今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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彼はそこに居た。


岡山 太一

岡山 太一

 

チャイムが鳴った。

 

時計を見ると五時を回り、学生たちが一斉に寮へと戻る時間だ。

その後は友達と集まって遊んだり、夕飯を食べに行ったり、課題をしたり、各々青春を謳歌するのだろう。

ここIS学園でもそのことは全く変わらず、授業が終わった今は廊下が生徒で一杯になっている。

 

そんな学園のあるところに、一人の男がいた。

特に整えているわけでもないために枝毛が多い、傷んだ黒色の短髪。

筋肉も少なく、代わりに腹にたまった贅肉が目立つ。

容姿は良くなく、むしろ悪い部類だろう。

長身でもなければ、小柄でもない。

よれよれの青ジャージのみを着て、特に装飾品を身に着けてはいない。

 

特にこれといった特徴は無く、そこら辺に居るような青年である。

そんな彼が、「男子禁制」であるはずの「女生徒学園」であるIS学園の廊下を歩いている。

 

ただ、普通に歩いているワケではなかった。

彼は左腕に松葉杖を抱え、右足を引き摺るようにしてゆっくりと歩いている。

その眼に光は無く、そのまま静止していると不細工なマネキンのようにさえ見えてしまう。

 

よく見ると、右手の方に何かを紐で巻きつけていた。

松葉杖が目立ちすぎるせいで見落としがちだが、ソレは小さな箒であった。

なぜ右手で持つのではなく右手に括り付けていたのか、彼は右足だけでなく右腕も動かなかったのだ。

 

かつて、彼はとある人物に耐えがたい「拷問」を繰り返され、そのせいで右腕と右足が二度と動かないようになってしまったのである。

 

そんな彼が、どういう因果かこのIS学園で清掃員として働いていた。

 

「………」

 

何も言わず、ひっそりと、ただズルズルと生にしがみつき、働いていたのである。

 

そこに、廊下の向こう側から女生徒が数名こちら側にやってきた。

青年は縮こまるようにその場にとどまり、気配を押し殺してその生徒たちが通り過ぎるのを待った。

生徒たちはそんな彼に目もくれず彼の前を通り過ぎ…。

 

 

 

 

 

…ようとしたその瞬間、彼が体を預けていた松葉杖を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「あぐッ!? ぎ…う…」

 

突然のこと、しかし「ある程度は予想していた」ことに青年は対処しきれず、そのまま勢いよく倒れてしまった。

彼は急いで杖を取ろうとしたが、女生徒の一人が杖を蹴り飛ばして遠くへと飛ばしてしまった。

 

「あ…うぅ…」

 

「あはは、ダッサーイ。 吐き気するー」

 

「オッサン大丈夫? 手ぇ貸してあげようか? あははっ」

 

「ちょっと、アンタがコイツの杖蹴り飛ばしたんでしょー。 クスクス」

 

必死に杖と取ろうと這いずって動く彼を見て、生徒たちは笑ってバカにしていた。

目の前の男が無様で、滑稽で、愚かにしか見えない彼女たちは嫌悪しか向けていない。

彼はそれを知っているからこそ、一言も文句を言わず、睨みもせずに杖に向かう。

 

「…おい、何無視してんだ! なんとか言ってみなよ、おいクズ!」

 

そんな彼が面白くなかったのか、生徒の一人が前までやってくると今度は彼の背中を踏みつけた。

ギリギリと背中を踏みにじり、強烈な痛みを与える。

 

「ぎ、が…あぐ…」

 

「ははっ、何その声! キモッ!」

 

「ねぇオッサン辛いでしょ? 早くここから消えてよウザいから」

 

「そーそー、なんでいつまでもここに居るの? 皆オッサンのこと嫌ってるのにさぁ」

 

最初は一人だったが、他の生徒も加わり彼に蹴りを入れる。

右手足が動かない彼は抵抗も出来ず、早く彼女たちが飽きてこの場を去ることを祈っているだけだ。

 

