ダンジョンにすっごい研究者が現れた 作:緑黄色野菜
「トッドくーん、ちょぉーっとお願いがあるんだけどさー」
「なんですー?」
「ベルくんにいい武器をあげたいのさ。できれば友情価格で作ってくれないかな?」
「もう作ってますよ」
「さっすがー! トッドくんは話がわかるぅー!」
そういう事があった。
オラリオ北西にある廃教会。そこは知る者こそ少ないが、ヘスティア・ファミリアのホームでもあった。
内部は、まあわかりやすく廃墟だと言える。
最低限の掃除こそしてあるものの、元が何十人と礼拝を行えるようになっている教会だ。たった二人で掃除が行き届かせられる訳もなく、とりわけ上階に、汚れが目立つ。あからさまに壊れたものは撤去しているが、今にも壊れそうなものまではそのままだ。正面のステンドグラスが一応無事なのは、奇跡というか幸運と言うか。とにかくそれが差す光が淡いおかげで、なんとか教会内は、ギリギリのラインで荘厳さを保っていると言える。
まあ、これは仕方のない事だ。とはベル・クラネルは思っていた。生活の基盤は完全に地下に移してしまっている。たった二人のファミリアではそれで十分なのだ。総面積で言えば、アルテミス・ファミリアのそれより全然広いのだし。さすがに、どこもかしこもというには時間が足りない。
(でも、今日みたいな事があるなら、普段からもっとちゃんとしておけばよかった)
ベルはそわそわと落ち着きなく、普段は居着かない教会の地上部でたたずんでいた。
隣にはヘスティアもいる。彼女も同じように、ふらふらと歩いては、そこらにある長椅子に意味もなく座ったり立ち上がったりしている。
そんな時間を、どれだけ繰り返しただろう。体感ではかなりのものだが。感情が逸っているため、まださほど経っていないかもしれない。こんな時こそ、時間が早く過ぎればいいのにと思う。ああでも、やっぱりこうして待っている時間も楽しいな。などと、ベルは考えた。途中、床のささくれに足を取られて、たたらなど踏んだりした。
そして。
こんこん、と二度、扉を叩かれる音がした。続いて、気の抜けた声。
「お届け物でーす」
わっと、ベルとヘスティア、二人して同時に扉に飛びついた。
扉を開く。外には予想通りの人物がいた。兄貴分にして師匠でもある、トッド・ノート。
「いらっしゃい、よく来てくれたね!」
「お久しぶりです、トッドさん!」
群がる二人に、トッドは苦笑して収めるようたしなめた。といっても、本人もノリがよく、続けて言う。
「こちらがご依頼の品になりまーす」
「待ってたぜ! わざわざ持ってきてもらって悪いねえ」
「う、うわぁ……!」
「武器の運搬自体はアルテミス・ファミリアの義務みたいなもんですからね。下手に仲介したり、受け取り詐欺なんてあったら目も当てられないんで、俺が作った武器はかならず相手のホームに持って行って渡すことにしてるんですよ。なのでその点は気にしないでください」
背中の小さなバッグを下ろす。いや、バッグというよりは、小さな木箱を布で巻いて、体にくくりつけただけのようなものだったが。
手早く布を解き、木箱を空ける。中には、おがくずの緩衝材に守られた、一本のやや大ぶりなナイフがあった。
「これがベル君専用の武器、
「あ……あぁ……」
ベルは、まるで壊れやすい宝物を受け取るように、それを取り出した。さほど重量があるものでもないが、それでも両手で大切そうに。
鞘からそっとナイフを抜いていみる。刀身は淡い青だった。そして――妙な事だが――そのナイフは、奇妙なほどに手になじんだ。今まで使っていた、支給品の粗雑なナイフとは次元が違う。それが、手に持っただけで分かった。
「わぁ……すごいや……!」
彼は目をキラキラさせながら、ナイフを掲げた。採光量の少ない教会内にあっても、その刀身は輝いて見えた。
「これが、僕専用のナイフ!」
むき身のナイフを持ったまま、ぐっと体を縮め、力を入れてみる。
ナイフを持っただけで体の力が増したのは、気のせいではあるまい。手に持ったナイフには、間違いなくそうさせるだけの力が存在する。
「ベル君は魔力ステイタスを発現してるだろう?」
「はい。冒険者登録をしてすぐ、アクセサリーをもらって……その後すぐ寝込んじゃいましたけど。今は確か……」
「ああ、正確な数値は言わなくていいよ。それはファミリアの秘密に相当するものだから」
思わず口を滑らせようとしたベルを、トッドが制止する。
一般人が初めて冒険者登録をすると、まず最初に最低限の武器と、魔力ステイタスを呼び覚ますアクセサリーが(こちらはレンタルで)渡される。たしか、
ベルの担当アドバイザーであるエイナ・チュールによると、魔力ステイタス――厳密に言えば精神力――は、
