ダンジョンにすっごい研究者が現れた   作:緑黄色野菜

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一方、ロキ・ファミリア

 ロキ・ファミリアのとある一室。執務室というほど大層ではないが、休憩室というほど気軽でもない、そんな場所。あえて言うなら、そう、比較的開かれた小会議室と言ったところだろうか。

 そんな部屋に、主神であるロキとフィン、アイズが詰め寄っていた。

 小会議室の中は、汚れていると指摘するほどでもなかったが、しかしあちこちの壁に黒い跡がついていた。簡単な掃除自体は行き届いているように思える。つまりは、それだけ使い込まれているという事なのだろう。実際、休憩室や遊戯室が満員の時は、ここが使われると聞いている。

 ようは、それなりに居心地がいい空間だという事だ。

 座っているのは、フィンとアイズだけだ。ロキは、壁際に寄りかかっている。いかにもたまたま居合わせました、という風に見せるためだ。実際、そうでないかと問われれば、まあ否定はできない。時間がなければこの場にはいなかっただろうし。

 

「それでだ、アイズ」

「うん」

 

 フィンの言葉に、アイズが短く答えた。ロキは邪魔にならないよう黙っている。

 

「君のクエスト、というかバイトについてなのだけどね」

「その……まずかった……?」

「まさか」

 

 おずおずと聞いてくるアイズに、しかしフィンは大げさに肩をすくめて答えた。

 

「団員の小さなクエストにまで、いちいち口を挟むほどロキ・ファミリアは暇じゃないよ。ただまあ、確認したいことはある。相手がクエストの内容以上の事をさせてるんじゃないか、という点まで含めてね。守秘義務に抵触しない程度でいいから、こちらの疑問に答えてほしい」

「分かった」

 

 それほどたいそうな審問ではないと思ったのだろう――実際、それを狙ってこの小会議室で行っているというのもある。この場所であれば、それこそ扉の前でちょっと聞き耳を立てただけで中の話が聞こえてくる。

 

「それでまずは、アルテミス・ファミリアでいったいどんなクエストをこなしているんだい?」

「精神力を流すだけ」

 

 アイズの言葉は、恐ろしく短かった。

 沈黙。それが数分ほど支配しただだろうか。フィンが小首をかしげる。アイズはそれを真似たかのように、鏡映しに同じようにした。

 

「いや、他には?」

「ない。本当にそれだけ。今のところ、要項にあった魔法を使ってもらうって言うのも行ってない」

「まさか、それを四六時中行ってるわけでもないだろう?」

「うん。空いた時間はお茶したり、庭で鍛錬したりしてる」

「……僕の記憶が確かなら、遠征後の強制休憩期間からクエストを受けてるはずだが。まさかその間、鍛錬を行っていた、なんて事はないだろうね」

「…………!」

 

 アイズの肩が、びくりと震えた。ついでに、目も泳いでいる。そわそわと、落ち着きがなくもなっていた。

 

「アイズたん……無茶したらあかんっていつも言っとるのに……」

「この点に関しては別途呼び出しがある。ガレスとリヴェリアも呼ぼう」

「!?」

 

 この世の終わりみたいな顔をして、いくらか言葉を探していたが。元々口下手な少女である。うまい言い訳など見つかるはずもなく、しゅんと肩を落としていた。

 

「それはそれとして、他に何か特筆すべきところはあるかい? 何か特徴とか」

「特徴……」

 

 まだしょんぼりした様子ではあったが、それでも顔だけは上げて(上目遣いで実にあざとい。思わず許したくなってしまう。ロキの裁量でそれはできないのだが)、何かを思い出すようにしている。

 

「あ……」

「何かあったかい?」

「ご飯がおいしい」

 

 と、いままで引きつっていた表情を、とろりと溶けさせて。何かを思い出しながら、締まりのない顔になる。

 言葉に、フィンは額を押さえて頭痛を耐えるようにしながら言った。

 

「ご飯がおいしいって……それはなんて言うか……あえて言うべきことでもないだろう?」

「そんなことはない」

 

 やたら凜々しい顔になって、アイズはきっぱりと言った。

 

「とても、すごくおいしい。今までの人生の中で、一番おいしいご飯が出てくる。命をかけてもいい」

「いや、命までかけられても……」

 

