トップアイドル兼ジムリーダー兼限界オタクのリリィ推してまいります! 作:水代
それは十六年生きてきて、初めてとなるポケモンバトルだった。
アイドルがジムチャレンジに参加、という企画は無事マネージャーを通して無事にテレビマクロに許可された。
ただし一つだけ条件……というか前提がある。
ジムチャレンジとは誰でも参加できるような類の物では無い、ということだ。
ジムチャレンジに参加するためにはポケモンリーグ関係者からの推薦状が必要となる。
テレビマクロの場合、母体企業であるマクロコスモス社の社長であるローズ社長がそのままリーグ委員長でもあるのでコネという意味ではばっちりである。
ただ同時にローズ『委員長』が自社のテレビのためだけに勝手に推薦状を出しては職権乱用だ。
だからこそローズ社長から推薦状を出しても良いが、それだけの『見込み』があることを示してほしいと言われ、ローズ社長立ち合いの元でポケモンバトルをする運びとなった。
相手はポケモンリーグ所属のスタッフであり、それなりの実力者であることから、例え勝てずとも『見込み』を見せることができれば推薦状を出すという約束の元に戦い、そして。
―――勝った。
あのいつも悠々と笑みを浮かべているローズ社長が驚きの余りぽかん、と呆けた表情を浮かべてしまうくらいにはそれは誰しもの予想の外の出来事だったのだろう。
実際にバトルをしていて思ったのは
一々指を差して、声を発していてはポケモンの行動は常に縛られる。
トレーナーの示す方向を確認する手間、声が聞こえるようにトレーナーの元へと戻る手間、再び相手へ向かって間を詰める手間。
考えれば考えるほどに手間がかかっているのに、どうしてわざわざ?
それは傍からバトルを見ている分には分からない答えなのだろう。テレビ越しに、或いは実況の席から見ていても分らないことなのだろう。
こうして実際にポケモンバトルをしてみればその疑問は余計に深まる。
あっちに、こっちに、今だ、いつだと思っていれば私の大切な家族はそれを察して動いてくれるし、私もまた私の大事な家族がどう動きたいかを理解している。
トレーナーの役割はポケモンの目だ。
ポケモンよりも外側から広い視点でポケモンの視界を補うための存在。
故に私の役割は見ることだ。見て、考えて、それをポケモンに伝えるための存在。
実際に動くのはポケモンで、だからこそいち早くそれを伝えてやれることは明確な利となる。
相手の指示より早く動けば、相手のポケモンは動けないのだから。
相手の出鼻をくじく『ねこだまし』のようなやり方だが読み間違えれば即座に相手の技が『カウンター』となって返って来るようなリスキーな戦法ではある。
だが失敗さえしなければそれは一度たりとて相手の攻撃を受けること無く、完全に封殺することすらできるまさに私の理想をする完璧な戦いだった。
こうして私は相手に一度の攻撃すら許さず、ただの一度の技も受けることも無く、初めてのバトルで完全試合を達成し、ローズ委員長に推薦状をもらうことができた。
「いやあ、これは今年のジムチャレンジが楽しみになってきたよ、ははは」
鷹揚な笑みを見せながら私を見るローズ社長の視線に一瞬背筋が震えたような気がした。
* * *
この世界において十歳というのは一つの区切りとなる年齢である。
小学校の卒業が十歳であり、この基礎学習の終了をもって社会的に『一人前』とされる法律があるのだ。
ただし実際には一部の血気に流行った子共が十歳になると街を飛び出し、一人前のトレーナーとなるべく地方を旅するだけで大半の子供たちは中学校へ進学したり、家の手伝いをしたりしながら就職に備えている。
六年、七年前に現在のガラルスター、チャンピオンダンデが十歳でトレーナーデビューをして、そのままローズ委員長推薦でジムチャレンジへと挑み、ストレートでチャンピオンカップで優勝を遂げてチャンピオンになった経緯からトレーナー志望の子供たちが無謀な旅に出ようとする風潮が一時期あったのだが、現在では大分それも収まっている。
尚その時無謀にも旅に出た子供の七割がジムチャレンジに失敗し、挫折、現在ではトレーナー以外の道を目指しているし、四割が今でもトレーナーを続けている。
