トップアイドル兼ジムリーダー兼限界オタクのリリィ推してまいります! 作:水代
バウスタジアム、エンジンスタジアム、ラテラルスタジアム、アラベスクスタジアム、キルクススタジアムと順調に攻略を重ねていく。
道中で仲間も増やし、スミレさん仕込みの育成を熟しながらジムチャレンジの開始からすでに二カ月弱。
たどり着いたのは七番目の街、スパイクタウン。
それはこのガラルにおいて最も異色の街だ。
最も閉鎖的で開放的で、閉塞していて、閑散としている。
キルクスタウンのすぐ南に位置する街で、北から流れ込んでくる寒気から街を守るために街全体がアーケード化しており、一番大きな入口も基本的に常時シャッターが下りていて人が通る時にだけ開かれる。
地理的な影響かよく空に雨雲が渦巻くし、偶に降り注ぐ雪の重みに耐えるよう作られた分厚い天蓋のせいで街全体が常に暗く、ネオンサインの明りがあちらこちらで瞬くようなパンクな街だった。
これで人通りも多ければまだマシなのだろうが、すぐ傍にはガラルでも有数の大都市であるナックルシティがあり、常に人はそちらに流れこちらにはやってこないため年々過疎化が進む田舎街だし、かつてはアーケード化された街の随所に商店が並んでいたが人が少ないということは需要も少なく、今ではどの店もシャッターが下りてしまっていて小さな店がいくつか細々と続いているだけだ。
だが何よりも異色なのはこの街には『スタジアム』が存在しないことだ。
否、ただスタジアムが存在しないだけならば良くあることだ。ジムチャレンジの目的地として設定されていない街ならばほとんどの場合、スタジアムが無いのだから。
ただジムチャレンジの目的地として設定されていながらスタジアムが無い街などこのスパイクタウン以外に存在しない。
スタジアムが無い、つまりそれはパワースポットが無いということであり、この街ではダイマックスができないということでもある。
開催、運営側のポケモンリーグとしては悩ましい話だろう。
だがそれを押し通しているのがこの街のジムリーダーだ。
スパイクタウンのジムリーダー『ネズ』さん。
数年前にジムリーダーに就任してから僅か一年でメジャー昇格を果たし、このスパイクタウンをホームタウンとしてジムチャレンジの目的地の一つに組み込んだ男だ。
ジムチャレンジにおけるジムの攻略順とはだいたいそのままジムリーダーの実力に直結する*1ため、言うなればガラルで二番目に強いジムリーダーということになる。
しかもネズさんというジムリーダーには一つ有名な逸話がある。
『ダイマックスが嫌い』
彼はそう公言してはばからない。
故に彼のホームタウン、スパイクタウンでのジムチャレンジではダイマックスが使用できない。
しかもそれは彼自身があえてそういう仕様にしているのであり、実際過去にローズ委員長からもダイマックスのできるスタジアムを作るのでホームを移さないか、という提案もあったがそれを蹴ったという。
事実ネズさんはダイマックスのできる他のスタジアムでバトルをする時も絶対にダイマックスをしない。すれば勝てるかもしれないのに、それでもしない。
ダイマックスは強大な力だ。
ただポケモンが大きくなるだけではない、ポケモン自身のタフさも上がるし、何よりダイマックス状態においてのみ使えるダイ技は絶大な威力を誇る。
とは言え溢れんばかりのパワーはポケモン自身にも負担をかけるため短時間しか使えない、という点を考慮してもそれはトレーナーにとって切り札になり得るほどの強い力である。
それを使わない、使えるのに使わない、という彼のポリシーはただそれだけで自らに不利を強いるものでありながら、それでも彼はこのガラルで二番目に強いジムリーダーの地位を守っているのだ。
ジムチャレンジのために実力に下駄を履いているとは言え、この難関を突破できずにジムチャレンジに折れるトレーナーは毎年多い。
これまでのジムリーダーたちだって強敵だったが、残りのジムリーダーはそれに輪をかけた強敵たちだ。
スタジアム代わりの街の中央にあるコートへと向かって歩きながらも、ぶるりと体を震わせる。
最もそれは強敵との激戦を予感したからではなく。
―――彼に会うことに緊張していたから。
* * *
