今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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遂に再会する、全ての根源に。


災害

災害

 

「…臨海…学校…?」

 

「そうだよ太一さん、今度の月曜日からクラスの皆と一緒に行くんだ」

 

梅雨が開け、夏も半ばを過ぎようとする頃、突然岡山はデュノアからそう伝えられた。

 

臨海学校。

 

岡山の記憶が正しければ、ソレは「物語」の進行過程の中で主人公達が成長する重要なターニングポイントであった筈だ。

すっかり忘れていたが、時期的に見てもそろそろ頃合いである。

 

「そう…ですか…。 では、楽しんで来て下さい…」

 

小声で媚びるように、岡山は引きつった笑みを浮かべて答える。

デュノアが正気を失って以来、彼は毎日彼女に対してこんな調子である。

自分を父として見ている時も、恋人として見ている時も、まるで不発の爆弾を扱うように丁重に扱っている。

 

否、扱わなくてはならなかった。

少しでも彼女の「矛盾」に触れてしまうと、途端に彼女はその激情を露にする。

首を絞め、腹を殴り、体中を蹴り付ける。

そうしながら、彼女は涙を流しながら叫ぶのだ。

 

私はシャルロットだ。

私はエレンだ。

 

その二言を何度も交互に言い続け、岡山の謝罪が耳に届くまで暴行を続ける。

そんな毎日を同じ部屋で過ごし続けた結果、彼が取った行動は服従であった。

 

捨てようと思った時もあった。

なんでこうまでしてこの娘を庇わなくてはならない。

さっさと織斑千冬にくれてやれば良い。

そう何度思った事か。

 

しかし、その度に彼の中で本物のエレンの姿が浮かんだ。

本気で愛した彼女の娘を、見捨てるなんてできなかったのだ。

故に彼はいつも寸前の所であきらめ、彼女に従っていた。

 

そしてそれは、今も続いている。

 

 

 

「…何言ってるの? 父さんも一緒にくるんだよ? 織斑先生にもちゃんと許可貰ったんだからさ」

 

 

 

故に、彼は断れない。

最も近づきたくない連中と、否が応でも接する事になるであろう場所に、自分の意志とは無関係に。

 

「………そんな」

 

「…そんな…何かな?」

 

曰く、父とは娘の頼みを断れない。

曰く、男は恋人の望みを必ず果たす。

 

彼女が持っている歪んだ知識の一つだ。

ほんの少しの拒絶も、デュノアの脆すぎる精神の前にはダイナマイトと同等である。

 

「ひっ…分かり、ました…。 一緒に行きます…」

 

「…フフ、だったら良いんだよ、父さん」

 

そう言って、彼女は微笑むと立ち上がり部屋を出ようとする。

 

「そろそろ授業が始まるから、私は言ってくるけど…太一さんは部屋から出ちゃダメだよ? 私がいないと、太一さん何も出来ないんだから」

 

その瞳に二度と光は宿らないだろう。

真っ黒な眼は岡山以外の何者も受け入れず、そして彼のみを奥底へと引きずり込もうとする。

そんな瞳を、彼は受け入れなくてはならない。

 

「…はい、分かっています」

 

「…その敬語も、いつかはちゃんと直してよ? 私、父さんの娘なんだから敬語なんて要らないよ」

 

そうして彼女は部屋を出て、岡山に自由が訪れる。

深くため息をつき、全身の力をようやく抜く事が出来る。

 

「…どうしろっていうんだ」

 

あぁ言ってしまった以上、臨海学校自体が中止になるくらいの事が無ければ参加は避けられない。

そしてそれを止める術は、岡山にある筈も無い。

 

「行きたくない…でも、行くしかない…」

 

行かなければ、またデュノアは自分を襲うだろう。

その上で、引きずってでも連れて行くのだろう。

ならば自分に許される行動は、一つしか無い。

 

「…畜生」

 

誰もいない部屋で誰に対してでもなく。

敢えて言うならこの世界そのものに対して、彼は小さく悪態をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、結局彼は何も出来ずIS学園を後にする。

バスに乗せられて数時間、少々の休憩を挟んで目的地まであと少しという所。

真っ白な砂浜、美しい青の海。

夏を象徴する壮大な光景がそこにあった。

 

これを見て興奮しない者はいないだろう。

まだ到着していないのに女生徒達の何人かは既に水着になってしまっている。

恐らく制服の下に着て来たのだろう、着いた瞬間に飛び込む勢いだ。

そんな彼女達を山田は優しく注意し、織斑千冬は頭を悩ましていた。

織村一夏達も興奮を収められないのか、着いてから何をするか楽しそうに話し合っている。

 

