ダンジョンにすっごい研究者が現れた 作:緑黄色野菜
敵の群れ。攻撃の津波。それらを、剣を手首で翻し、受け流す。
剣の背を刃が滑っていく感触を確かに感じながら、男は手近な敵へと刃を叩き付けた。敵は反応すらできず、胸に攻撃を受けてもんどり打った。
それを隙と見て、また別の敵が襲いかかってくるが。男は超反応を見せて、それに対応した。振り下ろされる槍を剣で受け止める。相手はぎょっとしていた。攻撃に対処される事は想定の範囲内だったとしても、まさかそれで小揺るぎもしないとは思わなかったのだろう。
男は剣を振って槍を落とし、踏み込む。槍使いは慌てて槍を引こうとしたが、遅かった。その前に、男の拳が槍使いの顔面にめり込む。小気味よい衝撃が腕を伝い、槍使いは宙を舞う。
「へっ、弱ぇぜ!」
並み居る敵をなぎ倒す彼を支配するのは、圧倒的な全能感だった。今なら誰と戦っても負ける気がしない。自分は強い。そう、この戦場を支配できるほどに、圧倒的な強者という立場にいる。
男の強さに、敵も怯んだのだろう。攻勢が弱まり、攻め入るのに躊躇している印象がある。これもまた、男の矜持を満たすのに一躍買っていた。へへっ、と鼻を鳴らす。
(全く、すげえぜこいつはよぉ)
ぺろり、と舌で上唇を撫でながら、心の中で喝采を上げた。親指が柄をそっと撫でる。
その剣は、見た目はなんてことのない普通の片手剣だった。通常の片手剣よりはやや長い。鍔も一般的な十字の構造で、柄には滑り止めのテーピングがしてある。銀色の刃は、刃こぼれ一つなく、またその輝きを損じる事もなかった。
「おらおら! 俺を倒そうってやつはいねえのか!?」
声を張り上げながら、腕を持ち上げた。手に持つ剣を見せつけるようにして。
男がそれを手に入れられたのは、本当に幸運からだった。
先日行われた抽選会。その会場に、男が所属しているファミリアも参加していた。三百万ヴァリス払って、三回の抽選権。倍率を考えると全くもって頼りないが、しかし男のファミリアはその幸運を引き当てた。そして手に入れたのが、トッド製の完全品
それを誰が使うかで、多少もめはしたが。ファミリアで唯一のLv.2である彼が使う流れになったのは、当然だった。強いやつが強い武器を扱う。当たり前の事だ。途中、片手剣使いの同ファミリア所属者が文句を言ってきたが、それもはねのけた。強いやつが強い武器を使う。それの何が悪い。弱いやつは弱い武器を使っていればいいのだ。
「へへっ、怯みやがって」
にんまりと笑いながら、男は剣の腹をそっと撫でる。大事な大事な相棒だ。これを損じる事はあってはならない。もっとも、完璧な
しゃにむに突っ込んできた敵――どうせLv.1の雑魚だろう――を軽くいなして、前者たちと同じようにぶっ飛ばしてやる。心地よい衝撃が、剣から伝わってきた。
「オラァッ! 弱ぇぜ!」
男は哄笑しながら、敵に一歩踏み込んだ。敵は同じだけ下がる、というはさすがに無理だったが。怯んで、半歩ほど引いてはいた。
(やっぱ武器が違うと持ち主の格も現れるってもんだ。今まで持ってた武器がカスに見えるぜ)
彼とて、今まで
まず三等級。これは最低限
が、男が手にしているのは、それのさらに上だった。特等級。創造者トッドと、他にオラリオでも数名しかいない者しか作れない、完全な品。身体能力だけではなく、反応速度やらまでランクアップに準じる影響を感じられる。文句なしのオラリオ最高武器。今まで持っていた三流品とは桁が違う。
Lv.2である自分とこの武器が合わされば、もう敵などほとんどいないとすら感じられた。ダンジョンに潜っても、パーティーメンバーの愚鈍さにため息すら出ないほどになってしまう。
「やっぱり俺は強ぇ! そこらの三流とは格が違うんだよ!」
誰にとも無く絶叫する。声を否定する者はいなかった。できるはずがない。弱いのだから。
と、右側で轟音が鳴った。振り向くと、そこではロキ・ファミリアの
(くわばらくわばら。ああいうのには関わらないに限る)
