ダンジョンにすっごい研究者が現れた   作:緑黄色野菜

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アルテミスの矢

 円形に抉られた崖の下は凄惨な有様だった。

 そこかしこに人の死体が転がっている。腹を破られて臓物をまき散らしている者、頭を砕かれて脳漿がはみ出ている者……いちいち数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの、おびただしい死者の数。それらが全員、元はアルテミス・ファミリアの団員であった事は、簡単に予想がついた。

 周囲に血痕は散っていない。しかし死体はまだ新しく、服についた血は、まだ赤黒く変色もしていなかった。

 死体の時が止まっているのだろうか。トッドは考える。いや、と彼は思い直した。もし時が止まっているとしたら、おそらくはこの遺跡そのものがそうだ。アルテミスの神の力(アルカナム)によって強制的に静止させられていた。だから、アルテミスの力が弱まるまでアンタレスは動き出せなかったのだろう。同時に、アルテミスが到着するまで、事態が動き出さなかったのも。

 崖下には、動く者は三つしかない。アルテミスとベル、そして大型のサソリ型モンスター。これがアンタレスとやらなのだろう。今も大きな悲鳴じみた絶叫を上げて、こちらを威嚇してきている。トッドに刻まれた、アルテミスの神の恩恵(ファルナ)に反応したのだろうか。あるいはもっと単純に、ただ敵が増えたことに対する警戒か。

 

「トッド!? なんでここに!」

 

 アルテミスの驚愕が、狭い崖の中で響く。彼はそれを無視して、右手の剣を振り下ろした。

 オーロラ膜のような破壊エネルギーの塊が、アンタレスへと直進した。アンタレスはとっさに鋏のような腕を上げて、それを受けた。オーロラはそれに食らいつき、鋏ごと寸断する。が、体まで切り取るとまではいかなかった。アンタレスの強度は――少なくとも装甲部分は、虹でもそう簡単に破壊できるものではないらしい。さすがは神の力(アルカナム)を食らって力をつけただけはある。

 一瞬遅れて、アイズが降りてきた。

 地面に墜落するように着地したトッドと違い、彼女は風で落下速度を軽減しながら降りてきたようだ。

 魔法を唱えて、背中から雷光の翼を生み出す。そして、狭い中であっても縦横無尽に飛び回り、アンタレスに斬りかかる。剣は装甲の大半をえぐり取るが、しかし切断するには至らない。アイズは一瞬の動揺も見せず、翼をはためかせ、真後ろに飛びすさった。

 

「堅い……!」

「さすが、神を取り込んだだけはあるって事だろうな」

 

 おまけに。

 ぐじゅぐじゅと、切断面がうごめき始めた。それは破裂するように一気に膨れ上がると、破壊された装甲と鋏を生み出す。高速再生能力まで持っているらしい。

 厄介だな、とトッドは飛び降りた拍子に唇についた砂を指でこすり落としながら、考える。高い防御力、再生能力。間違いなく上位のモンスターとして数えていいだろう。が、それだけだ。動きそのものは遅い。攻撃力も、今のところ見るべき所はない。想定の最悪を下回る力に、密かにほっとする。

 

「魔石だけは壊さないように!」

「分かった!」

 

 アイズに指示するが。

 かといって、簡単な相手でもなかった。これの魔石を破壊して終わりならば、さしたる労力は必要なかっただろう。だが、今回に限って言えば、それはできない。アルテミスが封じられているとしたら、魔石――モンスターの心臓であり核であり存在そのもののそこ以外あり得ない。隙を見つけるのは、それなりに困難な作業だった。

 

「なんでここにいるんだ、トッド! 君は、来てはいけなかった!」

 

 背後から絶叫が聞こえる。が、トッドはこれもまた無視した。口を開けば、何を言ってしまうか自分でも分からなかったから。

 飛び降りてきた時は気がつかなかったが、崖の縁は螺旋階段のようになっていたらしい。そこを、先ほど出会った一団が駆け下りてくる。中には当然ロキもいた。

 

「なんや、あのまがまがしいバケモンは!?」

「あれがアンタレス! アルテミスを取り込んで、神の力(アルカナム)を得た最悪のモンスターだ!」

 