さらには残り三割の内の二割以上がワイルドエリアというガラル地方の自然環境が保全された特区地区において危険な目にあって心身に重傷を負い、強制的にトレーナーを引退させられた子供たちである。
ワイルドエリアは多くの人がポケモンがありのまま暮らしている場所、程度の認識なのかもしれないが実際には少し奥へ足を踏み入れるだけで途端に高レベルのポケモン*1と出くわすような魔境である。
このワイルドエリアで挫折したトレーナーも多く、正直一般人ならば踏み入れて五分で逃げ出すような危険地帯だ。
しかしながらこのワイルドエリア、ジムチャレンジの際には避けては通れない場所であるのだ。
まあ正確には避けても良いのだが、このワイルドエリアを避けて通ったトレーナーで大成したトレーナーは居ないと言われるが故にみんな一度は通る。
しかも歩いてだ。
自転車もアリと言えばアリなのだが、ワイルドエリアに対応した自転車はかなりの高級品なので誰しもが購入できるわけではない。
因みに私の場合はアイドルとしての稼ぎがあるので買おうと思えば余裕で買えるが番組的には歩きながらのほうが撮れ高が増えそうなので自転車は無しだ。
それはさておき、ジムチャレンジというのは一日二日で終わる程度の話ではない。
現状のガラルにおいて最も熱狂されるイベントであり、期間中はガラル中がお祭り状態になるこのイベントが短期間で終わるのは運営側としても余りにも勿体ない。
さらにチャレンジャーの側としても全てのポケモンジムを巡り、ガラル全土を順番に歩き回るようなこのイベントはそれなりの時間が必要となる。
三ヵ月、それがエンジンシティでチャレンジの開催が宣言されてからチャレンジャーが全てのジムを制覇しシュートシティへたどり着くまでに許された時間である。
これは余裕があるようで、ガラル全土を旅するには中々に厳しい日程であり、期間中はジムへの再挑戦は何度でも可能とは言っても現実には同じジムに二度も三度も失敗しているようでは全ジムの突破は厳しいとしか言いようが無い。
当然ながらチャレンジャーは期間中ジムチャレンジに付きっ切りになるし、私ならその間他のアイドルの仕事なんてできるはずも無いし、ついでに言えば学校にだって行けなくなる。
ジムチャレンジの開催はまだ先の話だが、この手の話は事前にしっかりと調整しておかなければ後で面倒事になる。アイドルとしての仕事のほうはまあ仕事を持ってくるテレビマクロが許可してくれているので調整は容易としても学校のほうは届け出を出さないと三ヵ月も授業に出ないと留年になる。幸いガラル地方の学校はその辺の事情を考慮して、ジムチャレンジに参加する時だけは『公休』で出席扱いにしてくれる。代わりに後から三ヵ月の埋め合わせとして山のような課題が出てくるが。
そうして諸々の手続きを終わらせれば後はエンジンシティにて開催されるジムチャレンジの開会式を待つのみである。
とは言え私にただ悠長に待つだけの時間なんて無い。
当然だろう、今までアイドルとして多少ポケモンバトルにも関わってきたが、けれどトレーナーとしてバトルをしたのが先が初めてだったくらいの素人なのだ。先のバトルだって相手のトレーナーが加減していてくれたからこそ封殺して勝利できたが、本気で来られたならば私の可愛い可愛いポケモンたちが傷ついていただろうことは分かりきっている。
知らない知識はまだまだあって、経験だって全く足りない。
だからこそ、それらを補うために一番手っ取り早い方法を使うことにした。
ポケモンジムへの入門である。
* * *
ガラル地方において、ポケモンジムと呼ばれる物は主に二つある。
その中で一般的な人たちがイメージするのは『メジャージム』だろう。
ターフジムから始まりシュートジムまで続く8つのジムは『メジャージム』と呼ばれ、ジムチャレンジでチャレンジャーが巡ることになるジム施設である。
これらのジム施設の大半は『ダイマックス』が可能となるパワースポットの上に建てられており、大迫力のダイマックスバトルを行うことが可能になっている。
