トップアイドル兼ジムリーダー兼限界オタクのリリィ推してまいります! 作:水代
―――天才とは1%の閃きと99%の努力である。
なんて言った偉人が過去にいたらしいが、スミレに言わせればそれは全くの間違いだ。
世に言う天才、とは主に二つのケースが当てはまる。
一つは初期値の高さ。
誰かに教えられる前にすでに一定以上の実力がある、それを指して他人は『天才だ』なんて言ったりする。
ただしスミレからすればこれは……これだけでは天才とは呼べないと思う。
どれだけの素人であろうと何もせずに生きてきたわけではない、生きているだけで一定の経験は積めるのだから、そこで得た経験が偶然応用が利いた、とそれだけのことなのだろう。
極端な話を言えばマラソンが趣味な人がスポーツを始めた時に素人にしては動ける、これを天才と呼ぶだろうか。
それは単純に日常生活の中でそれを為せるだけの下地があった、それだけの話であり、それを知らない周りからすればまだ何も仕込んでいないはずなのに予想以上に動けるその人を『天才だ』なんて言ったりするのだ。
じゃあ天才とは一体何なのか。
スミレなりの解釈を言うならばそれは成長性の高さと上限である。
同じ一を聴いて周りが一を知る中で二を知ることができる人間は間違いなく『才能』がある。
同じだけの努力をしていても人の倍の速度で成長できるのだからそれは間違いなく『才能』だろう。
だが同じく一を聴いて十を知ることができればどうだろう?
同じだけの努力で周りの十倍の速度で成長できるような人間がいれば。
それはまさしく『天才』としか言う他無いだろう。
だが、だ。
例えば人より成長が遅い十を聴いて一を知ることができる人間がいるとする。
この人は果たして才能が無いのだろうか?
この一つだけの事実を見れば確かに才能が無いかもしれない。
だがこの人は周りが十の努力で十の結果を出し、けれどもうこれ以上の成長の限界が見えている中で、百の努力を得て十の結果を出し、けれどまだ成長できるとするなら。
果たして本当にこの人は才能が無いのだろうか?
先に一を聴いて十知ることのできる人間は『天才』と称したが。
けれど十を知ってそこで限界を迎えたとしたらどうだろう?
何事にも僅かな努力で十全の結果を得ることができる、だがどれだけ努力してもそれ以上にはなれない。
そんな人は『天才』なのだろうか?
十を聴いて一を知る人は千を聴いて尚まだその底が見えないほどに成長を続けていたとすれば。
例え人より十分の一の速度の成長だとしても、その結果は人の十倍を超えることができる。
そんな人間はまさに『天才』と言えるのではないだろうか?
同じ天才という言葉で括ってみても、この二つの例は随分と違いがある。
だが例えその二つが違う物だとしても、確かに人はその二つを『才能』と呼ぶのだ。
そういう意味でスミレは自分のことを『天才』だと思っていた。
思って……いた。
すでに過去形だ。
* * *
弱冠15歳にしてガラル地方『ノーマルタイプジム』のジムリーダーに就任した少女を天才と呼ばずして何と呼ぼうか。
確かな才覚と血の滲むような努力で先代からその座を受け継いだスミレだったがそれから数年、その実力とは裏腹に不本意な地位に甘んじ続けていた。
鋭い読みと多彩なテクニック、手数を増やす交代戦術を持ってガラルでも有数のトレーナーとして確かな実力を持つスミレだったが、けれど未だに『メジャーリーグ』への昇格を果たしたことは無い。
他所の地方ならともかくガラルにおいて『鋭い読み』も『多彩なテクニック』も『交代戦術』も観客からの受けが悪い。
相手の手を読み切り完璧に対処してしまう読みと交代戦術も、同じトレーナーから見れば思わず唸るような技巧の数々も素人同然の観客には何をしているのか理解もされない。
『ノーマルタイプ』というのはポケモンバトルにおけるタイプ相性において不利相性が少ない反面、絶対に有利が取れないというやや不遇なタイプだ。
初心者が使う分には癖が無く使いやすいのだが逆に言えば尖った物が少ないので、それをプロのコートにまで持ち込もうとすると途端にトレーナー側の技量が要求される。
要するに普通にぶつかると力負けしてしまうので、それを補うためにトレーナーが努力しなければならないのだ。