 ロキの驚嘆に、ヘルメスが返す。

 トッドも前に出てアンタレスを止めようと思ったが、それはやめた。今のところ、アイズ一人でもアンタレスに対し、優位に戦闘を進めている。鈍足だが装甲だけは厚いアンタレスに、彼女は相性がいいのだろう。ならばと、トッドは真正面から受け止める形で、アルテミスらの盾になる状況を選択した。

 アルテミスははっとしたように、声を上げた。

 

「ヘルメス! 裏切ったな!?」

「俺は言ったはずだよ。トッド君にも知る権利はあるってね」

 

 悪びれもせず、というのとはちょっと違うのかも知れないが。彼はどこ吹く風とばかりに受け流していた。

 その通り。ヘルメスは裏切っていた。どこからと問われれば、ほぼ最初からだった。アルテミスがモンスターに取り込まれた事も、彼女がどうやってそれを解決するつもりかも、いつ決行するかも、どこに向かうつもりかも、何もかも彼が明かしてくれた。ヘルメスの裏切り、もとい協力がなければこの時は存在しなかっただろう。

 

「なぜだ!? あなたは私の気持ちを知っていたはずだ!」

「なら子供の気持ちも知るべきだったんだ!」

 

 何かを言い争っている。が、それを気にする余裕まではない。

 他の冒険者が降りてきて、戦闘に混ざってくる。そこに、トッドは即座に指示を出した。

 

「俺とアイズが主力! リューとアスフィは遊撃! そのほかは牽制だ!」

 

 彼らの戦闘力を一瞬で読み取って、というほどトッドの目は便利なものではないが。ある程度なら強さを知っている。アスフィとリューはLv.4相当として扱える。リューはなぜだか魔導力(エピセス)を持っていないので、攻撃力という面では一段下に見なければならない。残りはLv.1とLv.2のため、アンタレスに有効打となるほどの攻撃力は期待できない。援護に集中してもらえばいい。

 

「ならっ……! オリオン、今のうちに“槍”を! 早く突き刺して、すべてを終わらせてくれ」

「でも、それは……!」

「やめろ!」

 

 逡巡するベルに、トッドは怒声を上げた。びくり、とベルが震えて、手から“槍”がこぼれ落ちる。

 

「そんなことする必要はない! そのために俺が来たんだ!」

「じゃあどうするというのだ!? もうこれ以外、アンタレスを……私を止める方法はないのだぞ!」

 

 絶叫が――涙すらこぼれていそうな絶叫が、背中を叩く。

 それでもまだ、言葉は無視した。喉元まで迫ってくる吐き気が、どうにも収まらない。堪えられないものが、今にも吹き出てしまいそうだった。

 

「アルテミス様を……殺さなくて、いいんですか……?」

「そのために俺が来た」

「っ……はい!」

 

 ベルは涙を拭うと、ナイフを持ってアンタレスへ躍りかかった。

 彼は決して強いとは言えなかった。しかし、戦闘訓練と今までの経験の成果か、動きは巧みではあった。鋏の一撃を避けて潜り込み、繊維質の関節へ刃を突き立てる。同時に魔法を放って、その爆熱で鋏を吹き飛ばした。巧みな動きだったのはそこまでで、二の撃に晒されそうになるが。それは遊撃を担当している二人に援護されて、なんとか後ろへと引くのに成功していた。

 

「なんでだ、トッド君!」

 

 アルテミスの絶叫は、すでにトッドにだけ向けたものになっていた。

 

「私は君だけには知られたくなかった! 君だけは何も知らず、いずれ私の事も忘れて……静かに暮らしていてほしかった! 私の咎になど巻き込みたくなかった! 私が新たに得た、そして最後の眷族だから、君だけは守りたかったんだ!」

 

