苦渋
【IS学園の女生徒が一人、臨海学校において発生した事故によって入院する事と成った】
臨海学校にて起きた岡山を中心とした騒動は、表向きにはこうやって公表された。
もとよりIS学園はISという武器を扱う学校である、学生一人の入院はそこまで問題視される事は無かった。
言うまでもないが、入院した生徒というのはデュノアの事である。
彼女は岡山が共に暮らす事を放棄した時点で安全保護下、という名の拘束を受ける事となったのである。
あの後。
彼女は気絶している間に旅館に呼ばれた暗部達によって指一本動かせないまでに体を縛られ、そのまま精神病院へと運ばれた。
岡山はそのときの彼女の顔を忘れる事が出来ない。
彼女は眼を覚ました瞬間、自分の状況を察知したのか眉一つ動かさなかった。
ただ、まっすぐに岡山を見つめ続け、クスクスと笑っているように見えた。
まるで再会を必然だと思っているかのように、全くの抵抗をしなかったのである。
ただ一つ、彼女を拘束する際に一つ問題があった。
彼女のISを取り外す事が出来なかったのだ。
まるで意思があるかのように、彼女の感情に応えるかのように、ISは彼女に深く「食い込んで」しまっていたのだ。
故に武装を完全に解かせる事ができなかったのだ。
因みに、というより蛇足になるのだが。
織斑一夏並びに彼を慕う者たちは、「物語」通りに無事「銀の福音」を倒す事に成功した。
織斑千冬も彼の戦いを一部始終見守り続けたが、その内には岡山の存在が残り続けていたという。
「………」
臨海学校から帰った後、岡山は前と同じ生活をしている。
定時になると部屋を出て意味の無い掃除をし、生徒が通りかかると迫害を受け、ソレ以外は全て部屋で過ごしている。
「………」
話をする相手はおらず、そもそも会話をしようとも思えない。
織斑一夏達は定期的にこの部屋にやってくるが、それすらも岡山は無視し続けた。
真に全てとの接触を断ったのだった。
最早ソレを行う事によって何が起きようと知った事ではなかった。
岡山の行動に対し、一度織斑一夏は激怒して彼に殴り掛かった事があった。
「千冬姉は本気でアンタに謝ろうとしている、なんで応えないんだ」
よく覚えてはいないが、確かそんな旨の事を長々と言われた事を岡山は覚えている。
しかし、何をされても一切反応しない岡山を見て、織斑一夏はもう何もしてこなかった。
代わりに廊下ですれ違う度に岡山を睨みつけてくる。
そしてすれ違い様に「千冬姉は心配しているぞ」といった事を軽く言うようになった。
岡山から見れば厄介ごとが減ったのだからむしろいい事だったのだが、女生徒からの迫害はより一層強いものとなった。
彼は学園唯一の男子生徒であり、慕う女生徒も多い。
故にもとから嫌われていた岡山は、完全に学園の敵に成り果てていた。
その場に織斑千冬はいなかったが、いたらどのような表情をしたのだろうか。
弟を止めるのだろうか、自分に代わって殴り返すのか、弟の行動に感動するのか。
ただ、織斑一夏に何の変化も無い様子を見て、岡山は彼に何も無かったと判断した。
(まぁ、なんにせよ「アイツら」のいいように動くんだろうな…フン)
歪んだ、しかして間違っていないことを予想する。
「…岡山、いるか? 私だ」
そんなことを考えていた時、軽いノック音とともにドアが開かれる。
相手は織斑千冬であった。
彼女はいつものように顔を曇らせながら部屋に入って来た。
臨海学校での騒動以来、岡山は彼女の事も無視し続けている。
視線すら合わせず、壁の方に視線を移して身じろぎ一つしない。
「…今日は、雨が降っている。 かなり強めだ、傘が無いと外には出れないだろうな」
「………」
「…そういえば、近いうちに学園祭が開かれるんだ。 …たまには、そういった催し物に顔を出してみないか?」
「………」
「あとは…その…」
反応が無いのにも関わらず、彼女は言葉を続ける。
ただ、彼女も口が達者な方でないために、すぐに言葉は途切れてしまい、言いようの無い静寂が流れる。
「…また、来るからな」
そして彼女は耐えきれなくなり、部屋を出る。
そんな事を毎日行ってくる。
ドアが閉じる音がして彼はようやく体を起こした。
同時に深いため息をついて、そこから全く動かない。
「くそ…何だっていうんだ」
負の原因を捨てることができたというのに、彼はまだ何かが胸に残っている感覚がした。
何かが足りないのだ。
ソレが分からない故に、延々に悩んでいた。
何も考えずボーッとしていても、ソレが鎖となって自分を縛り付ける。
(何が、何が足りないって言うんだ? 僕は…どうしたらいいんだ?)