今の自分は圧倒的強者の側に立ったという自負はあるが、同時に身の程も知っていた。第一級冒険者など、雲の上を通り越してただの化け物だ。おまけに、半ば都市伝説と化している
剣を肩において、改めて敵軍に向き変えると。合間を縫って、誰かがやってきた。槍を持った、中年の男。
最初、第一級冒険者でも出てきたかと警戒した男だったが。相手の姿を見て、にやにやと笑い直した。見たことのある顔だった。
「おいおい、誰かと思えばLv.1のザコじゃねえかよ。わざわざ俺様にやられに来たか?」
「それはどうかな?」
言って、中年は構えた。
やれやれと男はかぶりを振って、相対してやる。あえて相手してやるほどの敵でもなかったが。正面に出てこられたら仕方ない。倒すより他ない。
男は一歩踏み込むと、中年に向かって。剣を振り下ろした。が、それが難なくいなされる。思わずぎょっとして、男は一歩引いた。
「てめえ、普通の武器じゃねえな!」
「その通り。この武器はシザウロス0.5。彼のフィン・ディムナが扱う槍の劣等品だ。周りの力を集めるだけのものだが、その程度でもいい。俺を周りと同じレベルまで上げてくれる」
「その程度でよぉ! この俺様に勝てると思ったか!」
言葉を信じるならば、特殊な機能などほぼない武器。せいぜいが自分と同じ、Lv.3相当にまで能力を上げてくれるというもの。それならば、自分が負けるはずがない。
と思ったのだが。
次の瞬間には、石突きが喉を突いていた。猛烈な吐き気に襲われるが、息を吐く事もできない。そして、側頭部に衝撃。視界が暗転する。
(なんでだ……中年になってもLv.1の、なんで冒険者をしてんだかわかんねえようなやつに……いい年して槍一本で技術を磨いてるなんて事くらいしかプライドのないやつに……この俺が……)
そこで、男の意識は途切れた。
リヴェリアは空を飛んでいた。いや、正確には違う。空を飛ばされていた。
フィールドの中心に、彼女は立っていた。周りには
そこは鉄壁だった。障害物もなく見通しも良い空を飛んでいるのだから当然だが、下から矢や魔法攻撃が飛んでくる。が、全て弾かれ、曲げられ、一つとして届かない。圧倒的な防御力は搭乗員も承知しているので、誰一人として焦りは見せない。
(化けるものだな)
ぼんやりと、中央――つまり司令部――で思う。
戦場の最中、呆けるのは致命的ではあるのだが。本当に安全すぎて全くすることがなかった。せいぜいが、飛んでくる攻撃の中で(僅かな可能性でも)防御を突破してきそうなものに、
(というか、化けすぎではないか?)
うーんとうなりながら、せっせと何かの作業をしているレフィーヤの背中を見る。
空中機動要塞『賢者の筺』。それがこれの名前だった。
空中に透明な足場を造り、その周囲を斥力場で覆う。後は、それを動かすだけ。行っている当人はなんてことのないように、そう言っていたが。恩恵にあずかっている身からすれば、それはしゃれにならないものだった。
これのおかげでダンジョン攻略も、人造迷宮クノッソス攻略も、大分助けられた。なにせその気になれば、遠征部隊全員を乗せて長時間飛行できるのだ。移動速度も遅くはなく、Lv.3が走っているのと同程度の速力は出る。
控えめに言って、イカサマじみた性能だ。本人は、これを実行すると他にはほとんど何もできなくなるからと言っていたが。この上何かできてたまるか、とはリヴェリアだけの感想ではない。
かつて
本人はこれでまだ自信が持てないらしい(ロキはステイタスに関する事があるからあまりその点をつつくなと言っていた)。どこまで成長するのか、見たくもあり、恐ろしくもあった。
「右方向、旋回します!」
レフィーヤが言うと同時に、『賢者の筺』が右折する。それと同時に、リヴェリアは声を上げた。
「射撃部隊、用意!」
言うと、搭乗員が一斉に弓を掲げる。
矢はつがえない。というよりも、必要ない。
魔力弓は、生まれてまだ浅い武器である。さしものトッドも、魔力操作を全くせずに(つまり魔法詠唱の邪魔をせず)精神力の矢を作るのは苦難したらしい。おかげで、ただでさえ高い
リヴェリアも同じように、弓を引き絞った。
