ダンジョンにすっごい研究者が現れた   作:緑黄色野菜

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最終調整

 神域金属(アダマント)は一応の完成を見た。という会見は、結局の所他人から見た評価でしかないのだろう。少なくともトッドは、それを完成とは見ていないらしかった。彼は今までにも増して、研究に精を入れている。

 といってもまあ、それは神域金属(アダマント)の発表からいくらか時間がたった後の話だ。

 トッドは、新合金発明からしばらく、魔力撃(ストライク)武器の製造依頼にかかりきりになっていた。まあ、これは仕方がないことだと思う。なにせ、完全な性能を発揮できる魔力撃(ストライク)武器は、未だ彼しか作れないのだから。他の鍛冶師も頑張ってはいる物の、その品質はどうしてもデッドコピーにしかならない。

 こうならないために技術公開したのに。と、彼は憤慨していたが。まあそれは、時間が解決すると思って諦めるしかない(ついでに言うと、ロキ・ファミリアが上位冒険者の分を無理言って用意してもらったので、何かを言うのも怖かった)。この魔力機能効率、増幅金属は、将来的にあらゆる面で活用されると目されている。それこそ現状の武器利用から、魔力灯の性能延長まで様々にだ。

 そして、彼の忙しさもいくらか収まって(無理矢理打ち切ったとも言う)、一昔前よりはいくらか時間ができた。

 アイズとレフィーヤのクエスト、もといアルバイトも、相変わらず続けられていた。しかし、今度は今までとは趣は大分変わっていた。

 

「第七十二次測定開始。魔法詠唱後、待機状態に入って」

「はい」

 

 トッドとレフィーヤの声が聞こえる。壁一面に並んでいた計測器は、いくらか形状を変えていた。何がどう変わったかは、相変わらずアイズには分からない。ただ、目に見えて計測器の数が増えたことだけは分かった。

 本来ならば、研究室の声など庭で修行しているアイズまでは聞こえてこないのだが。少し前に、便利性をという事で、石造りの壁を一部壊して、扉にしていた。ここが開け放たれると、内側で何をしているかが傍目にも分かる。と同時に、呼ばれればすぐに向かえるようにもなっていた。

 

「金属の感応値、よし。転換作用も悪くない値だ。バランサー正常値内。精神力の対応値にも十分余裕を持って耐えてる。集積ユニット、プラスマイナスゼロ。よし、これも完璧だ。オールクリア」

「そうですか」

 

 感慨深げなトッドに対して、レフィーヤは軽い調子だった。まあ、彼女も何をしているのか理解できていないというのは、前にも聞いた。成功と言われて、何が凄いのかも分からないだろう。

 

「アイズ!」

「うん」

 

 呼ばれて、レフィーヤと入れ替わるようにして、研究室に入っていく。

 そして、手に持っている剣もどきを手渡した。

 なぜ剣もどきなのかというと、それの形状は明らかに変だったからだ。まず、刃に相当する場所がない。どちらかと言えば、木刀なんかに近いだろうか。刃がないのでどちらがどうというのも変な話だが、峰の部分には妙な重りが並んでいる。これを動かして、重心を調整するのだが。ちなみに刃の部分そのものも柄に収容できて、長さを数センチほどだが調整できるようにしている。今は、アイズがもっとも扱いやすいと思える長さとバランスに調整しているが。

 道具のバランスというのはレフィーヤも同じようなもので、これもまた奇っ怪な形状をしている。最初は杖の片方に重しだか何だかをつけていたが、今では両端についている。さすがに持ち手に不具合があるため、可動式の重りというのは、それにはついていなかったが。その分、彼女が扱うのに一番いいバランスをとるのは、大分手間取っている様子ではあった。

 中に入っていくと、トッドはがちゃがちゃと何かをいじっていた。傍目には、奇妙なバランスで成り立っている掃除用具を、なんとか引っ張り出しているようにも見える。

 

「剣のバランスはそれでちょうどいい?」

「うん。デスペレートよりもなじむ感じは……ある、かな?」

 

 いまだ掃除用具もどきをがたがた鳴らしながら、聞いてくる。

 答えると、彼は未だに道具と格闘しながら、しかし満足はしたのだろう、頷いた。

 途中、苛立ったのか、装備の下部に蹴り一発を入れて。やっと戸が開いた。戸はかなり分厚い金属でできており、ちょっとやそっとじゃ壊れない構造にはなっているが。さすがに上位冒険者の力で叩けば、無事には済まないだろうに。それでもいいのか、と思うが、まあ本人がいいならいいのだろう。

 

「そこに剣を入れて」

「うん」

 

