ダンジョンにすっごい研究者が現れた   作:緑黄色野菜

5 / 31
確変の始まり

 立ち向かってくるモンスターをなで切りにする。わざわざ近づく必要はない。理由は不明だが、モンスターというのは冒険者――というより人間――に、自ら襲いかかってくる。なので、いると分かれば、ただ突っ立っているだけでも無数にやってくるわけだが。

 アイズは剣を振り回しながら、とりあえず目につくモンスターをたたき切っていた。

 現在はダンジョンの中層、19階層な訳だが。そこをLv.3が二人とLv.5が一人。たった三人のパーティーであれば、適正階層と言えなくもない。まあ、大分楽ではあるのは否定できないが、とはひっそり思っていた。

 目につくモンスターを一通りたたき切って、アイズは振り向いた。そこには、少女と男性の二人がいた。

 

「大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「こっちも」

 

 問いかけるが、聞くまでもない事ではあった。

 二人――トッドとレフィーヤ――は、アイズが倒したモンスターから魔石を取り出している所だった。

 モンスターの死骸は、基本的に放置はできない。というよりも、魔石はだが。魔石が金になるという点を差し引いても、モンスターが魔石を食べて、その味を覚えることがある。詳しい理屈までは知らないが、モンスターが魔石を食べると力が強まる。それに味を占めて、同族食いを繰り返し、強化種となる事もあった。当然これは適正階層の概念を破壊するものであり、怪物進呈(パス・パレード)と同じく危険行為だと言われている。

 冒険者を多く倒した強化種はネームドモンスターとして登録され、ギルドで討伐依頼が出される事もある。が、これはまあ、今は関係ないか。

 とにかくダンジョンアタックだ。

 一応三人のパーティーという事になっているが、二人はアイズの殲滅力について行けないため、ほとんどサポーターのようになっている。今も、魔石をえぐり出しては回収しているし。

 二人の作業を眺めながらも、周囲に気を配ってモンスターの襲撃を確かめる。この程度の階層で遅れをとることはなくなったが、しかし油断もできない。それがダンジョンという場所だ。

 

(なんか……変な感じ)

 

 それは、魔石回収を眺めていることでも、トッドの依頼で中層まで来たことでもない。三人という半端な人数でダンジョンに潜っている事についてだった。

 ロキ・ファミリアは最大手ファミリアだ。一緒にダンジョンを潜ろうと思ったら、それこそいくらでも人数を集められる。そこをわずか三人でというのは、そういえばなかなかない経験だった。

 ダンジョンは広いという、明快な問題もある。つまりは、下に行けば行くほど、役割を担う必要がある人間が増えていくのだ。もしマップなし、何も考えずに潜っていけば、簡単に迷ってしまう。これもまた、ダンジョンの危険の一つだ。

 幼少期からダンジョンに潜っているアイズには、その手の危険はすでにないが。

 ふとアイズは、自分の手元を見た。

 何があるわけでもない、普通の剣。一つ違うのは、愛剣ではないという点か。デスペレートはまだ整備に出したままなので、代わりの剣を持っている。お値段数千万ヴァリス。強度にこそ不安が残るが、切れ味に関してはデスペレートに勝るとも劣らない。

 

(これじゃ……ない……)

 

 ぽそりと、思う。

 トッドの依頼は奇妙なものだった。

 

「自分の作った武器で、戦ってみろ」

 

 それだけだ。

 武器は、結局の所ただの武器だ。使い手に依存し、そして使い手以上の力は出せない。例外として魔剣というものがあるが、あれは武器と言うよりも、どちらかと言えば道具だろう。ほぼ使い捨てという特性から見ても、分類としてはそちらだ。

 トッドの研究室には、幾度となく出入りしている。それですべて分かるとまで傲慢にはなれないが、しかし分かることはあった。あそこの素材には、特別なものはない。どれも上層から中層あたり、つまりさほど特別な素材は存在しない。もとより弱小ファミリアなのだから、下層や深層の素材は入手することすら困難ではあるだろう。

 武器の中には、特殊武装(スペリオルズ)と呼ばれる特殊な力を持つものもあるが。それとて、使い手の能力を逸脱するものではない。それは同時に、使い手の性能から脱出できない、という意味でもあるだろう。

 

(だから、今更飛び抜けた性能を持った武器なんていうのもないはず……だけど)

 

 思う。

 武器は武器。それ以上でもそれ以下でもない。

 確かにアイズには、トッドという人間の創造力に対して期待はある。あるが、それが既成概念を超えるものかというと、どうだろうとも思う。

 