口の中が切れて血がにじんでも。

服が埃だらけになっても。

関節から嫌な音がして軋んでも。

青痣ができても。

彼は何もせず、ただ時間が流れるのを待った。

 

 

 

 

 

そんな時に、彼を救うものがいた。

 

「…ッ!? 貴様ら、一体何をしている!!」

 

廊下の数m先から声が聞こえた。

凛として透き通った、強い意志を感じる声。

女生徒たちはその声を聞くと舌打ちをし、彼を睨み付けると「さっさといなくなれ、クズ」と言い捨てて走り去っていった。

 

傍から見れば、偶然居合わせた誰かが彼を救ってくれた。

そう思うだろう、だがしかし。

彼から見れば、逆にこうなることだけは避けたいことだった。

 

声の主はすぐさま彼のもとにやってくると、服に着いた汚れやホコリをはたいて落とし、彼に肩を貸そうとした。

 

「岡山、大丈夫か!? しっかりしろ、今すぐ保健室に連れて行くからな!」

 

心底心配そうに、声の主 織斑千冬はそう言った。

だが、救われたはずの男 岡山太一はその手を払い、彼女を見もせずに杖のもとへ行こうとした。

 

「岡山…つ、杖だな。 分かったから、そこで待っていてくれ」

 

織斑千冬は一瞬傷ついた様な顔をしたがすぐに表情を戻し、彼の杖を掴むと彼に渡そうとする。

しかし、岡山は彼女に感謝の言葉も言わず、憎々しげに彼女を睨むとその杖を奪い取ってボロボロの体を杖で支えて立ち上がるとまた歩き出した。

 

「待て岡山、何処に行くんだ。 そっちは保健室じゃない、早く傷の手当てを…」

 

「…結構です、手当てぐらい自分でできます…。 …自室に帰ります」

 

そう言うだけで、岡山は彼女と目を合わせずに通り過ぎる。

そんな扱いを受けても、織斑千冬は彼の隣まで寄って肩を貸そうとする。

 

「無理をするな、大人しく体を預けてくれ」

 

「っ、離し…てください…!」

 

だがそれも拒否し、岡山は彼女の手を払う。

その力は弱弱しく、彼女ならば無理矢理でも連れて行くことが出来ただろう。

しかし彼女はそれをせず、ただ悲しげに彼を見るだけで何もしない。

 

「岡山…前から言っているが、せめて杖ではなく車椅子を使わないか? お前さえ必要だと言ってくれれば、いつでも用意する」

 

そんな彼女の言葉を聞きもせず、反応すらせず歩き続ける。

全身に力を入れ、倒れないよう必死に進む。

 

「岡山、頼む。 無理強いじゃない、ただ…お前が心配なだけなんだ。 言うことを聞いてくれ」

 

どれだけ言おうと、もう彼は何も答えない。

心配そうに見つめる彼女を置いて、彼はそのまま自室へと戻っていった。

 

 

 

数度転び、立ち上がり、なんとか着いた時にはもう日が暮れていた。

両足が自由な人間なら数十分もかからないその道を、彼は数時間もかけて到達する。

 

彼の部屋は寮棟にはなく、物置倉庫の空き部屋を利用している。

別にその部屋に押し込まれたワケではない、自分からそこに住みたいと申し出たのだ。

あの「素晴らしい者たち」との接触を、少しでも避けたかった。

 

彼は部屋にたどり着くと、入口のすぐそばに置いてある新品の車椅子を横にずらして部屋に入った。

掃除されてもなく、ホコリやゴミで一杯なその部屋はお世辞でも綺麗とは言えない。

しかも布団はギタギタに切り刻まれ、蛍光灯は割れ、私物も機材も全て壊されている。

 

(…また荒らされた、か…クソ…)

 

悪態をつき、彼はボロボロの布団まで進むと、力なく倒れて眠りにつく。

特に何かをすることもなく、泥のように眠る。

 

 

 

これが、転生者であり主人公である岡山 太一の一日である。

 

 

 

 




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