今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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偽って手に入れたその幸せも、また偽りであった。


崩落

崩落

 

朝、最悪の目覚めだった。

目を覚ますと思い出すのは昨日の事である。

 

(くそ…どうして僕は…)

 

あの後彼はデュノアがいる部屋を出てまっすぐに自室に戻った。

後ろからはデュノアの呼び止める声が何度も聞こえたが、もう相手にする気も起きなかった。

ただ一人の少女を見捨てた事実と、結局助けられなかった自分から逃げたくて、考えることを放棄して歩き続けた。

そして部屋に着くとそのまま何もせず、夜まで銅像のように動かずにいたのだ。

 

しかも、もとより彼女は「登場人物」だ。

関わり合いたいとも思わない。

助けたいという気持ちはとうに死に、今はもう拒絶しかない。

 

(エレン…シャルロット…僕は結局どうしたかったのかな…)

 

目を開き、天井を見ながら考える。

 

(…何を求めてたんだ…織斑一夏を真似して…ハハ…ホントに…救いようがないクズだな)

 

再び目を閉じ、力なく笑う。

デュノアを救う際、彼は「物語」にて織斑一夏がとった行動をヒントにしていた。

デュノアをここに住まわせることも、元をたどればソレが起因となっていた。

織斑千冬に言ったことも、デュノアの今後の扱いについても、主人公である彼を真似たのだった。

確かに、デュノア社を潰すことなどは「物語」にない彼独自の提案ではあったが。

それでも、「物語」を参考にしたのは確かであった。

 

織斑一夏がとった行動を自分が取れば、きっとデュノアを助けることも出来るだろうと本気で思った。

だが、結局は無理だった。

 

その事は十字架のように彼にのしかかり、一生取れることは無いのだろう。

それが悔しく、悲しく、苦しく、どうしようもなかった。

 

 

 

そんな時、彼はある違和感に気付いた。

 

(…? なんだ、この匂い…)

 

部屋中にいつもと違う匂いがあったのだ。

悪臭ではない、むしろ心地いい部類だろう。

しかし、この部屋ではありえない匂いだった。

 

(トースト…それに…肉を焼く匂い…)

 

そして気付いてから暫く経って、ようやくそれが食べ物の匂いであることが分かった。

香ばしい肉の匂いや、暖かいパンの香りが広がっていた。

 

(なんで…一体誰が…織斑千冬? それとも、主人公か…関係者か?)

 

様々な憶測が脳内を駆け巡るが、一向に答えは出てこない。

仕方なく彼は上体を起こし、自分用に作られた簡易な台所を見た。

そして、動けなくなった。

 

 

 

 

 

「あ、太一さんおはよっ。 朝食の用意できてるから、早く起きてね」

 

 

 

 

 

その先には制服の上にエプロンを身に着けたシャルロット・デュノアが、無邪気に笑いながらこちらを見ていた。

 

 

 

「な…何をしてるん…です…」

 

「何って…朝ごはんの用意だよ? 朝なんだから当たり前でしょ…よっと」

 

そう言いながら、彼女はフライパンからベーコンと目玉焼きを皿に盛り、続けてトーストを乗せて岡山の下へ運んできた。

 

「ちが…う…。 僕が言いたいのは…なんで貴方がここに…いるってことだ…!」

 

驚きと焦りでうまく喋れず、途切れ途切れにそう言った。

対するデュノアはワケが分からないような顔をして小首を傾げる。

 

「どうして…私がここに? あはは、変な太一さん。 私たち夫婦なんだから、ここに居るのは当たり前でしょ?」

 

そして何の迷いもなく、さも当然のようにそう言った。

 

「…は?」

 

「もう、もしかしてからかってるの? そんなことする暇があったら、早く一緒にご飯食べようよ………ね?」

 

昨日の凶行が嘘のように、優しく微笑みながら言う。

しかし岡山はその姿を見て、恐怖しか感じられなかった。

昨日の出来事は夢でもなんでもない、現実なのだ。

確かに彼女は自分を攫い、実の父親を殺し、自分に歪んだ愛を告げたのだ。

そんな彼女が、普通の少女のようにふるまっていることに恐怖し、自分を夫としてる事に狂気を感じた。

 

「からかってるのは…お前だろ! お前はエレンに…なりきろうとして…僕を拉致しようとした! 何をバカみたいな…ことしてるんだ!!」

 

「…うーん、もしかして寝ぼけちゃってるの? しっかりしてよ、なんで私が私自身になりきらなくちゃいけないの?」

 

「…は? 今なんて…」

 

「だから、私はエレンなんだから。 自分をマネするなんて意味が分からないよ」

 

一瞬、思考が完全に停止した。

岡山は目の前の女が何を言っているのか、全く理解できていなかった。

すぐに我に返り、目の前の「異形」に話しかける。

 

「…お…お前は…シャルロット…デュノアだ…」

 

「んー………?」

 