精神力の矢は、半透明な白だ。それらが一斉に並ぶ姿は、いっそ壮観ですらある。
「放て!」
号令を下すと、一斉に矢が放たれた。通常の矢であれば曲射になるのだが、精神力の矢である場合、まっすぐ飛ぶ。そのため、通常の弓矢とは使い勝手が多少違った。
矢が曲がることで、射線の通っていない相手に当てるという技術がある。精神力の矢はまっすぐにしか飛ばないため、そういった曲芸じみた真似はできなかった。まあ、ただでさえ強力な武器なのだ。そこまで求めるのは酷というものだろう。
「撃ちます! ヒュゼレイド・ファラーリカ!」
レフィーヤが叫ぶ。と、地上に無数の矢が突き刺さった。当然Lv.1でも死なない程度に手加減しているため、全員掃討とはいかないが。それでも、敵部隊の大半を行動不能にしたのは変わりない。
レフィーヤは『賢者の筺』発動中
ぶっちゃけリヴェリアもちょっと引くレベルの能力である。
「リヴェリア様、次の指示を!」
「あ、ああ……」
元気よく声を飛ばしてくる彼女に、ちょっと引きながらも答える。
とりあえず、遠からず自分を超えるんだろうなあなどと思いながら。今は戦争遊戯に集中して、次の指示を飛ばすことにした。
「いけーっ! 行け行け、そこだ、やれー!」
ヘスティアは眼前の状況に絶叫していた。
この規模の戦いになると、全容を見るのも難しい。というわけで、不参加者と神たちは、市壁の上で戦場を見下ろしていた。これでは細かい状況などは分からないが、それでも全体的にどちらが優勢かは分かる。
「ちくしょーっ! がんばれよー」
「ヘスティア、落ち着いて」
隣で見ているアルテミスに、そんなことを言われる。
それでも彼女は市壁ぎりぎりまで乗り出して、腕を振り上げていた。
「だってボクの勢力のはずなのに早々にボクのファミリア参加者が全滅したんだぞ! ベル君もアステリオス君も先走っちゃったからさあ! もうやけくそで応援するしかないじゃないか!」
「そう言っても、これ以上乗り出したら落ちてしまうぞ」
言いながら、アルテミスはヘスティアの服の端を掴んでいる。もし本当に落ちそうになったら、捕まえてくれるつもりなのだろう。やっぱり神友は神友だった。裏切ってドッキリなんてなかった。そう思っておくことにする。
「アルテミスこそ冷えすぎだよ! もっと頑張って応援しないと!」
「まあ私の場合、いざヘスティアに助力したはいいものの、参加者ゼロだからなあ」
彼女の言うとおり、トッドは参加していなかった。それこそ後列の救援部隊などにもいない。
本人が戦争遊戯に興味を持たなかったからというものあるのだろうが。そうでなくとも、ただ戦えると言うだけで、元は戦闘畑の人間ではない。ろくな連携経験もなくただレベルが高いだけなのだから、いても邪魔になるだろうと辞退していた。
どうせただのお祭りなんだから、参加すればいいのに、とヘスティアは思っていたが。彼は依頼が山のように入る、多忙な人間である。そうでなくとも研究に忙しなく動いているし。邪魔をするのも悪いということで、無理して参加は望まなかった。まあ、拡声器などの技術提供はしていたが。
というわけで、アルテミス・ファミリアは酒やら何やらの嗜好品を提供するに止まっている。
「うおー! いけー! やれー! ベル君たちの敵をとれー!」
「もう、しょうがないなあ……」
仕方ないなとつぶやくように言う。こういった場面で無理に止めないあたり、根っから優しいアルテミスだった。
戦況は、大きく分けて三つに分かれている。
中央ではオッタルとフィンが、一進一退の攻防を続けていた。優勢なのはフィンだ。オッタルも持ち前のレベルの高さと
右翼ではロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア両主力の戦いが続いていた。それぞれの主力が好き勝手暴れ回るものだから、戦場が狭く感じる。戦場とて狭くはないはずなのだが、彼らのせいで戦える範囲そのものが少ない。そのため、後続も数があまりいなかった。戦う気がある人間は、次々と中央へ移っている。