とにかく、今の冒険者は、魔法が使えなくとも魔力値を伸ばすのがスタンダードなのだ。それだけ覚えていればいい、とエイナに言われた。
「どうだ、力が湧き出るだろう」
「はい……! ものすごく!」
まるで自分の体が自分のものではなくなったみたいだ、と思う。ともすれば体を振り回されそうな上昇幅に、ベルは思わず歓声を上げそうになった。
「これが噂に聞く
「……? ああ、違うよ」
トッドはきょとんとして言った。言われたベルも、そしてヘスティアも、思わず似たような顔になる。
「え? 違うのかい? ボクの記憶が確かなら、精神力で身体能力を増幅してくれる武器は現状エピセスっていうものだけだったと記憶してるけど」
「実際には、全部
本当にどうでもいいと思っているのだろう。彼は自分自身の言葉を軽く流した。
「それは
言われる。が、ベルとヘスティアは示し合わせたかのように首をかしげた。
トッドは肩をすくめて小さく笑いながら、つぶやいた。
「
「むむっ」
ロキ・ファミリアと聞いて、ヘスティアは眉をひそめる。
実態は知らないが、ヘスティアはどうも、ロキとはあまり仲がよくないらしい。実際に接触をした所を見たことはないので、ベルには実感が湧かないことだったが。後はまあ、たまに行くアルテミス・ファミリアのホームで、(一目惚れした)アイズとレフィーヤに会うときも、なんだか微妙な顔をしていた。それに関しては、ただロキ・ファミリア所属だからという話でもなさそうではあったが。
ちなみに、アルテミス・ファミリアのホームでアイズと合う時も、まともに話はできていない。会うとどうしても心臓が高鳴り、勝手に足が逃げ出してしまうのだ。なので、実はまだまともに話した事もなかった。
「でもこれでうちのファミリアも
「まあそれでいいんじゃないかな」
彼は未だ肩をすくめたまま同意した。それでとりあえず肩は下げて、続ける。
「それで、ナイフの説明、いるだろう」
「はい! お願いします!」
ベルはむき身のままのナイフを両手に乗せて、ぴっと差し出した。
彼は何気ない動作でそれを受け取る。そして、手の中でくるくると回転させ、最後に逆手に持った。何気ない仕草だが、そんなものまで様になっている。こういったさりげないものまで格好良く見えるのはいいな、とベルは密かに憧れた。
「通常、
うんうん、とベルとヘスティアは二人して頷いた。自分たちでも分かる、理解できてない首肯だった。
まあ、そうだろとはトッドも思ってたんだろう。彼は表情も変えず、言葉をかいつまみ始めた。
「だから、この
言って、彼は軽く構えると、ナイフを一閃した。
銀光が走る。が、それは一本ではなかった。輝ける刃の軌跡は、ナイフそのものの他に、五本もあった。
あまりにも理解不能な、そして現実離れした光景に、彼らはぽかんと口を開けた。何が起こったのか、全く分からない。
「見ての通り。
「凄い……凄いです!」
「やったねえベル君! トッド君もよく作ってくれたよ!」
ベルは興奮に、小さく跳ねてすらいる。
トッドはにっと笑っていた。まるでいたずらっ子のような笑みだ。こうして自分が作ったもので人を驚かせる瞬間が好きだ、という稚気があるのは知っていた。が、それを自分に向けられるのは初めてだった。ちょっと恥ずかしくなって、ベルは反応を小さくする。
ナイフを渡されて、受け取り直す。そして、自分でも振ってみた。さすがに技量には差があり、ベルでは二本しか刃を増やすことができなかった。
「う……僕じゃまだ全然駄目ですね」
「武術初めて間もないのに二閃も出せれば上出来だよ。これからもっと練習して、大量に出せるようになればいいんだ。計算上だと、一流って言える使い手になれば、十閃くらい出せるようになってるはずだからな」
「十……そんなにですか!?」
「ああ、だから頑張れよ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべて、ベルが返事する。それから、彼はぶんぶんとナイフを振るって、なんとか三本目が出せないかと四苦八苦していた。
「ちなみに、刃の射程距離はだいたい三メドル。発生点や角度も調整できるから、頑張って使いこなすといい。ちなみに、刃を一本に纏めて数倍の威力を持つ一撃にもできるぞ」
「本当ですか!」
言われて、ベルは神経を集中した。
教えられたとおりの、ナイフの構えを取る。そして、一気に振るってみた。銀閃は確かに、ベルが思い浮かべたように、縦に振るわれたナイフとクロスするようにして現れる。
続いて、もう一度構え直す。今度は突きだ。体を引き絞り、一気に突き出す。今度は一点集中。刃に重なるようにして現れた閃光は、ひとまとまりに、そしてひときわ強く輝いて走った。さすがに体感で威力の向上までは分からないが。それでも、一点に集中できたという実感はあった。
