ダンジョンにすっごい研究者が現れた 作:緑黄色野菜
オラリオは広い。これはまあ、今更あれこれと注釈するほどの事でもないのだが。とにかく、バベルを中心に何本ものメインストリートが通っており、それらをつなげるように蜘蛛の巣状に道が作られている。さらにそこから枝分かれして、誰も数を把握できていないほどの路地裏ができており、ひたすらに広大な敷地を市壁が囲んでいる。発展はいっそ異様とも言えるほどであり、都市というには収まらない規模の市壁で囲まれているにも関わらず、迷宮じみた建設をしなければならないダイダロス通りなんてものまで生まれる事になったのだが。
何が言いたいかと言うと、区画ごとに――場合によっては区画内であっても、その性格が全くもって違うという事だ。
性格の違いは、そのまま多様性を意味する。そして――これは意外な事だが――その多様性は、他の色の浸食を許さない。
つまり何が言いたいのかというと、オラリオ全体の祭りというのは少なくとも、区画や一地区ごとでの祭りはそこそこ行われていると言うことだ。毎日とまではさすがに言えないが、探せば月に何度かは、どこかしらでお祭り騒ぎがある。そういった意味でも、神を退屈させない楽しい土地ではあった。
だから……
「当てるぞ、絶対に当てるぞおおおお!」
「なけなしの三百万ヴァリス、これが我がファミリアの全財産だ……」
「命、お前に我らの命運全てを賭ける。やってくれるな……!」
「無論ですタケミカヅチ様!」
「俺の右腕よ、全ての運を使い果たしてもいい……今日この時だけは豪運を我らに与えてくれ!」
「お願いしますお願いしますお願いします! うちのファミリアが一つレベルを上げるチャンスなんです!」
「栄光を手にできるかもしれない……しかしヴァリスを全て失うだけかもしれない……こええよ、こええよぉ……」
その会場、第七区からほど近い場所にある、大きな会館。その場に所狭しと人が並び、希望と恐怖に満ちあふれている。
その様子を、ステージから見下ろすのは、数名の人間。トッドとアルテミス、そしてギルドからの派遣員、エイナ・チュールだった。
「思いのほか大事になりましたねえ」
「あは……あはは……なんでこんな事に」
暢気に言うトッドとは対照的に、アルテミスは壊れた笑みを浮かべていた。
エイナも物言いたげではあったが、オンになったマイクを持ったままでは何も言えそうにない。ただ、場違い感に胃を痛めながら、それでも役割を果たさんとしているのは分かる。複数の意味で損な役回りだ。
「あの
「今更言っても仕方ない事は言うの辞めましょうよ」
トッドとて今の状況に思うところがないわけではない。が、すでに彼は諦めている様子だった。
彼を恨めしげに見る。こんな時ばかりは、トッドの図太さと諦めの良さが恨めしい。
なぜこんなことになったのか。再度胸中でうめく。
事の始まりは、およそ一週間ほど前の事だった。
「金がない」
「どうしたんだい? 藪から棒に」
昼食も終わって暫く。今はちょうど、暇つぶしの種に始めた、編み物などをしている時だった。相変わらず研究室にこもっていたトッドが出てきたかと思うと、はじめにつぶやいたのがそんな言葉だった。
「いや、本当に金がないんです。ギルドから大型転移装置の買い取り依頼が来てるのは知ってると思いますが、それを作るための素材が買えません。今は
「それってまずいのかい?」
「割と。いや、うーん、そこそこくらい?」
トッドが首をかしげながら言う。
とりあえずアルテミスは、動かしていた手を止めて、編みかけのマフラーをテーブルに置いた。
彼のこの手の弱音は初めて聞いた。本当なら財務管理はアルテミスがするべき事だったが、なにしろ彼の研究は数字にし辛い。というか、彼の頭の中で数字が飛び交っているので、最終的な額面しか入ってこないというのが正解だが。なので、帳簿だけはトッドがつけていた。