 本気で困惑して、フィン。

 とりあえずこれで、アイズへの審問は終わった。部屋から出て行きがてら、その背中に「過剰鍛錬の件は忘れたわけじゃないからね」と言われると、あからさまに肩を落としてはいたが。

 アイズと入れ替わって入ってきたのはレフィーヤだった。彼女はなんだか申し訳なさそうに、眉をひそめて言っている。

 

「あの、今のアイズさんとの会話、全部聞こえてしまっていたんですが」

「それは別にええねん。聞こえてあかんかったらもっとちゃんとしたところで話すわ」

 

 ロキがぱたぱた手を振って、気軽にそう言う。

 団員の緊張を解す。こういった役割は、大抵ロキの役割だった。気さくであるというのは、ともすれば舐められる要因にもなるが、こういったときは得がたい性分にもなる。

 レフィーヤは座ることを促され、いくらか思い惑った様子だったが、結局素直に腰を据えた。

 

「それで、君から見てアルテミス・ファミリアのクエストはどうだい?」

「多分、アイズさんと同じ事しか言えません。なんとかって装置に精神力を流して……本当にたったそれだけです。後は自由時間だとか言って、アルテミス様とおしゃべりしていても、庭で鍛錬をしていても何も言われません。そんな時間までお給料が出るというのは、若干変な気分にはなりますが……」

「まあその点に関しては気にする必要もないだろう。バイトっていうのは大半が拘束時間で金銭が発生する。素直に受け取っておくといい」

「それは……まあ、はい」

 

 若干納得しづらそうではあったが、なんとか飲み込みはしたらしい。

 

「それで」

 

 言って、フィンはテーブルの上で、手を組み直した。

 一瞬、レフィーヤに緊張が走ったのを、ロキは見て取った。なるべく平静を装ってはいるようだったが、しかし肩が張ったのを、ロキは見逃さなかった。

 

「アイズに聞いても分からないと思ったから聞かなかったが。レフィーヤから見て、アルテミス・ファミリアの団長、トッド・ノートという人間はどういうタイプだい?」

 

 聞かれた言葉は、予想外ではあったらしい。緊張に上がっていた肩がすとんと落ちて、引きつっていた顔もどこか呆けたものになる。

 

「どう……ですか。私は研究者という人種がよく分からないので、どうとは言えませんが。例えるなら、そうですね、真面目なドワーフというのが一番近いのかもしれません。それも、他のことに目もくれず、ひたすら鍛冶だけをしているような」

「ふむ」

 

 と、何かを考えているようなポーズでうめくフィンだったが。それは本当にただのポーズだろうと、ロキは分かっていた。

 アルテミス・ファミリア団長、トッド・ノート。ただの想像でしかないが、まあ少なくとも俗人ではないだろうとは最初から思っていた。アイズだけならばともかく、潔癖症の気があるレフィーヤが普通に付き合えるのだ。次いで、さらに潔癖症でもあるアルテミスの眷属である。それこそ解脱したような超然とした人物でも全くおかしくない。というか、むしろそういった人物像こそが浮かんでくる。

 

「それで、何か気になる事はあるかい?」

「あ、そうそう! アイズさんも言ってたんですけどね!」

 

 何やら、やたら興奮した面持ちで、レフィーヤが語り出す。手をパタパタと振り、まるで世間話でもするような様子だ。というか、単に興奮しているだけなのだろうが。

 

「本当に、なぜかご飯がやたらおいしいんですよ! どうもトッドさんが作ってるようなんですけど、これがまた意味不明なほどおいしくて!」

「そ、そうかい」

 

 レフィーヤの勢いに、完全に押されるようにして。それでもなんとかこらえて、フィンは答えた。

 

「一度皆さんにも食べてもらいたいんですけど、なにしろ偏屈な人ですからね。料理一本でも余裕で食べてける腕があるのに、それも嫌がってるんです。やっぱり、どこか変な人なんじゃないかなーと思ってます」

「うん、まあ、なんとなく人物像は見えてきた気がするよ」

 

 言って、フィンはぱん、と手を叩いた。それで話は終わりだという風に。

 

「時間をとらせて悪かったね。まあクエストに関しては問題なしだ。アイズにもそう伝えておいてくれ。ああ、後から呼び出しがあるから、それは忘れないようにとも」

「その、アイズさんも悪気はなかったんですから、あまり怒らないでくださいね?」

「悪気があろうがなかろうがオーバーワークはオーバーワークだよ。その要求には応えられないな」

 