(もしそんなものがあれば……)

 

 使い手をさらなる高みに上げてくれる武器があるならば。

 考えかけて、アイズはかぶりを振った。その考えは、さすがに、今の鍛冶師に対して失礼だろうと思ったからだ。

 

「――だから魔法を使うならば、ただ一点だけに集中すればいいだけじゃない。精神力の循環こそが次のレベルに上げてくれる、そのはずだ」

「なるほど。じゃあ――」

 

 トッドとレフィーヤは、雑談をしながら魔石の回収を行っている。これは、そこそこ珍しいことだと言えた。

 レフィーヤはどちらかと言えば、人見知りするタイプだ。その上(なぜだか)男性にはあたりがきついことがままある。トッドに対しても、最初はそうだった。今ではアイズよりも、トッドとうまく話すようになっている。

 

「実際、あの人はすごいんですよ。単に魔法理論に関してだけ言えば、それこそ数世代先を行っていると言っても過言ではありません。学ぶべきところが多いです」

 

 とは、レフィーヤの弁だが。なんにしろ、暇さえあれば討論をしている二人である。

 

「終わったぞ」

「こっちもです」

 

 二人とも、魔石回収を終えて、アイズに報告してくる。彼女はこくんと頷いて、歩き出した。

 目指す先はわかりやすかった。素材を求めているわけでもないため、道中はかなりスムーズである。

 たどり着いたのは、19階層の食料庫(パントリー)入り口だった。モンスターの食事場だけあって、山のような数がひしめき合っている。中には、前にいるモンスターを踏み潰して中に入ろうとまでしている者もいた。その姿を、遙か上、高台から眺める。

 

「何度見ても壮観な眺めですよねえ。いくら低レベルモンスターばかりだって言っても、寒気がします」

 

 崖から落ちないよう、ひっそりと体を乗り出しているレフィーヤが、下をのぞいて両肩をさすっていた。

 

「じゃ、始めるか」

 

 彼は荷物を落とさないための紐を解くと、一番大きな鞄を下ろした。

 

「ほいこれ」

 

 気軽な調子で、武器を投げ渡してくる。アイズには片手剣、レフィーヤには杖だ。彼自身は、片手斧に短槍の二刀流だった。これは、武器の種類がかぶらないための措置だとは先に聞いていたが。彼は武器の類いであれば、なんでも扱えるらしい。

 

「しかし、本当に食料庫前で戦うんですか? それも使い慣れない武器で」

「俺はいつも中でモンスターがいなくなるまで戦ってるが」

「控えめに言って頭おかしいです」

 

 やりとりは、本当にどうでもよさそうなので、聞き流して。

 アイズは手に取った剣を二度、三度と振ってみた。とりあえず違和感は感じない。重心やら形状やらもアイズに誂えているのか、予備の剣よりも扱いやすいくらいだ。どころか、心なしか、動きまでよくなっているような気までする。

 

「じゃあ――」

「あ、ちょっと待った」

 

 行ってくる。そう言おうとして、待ったをかけたのはトッドだった。

 彼はおほんと咳払いを一つして、宣言する。

 

「これより、最終実践試験を開始する」

「…………?」

 

 言われて、意味が分からずアイズが首をかしげると。彼は苦笑した。

 

「まあ、あまり意味なんてない。ただ、これが本当の意味で()()()だって言っただけだ」

 

 そう言われても、やはりよく意味は分からなかったが。まあつまりは、もう攻め込んでいいのだろう。

 アイズは崖の縁に足をかけて、体を思い切り傾け。モンスターの列に向かって跳ね飛び。

 そして、ぎょっとした。

 はっきり言って、速度が異常だった。視界が一瞬すべて意味をなさない引きずられたような色彩になり、そしてすぐに戻る。着地際に何体か切り飛ばそうと思っていたが、予想外の早さに、ただ中心に着地しただけだった。

 動揺したのはモンスターも同じだっただろう。急にあらわれた冒険者に、一瞬――それこそ進行の動きすらも――止まる。

 復帰はアイズの方が早かった。弧を描くように、剣を振る。魔物は簡単に、上下に分割された。その結果自体には、驚くところは何もなかったが。しかし、体が恐ろしく強く、そして早い。いや、それどころか反応速度まで上がっている。

 

(どういうこと……!?)