「エレンはお前の…母親で…僕の…妻なんかじゃ…ない…」

 

「………」

 

「昨日のことを…忘れた…のか…! …もう…顔を合わせたくも「うるさい」」

 

岡山が最後まで言おうとした時、デュノアはその口を掴んで持ち上げた。

その勢いでもう一方の手で持っていた皿を落とし、床にベーコンやトーストがボトボトと落ちる。

岡山の顔を自分の顔に近づけ、ジッと見つけた。

そのままギリギリと握りしめ、激痛が走る。

 

「…ッ! …ッ…ッ!!」

 

「私はエレンだ。 エレン・岡山。 貴方の妻で、一生を共にする女だよ。 貴方と私はずっとずっと一緒に居た」

 

怒鳴ることも悲鳴を上げることもなく、静かにゆっくりと、岡山を諭すようにデュノアは言葉を続ける。

先ほどまでの快活さは嘘のように消え去っている。

まるで、この部屋で彼女が初めて岡山と会った時のように、容赦など一切なくなっていた。

 

「ぐ…んぐッ…!」

 

「もう一回言うよ? 私はエレン、貴方の妻。 離すことも、離れることも許さない。 ………いい?」

 

ゆっくりと、しかし隙がない。

体中を鎖で縛りつけられたような感覚に陥り、岡山は全く動けなくなった。

 

「…返事は?」

 

「ッ!? …ッ! …ッ!」

 

動くことも喋ることも出来ず、恐怖だけが増えていく。

五月蠅いほどに心臓が鳴り響き、額から汗が止まらない。

 

「…? あっ、ゴメンね太一さん」

 

そんな彼の様子を見てデュノアはやっと手を放した。

自分を落ち着かせるために深呼吸を何度も行う。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」

 

「大丈夫? …思い出してくれた?」

 

「ひっ…お…思い出しました…。 貴方は…エレン…です…」

 

「………うん、そうだよ太一さん」

 

彼の一言を聞くと、デュノアはまた満面の笑みを浮かべて岡山の下に駆け寄った。

隣に座ると彼の左手を握り、優しく撫でた。

 

「な…何…?」

 

「んーん、何でもないよ…。 ただ、撫でたかっただけ」

 

壊れ物を扱うようにゆっくりと、何度も何度も撫でる。

その様子が恐ろしすぎて、岡山は身震いが止まらなかった。

彼女の心の中で一体何があったのか、想像がつかなかった。

ただ一つだけ分かったといえば、目の前の彼女はもう「正気」ではないことだ。

 

先ほどから手を撫で続ける彼女は、傍から見れば子供のような無邪気さを持つかわいらしい少女なのだろう。

誰がどう見ても、嫌なところなど全くない最高の少女なのだろう。

しかし、その内には得体の知れない化け物が岡山を捉えていたのだ。

 

「え、エレン…いつまで…撫でてるの?」

 

岡山はデュノアに手を放すように促す。

とにかく、今は少しでもこの場から消えたかったのだ。

目の前の恐怖から離れ、どうしたらいいか一人で考えたかった。

 

だが、これで終わらなかった。

 

 

 

「…え? 何言ってるの父さん、私シャルロットだよ?」

 

 

 

「………は?」

 

デュノアの雰囲気が一気に変わった。

言い様もないが、とにかく先ほどのような大人しい雰囲気が成りを潜め、今度は子供らしい「ナニカ」が現れたのだ。

 

「母さんはもう病気で死んじゃったじゃない、しっかりしてよ! もう、いつまで経っても私と母さんを間違えるんだから…」

 

「え、え…?」

 

「べ、別に父さんがその気なら…私は別に良いけどさ…って、何ボーっとしてるのさ」

 

「…あぁ、ゴメン…」

 

「んー、父さんったらまたお料理こぼして…いつも私が食べさせてあげてるんだから。 無理しないでって言ってるじゃない。 頑張ろうとするのは分かるけど…もっと私を頼ってよね」

 

勝手に喋る続ける彼女を前に、岡山は自分で驚くほど頭がクリアであった。

先ほどの混乱はなく、冷静に物事を考える。

そして、彼はひとつの答えに容易にたどり着いた。

 

 

 

今すぐ、ここを離れなければならない。

 

 

 

(少しでも早く…でないと「呑まれて」殺される…!)