 言われたとおりに、差し込む。

 中は暗くて見えなかったが、形状は合わせてあったのだろう。思いのほかがっちりとはまり込み、最後に押し込むと、かちりと音までする。

 

「あー、エアリアル相乗最終試験開始。というわけで、魔法使ってみて」

「分かった。目覚めよ(テンペスト)

 

 言う。と、体中に巻き付くように、空気の渦が発生する。

 この鍛錬具も神域金属(アダマント)でできているらしく、魔法を簡単に倍加してしまう。そのため、かなり慎重な運用が必要だった。もし本気で放てば、この研究所はおろか、ホームごと綺麗さっぱり吹き飛ばしかねない。といっても、新金属の効果で、精密操作は奇妙なほどうまくいく。実際、低出力にも、威力の集中にも、普通に魔法を使うより遙かに少ない集中力で事足りる。

 

「出力、第二領域通過。もっと力を上げられるか? 周囲に影響出さずに」

「やってみる」

 

 とは言ったが、実のところ、それには自信があった。魔導力(エピセス)を使い始めてからと言うもの、魔法の扱いがとても調子がいい。シャープになったと言うべきか。とにかく、今は何を要求されたところで失敗しないだろうという自信があった。

 高度な事を要求されれば、それ相応の集中が――正確に言えば、集中をするためのルーティーンが――いる。しかし、今の彼女には、それも必要なかった。

 さすがに機械そのものに流し込む訳にはいかなかったため、手元で渦を作る。これもまた、普段からは考えられないほど精緻なものだ。

 

「どう?」

「反応値三倍……五倍! 最高だ!」

 

 その言葉が、アイズの問いに対するものかまでは分からなかったが。なんにしろトッドは、興奮した面持ちで、また何かを弄っている。

 彼の機械いじりに数分続いて、はっと気がついて、アイズに問いかけた。

 

「剣を振るうとき、何か特別な事はしてるか? 何というか、無理に握り直したりとか」

「ううん。普段剣を使うときと同じにしてる」

「じゃあ圧力値なんかも同じ設定でいいな。ありがとう、もういいよ」

 

 言って、彼は無数に並ぶスイッチの内、一つを押した。

 アイズは魔法を停止し、剣を引き抜く。差し込むときは多少抵抗を覚えたが、抜くときはそんなこともなく、するりと抜けた。

 

「じゃあ、鍛錬に戻るね」

「おう。用があったらまた呼ぶ」

 

 彼はアイズの顔を見もせず、そのままがちゃがちゃと何かを続けていた。相変わらず、何をしているかは分からない。

 庭に戻ると、レフィーヤは体を動かしながら杖を振っていた。最近は並行詠唱に凝っているらしく、同時に詠唱もこなしている。魔導力(エピセス)製の杖を持ってから、確かな感触を得たんだとか。たしかに、それであれば、魔法の実行自体が簡単になっている。

 

「レフィーヤ。精が出るね」

「あ、アイズさん。もう終わったんですか?」

「うん」

 

 アイズがやってきたのに気がついてか、いったん訓練を停止して、彼女を見る。

 さほど長い間ではなかったが、訓練の密度は高かったのだろう、うっすら汗を流していた。

 いったん手を止めた彼女が、すすす、とアイズに近づいてくる。内緒話なのだろうか、顔を大分近づけてきた。

 

「トッドさん、何をやってるか分かりますか?」

「ううん……全然」

「ですよねえ」

 

 レフィーヤはうーんと難しそうに眉をひそめる。顔が近いため、額をつたって、眉に汗が飲み込まれるのまで見えた。

 

「あの人はこれ以上があると確信して、研究を続けてるみたいなんですけど……実際、これ以上ってあるんでしょうか」

「どうだろう……」

 

 問いかけに、アイズは悩んだ。といっても、それで何が分かるわけでもないのだが。

 今の時点ですら、ほぼ全冒険者のランクアップ相当の能力向上だ。これを超える何かというのは、もう想像も難しい。発想のレベルからして違うと言ってしまえばそれまでだが、にしたって常識はずれすぎた。

 とはいえやはり、トッドのする事だ。成果は出してくるのだろう。

 

「でも……」

 

 と、ふと思い出して、アイズは言った。

 

「フィンが、まだアルテミス・ファミリアとの関係は維持した方がいいって言ってた。なら多分、まだ何かがあると思う」

「そうなんですか?」

 

 初耳だとばかりにレフィーヤ。寄せていた顔を戻して、驚きに眉を上げている。

 

「うん。それに……」

 

 アイズは研究室の方を見た。

 ドアは開けっぱなしのため、トッドが何をしているかはよく見える。ただし、やはり何をしているかまではさっぱりだが。

 

