅ」
未だ興奮冷めやらぬ中、声をかけられて、なんとかうめきのようなものだけ返す。
熱に浮かされながら、ふらふらと後をついて行く。案内されたのは、彼の鍛冶場……のようだが、かなり余計なものが多い。鍛冶場というよりは、とにかく何かを作る設備を無節操に一纏めにしたと言った方がしっくりくる。
「先に行っておくが、ここで見たことは他言無用だ」
「うっす」
彼は炉に火を入れると、脇にあった作りかけの剣を鋏で掴んだ。
剣、というのは便宜上の呼び方だ。それはかなり大きく、そして不格好だった。剣の刀身を斧のそれにすればこんな形状になるのではないだろうか。そう思える代物だ。
「これは何っすか」
「特注品だよ。オッタルの
言われて、ヴェルフの喉がおもわずひゅっと鳴った。
つまり、ヴェルフはこれから、トッド以外で
オラリオの炉は、魔石によって運用される。当然コークスやらも使われないことはないが、やはり一番の燃料は魔石だ。なので、温度がピークに達するのも早い。炉はすぐに煌々と赤く燃え、膨大な熱量を発した。
トッドはそこに剣を差し込んでは引き、槌で叩き、さらに金属を上乗せするように纏わせる。
(積層構造?)
ヴェルフの目からはそう見えたが。それが正しいのかは分からない。ただ、自分の目から見ても問題ない部分まで鍛え、時には針のようなもので線を入れて、何遍も積み重ねているように見える。
「
熱気に煽られ、滝のように汗を流しながら。ぽつぽつと、トッドは語り始めた。
「基本的には
視線は鍛えている武器から動かない。手の動きにも澱みはない。もしかしたら、言葉すらヴェルフに向けられたものではないのかもしれない。それでも彼は、訥々と語った。
「言うまでもなく繊細な武器だ。が、武器である以上、多少の問題で機能を果たせないようじゃ話にならない。そのためには強度が必要だ。どんな過酷な状況でも問題なく機能を果たせる強度が。そこまでたどり着けたのは、実は結構前の話だがな。汎用性に問題なしと判断できたのが、つい最近だというだけで」
それ以上、彼の言葉はなかった。ただただ、武器を鍛える音だけが響く。
彼の作業は、観察する事だけに集中しても、疲労を要求された。それほどまでに高度で、繊細で、自分の何十歩も先を行く技術だ。
何時間も経過し。トッドの手はやっと止まった。やっと汗を拭い、剣を元あった台の上に置く。どうやら、これでもまだ完成ではないらしい。もっとも、現時点でどれほどの完成度なのかは、ヴェルフにははかることもできなかったが。
やっと集中を途切れさせ、大きく息を吐きながら肩を解すトッド。と、彼はヴェルフの方を見て言った。
「なんだ、まだいたのか」
「うっす。神をもうならせるその技術、堪能させてもらいました」
深々と頭を下げる。トッドはどうでも良いというように手を振った。
「かまわんが。何度も言うが、ここで見たことは他言無用だぞ。将来的にはともかく、まだこの秘密を明かすつもりはないんだ」
「安心してください……っていうのも変っすけど。俺程度じゃまだ、何をやってるかも分からなかったっす」
「ならいいが」
どうやら、今日の作業はこれで終わりらしい。トッドに「もう来るなよ」と一言添えられて、ヴェルフはホームを出て行った。途中、いつの間にか帰宅していたアルテミスに挨拶をしながら。
「うっし!」
久方ぶりに外の空気を吸いながら、ヴェルフは自分の体に、灼熱が渦巻いているのを自覚した。
超常的な合金の発明。そして、それの製造。生半な事だと舐めたつもりは毛頭ない。しかし、その程度の認識では全く足りなかったのも、また事実だった。
「まだまだだ! 俺なんか! 全然まだまだだった!」
外で吠える。途中、彼を何事かと眺める者もいたが、そんなものは全く気にしない。
同時に、確信する。もしそれらを上り詰めれば、いつかは絶対に折れない魔剣にたどり着くだろう、と。トッド・ノートが作り出した、
熱気は全く静まらず、むしろ燃え上がり続けた。
「うおおおおおお!」
「うるせえ!」
吠えていたら、背中からトッドに蹴飛ばされた。ホームの入り口で叫んでいたのだから当然だが。
それから数日、ヴェルフは何かにとりつかれたかのように、剣を打ち続けた。そんながむしゃらな行為で、腕が上がるほど鍛冶は簡単な行為ではない。それでも彼は、気絶するまで打ち続けた。
当たり前に、彼が目指す場所には全く足りない出来のものばかりだったが。しかし、倒れ伏して床に寝転がる彼の顔は、どこか満足そうだった。