「やぁ、久しぶりだね」
「オヒサシブリデスネズサン」
とても穏やかな挨拶だった。
それを告げる本人は満面の笑みだった。
ただし額に怒りマークを幻視した。
「ごめんなさい」
素直に謝った。最早それ以外できないというべきか。
頭を下げて、許しを請う私にネズさんはふっと笑う。
もしかして許してくれたりとか―――。
「まさかそんなわけないでしょう」
「デスヨネー」
「絶対許しません」
そんな風に一刀両断された。
さて今更な話だが、私ことリリィはガラル生まれのガラル育ちだ。
そこは普通に事務所のプロフィールでも公開しているが、じゃあガラルのどこで生まれ、どこで育ったのかと言われると。
ここ、スパイクタウンである。
生まれた時から色素が薄く肌が弱かった私は日に光を浴びるとすぐに肌が焼け、目が痛むような虚弱体質だった。この体質自体は成長すると共に多少気を付ける程度で良いくらいまで改善はされたのだが、幼い頃は本当に死活問題だったのだ。
両親はそんな私のために日がな天蓋に覆われ日光が弱いこの街へと引っ越した。
幼少の頃からこの街を駆け巡って良く遊んだし、狭い街故に生粋のこの街育ちのネズさんやその妹とも当然ながら交友があった。
と言ってもネズさんは私より何歳か年上だったし、私も六歳の頃から半日はお隣ナックルシティのスクールに通っていたためそうしょっちゅう遊ぶような関係でも無かったが。
とは言え
そもそもアイドルという芸能の分野に飛び出そうと思いついたのも、子供時分からシンガーソングライターを目指していたネズさんの影響もあったからかもしれないが。
最後に会ってから六年越しの再会となるが、飛び出してからアイドル稼業に必死で一度も連絡を取っていなかったこともあって割と緊張していた。
「いや、ホントごめんなさい」
「ダメです、いきなり街を飛び出して六年一度も連絡も寄越しやがらない上に、のこのこジムチャレンジでやってくるとは良い度胸してやがりますね」
当然オコだった。まあ当然だろう、当然のごとくオコだ。
「し、仕事が忙しくて(震え声)」
「電話一本くらいできるでしょう」
ジロリと見つめられるとどうしても小さくなってしまう。
こっちが悪いと分かっているからどうにも強く出れない。
と、ふと視線をずらすと一人の少女がコートの外側からこちらを見ていることに気づいて。
ぷいっ
顔を逸らされた。
「オコなの?」
「オコですね、妹も、おれも」
「ユルシテ……ユルシテ……」
「そうですね、では」
ふっと、笑みを浮かべたネズさんが手元のスタンドマイクを握り。
「戦って勝ってみなチャレンジャー! このスパイクタウンジムリーダー! ネズにな!」
人格が変わったかのように態度を豹変させた。
* * *
ネズさんは『あく』タイプの天才などと呼ばれるようにジムリーダーとして専門にするのは『あく』タイプになる。
これがまた厄介なタイプであり私の可愛い家族たるイエッサンのタイプ『エスパー』タイプに対して絶対的な有利を誇っている。何せ『あく』タイプは『エスパー』タイプの技を無効化してしまうのだ。その癖『あく』タイプの技は『エスパー』タイプに対して抜群相性となってしまうため、最早『あく』タイプというのは『エスパー』タイプの天敵と呼んでも過言ではないかもしれない。
私の手持ちのポケモンは六体だが、その内の二体がイエッサンで固定なので『あく』タイプに対する不利は否めないが、まあ相手はジムチャレンジ用に手加減されたポケモンたちだ。
負けるわけがない、とまでは言わないがそうそう負けない、くらいなら言える。
それを使うのがネズさんでなければ、だが。
冗談で『天才』などと他称されているわけでは無いのだ。
冗談抜きで『天才』なのだこの人は。
相手はジムチャレンジ用に加減されたポケモンたち。
けれど私のポケモンたちだってまだジムリーダーたちのように『洗練』された強さは無い。
当たり前だが、私がトレーナーになってまだ三ヵ月ほどしか経っていないのだから。
相手は十歳の頃からトレーナーとして活躍してきた天才。
それでも、たった一つだけ
私がネズさんを良く知っているということか。
ネズさんのバトルはまるで音楽ライブのようで、パフォーマンスをしながらのバトルは熱狂的で。