やはり非難を避けるために、金をばらまきすぎたか、とも思う。が、それは仕方のないことでもあった。なにしろモンスター狂乱の被害が大きかったため、その補填はしなくてはならない。尾を引かないため、相手が過大だと思うほどの支払いは無駄とは言えない。
予想外と言えばギルドの依頼であったし、その納期でもある。いや、それを言ったら問題は、依頼に必要な資材の量か。
「ダンジョンアタックで急場を凌ぐとか」
「それも考えたんですけど、納期を考えると結構ぎりぎりになりそうなんですよね。そもそも今更ダンジョンに入る理由もありませんし。あまり冴えたやり方とは言いがたいです」
「それは、困った、のかな?」
「まあ、困りました?」
二人して暢気に首をかしげる。ここで慌てもしないのは、最終的にどうとでもなると分かっているからだ。ギルドの納期に遅れたとしても、借りが一つ増える程度の話でしかないし。そもそも前金もないギルドが悪いとも言える。
「それで考えたのが、倉庫なんですが」
トッドがちょいちょい、と手を招いた。言われるがままについて行くと、研究室のさらに奥、倉庫にたどり着く。
ここは完全にアルテミスの興味外で、中がどうなっているかも知らない。さすがに覗いた事もない、とまでは言わないが。
トッドが扉を開ける。と、アルテミスは思わず口を開いた。
「うっわ」
中には所狭しと武器が並んでいた。ついたてを作って、そこにまで武器を並べている。無理矢理増設などしたものだから、体を横に向けないと間を通り抜けられそうになかった。
「いつの間にこんなことに? 前にちらっと見たときは、多少武器が多い程度だったと思うんだけど」
「
「で、これがどうしたんだい?」
「売れば多少はたしになるかなと。一応許可をもらおうかと思って。最悪インゴットに加工しなおせば、鍛冶師が買ってくれるでしょうし」
「トッドがいいならそれでいいんじゃないかな」
大分雑に、そういった品の処分が決定された。
その時、ドアがノックされた音が聞こえた。遠くにいたので、大分聞こえづらかったが。
トッドと一緒に、家まで戻る。扉を開ける。外にいたのはベルと、彼の背に隠れるようにしている見知らぬ
(いや……見たことは……ある?)
定かではなかったが。確か、エルソスの遺跡に、こんな子がいた気もする。
「やあいらっしゃい。お茶しに来たのかい?」
まだティータイムには少々早い時間だったが。まあ、多少早まったところで困るわけでもない。
しかし、ベルはかぶりを振った。
「いえ、今日はそういう訳ではないんです。ほら、リリ」
「あの、こうして名乗るのは初めてですが、リリルカ・アーデと申します……」
おずおずと、なぜだかおっかなびっくり自己紹介をしてくる。
「実はリリがトッドさんに謝りたいことがあって……」
「俺に?」
今までもてなしの準備をしようと、半ば体を引きかけていたトッド。急に名指しにされて、きょとんとする。
小人族の少女はびくびくした様子のまま、それでも勇気を振り絞ったという風に、一歩前に出た。つまりは、ベルの影から進み出るように。
「いままでちゃんと言えませんでしたが、申し訳ありませんでした! リリがベル様の
「はぁ?」
と、これは怒りの声ではない。本気で何を言われているのか分かっていない声音だ。それでも、その子からは威圧的に聞こえたようで、びくりと身を震わせていた。
彼は少しばかり考える。顎に手を当てて、明後日の方を見ながら。やがて手を引くと、ああとつぶやいた。
「そういやそんなこともあったな。それで、なんで俺に謝罪しに来るんだ?」
「いえ、ですからあなた様の作品を盗んでしまって」
「それはギルド案件だし、だいたい誰が怒るべきかって言ったら間違いなくベル君だろう。俺も思うところがないわけじゃないが、だからって謝りに来られても困るぞ。かなり本気で」
「リリの事……怒っておられないのですか?」
「そもそもお前誰だよって認識だが」
「ね? トッドさんは怒ってないって言ったじゃないか」