「私も思うんだ」

 

 トッドが、二人に見られている事に気がついて、小さく手を振った。それに手を振り返えして、顔はレフィーヤに戻す。彼もそれだけで研究に戻っただろうという事は、まあ確認するほどの事でもない。いつものことだから。

 

「ここまで来たら、もっと遠い景色、見てみたいと思うんだ……」

 

 あるいは、おとぎ話のそれにも匹敵するような。過去の憧憬をも超えるような。

 彼女は知らずのうちに、手に持っている練習用の模造刀に力を込めた。

 

 

 

 アルテミスはこのところ、ずっと不機嫌だった。

 今や唯一となってしまった彼女の眷属は、連日せわしなく研究を続けている。まるで遅れていた分を取り戻すように。

 神域金属(アダマント)なる新合金が発明され、オラリオは沸きに沸った。そして、誰もがトッドの作った魔力撃(ストライク)武器を求めた。

 気持ちは分かる。と、多分の不機嫌さに、少々の誇らしさを混ぜてアルテミスは思った。

 新金属は正しく革命だ。これで、冒険者の死傷率も大幅に下がった。魔法を扱える者まで増えているらしい。加えて、この合金は既存のほとんどの武器より強靱であり、それこそ不壊属性(デュランダル)にも匹敵する強度と破壊不可能性能を持つらしい。ほぼ壊れる事はなく、ただ難点を言えば、整備に手間がかかるという点か。もっとも、壊れないのだから、武器についた油や汚れを落とすだけで、大抵はなんとかなってしまうのだが。

 魔導力(エピセス)を完全な形で作れるのは、現状のオラリオではトッドただ一人。それはつまり、完璧なものを求めようと思えば、トッドに作ってもらうしかないわけだ。まさか、鍛冶の神があくせくそれらを作るわけもなし。

 現状、神域金属(アダマント)は武器にしか使われていないが。これが普遍化すれば、防具にも転用されるだろう。そうすれば、もっと冒険者の危険は減る。その上、武器がなくても戦えるようになるだろう。魔導力(エピセス)製の手甲を装備しただけで、蹴りやらにまで魔力撃の恩恵がある事は、すでに確認されている。まあこれこそ今の状態では夢物語であり、いったい何十年先になるやらという話でしかないが。

 だが、それが何か、アルテミスの慰めになるわけでもない。

 

(私は我慢強い)

 

 強く、強く念じる。そう、私は我慢強い。我慢強かった。

 

(でも、そろそろ限界だよ)

 

 頬杖をつきながら、もう片方の手は、貧乏揺すりの代わりに、テーブルをかつかつと指で叩いていた。

 研究と、度重なる特殊武装の枠を超えた魔力撃(ストライク)武器の製造依頼。それによって、ここしばらく、トッドとろくに話もできていない。本当はもっと話したりぎゅってしたり、その他諸々していたいのに。

 

(時間……)

 

 そろそろ怒っても、文句の一つもないはずだ。

 そうだ、無理を言って旅行に行くのもいい。彼は難色を示すかもしれないが、最終的には言うことを聞いてくれるはずだ。それは知っている。もう何年も付き合いがあるのだ。どの程度のわがままと、本気かを分かってもらえるなら、必ず折れてくれるだろう。

 そう、時間がない。あらゆる意味で、時間が限られている……

 その時。

 だぁん! と大きな音を立てて、扉が開かれた。いきなりの衝撃と騒音に、思わずテーブルからずり落ちそうになる。

 ぎょっとして、何事かと思いながら音の方を見る。そちらはホームの奥まった方の扉であり、つまり研究室がある方だった。

 現れたのは、トッドだった。ぼさぼさの頭に、白衣も汚れ、何をしたのか、ところどころ焼けて穴が開いている。が、何より特徴的だったのはその顔だった。彼には珍しく――本当に珍しく、満面の笑みを浮かべている。

 どうしたの?――問おうとして、とっさに言葉を止めた。そう、自分は怒っているのだ。まずはそれを知らしめなければならない。

 

「トッド、いきなり何だい? だいたい君は私をずっと放置してだね――」

「やった! やったぞアルテミス様!」

「わぷっ!」

 

 言葉は遮られた。全く予期せぬ、トッドの抱きつきという形で。

 トッドは哄笑を続けている。アルテミスを強く抱いて、持ち上げると、そのままぐるぐると回り始めた。

 

「はわわ……」

 

 アルテミスは、言葉を忘れた。何か、なんだか言おうとしていたが、それらがすべて吹き飛んだ。トッドが彼女を抱き上げているため、顔と顔が密着する。頬がこすれ合って、またそれを自覚してしまったものだから、顔中真っ赤になってしまう。