思い通りにナイフが動く。今まで使っていたナイフのように、どこか振り回される感じが全くない。その上、増える刃は動かすも重ねるも自由自在。射程距離だって、長物の武器くらいある。使いこなすには難しいだろうが、それを差し引いても、恐ろしく強力な武器だった。
(いや)
と、ベルは内心で否定し、
(僕みたいな駆け出しじゃなかったら、正真正銘トップクラスの武器なはずだ)
思い直した。
ベルとてしょっちゅうダンジョンに潜る。ヘスティア・ファミリアは探索系ファミリアだ(団員がベルしかおらず、彼がダンジョンに潜る以外何もしていないのだから自然とそうなる)。そこで、別ファミリアの団員を見ることも、少なからずあった。その中で、これほどの武器を持っている者は見たことがない。
そう考えると、急激にベルの胸に不安があふれてきた。
「トッドさん、これ高いんじゃ……」
「ほいトッド君、代金三千ヴァリスぴったりさ!」
「まいどー」
「やっす!」
主神とトッドの軽いやりとりに、ベルは思わず声を上げた。
「いや三千ヴァリスって安すぎません!?」
「そう言われても、売値はこっちの自由だからなあ……」
「友情価格ってやつだぜ、ベル君!」
「いえ、それにしたって三千ヴァリス……そこらの露天で売ってる中古の下級冒険者向け武器くらいの値段じゃないですか……」
なおも理解に困って、言いつのるが。
しかしトッドはなんてことのないように言う。
「つっても、原価はこんなもんだぞ」
「こんなに強力な武器なのに!?」
「ああ。買い集めた金属の分だけな。他に必要な素材は、前にダンジョンアタックして集めた素材が、研究室にごろごろ転がってるから、それを使った。まあ製造にはそれなりに手間がかかったが、そんだけだ」
「でもその……悪いんじゃ……」
「子供が遠慮するな」
言って、トッドはその大きな手で、ベルの頭をわしわしと撫でた。ごつごつして、堅くて、いかにも使い込まれた手のひら。間違ってもここちよいものではなかったが、しかしベルは、そうされるのが嫌ではなかった。
ちょっと卑怯だな、とベルは思った。こうされてしまうと、何も言えなくなってしまう。
「それに、うちとヘスティア・ファミリアの仲だしな。ねー」
「ねー」
ヘスティアとトッドが、ぱんと音を立てて手をたたき合う。そんな様子を見せられると、本当にどうでもよくなってしまう。
「あ、ただし
「そうなのかい? ボクは初耳だよ」
「さほど有名な話でもないですからね。商人の間じゃ知れ渡ってるでしょうが、その程度の事です。そもそも
「へー」
と、これまた分かったようでよく分からないといった風に、ヘスティア。
「売ったりしません! ずっと大事にします!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
微笑み、そしてあっと何かに気付いたように付け加える。
「これは注意じゃなくて助言なんだがな。扱う武器は一本に……ナイフならナイフに絞った方がいい。俺がなんでも扱えるから言える事だがな、万能ってのは強みであり弱みでもある。一点特化のやつには、やっぱり技能面じゃ勝てないよ」
ベルは神妙に頷いた。
用事は済ませて、トッドは帰っていったが。
ベルはその日一日、にこにこ笑いながら、ナイフを振り回し続けた。早く明日にならないかな、と願いながら。
後日。怪物祭が終わってから。
ベルはアルテミス・ファミリアに駆け込んでいた。
「トッドさーん! やりました! 僕やりましたよ!」
「おいおい、どうした」
飛び込んできたベルを、トッドが抱える。反動を殺すように、その場を軸にしてくるくると回った。
「あのですね、先日の事なんですけど――」
「待て待て。今お茶を入れるから、座ってゆっくり話そう」
言われ、ベルは自分が興奮しすぎていた事を恥じた。
それから、多くの事を話した。怪物祭を楽しんだ事(トッド自身は研究のため祭りには参加しなかったらしい)。そのときに、ガネーシャ・ファミリアからモンスターが脱走した事。そのモンスターが、なぜだかヘスティアを狙っていた事。ヘスティアと二人して、ダイダロス通りまで逃げた事。それでも追いかけてきたシルバーバックから逃げ切れなかった事。その場でステイタスを更新し、能力の向上と
たくさんの事を、時にはつっかえ、時には順序がめちゃくちゃになりながらも話した。
トッドはそれに、ずっと微笑みながら相づちをうっていた。
話し終えた頃に、ちょうどヘスティアもやってきて。三人でそのままお茶会になどなったりした。
話している内に、ふとベルは気がついた。改めて思い出した、と言ってもいいかもしれない。
トッド・ノートという人物は、やはり自分にとって、兄貴分なのだという事を。