 

その後の行動は早かった。

 

「あれ、どうしたの父さん? いきなり立ち上がって」

 

「…散歩に…行ってきます」

 

「そっか、分かった。 …危ないし、一緒に行こうか?」

 

「大丈夫…です…。 一人で歩きたい…から…」

 

彼女の提言をやんわりと断り、彼は急いで部屋を出た。

扉を閉めるその時まで、デュノアは彼をジッと見続けていた。

クルクルとナニカが入れ替わる彼女であったが、その眼だけは最初から変わらず歪んでいた。

 

 

 

 

 

「………」

 

部屋を出て数m歩いて階段の近くまで進むと、彼は立ち止って独り言のように喋りだした。

 

「…アレは…なんです…?」

 

「………」

 

「どうせどこかに…隠れているんでしょう? …納得がいく…説明を…お願いします…織斑…先生…」

 

「…分かった、伝えよう」

 

階段の影より、織斑千冬がゆっくりと現れた。

その様子は優れているとは思えず、目の下に薄らとクマも出来ている。

 

 

 

 

 

「…今のデュノアは…二重人格に近い形になっている」

 

「二重…?」

 

「あぁ、そうだ。 アイツはお前に娘としての愛と、妻としての愛を求めていた。 だが、それが手に入らないと分かって…両方の自分を作ったんだ」

 

聞いただけで震えが止まらなくなった。

昨日の凶行から一日しか経っていなかったというのに、デュノアは完全にその精神を壊してしまったのだ。

しかも、成り代わりの相手は実の母親なのだ。

もう元に戻れないのだろう、本当に一生続くのだろう。

 

そして、もう一つ。

 

「…やっぱり、昨日の事も見ていたんですね…」

 

淡々と話し続ける織斑千冬に、彼は睨みながら憎々しげに言う。

彼女は岡山とすれ違ったのち、何も干渉せずにそのまま帰る手筈になっていた。

織斑千冬もそのことを了承していたはずだ。

それなのに、昨日のことを持ち出してくるということは、監視がされていたということになる。

 

「っ、い、いや…さすがにあの状態のデュノアと…二人っきりにさせるのは…」

 

「………」

 

「…すまない…だが分かってくれ。 お前になにかあったら…私は…」

 

「…何を今更言ってるんです。 …まぁ、そんなことはどうでもいいですけど」

 

顔をさらに暗くさせて理由を話そうとする織斑千冬を無視して、彼はそのまま何処かへ行こうとする。

その様子に彼女は苦しそうな表情をし、体を震わせていた。

しかし、何とか持ちこたえて彼の隣に寄って行った。

 

「お、岡山…デュノアは…どうするんだ?」

 

「………」

 

「あの娘は危険な状態だ。 お前さえ頼んでくれれば、何時でも引き離すこともできる」

 

「………」

 

「…無言は肯定…ということで…いいのか?」

 

そう言い続ける彼女に、岡山はようやく反応した。

 

「…あの子は…ウチに居させます」

 

「ッ!? な、何故だ!」

 

「貴方たちに任せて…その後どうなる? 良くて一生病室…それかモルモットか? 適性の高い…操縦者は、女性でも…重宝される…からな」

 

「っ、そんなつもりは…」

 

「…貴方たちの…ことは…信用していません…。 とても任せられない…」

 

「し、しかしだ! お前はもうあの娘を助ける理由がないだろう! 昨日あれ程のことをされて…なんでまだ助けるんだ…!」

 

いつの間にか、織斑千冬は彼の肩を掴んでいた。

必死の形相で彼に疑問の言葉を投げ続け、その手の力を強くさせていく。

その痛みに耐えきれず、岡山は顔を歪ませる。

 

「ぐ…うぅ…」

 

「それにあの娘も…「物語」の一人だろう! お前は毛嫌いしている筈だ…それなのに何故!」

 

「…あの子は…エレンの娘だ。 一緒に暮らす…それだけだ…それ以上もう何もしない」

 

そう言いきって、彼は左手で織斑千冬の手を払った。

力強く握っていたのに、その手は簡単すぎるほどにスルリと取れた。

彼女は呆然と彼を見つめているが、岡山は全く気にしないでその場を立ち去る。

 

「もう話すことは…ないですよね…では、外に出てきます…さようなら」

 

「ま、待て…岡山…デュノアは…」

 

「………」

 

彼女の呼び止めに全く反応せず、彼は外へ向かっていく。

ノロノロと、いつものように足を引き摺って歩く。

彼女はもう何も言えなくなり、彼の姿が見えなくなるまでその弱弱しい後姿を見るしかできなかった。

 

 

 

 

 

「…おか…やま…」

 

そして彼の姿が完全に消えると、彼女はその場に力なく座り込み、堪え続けていた涙を流した。

 

「く…うぅ…」

 

何時もなら堪えることが出来ただろう、今までも耐え続けてきたのだ。

しかし、今回だけは出来なかった。

 

「なぜ…だ…」

 

彼はまた選択を誤ったのだ。

デュノアは無条件で助け、その理由を織斑千冬にしっかりと言わなかった。

「エレンのため」という理由は、彼の空白の過去を知らない彼女からしてみれば曖昧で不鮮明な理由でしかないのだ。

 

そして、その足りな過ぎる事実が、織斑千冬を蝕んだ。

 

 

 

「なんで…デュノアは助けるんだ…太一…!」

 

 

 

脆い心は、たった一つの変化で全てを無くす。

彼女もまた、もう戻れない人間なのだ。

 

 




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