そんな彼の隣、一番奥の隅で岡山は丸くなって座っていた。

夏だと言うのに毛布にくるまり、全ての介入を拒否するかのように瞳を閉じている。

 

「岡山さん、着いたら何しましょうか?」

 

そんな彼に、織斑一夏は全く恐れる様子も無く話しかけた。

 

「…と、特に何も…」

 

岡山は突然の質問に驚きながら当たり障りの無い返答をする。

 

「だったら着いてから俺たちと一緒に行動しませんか? 一人でいるより皆といる方がきっと楽しいですよ!」

 

一切の邪気を感じさせず、織斑一夏はそう言った。

だが岡山からすれば、その誘いは苦悶の一言でしかなかった。

今此処で彼等の傍にいるだけでも辛く、堪え難い苦痛なのだ。

行動をともにするなど論外だ。

 

「い、いえ…私の事は気にしないで…皆と楽しんで下さい」

 

「そんな事言わないで、千冬姉ともしっかり話ができると思いますから!」

 

巫山戯るな、そう言ってやりたい。

抱きかかえるように持っている杖で殴りつけてやりたい。

 

「本当に…大丈夫ですから…少し、やりたい事もありますので…」

 

「そうですか…だったら一度は千冬姉の所に言って下さいね! 今日までに貴方に見せるんだって水着を選んで…」

 

「余計な事を言うな、織斑! それに貴様ら、浮ついてるのも良いがそろそろバスを出る準備をしろ。 目的地まであと少しだ」

 

織村一夏が何かを言おうとした瞬間、織斑千冬は彼に対して強烈な拳骨を食らわせ気絶させてしまった。

男一人をたった一撃で易々と気絶させてしまう彼女を、そして隣で白目になって気絶している彼を見て、岡山はもう何も思う事は無かった。

 

ただ、この悪夢のような時が少しでも早く終わる事だけを祈り続ける。

 

 

 

 

 

旅館につき、簡単な荷物の整理をした後で彼は女生徒達とともに砂浜へと出た。

共に、と言っても一時間程後でだが。

 

彼は用意された織斑一夏との相部屋で人の気配が無くなるのをじっと待っていた。

織斑一夏はもう一度彼に一緒に行く事を勧めたが、岡山はやる事があると言って丁重に断り、その場に居続けたのだ。

 

「…そろそろいいかな?」

 

そう呟き、彼はようやく重い腰をあげた。

生徒達が動き出して一時間経過した、もうさすがに旅館に残っている生徒はいないだろう。

今出れば誰にも接触する事は無い。

 

他にも方法はあっただろう。

そもそも、接触を無くしたいのなら部屋から出なければ良い。

風邪を引いたとでも言い訳をすれば、デュノアも手荒な真似はしない筈だ。

しかし、彼にはソレが出来なかった。

 

原因はデュノアにあった。

彼女はこの数日、今まで以上に彼と一緒にいる時間を増やした。

仮病を使って授業を休む時があったくらいだ。

デュノアは臨海学校を「岡山と共に旅行に行ける」という認識でしか見ていなかった。

口では他の生徒達と、などと言っていたが結局は見ているのは彼しかいない。

 

何処までもしつこく、執念深く、彼の事のみを考えていた。

故に、デュノアは当日まで彼に異常が起きないように徹底的に管理した。

万全の状態で彼とのバカンスを楽しむために、一切を見ていた。

そしてそれは今も変わりない。

 

「………」

 

彼女は岡山を見続けている。

人の気配が消えている筈の廊下から、少しだけ襖を開けて覗き込んでいた。

真っ黒な眼を限界まで見開き、彼が準備を終わらすのを待ち続けていたのだ。

 

「…すぐに…行きます…」

 

故に、彼はまた抵抗できなかった。

部屋を出ると、デュノアは満面の笑顔で岡山の手を取り、ゆっくりと浜辺へ向かっていった。

 

 

 

 

 

「海、綺麗だね太一さん」

 

「はい…そうですね…」

 

「あ、そういえばさ。 この水着新しく買って来たんだけど…似合ってるかな?」

 

「…似合っていると…思います…」

 

「そ、そっかー…ありがとね父さん。 父さんが褒めてくれるなら、私も選んだ甲斐があったよ」

 

淡々と、どこか狂っている会話を延々と繋げる。

デュノアと岡山は二人きりで砂浜をゆっくりと歩く。

その時も彼女は岡山と手をつなぎ、全く話そうとしない。

他の生徒達が二人を見ながら嫌な意味でざわついている中、一切気にせず自分の物だと言わんばかりに強くその手を握る。

 