(怒る怒らないも、そもそも忘れてるんだけどなあ)
それは指摘しないでおいた。
「ところで、今わたわたしてた様子でしたが、何か急いでたんですか?」
「急ぐって言うか……」
トッドはかいつまんで話を説明した。資金が足りない事。倉庫に武器があふれていること。これらを売って、当座の財源にしようということ。
説明し終えたあたりで、なぜだかリリルカの目がぎらりと鋭く光った。どこか自信ありげににやりと笑ってもいる。
「そういう事でしたら、リリにいい案があります! 一応聞いておきたいのですが、倉庫にある武器は失敗作という訳ではないのですよね?」
「
「十分です! それならとっておきの方法がありますよ! 資金難だって一発で解決です!」
ふん、とリリルカは胸を張った。身長が身長なので、子供がささやかに威張っているようにしか見えないが。
「ギルドを巻き込んで抽選会をすればいいのです!」
その意味は、アルテミスにもトッドにもよく分からなかったが。
なんにしろ、金にはなりそうなので飛びついた。飛びついてしまった。
『えー、静粛に! 静粛にお願いします!』
エイナが声を上げる。が、さほどの成果は得られなかったようだ。それでも根気強く呼びかけて、会場が静かになるのを待つ。
やっとささやき声が聞こえる程度になったあたりで、エイナは大きく息を吸った。
『これからアルテミス・ファミリア主催の抽選会を始めます。先に説明したとおり、参加には主神と眷族が最低一名が必要になります。これは特定ファミリアが何度も引く事を防ぐためです。参加料は一回百万ヴァリス、一ファミリアにつき三回まで引く事ができます』
ここは事前説明の通りであるし、エイナも十分知っている事だ。それでも、手元のカンペを見ながら、慎重に言葉を重ねていった。
『景品は三等、参加賞のティッシュ、二等、トッド製
会場から、一斉に歓声と悲鳴が上がった。運に自信がある者、ない者、人それぞれだが。さすがに百万ヴァリスで準
悲惨なのは、運がない者だろう。出ないと悲観していても、参加せずにはいられない。彼らにとっては、ほぼ資金三百万ヴァリスを溶かすに等しい行為だ。自分もどちらかと言えばそう考えるタイプのアルテミスには、痛いほど気持ちが分かった。
『一等賞の準
ここまで言って、エイナは呼吸を改めた。再び会場が落ち着くのを待ったという意味もあるだろうが、それ以上に彼女が緊張しているようにも見えた。
『なお、準
わっと、また歓声が上がった。これは一部、大規模ファミリアのものだ。彼らは当選者から、金にものを言わせて購入しようと考えている。
抽選会に来たファミリアが多いのもこれが理由だった。零細ファミリアやレベルの低い冒険者しか抱えていないファミリアが準
『それでは、抽選会を開始します!』
エイナは半ばやけくそのように叫んだ。そして、舞台の中心にある深紅の布を思い切り手で取り払う。布の内側から、回転式抽選器が現れた。
わっと人が詰め寄ろうとする。それを、ギルドの職員たちが懸命に押さえ込もうとしていた。なんとか列を作ろうと四苦八苦しているが、その試みはうまくいっているとは言いがたい。
我先にと抽選器を回そうとするファミリアもあれば、あらかた外れが引かれた後に回そうとするファミリアもいる。いくらかのファミリアは、とっととその場を離れて当選者用の別室へ移動したりすらしていた。
とあるファミリアが前にいる人間をひっかいて押しのけようとすれば、さらに他のファミリアが後ろから迫る相手を殴り倒す。もう秩序も何もなかった。とにかく当たりを求めて、好き勝手暴れ回っている。
「まるで人の醜悪さを煮染めているような光景だよ……」
「偶然ですね、俺もそう思いました」
アルテミス・ファミリア主催にして、当選者に当たりの品を渡す役割として、壇上に立っている二人。目の前の混沌を、どこか遠い世界のように感じながら眺めていた。