「ッ!? はっ……かはぁ!?」
ザーザーと雨音のみが流れる部屋で、彼は身をビクリと震わせる。
同時に呼吸が不安定になり、胸を抑えて身をよじらせる。
眼は血走り、汗が滝のように流れる。
岡山は臨海学校の後から、この状態になる事が増えた。
しかも原因がわからないのだ。
昔は織斑千冬や篠ノ之束から受けたダメージがフラッシュバックして起きていたのだが、今はそういったハッキリとした原因がなかった。
ただ唐突に、突然に、彼を蝕んでいるのだ。
「…くっ…なん…だよ…」
症状が収まると、次にとてつもない「重さ」が彼を襲う。
言いようも無い、締め付けられるのか、押さえつけられているのか、ソレすらも分からない。
ただ苦しい何かが彼を襲うのだ。
その正体が分からない事実が、また彼をいらだたせる。
「何だっていうんだ、畜生が!!」
耐えきれず叫びを上げる。
織斑千冬がまだ近くにいたら、すっ飛んでどうしたのか聞きにくるだろう。
しかし、それも彼は気にする余裕が無かった。
しばらくして、ようやく「重さ」は消えた。
彼はグッタリと倒れ、全く動けない。
「くそ…なんだっていうんだ…まだ…何をしろって…言うんだ…」
答えなどあるはずがないのに、つい言葉に出してしまった。
とにかく答えが欲しかった。
自分を襲う「重さ」を少しでも楽にしたかった。
しかし、返事は来ない。
必然だろう、この部屋には彼以外誰もいないのだ。
「…教えてあげようかしら? 岡山太一」
しかし、無い筈の返事が発せられた。
岡山は驚いたように上体を起こし、声がした方向を向いた。
そこには人が二人立っていた。
誰だかは分からない、陰に隠れてしまっているせいで顔もよく見えない。
ただ、声色から女性である事は予想できた。
「誰…です…?」
「はんっ、正体だなんてどうでもいいだろうが」
「そうよ、私達は貴方に答えを与える者。 その苦しみがどうしたら無くせるか、教えてあげるわ」
そう言って、名も知らない彼女は何かを投げつけて来た。
鉄のように冷たい、金属のなにか。
ソレを見て、岡山は例えようも無い悪寒がした。
「これ…貴方達は…これで…どうしろって…!」
「うっせぇな、一々喋るなクズ野郎が!」
彼が言葉を出した瞬間、「もう一方の」女性が罵声をあげてソレを塞いだ。
先程の落ち着いた様子の女性と違い、かなり荒々しく感じられる。
「ダメよ、そんなに威嚇しちゃ。 怯えちゃってるわ」
「…チッ、だから男は嫌いなんだ。 なんだってアイツもこんな奴に執着するんだ?」
「まぁ、人の好みなんてそれぞれよ。 そんなことより、岡山太一。 私が今から言う事をやってみてくれないかしら?」
こちらにナニカを寄越して来た女性は静かに相棒と思われる女性を諌めながら、岡山に何かを要求して来た。
「こ、こんなもので…何を…」
「大丈夫、貴方に損は無いわ。 貴方にして欲しい事は………」
女性は部屋の明かりを消すと、彼の耳元まで口を寄せると、ゆっくりと話し続けた。
ソレを聞いて、岡山は愕然とした。
彼女が言って来たことは岡山には到底出来ないことであった。
「そんな事、で、できるわけないだろう!? こんな体で、どうすれば良いんだ!?」
「大丈夫よ、計画はもう練ってある。 それに、想像してみなさい。 ソレを成し遂げた後、貴方はきっと例え様の無い開放感に満ち、最高の快感を得る事が出来る筈よ」
彼女の言う事は正しかった。
彼女が言った事を本当に成し遂げれたら、自分はこの「重さ」から解放されるかもしれない。
そう思えた。
「さぁ、どうする? これは貴方にしかできないこと。 貴方だからこそできることなの」
「テメェだったら、簡単にできんだよ。 オラ、さっさと決めろ」
「………はい」
二人に言いよられ、彼は決意した。
何もかも捨てた筈なのに、まだ彼は縛られていた。
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