「…太一」

 

その中には織斑千冬もいた。

十人中十人が注目するであろう、黒色の悩殺的な水着を纏う彼女にいつもの覇気はなかった。

彼女は悲しげに彼を見つめ、だがしかし動く事が出来ないでいた。

弟達も自分に協力してくれたというのに、その足を動かせなかったのだ。

二三言葉を交わせるだけでも良い、そう思っていたが、それすらも拒絶されるのではないかと恐怖してしまったのである。

 

今回で仲が修復するなどとは微塵も思っていない、しかし少しでも彼と話がしたかった。

恨みの一言でも、言ってくれればソレで良かった。

だが一度恐怖してしまうと、その足はもう動かせなくなってしまった。

一歩も彼に近づけない、その事実が彼女を一層焦らせる。

 

「太一…私は…」

 

拳を握りしめ、声を震わせる。

せめて彼の聞こえない場所で、その名を呼ぶ事しか彼女には出来なかった。

 

 

 

それから数時間、結局織斑千冬は結局夜になるまで彼に話しかけられなかった。

その間、延々と彼の隣に居続けたデュノアに対し言いようもないドス黒い感情をむき出しにしながら、それでも彼女は動く事も出来なかった。

それに気付いていたのか、デュノアは時折織斑千冬がいる方向を見ると、彼女に向かって不敵に微笑んでいた。

固く握るその手を見せつけながら、狂った笑みを浮かべていた。

 

そして岡山は、ひたすら何も考えないでいた。

抵抗もせず、最低限の言葉しか発さずに、いつものように媚びた笑みを浮かべ、ただその時が過ぎるのを待ち続けていた。

 

彼も遠くから織斑千冬がこちらを見ているのには気付いていた。

しかし、だからどうしたというのだ、と言わんばかりに無視し続けた。

反応しようが無視しようが、今の状況は変わらないだろう。

ならば何をしようとも無駄、そもそも視界にすら入れたくないのだ。

そしてとりあえず彼は夜までその危うすぎる状態を維持し続け、難を逃れる事に成功したのだ。

 

 

 

その夜、岡山は「歩きすぎて疲れた」と言って夕飯を後にした。

本音を言えば、すぐに眠りにつきたかったのだ。

あの人物達相手に無傷で一日を終わらせる、彼からしてみれば奇跡でしかなかった。

一切共感を得られない達成感を胸に、彼は敷いてあった布団に倒れ込み瞳をとじる。

 

(多分、織斑一夏は帰って来たら僕に何か仕掛けてくるだろうな…どうせ逃げれないなら、今だけでも休んでいたい…)

 

そう思い、彼は眠りについた。

完全な静寂、彼の安眠を邪魔するものはない。

ゆっくりと流れる時に心地よさを感じながら、彼は久しぶりに安息を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふぅ…えへへ…」

 

はずだった。

 

彼が眠ってから数十分後、彼は不快な何かに強引に起こされた。

 

「ふぅ、ん…はぁ。 あったかぁい…ん…」

 

聞き覚えが有る様な無い様な。

どちらにしても彼がその声から感じるものは良いモノではなかった。

 

「それにしても…細い腕だなぁ…。 私でも折れちゃうくらい…フフ」

 

全身が何かを押し付けられる感覚。

恐らく何者かが自分の上に乗っかっている。

しかし、ソレが誰なのか分からない。

 

眠っているフリをしながら考える。

 

(デュノアはこんな声じゃない、織斑千冬も…でもアイツら以外でこんな行動をとるヤツなんて…)

 

「あ、やっぱり起きてるんだ。 寝たフリも下手だね、たっちゃん」

 

「………ひっ!?」

 

それを聞いて、記憶の奥底にあった恐怖を思い出す。

幼い頃、織斑千冬とともに自分に苦痛を与え続けた者。

唯一自分の異変に気付きながら、それでも笑いながら自分を痛め付けた者。

自分をその名で呼ぶのは、彼女しかいない。

 

一瞬で思い出し、眼を開けてその存在を確認する。

違う者であってくれ。

今ならデュノアだろうと織斑千冬だろうと誰でも良い、アレ以外なら何でも良い!

 

そう願いながら自分の上に居座る存在を見る。

 

 

 

「アはッ、久しぶりだね。 たっちゃん…くひっ」

 

 

 

しかし彼の願いは届かなかった。

目の前にはとあるおとぎ話の主人公を思わせる水色のドレス、鮮やかな紫色の髪、そして機械仕掛けのウサ耳が見えた。

 

彼を起こした者の正体は、かの有名な最高にして最悪の科学者、篠ノ之束であった。

 




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