 アルテミスが涙すら流して叫ぶ。座り込んで、それでもなんとか肘だけはついて、突っ伏すことだけはしまいとしながら。

 アンタレスの巨大な目から、ビーム――いや、オリオンの矢か――が放たれる。それが縦横無尽に周囲をなぎ払う前に、トッドは虹を振った。オリオンの矢と極光の拮抗は一瞬だった。虹色を雑に混ぜて光らせたような光帯は、オリオンの矢を押し戻して、本体に多少のダメージを与える。いくら神の力を吸い取っていると言っても、そのリソースを地上一掃のために割り振っている状態では、さほど力を込められないようだ。

 そんな器用な真似ができるのも、アイズのおかげだろう。彼女はひたすらに素早く、そして戦いがうまかった。即興の連携で苦労しているのは彼女も同じはずだが、しかしもっとも味方が生かせる位置取りと攻撃を繰り返している。

 関節部が弱点と分かってから、皆の攻勢は執拗だった。リューとアスフィは飛び回り、少しでも機動力を殺ごうと刃を突き立てている。アスフィは爆発性の液体が主要な攻撃のようで、リューほど攻撃的な動きではなかったが。それでも炸薬液を利用して、目くらましをしている。

 低レベルの二人は下手に近づこうとせず、伸びてきた触手だけを相手している。ベルは、敏捷性を生かして果敢に攻め込んでいた。かなり危なげな場面もあるが、それは仲間を信用してだろう。リューとアスフィは彼の攻勢を中心に援護している。

 戦況は、およそ理想的な状態と言えた。

 背後で泣き叫ぶアルテミスを除けば。

 

「君は私なんかを気にする必要などなかった! 穏やかに、好きな事をしていればよかったんだ! なんで……なんで、こんな所に来てしまったんだぁ!」

「うるせえええぇぇぇ!」

 

 ついに、トッドに我慢の限界が訪れた。目の裏が熱い。堪えていた吐き気が喉を通過する。あまりの怒りに、強く結んだ歯が、ぎしぎしと音を立てる。体からあふれる衝動を、吹き出るままに任せた。

 剣を持ち替えて、腹を向けて握る。そして、アンタレスの目に向かってなぎ払った。薄く集中されていた極光は、太い帯となって、アンタレスの目らしき部分をえぐり取る。これで暫くオリオンの矢は発動できないはずだが、そこまで考えたわけではない。ただ怒りのままに、当たり散らした結果だった。

 トッドは剣をその場につきたてると、背後を向いた。涙を流したまま、しかしきょとんとしているアルテミスにむかって大股で進む。そして、彼女の胸ぐらを掴み上げて、無理矢理持ち上げた。

 

「俺がどうだかとか知るか! そんなもん、全部あんたの勝手な想像だろうが! 俺は俺のやりたいことしかやらない! だからここにだっているんだ!」

「っ……、私の罪に付き合う事がか! そんなもの、絶対にやりたいことでもなんでもない!」

 

 一瞬息に詰まったアルテミスだったが、それでも言い返してきた。はらはらと涙を流し、犬歯までむき出しにして。表情は、怒りと悲しみが混ざり、それでも収まらずこぼれ出ている。

 

「私は死にたかったんだ! ずっと……ずっと終わりたかった! 終わらせるために今まで生きてきた! やっと死ねるんだ! それを邪魔しないでくれ!」

「嘘をつくな!」

 

 絶叫に、咆吼で返した。

 さらに胸ぐらを強く掴む。アルテミスが多少苦しそうにしたが、知ったことか。彼は鼻先が顔につくほどに接近させて、怒鳴った。

 

「死にたいやつが笑うか! 神友とお茶して穏やかに過ごすか! 子供の成長を見て喜ぶか! 人の心配なんてするか! 喧嘩なんてするか! 皆と一緒に楽しむか! つまらない事で一喜一憂するか! ふざけた事を言うのもいい加減にしろ!」

 

 言うべきではない――分かっていた。それでも、言葉は止まらなかった。

 こんなこと、言うべきではない。相手すべきですらない。それは分かっている。それでも、激情は止まってくれなかった。どうしても吐き出さずにはいられない。思い違いをした神にむかって。

 

「あんたはいつもそうだ! 嘘で取り繕う! 本音を隠す! なんで言わないんだ! 言えばいいんだ! なんだって、どんなことだって! わがままでもなんでも、好きなことを吐き出せばいい! じゃなかったら、なんで俺がいるんだ!」