ただこの『メジャージム』を使えるのは『メジャーリーグ』に入っているジムリーダーだけであり、しかも実力順である程度担当ジムが毎年入れ替わるというルールがあって、入れ替わるたびに引っ越しを余儀なくされる。
そしてジムチャレンジの内容やジムの模様替えなどこそ担当となるジムリーダーの自由な裁量で任せられるが、究極的には全ての『メジャージム』はポケモンリーグ所有の施設であり、ジムリーダーはあくまで『派遣』されただけであってポケモンリーグからの通達次第でいつでも別の場所に左遷される可能性はあるのだ。
それとは別に『マイナージム』というものがある。
こっちもポケモンリーグ所有の施設であることには間違いないのだが、こちらの場合全18タイプそれぞれのジムがあって、それぞれのタイプごとにジムの場所が『固定』である。
ジムリーダーの『メジャーリーグ』『マイナーリーグ』を見ていれば分かるが、『メジャーリーグ』に入ったジムリーダーは『メジャージム』を担当するとして、では『マイナーリーグ』に落ちたジムはいつもどこにいるのだろうか、と言われるとこれが答えである。
要するにジムチャレンジに使われる『メジャージム』とは別に、本来の意味でのポケモンジムとしての『マイナージム』が存在するのだ。
ただ他地方との違いとしてガラルのポケモンジムはそのまま『メジャーリーグ』を賭けて争うための枠として扱われるため気軽にポケモンジムを増やすことはできない。
公認とか非公認とか以前に『ポケモンジム』を名乗ること自体がガラルではポケモンリーグの認可が無ければできないのだ。
そんな『マイナージム』の中で私が選んだのは『ノーマルタイプジム』である。
理由としては簡単で私の可愛い可愛いポケモンたちであるところのイエッサンは『エスパー』『ノーマル』タイプだが『エスパータイプジム』というのはサイキッカーの集団であって、私のような一般人(アイドル)では敷居が高い。
となると必然的に『ノーマルタイプジム』一択となってしまうのだ。
『ノーマル』タイプは全てのタイプに有利が取れない唯一のタイプだが、逆に『かくとう』タイプ以外に有利を取られないというタイプでもある。
これが意外と癖が無く使いやすいのだ。有利タイプで挑む時ほどでもないにしても、どんな相手でもそれなりにやれるというのは案外初心者には使いやすかったりする。
特にまだろくな技を覚えてない弱いポケモンでは弱点をつけるか否かで大きくダメージが変わってきてしまうこともあり、それを補うための術も足りないことが多い。
故にこのガラルの中でも『ノーマルタイプジム』というのは存外所属のジムトレーナーの数は多かったりする。
さらに言えば不利が少ない分、有利もほぼ無いのでタイプ相性で優劣が付きづらく、その分トレーナーとポケモンの地力が要求されるタイプでもある。だからこそ歴代の『ノーマルタイプジム』のジムリーダーたちはかなりの実力だ。
最も、派手さが無い、地味、抜群取れない、などの理由から人気自体はそこまで高くない。
実力はあるのに『メジャーリーグ』に行けない理由もその辺りにある。
ガラルにおけるポケモンバトルとは『スポーツ』であり『エンターテイメント』だ。
観客が要求するのは熱狂できるバトルであり、ポケモンバトルで金を得るプロトレーナーであり彼らに要求されるのもまた熱狂できるバトルである。
故にチャンピオンもジムリーダーもある程度戦い方に制限がつけられる。
他地方ならば玄人を唸らせる小技も、ガラルにおいては地味で狡い技であり、正々堂々相手の技を正面から受け止め、跳ね返すような力強いバトルが必要になるのだ。
そういう意味で相手の弱点を突いて大きなダメージを出し辛い『ノーマル』タイプはタイプですでに不利を背負っていると言っても良い。
ジムトレーナーの数自体は多くとも、みんなある程度まで実力を高めるとジムを出て別のジムのジムトレーナーになったり、独立してトレーナーとしてジムチャレンジに参加を目指したりと、入門者も多いが出奔する者も多いジムなのだ。
だが、だからこそジムトレーナーとして残った者たちのバトルの腕前は確かなものであり。
それこそが、私が今一番求めているものだった。