 言うと、ぱたぱたと、ややせわしない様子でレフィーヤが退室する。

 それを見送って、しばらく。フィンは扉にまで寄っていった。そして、少しだけそこを開くと、周囲を確かめる。周りにはだれもいなかったのだろう。そもそも便利な場所にあるとは言いがたい小会議室だ、用がなければ、無人である事も珍しくない。

 周りに人がいなければ、ちょっとした密談をするくらいなら不可能ではない。フィンは戻って座った。先ほど座っていた、小会議室の一番奥ではない。ロキの正面の椅子にだ。

 ロキもそれにならって、フィンの対面に座った。腕を組み、いくらか悩む仕草をしながら。ついで、がばっと両手を挙げて、それを一気にテーブルへたたきつけた。

 

「結局ご飯がおいしいって事しか分かってへんやんけ!」

「まあまあ」

 

 ロキの突っ込みに、フィンはなだめるように両手でジェスチャーをする。

 

「今回はクエストにかこつけて、彼女らに無茶な要求をしていないかどうかだけの確認だよ。それがないって分かっただけでもよしとしようじゃないか」

「そうなんやけどなあ。なんで二人してご飯自慢ばっかすんのや」

 

 未だ納得いかないのか、ロキはぶつぶつと続けていた。

 ぶーたれた顔で肘をつき、元から細い目をさらに細め、すねたようにあさっての方向を見ながら。

 

「うちも食ってみたくなるやん」

「結局そこなんだ」

 

 フィンが全身を脱力したようにする。が、姿勢はすぐに正された。予想の範疇ではあったのかもしれない。

 

「無茶がないことさえ分かれば、あの二人についてはいいさ。問題は、あのネックレスだよ」

「あれなー。ほんまなんなんあれ。意味分からんって」

 

 二人が同時に考えたのは、あの小汚いネックレスについてだった。いや、この際ネックレスがどういったセンスなのかは関係がない。問題は、それが持つ効能だ。

 

「持っただけで、所持者の魔力を爆発的に上げてくれる。控えめに言っても規格外な道具としか言い様がないね」

「言っとくけど、うちらにとっても予想外やで。経験値(エクセリア)っちゅうのはそんな安いものやないんや。あれに要求されるのは魂の研鑽。ちょこっと鍛えてぽんと上がるんやったら、いまごろ冒険者は第一級冒険者だらけや」

「それについては、まあ、一応仮説はあるよ」

「仮説?」

 

 片目だけを少し開いて、フィンを見る。

 彼も、自信満々といった様子ではなかったが、しかし全くの無根拠という風でもなさそうではあった。ぴっと、指を立てる。 

 

「そもそも魔力ってどう鍛えると思う?」

「どうって……使うしかないんちゃう?」

「その通り。魔力は魔法を使うことでしか鍛えられないんだ。魔法を使わずに訓練しているのは見てると思うんだけどね、あれは魔力の出力じゃなくて、魔力の制御能力を鍛えている。まあ、副次的に魔力も鍛えられてるんだけど、それはあくまで副作用でしかない。現状、魔力そのものを効率的に鍛える方法はないんだ」

「ほほぅ……。まあ確かに力を鍛えるなら筋トレとかよう見るけど、確かに魔力増幅訓練なんて見ないなあ」

「剣を振って筋肉を鍛える、みたいなものだからね。で、肝心のネックレスだけど、僕はあれを、魔力そのものに圧力をかけて強制的に鍛えさせる道具なんじゃないかって睨んでる。その効果はどれだけ鍛えられているかによるという感じで。だから後衛で魔法専門職のレフィーヤの方が、アイズより上がり幅が小さかった」

「ほぅ……目ん玉ひんむくような話やな。それが正しいと、魔法を使えないやつが一番魔力上昇幅が大きいことになるな。意味があるかはさておき」

「そうだね。あくまで予想だけど、その点に関しては、トッド・ノートがすでに自分で試してるんじゃないかな。意味があるかはさておき」

 

 二人して、意味があるかはさておきと言うが。まあこれは、きっぱり意味がないとは思っていた。そもそも魔力ステイタスが上がって、魔法まで使えるようになったならば、わざわざ魔法使いを雇う意味からしてない。