「じゃあ……じゃあ私を殺してくれよ! 私の力が、愛する地上をなぎ払ってしまう前に! “矢”でアンタレスを突き刺す邪魔をしないでくれ!」

 

 アルテミスはトッドに吊された状態から、自分で立ち直した。それも、全く力のある動作とは言いがたいが。そして、両手でトッドの手を叩いて払った。そんな動作をする彼女の手は……いや、全身が、少し透けている。少しだけ透過した姿のまま、彼女はトッドの胸ぐらを掴み返した。

 彼女は涙目をきっと強く引き絞って、トッドを見据えた。やっと、真正面から見てくれた。その表情は、今まで見たこともないほどの剣幕で、そして悲壮感が漂っていた。

 

「私が死ぬ邪魔を……するなぁっ!」

「そんな言葉を聞くために俺はここまで来たってのか!?」

 

 今度はトッドが手を振り払う番だった。力は込めていなかったが、その拍子に少女はよろめいた。感情の爆発に任せた行動だから、踏ん張りがきかなかったのか。あるいはもう、普通に立っているだけの力もないのかもしれない。

 

「違うだろ!? 自分の願いを言えよ! あんたはどうしたいんだ!? ただ死ぬためなら十年近くもファミリアを経営する必要なんてなかったはずだ!」

「だから……私は……死んで……天界に……送還されて……」

「それは神アルテミスとしての言葉だ! 俺が聞きたいのは違う! アルテミスっていうただただ一個人の言葉だ! どうしたいんだ! 言え! 言ってくれよ!」

 

 激憤に任せて問い詰める。いつからか、トッドの瞳からも涙があふれかけていた。熱くなる目頭を止めるには、労力が必要だった。

 アルテミスは、よたよたとその場で何度か足踏みしながら、顔を伏せた。表情は見えない。代わりに、瞳から滴る涙だけが、頬にその筋を作っている。

 

「…………。トッド……君の成長を見るのは楽しかった。神々の馬鹿騒ぎに振り回されるのは大変だったけど、不思議と嫌な気分ではなかった。下界は面白い所だったよ。いつも同じようで、常に違う顔を見せる。ああ……君が神域金属(アダマント)を作ったときは大変だったね。君の口数が少ないばかりに、私はいつも振り回されっぱなしだった。神の宴でステイタスを公開した時なんて、本当に驚いて心臓が止まるかと思ったさ。アイズにレフィーヤ……いい子たちだった。暇を持て余していた私に付き合ってくれて、よく談笑したものだ。やがてヘスティアも下界に降りてきた。あのときは……安心したなあ。トッドを任せられる神がやっと現れたと思って。気難しい君を任せるには、他の神だとちょっと不安だったからね。それで……それで……」

 

 はらはらと、涙の勢いは強くなった。ぽたぽたと地面に黒い染みを作っては消えていく。それが連続し、やがて地面に消えきらない足跡を残した。

 

「嫌だ……嫌だよ……。君と出会う前ならば、何の未練もなかった。家族が皆消えてしまったんだ。あの時すぐに送還されていれば、こんな思いもしなかった……ずっと、隠しておけた。なにもないままでいられた!」

 

 絶叫し、顔を上げる。女神の顔は、涙と、そして恐怖でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「死にたく……ないよ……! 助けて、トッド」

「…………。最初から、そう言えばよかったんですよ」

 

 トッドは、消えかけたアルテミスの頭を、くしゃりと一度だけ撫でた。触れたのはそれだけだった。

 脇で、黙って聞いていたヘルメスが進み出てくる。

 

「それで、君は見せてくれるのかい? 誰も悲しまない、完全無欠のハッピーエンドを」

「知りません」

「え?」

 

 問われ、トッドは吐き捨てるように言った。いや、実際に吐き捨てた。いつの間にか下唇を噛んで、皮膚を破っていた。口の中にたまった血をつばと一緒に捨てて、地面に射して置いていた剣を引き抜く。

 