左翼、これは完全にロキ・ファミリアというかエルフの独壇場だった。大人数が空中から爆撃を繰り出している。ただでさえ空中要塞まで届く攻撃が少ない上に、届いたとしても攻撃が通らない。しゃれにならない戦法だった。今回の戦争遊戯では、ある意味フィンより凶悪と言えるかもしれない。
というか、左翼は本当に手のつけようがなかった。興奮していたヘスティアも、思わず素に戻るほどである。
「あれって誰か止めなかったのかな」
「止めなかったというか、誰も知らなかったというのが正解みたいだよ。まあ、ロキが黙っていれば分からない事ではあるしね」
「うわぁ……ロキがドヤってるのが目に浮かぶようだよ」
「というか、ドヤってるね。現在進行形で」
アルテミスが視線を飛ばした先には、ロキがいるのだろう。彼女の自慢げな顔など見たくもなかったので、ヘスティアの視線は戦場に向いたままだったが。多少聞こえてくる声も無視する。
戦況は右翼が互角、中央がやや優勢、左翼が勝勢で遂行している。認めたくはないが、この原動力になっているがロキ・ファミリアだ。
彼らは強い。というか
左翼はもうほとんどエルフの蹂躙にしかなっていないので、見るのも哀れな状態だったが。右翼と中央を見れば、それほど悪くない。とりわけフィンとオッタルの戦いは、手に汗握るほどのものだ。
現在のオラリオ最強はオッタル。これは全員の共通認識だった。その上で、フィンがどれだけ食い下がれるかが議題になっていたのだが。これだけフィンの攻勢が続くと、もしかしたらと思わせる。オラリオ最強が入れ替わるのかもしれない。
と、市壁に立っているフラッグが、一斉にブルーからイエローに変わった。それを確認して、ヘスティアはきょとんとした。
「あれ、もう?」
「戦況が偏ってるからね」
今回の大戦争遊戯にあたり、ルールは二つ作られた。一つは全体の6割がやられたら負け。もう一つは期間は半日とするというものだ。
おそろしくざっくりしすぎているとは思うのだが、なにしろこれだけ大規模な戦争遊戯は、オラリオでも初の事だ。どうしたってうまい具合に調整はできまい。ましてや今回は、エルフが大暴れしすぎている。
フラッグが立ったという事は、片方の勢力が戦力の四割を喪失したという事だ。これは言うまでもなく、ヘスティア陣営が勝っている。
エルフ特務部隊が、ついに左翼を食い破り、中央後列へと襲いかかった。左翼主戦力はそのまま、エルフについて行く組と、残敵を追撃する組に分かれる。
中央に届いて、連続して魔法が放たれた。いや、連続してと言うか、ほとんど同時に、同じ魔法が。リヴェリアが持っている
中央が一気に削り飛ばされた。氷結の魔法で、ほとんどの人間が動きを止められる。下手に火力がある攻撃では、戦争遊戯では使えないが。氷結し足下を凍らせるなら、うまい具合に行動不能にできるのだろう。
結局は、それが決め手になった。戦力を一気に削られる事になったアポロン陣営。赤のフラッグが立ち、ヘスティア陣営の勝利が決まった。
『終了! 勝者、ヘスティア陣営!』
ガネーシャの声が戦場と言わず市壁と言わず、全体に広がる。それと同時に、戦場の動きもややゆっくりしながらだが、落ち着いていった。
「やったー!」
「よかったねえ」
勝ったところで何があるわけでもないが。とりあえずヘスティアは、勝利を喜んだ。結局ロキ・ファミリア対フレイヤ・ファミリアは決着付かずで終わってしまったが。それを加味しても、見応えがある戦いだった。
周りでも喜んだり、悔しがったりしている。この規模の催しだから、どこかでギャンブルにもなっていただろう。
ひとしきり勝敗を悲喜した後も、ざわめきは止まらなかった。ヘスティアも興奮しっぱなしである。なにしろこの規模の催しは、今までにないものだった。
「いやー、なんだかんだ楽しかったぜ!」
「そう思ってる人も多いみたいだし、もしかしたら定期的に行われるかもね」
「それも悪くないかもしれないね。でも……」
「うん、そうだね……」
ヘスティアとアルテミスの心が一つになった。
次回からは絶対に、空中移動は禁止だな、と。