でもエキサイトしたようなその言動の裏側でネズさんは常に冷静に、いっそ冷徹なほどにこちらをじっくりと見ている。
バトルの躍動感に、熱狂に当てられて少しでも思考が狂えば『あく』どいくらい的確にその隙を突いてこちらを崩してくる。
何よりこのコートだ。
薄暗い街の中、光るネオンサイン。
距離感の狂うコートはダイマックスを使わないことを前提としているため想像以上に狭く、そして周囲を取り囲む地元の応援たち。
スタジアムもまた多数の観客が熱狂し、声を挙げるが何よりも『距離感』が違う。
より一体化した熱狂が脳を犯してくるようなひりつく感覚。
その熱狂に身を委ねながらもけれど冷静に、冷徹に指示を繰り出すネズさん。
ここまで戦ってきたどのジムリーダーとのバトルとも違う、スパイクタウンらしい異端で、異質で、けれど何よりも本質的な本来の意味でのポケモンバトルだった。
私は幼少の頃よりそんなネズさんを見てきた。
まだトレーナーになる前から、どんな人なのか、どんなことを好むのか、どんなことを厭うのか。
見て、見て、見て、見続けて。
だからこそ最後の戦い、最後の一瞬に私は気づけたのだ。
6対4で始めたポケモンバトルはすでに残り1対1で。
マイクパフォーマンスから出される『フェイク』の指示。
言葉に含まれた嘘に気づいて咄嗟に叫んだ私の声に、私のポケモンは応えて。
1対0
気づけば私の勝ちだった。
* * *
バトル後の余韻というのはアイドルの仕事でライブコンサートで一曲歌った後の爽快感に似たものがあるのだが、今度ばかりはその爽快感よりも、気まずさのほうが勝っていた。
ネズさんがゆっくりとボールの中へ最後の一体を戻すのに合わせて私もまたこちらの最後の一体をボールに収める。
「ふう」
ネズさんがそうして息を吐くだけでびくり、となる私がいて、次の言葉がいつ飛び出してくるか心臓がばくばく跳ねている。
両手でマイクを握りしめ、目を閉じ、余韻を感じているかのようなネズさんだったが、やがて顔を上げ。
「リリィくん」
「は、はい」
じとーっとこちらを見つめる一対の瞳に冷や汗が出そうになり。
「まあ許そう」
「ふぁ?!」
続いて出てきた言葉に驚きの余り変な声が出てしまうが、ゆっくりとこちらにやってくるネズさんの姿にそんな些細なことは意識にすら残らなかった。
「これを」
そう呟いてポケットから差し出したのは。
「え、これって」
硬いプレートのような何かが内側に入った腕に巻くバンドだった。
私は知っている、否、私だけでなくトレーナーどころかその辺の一般人だって、これが何なのか知っている。テレビなどで良く見る……そうポケモンバトルの試合中継などで、ジムリーダーたちが腕につけたこれを。
「ダイマックスバンド。前にローズ委員長がうちのジムにってくれたんだけど、おれは使いませんから、キミにあげましょう」
「良いの? マリィちゃんには」
「後でもう一個くらいローズ社長からせしめてくるので、それにマリィよりもキミのほうがすぐに必要でしょう」
渡されたダイマックスバンドをじっと見つめ……それからネズさんへと視線を向ければ、ネズさんが一つ頷く。
「えっと……ありがとう」
腕に嵌めたバンドを見やりながら、どこか不思議な心中でそっと触れる。
「それにしてもテレビで活躍していると思ったら、随分と突然だったね。まあキミもキミの大切な家族も元気にしているようで安心しましたよ」
「そ、その節はご迷惑を(震え声)」
「良いよ。次が最後のジムだろ、頑張りなさい。キバナ君は強敵だよ」
それだけ告げてネズさんが去って……行こうとしてふと足を止める。
「それと、ジムチャレンジが終わって、チャンピオンカップも終わったら、また顔を見せにきなさい、キミの育ったこの街に」
「……うん」
告げて、今度こそ足を止める事無く去っていくその後ろ姿が見えなくなるまで、見つめていた。
故郷に帰って素になっちゃうリリィちゃん回。
アイドルでもオタクでも無ければ将来的にリリィちゃんもマリィのジムチャレンジの時にエール団に混ざってたかもしれない。そのくらいにはリリィちゃんもネズさんたちが好きだし、スパイクタウンも好きだがぶっちゃけ田舎だよなあ、という正直な感想もある。