 

 動揺しながらも、アイズは剣を滑らせながら走った。これらも、異様なほど強く、早い。今までの自分では無理だった反応速度を簡単に見せる。今までの自分では不可能だった理想の動きに、簡単に追いつく。いや、追い越し、置き去りにしてすらいる。

 まるで。そう、これはまるで――

 

(レベルアップした時みたい……いや、それ以上!)

 

 体が――いや、何もかもが早い。それこそ反応より早く、体が動く。いくら適正レベル以下の相手であったとしても、これほどスムーズに行く物なのだろうか。疑念は、しかし高揚に押しつぶされた。自分は強い。今までの何よりも、いつよりも。私は今、ワンランク上のステージにいる!

 敵を同じ速度で殲滅しながら、周囲を確認する。それほどの余裕を与えてくれていた。

 見れば、トッド・ノートも似たような状態で、モンスターをちぎっては投げている。さすがに殲滅速度という面においてアイズには及ばないが、それでもLv.3とは思えないほどの強さを発揮していた。

 

「アイズさん! トッドさん!」

 

 上空、崖の上から、声がかけられる。二人同時に、地を跳ねた。その動きにも、モンスターは全くついて来れず、見失った二人を探している。

 二人して崖の中腹あたりに位置したところで、レフィーヤの絶叫が響き渡った。

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカ!」

 

 紅蓮の矢が、まるで審判を下すように、無数に地上へと降り注ぐ。

 この魔法も、今までからは考えられない出力だった。まず矢の数からして、倍に近い。その上、一発一発の威力も上がっている。瀑布は地上のモンスターすべてを焼き尽くし、それだけでは止まらず、食料庫の入り口を吹き飛ばした。入り口は綺麗にクレーターを作り、次の瞬間崩落を始め、その通路を半ばまで封じてしまった。

 魔法の後には――

 もうモンスターは一体たりとて残っていなかった。食料庫にこもっていたであろうモンスターも、崩落の影響で出てくるのに苦難しているらしく、現れる気配はない。

 崖を跳ねて上り、レフィーヤの位置まで戻る。いくらか遅れて、トッドも上ってきた。

 レフィーヤは、へたり込んでいた。大口を開けて、まるで目の前の光景が信じられないというった風に。

 やがて、戻ってきた二人に気がつき。いくらかアイズとトッドの間で視線を往復させて、そしてうめきを漏らした。

 

「どっ、どどどどどっ」

「どぎゃあ?」

「なわけないでしょう! これは一体どういう事ですか!?」

 

 トッドのからかいに、レフィーヤは愕然と顎を落としてかみついた。

 

「おかしいでしょうこの杖! 精神力の活用を補助して、恐ろしくスムーズに動くし! その上、増幅までしてくれてます! いえ、普通の杖でも増幅はしてくれますけど! これもう増幅ってレベルじゃないですよ! 威力が倍近いじゃないですか!」

「そうかそうか。つまり、とてもいい物だと思ってくれてるわけか」

 

 勢いのまま吐き出すレフィーヤに、しかしトッドは当然とばかりに答えた。いや、顔は珍しく笑っている。

 少女はなおも言いつのろうとするが、うまく言葉を選べないらしい。詰まっているうちに、アイズは割り込んだ。

 

「私も教えてほしい。この剣はなんていうか、おかしかった。まるで、その……」

「ランクアップしたみたい?」

「……うん」

 

 それ以外言い様もなく、頷く。そこで初めて、彼は哄笑をした。

 

「ははは! つまり大成功だって事だ! 複数使用時の干渉も、試験段階と同じく確認されなかった!」

「この武器は……いえ、これは何なんです?」

 

 レフィーヤが恐る恐ると言った様子で、聞く。彼は笑みを崩さないまま、続けた。

 

「この武器の機能は単純だよ。精神力を体内循環させ、ステイタスに上乗せするようにする。そして、攻撃の瞬間は循環中の精神力を少量利用して、攻撃力に加算する。言ってしまえばそれだけのもんだが、それを洗練させればこれだけの事ができるんだよ。つまり、ワンランク上相当の力に!」

「そ……」

 

 言われて、アイズは言葉に詰まった。何を言うべきかが分からない。緊張と、そして高揚に、喉が渇く。なんとかつばを飲み込んで、言えたのはつまらない事だけだった。

 

「その程度で、ここまでの結果になるの?」

「ならないな。だが、それを可能にしたのが俺の研究成果だよ。分かるか? 俺の武器は、すべての冒険者を()()()()()()()()んだ!」

 