だがエンターテイメント性を重視するガラルのポケモンバトルにおいてトレーナー側の努力とは観客に伝わりづらく、派手派手しさに欠ける。
つまり『地味』なのだ。
純粋なポケモンバトルの勝敗だけを競うならガラルでも十指に入るだろう実力もポケモンバトルという『競技』の上では派手さの無い地味な戦い方と見られる。そして客の呼べないトレーナーはプロ失格だ。
だからこそスミレがジムに就任して数年。毎年のようにマイナーリーグにおいて強さを見せつけているにも関わらず、スミレがメジャーに昇格することは無かった。
それでもスミレは諦めなかった。
何度も何度も戦術を改良し、テクニックを磨き、観客映えするような試合運びを心がけた。
そのお陰か、今年何度か地元で行われたポケモンバトルの大会においてスミレの試合における観客の反応も良かったのではないかと思う。
この調子で今年こそメジャー昇格を、そう思った矢先の出来事だ。
―――今このガラルで一、二を争うほどに人気のアイドルがやってきたのは。
* * *
リリィという少女は今ガラルで最も人気のアイドルだろう。
『ガラルの白百合』という呼び名が指す通り、髪色も肌も、服装だって真っ白、ただ瞳だけ魔性のような
スミレもまた自分の容姿に自信が無いわけではないが、それとて目の前の少女を前にすれば霞むほどのものでしかないと言えるほどに少女は現実離れした幻想的な容姿だった。
ジムの扉が開き、少女が入ってきた瞬間、スミレは妖精がやってきたのかと錯覚した。
同じジム内にいた十数人のトレーナーの誰もが一瞬視線を向けて、動かなくなる。
そこにいたのはリリィであるのだと認識して、その場にいた全員の思考が止まっていた。
正直言ってスミレは今目の前に
少なくともこんなしがないマイナージムにやってくるような人物では無かったし、テレビの取材か何かあるならジムリーダーであるスミレに連絡が来るはずだったから。
そうしてジムの受付で『入門』を希望する旨を告げるリリィに再始動しかけていたはずの思考がまた止まった。
入門する?
まるで別の世界の出来事であるかのようにすら錯覚するほどに、現実感の無い出来事の連続に止まった思考が動き出したのはそのさらに少し先の話だった。
―――なる、ほど?
リリィと言えばガラルを代表するトップアイドルであり、ガラルで一、二を争う人気者だ。
だがその活動は基本的に芸能方面であり、トレーナー業とは番組以上の付き合いがあるとは聞いたことが無いのでピンと来なかったが、事情を説明されてようやく納得する。
それにしてもアイドルがジムチャレンジに参加とは。
なるほど、確かにそれは面白そうかもしれない。少なくとも一人の視聴者……そしてファンとしてのスミレはそう言っている。
けれど同時に僅かな怒りが腹の底に潜んでいたこともまた事実で。
だからだろうか。
実力を見たい、だなんて言ったのは。
さすがにジムリーダーのスミレとでは勝負にすらならないため最近ジムに入ってきて稽古をつけてもらっているジムトレーナーを呼び出し勝負させる。
少なくともあと一月もしない内にジムチャレンジが始まるというのにこの程度のトレーナーに勝てないようならば論外としか言いようが無い。
だが最近来たばかりと言えどこのジムですでに何度も稽古をつけてもらっているトレーナーなのだ。
まだ一度しかバトルしたことの無いような、トレーナーとしての勉強すらしていなかったアイドルに負けるはずも無い。
トレーナーとして言わせてもらうならばジムチャレンジとは参加すること自体が栄誉となるほどの才能豊かなトレーナーたちが集められ競い合うための物なのだ。そこに遊び半分でアイドルが入って来られることに言いたいことが無いわけも無かった。
だからこれはスミレの私怨が混じった戦いだ。
勝てないと思っている相手をわざとぶつけるような真似をした自分を醜いと感じながらもけれどスミレは今更この組み合わせを変えるつもりも無かった。
この程度勝てないようでジムチャレンジなんてできるわけないのも事実だからだ。
勝てなくても入門自体は受け入れるが、それでもジムチャレンジに参加するなどと大言を吐くならば勝ってみせろ。
そんなスミレの複雑な心境とは裏腹に。
勝負はあっさりとついた。
「私の勝ち」
告げる
この日。
スミレは
* * *
一月かけて私は自分のバトルスタイルを作り上げていった。
一言でいえば先手必殺……だろうか?