「ハッピーエンドなんざ知りません。俺がやるべき事をやる、それだけです」

「うん……そうさ、それでいいんだよ。神だって人だって、皆がやるべき事を目指して、それを完遂する。そこに結果がついてくる。それだけさ。誰も泣かないエンディングかどうかは、後からついてくる」

「……神らしい事を言うじゃないですか。珍しく」

「珍しくは余計、かな?」

 

 剣を一度振った。刀身についていた土が振り払われる。

 

「トッド。失敗したら許さへんで。一生分ひっぱたいたるからな」

「あいにくと成功には縁があるもので」

 

 ロキの激励(だか何だか)を受けて、トッドは改めてアンタレスを見た。

 戦闘は、当然ながら続いている。再生能力は異常そのものだが、しかし限界がないわけでもないらしい。天空の矢を作っているならばなおさら、そちらに割けるリソースは少ないだろう。最初の頃より再生速度が遅くなっている気がした。

 

「トッドさん!」

 

 ベルが弾かれる……前に、自分から後ろへ飛ぶ。それはちょうど、トッドの斜め前だった。

 

「アルテミス様は、助かりますか……?」

 

 先ほど答えたはずだが、それでもまだ不安だったのだろう。

 しかしトッドは、力強く答えた。

 

「任せろ。ベル君、“矢”を持ってきてくれ。使う必要はない。俺が渡してくれと言ったときに、すぐ渡せるように」

「はいっ!」

 

 言ってから、トッドは虹を構えて、力を集中した。

 手慣れた持ち主ならば話も違うのだろうが。トッドにとっては剣も宝剣(シザウロス)も、数ある獲物の内の一つでしかない。本気で集中し、そして発動しようとすれば、ある程度の儀式が必要だった。

 集中を追えると、虹の周りに極光のオーラがまとわりつく。それを確認して、トッドは叫んだ。

 

「アンタレスから胴体以外のすべてを粉砕する。全員距離を開けて!」

 

 言うが早く、総員が距離を開けた。アンタレスが回復しかける、その前にトッドは剣を何度も振り抜いた。

 膨大な光量の剣閃が幾重にも走る。今度は装甲で受け止められることはなく、そのまま背後の壁までをも消滅させていた。ざっくりと、いびつな球形が壁面に作られる。それと同時に、アンタレスがすべての足を失った。

 胴体だけの達磨状態にされ、アンタレスがその場に崩れ落ちる。それに対し追撃が始まった。リューの魔法が断面に叩き付けられ、アスフィの爆発薬が降り注ぐ。アイズは、背面から生えているサソリの針を根元から削っていた。

 トッドは剣を捨てた。そして、もう一本、今の今まで右腰に封印していた剣を引き抜いて、アンタレスまで一直線に突撃する。

 

「アイズ! 魔石を仕舞っている胸部装甲を切り取って!」

「分かった!」

 

 彼女の反応は早かった。刃にプラズマを纏わせると、胸部装甲をくるりと一回転するように周回する。体中の装甲の中でも、ひときわ頑健なはずの鎧は、それであっけなく切り落とされた。

 中から魔石が現れる。全長二メドルほどもありそうな、巨大な青い魔石。その中心では、裸体で眠るように動かないアルテミスがいた。

 アンタレスの再生速度が上がる。おそらく、本能的にトッドを近づけてはならないと思ったのだろう。それでも、彼は足を緩めず走った。仲間たちが援護をしてくれる事を信じて。

 胸部装甲の再生も始まる。ぶくぶくと気味の悪い音を立て、肉が盛り上がるようにして、再びアルテミスを包み隠そうとする。が、トッドの方が早い。

 トッドは剣を腰だめに構え直して、刃を平らにした。そのとき、刀身がかすかに視界の端に映る。見た目はただの長剣、とは言えないか。なにしろ刀身は何色とも形容しがたい色をしており、そもそも半透明だ。見た目通り特殊な刀身であり、専用の鞘でなければ納める事もできない。

 そして、アンタレスが動き出すより前に。同時に、胸部装甲が再生し終える前に。

 宝剣(シザウロス)が一太刀、“夢幻”は、巨大な魔石ごと、アルテミスの胸を突き刺した。

 


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