 彼は手に持っていた両武器を地面に突き刺して、両手を広げた。

 

「魔法使いであれば、その影響は顕著だろう。今まで集中していなければいけなかった詠唱、精神力集中、戦闘行動、それらすべてに恩恵がある。分かるか? 誰でもリヴェリア・リヨス・アールヴのような移動砲台になる時代が、もうすぐそこまで来てるんだ!」

「そ、そこまで都合がいいものでもないはずです!」

 

 それは、反論というよりは、現実を認めがたいという風ではあった。レフィーヤは声を荒らげて、反論だか、それとも自問だかを発する。

 

「すべての冒険者がランクアップをするはずがありません! この恩恵を受けられるのは、魔力ステイタスがある人だけ……」

 

 言って、そこで彼女ははっとしたのだろう。アイズにも思い当たる所はあった。

 

「そう。だからこその、魔力を強制的に鍛えるあの合金だ。魔法も使えず無意味だと思うかもしれないがな。ようは呼び水にさえなればいいんだ。後は、この武器を使っていくうちに、魔力は成長する。魔力が成長すれば、それに比例して身体能力にも上乗せされる。言っただろう? 冒険者すべてに革命が起きるんだ」

 

 それで、と彼は続けた。

 

「実際の魔法使いに聞いてみたい。その合金――まだ名前は決まってないが――で作られた武器は、有用か? 今まで使ったどんな武器よりも優れてると思うか?」

 

 問われて、アイズは手に持った剣を見た。

 見た目は本当に、ただの剣だ。多少銀光が強めかもしれない、その程度のものである。しかし、これがひとたび戦闘姿勢に入れば、体内の精神力を調整、効率化、倍加し、圧倒的な性能を付与してくれることは、もう疑いない。今までの武器とは一線を画す武器。今までの武器を置き去りにする武器。

 圧倒的な性能の、超兵器。飛び抜けたとしか言い様がない性能。かといって、武器に使われるような類いのものでもない。言うなれば、今まで使ってなかった力を、効率的に呼び覚まし運用する類いの武器なのだ。

 つまりは――革命だ。

 

「思う!」

「こちらの方が上です!」

 

 絶叫は、同時だった。

 にっと、男は笑った。

 

「よろしい。その二つの武器は、バイトのおまけとして、あんたらにくれてやる。せいぜい有効活用してくれ」

 

 クエストは終わった。もうここに用はないとばかりに、彼は荷物を纏め始めた。といっても、ここに来てばらしたのは武器類だけであり、そのうち二つもアイズとレフィーヤの手にあるので、さほど時間はかからなかったが。

 

「ああ」

 

 と、荷物を担いだ男は思い出したかのように振り返った。

 

「いつものクエストはまだ続けてくれ。まだまだ終わりじゃないからな」

「もしかして……これより上が……あるの……?」

 

 アイズは震える声で問いかけた。レフィーヤに至っては、もう言葉もない様子だった。

 トッドは力強く頷いて、どこか――遠いどこかに視線を向ける。

 

「当然だ。こんなのは序の口だよ。当然無理にとは言わないがな。だが、ついてくるなら、一等面白い景色を見せてやる。誰も見たことのない、それこそオッタルだってまだ見ていない、世界の頂だ」

 

 言われて。

 アイズは、自分の口元がゆがんでいる事に気がついた。それが歓喜によるものだと分かったのは、口が落ち着いてしばらくの事だった。

 

 

 

 ダンジョンアタック依頼からしばらく。オラリオに激震が走った。

 今までただのLv.3以上の意味がなかったトッド・ノートという名。それが、オラリオ一の天才として通るようになった。

 同時に知られる、新合金神域金属(アダマント)。それの応用で作られた、精神力を強制的に成長させる魔増(トラウム)合金に、精神力を成長させる効果こそないものの、それを超効率的に運用させ、場合によってはレベルすら一つ分上昇してくれ、とりわけ攻撃力に関しては既存のどの武器よりも上な魔導力(エピセス)合金の誕生。それを利用したパワープラス精神力で攻撃可能にする魔力撃(ストライク)武器の誕生。さらに言えば、魔導力(エピセス)合金の武器を魔法使いが使えば、レベル一つ分どころではない威力の向上を見せてくれる。

 神も、冒険者も、誰も彼もがわいた。そして同時に、冒険者という存在が大きく進もうとしているのも感じた。

 トッド・ノート。今やオラリオでその名を知らない者はいない。

 オラリオはまさに、彼を中心に回ろうとしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。