ギルド職員は大変だが、しかし助ける気はアルテミスにもトッドにもなかった。みかじめ料として、抽選料の一割を上納する事で話はついている。そこら辺かなりドライな二人だった。かわいそうだが巻き込まれたくなかったとも言える。
混沌としたまま、一番手が壇上に上がってくる。どこのファミリアだか知らないが、素行は悪かった。へっへっへっ、とチンピラみたいな笑いを、主神ともどもしている。顔にビンタの跡があるのは、背後から一撃食らったからか。どこか着崩れてもいた。
「はっ! 悪いが俺のファミリアが一等賞一番乗りだぜ!」
『ええと……はい、じゃあ抽選お願いします』
三百万ヴァリスを払って、三回抽選器を回して。
予想通りというかなんというか、まあ全部外れだった。
「なんでだあああああぁぁぁ!」
「これは何かの間違いだ! やり直しを要求する!」
『はい次の方どうぞー』
騒ぐ二人をよそに、エイナは進行を続けた。
彼女も状況になれたか、さもなくば落ち着いたのかな、と思って横目で見る。が、どうやら違うようだ。エイナの目は据わっている。収まらない混沌に、半ばキレかけているのかもしれない。なんにしろ、下手に触れない方が良さそうだ。
抽選会は続く。内容は悲喜こもごも、と一言で言っていいのだろうか。なんにしろ涙をのむ者の方が圧倒的に多いのだから。
人も半分ほど捌けてきた頃だろう。このあたりになると、さすがに初期の頃の狂乱というのもなかった。
次に会場に上がってきた者を見て、アルテミスは目をむいた。
「ヘスティア。君も参加していたのかい?」
「やあアルテミス。ボクたちもあやかろうと思って、なけなしの三百万ヴァリスで参加したのさ!」
ふふんと鼻を鳴らすヘスティアに、しかしアルテミスは不安を感じた。どう考えたって分の悪い賭けである。しかし、彼女は眷族二人を率いて、抽選器の正面に立った。
「さあベル君! 君の力を見せてやるんだ!」
「はい神様!」
ベルはぐっと(入れる必要もない)気合いを入れて、抽選器を三度回した。
そして。
エイナは驚嘆に、一瞬言葉が詰まった様子だった。しかしすぐに平静を取り戻し、声を上げる。
『一等賞、出ました! それも二つ!』
「な・にいいいいいい!」
会場全体から声が上がった。悲鳴とは裏腹に、壇上にいる三人は抱き合いながら喜んでいる。
「やってくれたぜベル君! 一等賞、それも二つだよ!」
「僕、やりましたよ神様!」
「さすがベル様です! リリは信じてました!」
喜ぶ三人に、それに数倍する絶叫が上がる。
「ふざけんなロリ巨乳がああああ!」
「テメェその無駄にでかい乳房引きちぎってやるからこっち来いや!」
「恨めしい恨めしい恨めしい……」
抱き合う中、リリルカだけがすすっと身を引いて、人の悪い笑みを浮かべた。
「リリの思った通りです。以前ベル様には幸運に関する発展アビリティがあると小耳に挟みました。やはりこういう形であれば、ベル様の独壇場ですねぇ」
放っておけば笑い出しそうな小人族に、さすがのトッドも引いている様子だった。というか、今でもすでに含み笑いをしている。
「だから抽選会なんて提案したんかい……」
「あの小人族、えげつないなあ……」
とりあえずアルテミスは、信じてはいけない人間リストに、リリルカといいう名前を太字で記すことにした。
それから幾ばくかして、抽選会は終わった。景品がなくなって引けない者もいたが、そもそもそういった連中はただの冷やかしだったのだろう。喧噪を楽しむだけ楽しんで、帰って行った。
会場には疲れ切ったギルド職員と、アルテミス・ファミリアだけがいる。別室ではまだ交渉やらが続いているようで、やや語調の強い言葉が届きもするが。
「とりあえず、なんですが」
「なんだい?」
ぽつりとつぶやいたトッドに、アルテミスは疲れた声で返す。
「これ、よくないことなので二度とするのはやめましょう」
「そうだね」
その点だけは、拒否する理由も全くなく。
アルテミスは彼と同じく、こんなことは二度としないと、心に強く刻み込んだ。