『ノーマルタイプジム』のジムリーダースミレさんは私の長所を指して『指示を必要としないこと』だと言った。
相手が動き出すよりも早く動き、相手の出鼻を潰して怯んだ相手にトドメの一撃を繰り出す。
理想と言えば理想の戦い方だろう。何せ相手に何もさせずに一方的に勝てるのだ。
だがこのやり方には一つ大きな問題がある。
この戦い方は私の可愛いポケモンたちが私の意思を一切の会話も合図も無く汲んでくれるからこそ成り立つやり方なのだ。
そうポケモンバトルは本来6体ずつで行うものだ。
私は私の可愛い可愛いポケモンたちを輝かせるために新しい道としてトレーナーを選んだが、けれどトレーナーとしてやっていくならば私の大切な家族たちだけでなく、最低後四体は仲間を増やす必要がある。
これに関してはかなり悩んだ。
単純なパーティとしての戦力に悩んだのもそうだし、それ以上に私が私の可愛い可愛いポケモンたちを輝かせるための舞台で他のポケモンたちを混ぜて良いのだろうかという疑問に行き当たってしまったからだ。
仲間を増やすことは果たして私の目的と反することは無いだろうか。
そんな私の疑問に答えられる人がいるはずもなく、頭を抱えていると。
イエ~♪
悩む私の隣に立って、そっと擦り寄ってきたのは私の大切な家族だった。
視線を向ければ彼らもまた私を見つめて笑みを浮かべる。
「そっか……何のために、だ」
思い出すのは大切な家族との思い出。
私は私の最愛の家族が世界で一番素敵な子たちであると証明した。
だがそんな素敵な子が二人だけしかいてはならないというルールは無いのだ。
そうと決まれば早く仲間の候補に目星を付けねばならない。
もう六体捕まえているだけの時間は無い。
ジムチャレンジの開催は目前まで迫っているのだから。
* * *
自分では絶対にできないことを当たり前のような顔をしてやるリリィ。
それを見て『才能』とはこういうことを言うのだと理解した、否、理解させられたと言っても良い。
勿論単純な強さで言うならば、ポケモンバトルの勝敗で言うならば今のリリィに負けるはずがない。
積み上げてきた経験が違う、鍛え上げてきた年月が違う、何から何までスミレが今のリリィに負ける要素は無い。
だが所詮それだって『今は』だ。
あとどれくらい時間がかかるのかは分からない、けれどリリィはいつか自分を追い抜いてその先へ、さらに先へと進むだろう。その未来はそう遠くないかもしれない。
―――その時は。
「いやいや、さすがにそれは気が早すぎるよね……まずは今年」
ジムリーダーとしてジムに入門したリリィにポケモンバトルの手ほどきをしたスミレだったが、同時にガラル最高のエンターテイナーとしてのリリィに観客を沸かせるためのコツなどを聴いてバトル中に活かせないか練習中だ。
一見するとバトルの実力とは関係の無いくだらないことのように見えるかもしれないが、そのくだらないことが出来なくて人気が出ず、メジャー昇格を逃し続けてきたスミレからすればこれから先に絶対に苦労するだろうジムトレーナーやジムリーダーの先輩、後輩たちのために少しでも『今のガラル』にあったバトルのやり方というものを残しておきたかった。
それは将来、スミレがジムリーダーを後輩に譲った時必ず役に立つと思うから。
「来年のメジャー昇格のために……」
それがこの『ノーマルタイプジム』を先代より受け継いだスミレの役目なのだから。