 しかし、本当にそんなものがあり得るのだろうか。本当に、降ってわいたように、都合よく。

 

経験値(エクセリア)はそんな安いもんやない)

 

 ロキは、自分ではいた言葉を再び噛みしめた。

 経験を積むのは、生中な事ではない。それはつまり、神の力によって、自分という器を自分以上に拡張するという事だ。有り体に言ってしまえば、自分という存在を超えて大きくするという事だ。わかりやすく、超人になる、という言い方もできる。

 そう、才能ではなく存在だ。種族的、そして生物的限界を乗り越えて、大きくなると言う事だ。安いはずがないし、代償が小さいはずもない。だからこその冒険であり試練だ。己に与えられた命題を乗り越えてこそ、その器は力に応えて拡張する。それがエクセリアでありレベルアップ。

 もしそんなことをたやすく行うならば。それこそ、神の力だ。神の与えた力だ。

 

「こうなると、一度リヴェリアにも試してほしいものだね」

「せやな。まあLv.6の、それも極まった魔法使いに試したところで、効果がどれほどあるかは疑問やけど」

「多少でも上がれば儲けもの、という考えでいいじゃないか。実際、力の伸び悩みに関して、リヴェリアはアイズよりも重症だ」

 

 まあLv.6にもなって、ぽんぽんステイタスが上がるようなら、その方が問題だが。それこそ神の宴で槍玉に挙げられかねない。

 

「主神の方はどうなんだい? こう、愉快犯的に力を与えたりとか、そういった方面で」

「ありえへん、と思う」

 

 まずありえない事ではあったが。しかし、眷属かわいさに、全く否定できる事でもない。かもしれない。そんな風に思う。

 

「アルテミスは超カタブツのいい子ちゃんや。良くも悪くも贔屓はせん。過去に一度、眷属が全滅した時やってそんな真似せんかったんやから筋金入りや。ただ、まあ……」

「その事がトラウマになって、今の眷属をかわいがりすぎてる可能性は否定できない、というところか」

「せやな。それでもうちは可能性が低いと思っとる」

 

 実際、どうだろうか。思う。

 過去に幾人もの神が、我が子の死を受け入れられず、あるいは認められず、神の力を召喚した。そして、天界へと強制送還されていった。いままでそうでなかったからと言って、これからもそうでないとは言い切れない。それは、他ならぬロキ自身にも言えたことだった。目の前で我が子が嬲られれば、己の力を振るわないほど自制できるか。自信を持ってないとは言えない。

 と、ふとそこで、ロキは気がついた。

 

「ないな」

「何がだい?」

 

 ロキはただでさえ細い視線をさらに細めて、フィンを見た。

 

「フィンの意見がない、言うたんや。今まで確認と予想のみで、自分自身の意見を一言も言ってへん。なんかあるんやろ?」

 

 彼女は、悪戯っぽく笑みを見せて、目の前のパルゥムを見た。

 彼は相変わらずの微笑を崩しもせず、静かな笑みはいっそ、けして揺れず倒れずの大樹にも思える。

 

「これを言うと、変な先入観が入ってしまうから言いたくなかったんだけどね」

「ええやんええやん。もう話も行き詰まってるし、言ってしまいや」

「アルテミス・ファミリアはおそらく白だよ。違反は全く行っていない。そして、アイズとレフィーヤも通わせ続けた方がいい。できれば彼女ら伝いに関係を強めたいくらいだ。あくまで僕の勘がそう言ってるだけだけどね」

「それは本当にただの勘なんか?」

 

 ロキは面白がって、笑みを浮かべた。

 フィンは一瞬、きょとんとしたが。彼は降参したように、両手を挙げた。

 

「うずくんだよ、指がね。それもこれは、おそらくいい意味でのうずきだ」

 

 呼応するように、彼もまた、笑みを浮かべる。

 ロキはけたけたとひとしきり笑った後、言葉を続けた。

 

「せやったらそれにかけようか。ここはうちのファミリアやけど、団長はフィンや」

「いいのかい? そんなに簡単に言ってしまって」

「ええねんええねん。それが下界でのうちの在り方や」

 

 それだけ言って、ロキは席を立った。

 決断が正しいと知ったのは、それからいくらも経過しないでの事だった。

 

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