 続いて、彼はアルテミスの腰に手を回すと、踊るように回転した。椅子やテーブルを蹴倒すが、そんなことも気にしない。ほとんど狂乱した様子でめちゃくちゃなダンスを踊り、その上頬にキスの嵐までしてくる。

 

「はわーっ!」

 

 アルテミスはついに爆発寸前になって、体からぐったりと力を抜いた。

 トッドは主神の様子すら気づかないといった風に、叫び続けている。

 

「完成だ! ついに完成しだぞ! 長年の研究が実った! 完璧な武器だ! 誕生した!」

 

 もはや言葉かも怪しい単語の羅列を、一気にはじき出す。

 振り回されすぎて目を回す中、アルテミスは手を離されて、壁に手をついた。なんとかそのままへたり込む無様だけは阻止したが。

 

「ど、どうしたんですか?」

「何か、あったの?」

 

 気づくと、今まで庭で訓練をしていた二人が、ぽかんとその様子を見ていた。

 ただでさえ狭いホームだ。その上、ドアは開け放たれていた。あれだけ騒げば、気づかないはずもない。

 

(もしかして、キ、キスされてた所まで見られてたかも……)

 

 先ほどとまでは別の意味で紅潮して、アルテミスはうめいた。

 それがつまらない言い訳だとは分かっていたが、しかし言わないわけにも行かなかった。

 

「これは、違うんだよ。とにかくその……違うんだ」

 

 ぶんぶんと、長い髪を振り乱しながらもかぶりを振って。その効果のほどまでは、信じる気にはなれなかったが。

 

「ああ、聞いてくれよ二人とも! ついに完成したんだ!」

 

 彼は激情のままに言ったが、当然、二人にはさっぱりだっただろう。訳が分からないといった様子で、顔を見合わせている。あるいは、初めて見る彼の上機嫌な様子に、思考の処理が追いつかないのかもしれない。

 

「すみません、全然分からないです」

「一から……お願いします」

「それがな――ああいや、言葉で言うより実際に使ってもらった方が早いか。ちょっと待ってくれよ。庭で待機していてくれ」

 

 言うが早い、彼は小走りに研究室へと向かっていった。

 ぽつんと三人残されて、それぞれ視線を交わしていたが。やがてのろのろと、庭へと出て行った。そうしなければ、どうせ終わらないだろうしという達観もあったろうが。

 三人に少し遅れる形で、トッドはやってきた。手に持っているのは、一本の剣だ。サイズや形状的に、アイズが使うためのものなのだろう。多少凝った形状はしているが、さりとて華美というほどでもない。そんな剣。

 

「使ってみてくれ」

 

 言って、彼は剣をアイズに押しつけた。

 彼女は未だ何だか分からない様子だったが、とりあえず剣を抜いた。剣は片手持ちの片刃直剣だった。持ち手の部分だけは、両手でも保持できるように長く作られている。銀色に見えるが、刃の部分は、やや透き通った緑がかっている。峰の部分に、よく分からない幾何学模様と、翼をかたどったようなレリーフがある以外は、本当にただの剣に見えたが。

 

「え?」

 

 と、言葉を発したのは、アイズだったが。

 端から見ると、何がおかしいのか分からない。周囲の人間は不思議そうにしているだけだった。いや、トッドだけは、してやったりという顔で見ているが。

 

「これ……うそ……」

「どうだ、これが俺の目指した場所だよ」

 

 言われ、最初アイズの目は呆然としていたが、やがて爛々と輝きを燃やし始めた。

 

「こんなことって……あるの……?」

「なかった。だから、俺が作った。どうよ? これが俺の想定した、新世代の武器だ」

「アイズさん、どうしたんですか?」

 

 レフィーヤの言葉は、彼女に届いていないようだった。ただ、彼女は目を見開いたまま、剣を二度ほど振ってみる。そして、おそらくは何かを確信した。

 

「クエストだ」

 

 彼は未だ呆然としたままのアイズに、そう言った。

 

「これから一ヶ月、ここでそれの習熟に徹してもらう。お披露目はその後、大々的に、そりゃもう派手に行う。そっちの手続きは任せろ。そのためならロキ・ファミリアだって黙らせるさ」

 

 彼女の表情は変わっていた。驚愕から、満面の笑みに。

 

「分かった。私はこれを、必ず使いこなす……!」

「よろしい」

 

 トッドはぱちんと指をはじいた。

 

魔導力(エピセス)なんてせこいもんじゃない。こいつで本当に、歴史を変えてやるぞ」

 


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