今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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雨ですら、流してはくれない。


呪殺

呪殺

 

雨が降る。

 

「………」

 

ただ、雨が降る。

 

「………」

 

激しい音を立て、周りの騒音を掻き消していく。

ソレは体に当たり、流れ、容赦なく熱を奪っていく。

凍えるほどに寒く、鉛のように重く、頭もうまく働かない。

 

「………」

 

そんな悪天候にも関わらず、岡山太一は校舎の屋上にいた。

虚ろな目をして上を見上げ、瞳に雨粒が当たっても身動き一つしない。

呆然と立ち尽くしている。

 

 

 

そんな時、聞き取りづらいがチャイムの音がした。

 

 

夕方に鳴るソレは授業が終わり、生徒たちが教室を出る時間を知らせる。

そして岡山に、彼女がここに来る時間であることを知らせる。

 

「………」

 

かすかに聞きながら、それでも岡山は動かない。

それこそ、まさしく木偶の坊のようであった。

 

「………」

 

岡山は思う。

今までの自分の人生は、どうだったのだろうか?

 

幸せだっただろうか?

否、当然。

安楽だっただろうか?

否、コレも当然。

彼が今まで歩んできた道は、今振り続ける雨のように彼を削り続けてきた。

奪われ、傷つけられ、気付いた時には全て無くなっていた。

 

全てはあの時、この「物語」が目の前に迫った時。

 

「………」

 

思えば、なんと思慮の浅い行いだっただろうか。

いささか、愚かすぎることであった。

 

自分に力はなく、彼女たちにはある。

本能で生きる動物たちにも通じる法則。

弱者は強者に近寄らない、そんな簡単なことに彼は気付かず、好奇心に負けてしまった。

その結果が、彼の動かない片手片足、傷だらけの体を生み出した。

頼るものもない、真の孤独を作り上げた。

 

「………」

 

自分がなぜこの世界に来たのか、未だ理解できない。

神とでも呼ばれる、想像主たる誰かに会ったわけでもない。

輪廻転生の道をしっかりと覚えているわけでもない。

 

しかし、もし自分が誰かによって呼ばれたのなら、そしてソレが目の前に現れたのなら。

 

「………」

 

…そう考えたところで、彼は思考を止めた。

考えたところで何になると鼻で笑った。

自分にとって、今が現実なのだ。

 

もう二度と、自由に歩くことなどできない。

もう二度と、利き腕で箸を持てない。

したい、とすら考えない当たり前のことを、自分はもう出来ない。

 

「………」

 

しかし、これで終わる。

臆病で、劣悪で、どうしようもなく敗者であったこの道を、終えることが出来る。

 

その終わりも決して幸せではない。

最悪の一言であろう、しかし。

少なくとも、一瞬の喜びはあるかもしれない。

だから、彼は彼女をここに呼んだ。

 

 

 

「…岡山」

 

 

 

そう彼女、織斑千冬をこの場に呼び寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…思ったより、早い、ですね…」

 

「あ、あぁ…お前が呼んでくれるなど、今まで無かったからな。 言っただろう、お前が呼べば飛んでくると」

 

「…冗談だと思っていましたが、流石ですね」

 

化け物め、と。

心の中で叫ぶ。

 

だが彼は表情を変えず、動きもしない。

 

「…しかし、こんな所に呼んで何をするんだ? しかもこんなに雨が強い中で…早く戻らないと風邪をひいてしまうぞ?」

 

「…かまいません…ここででしか…叶わない…ことなんで…す…」

 

そう言って、ようやく岡山は彼女の方に体を向けた。

その姿は痛々しいの一言である。

最近になって出来たであろう頬の傷は、恐らく女生徒たちから受けた傷だろう。

赤く腫れ、とても痛々しい。

そしてその動作は恐ろしいほどに鈍い。

それは一生消えない傷故に。

 

「………」

 

織斑千冬は、そんな彼から決して目を放さない。

己の罪の象徴である彼から、決して目を逸らさない。

岡山はそんな彼女に少しずつ歩み寄る。

 

「…貴方と、話がしたかったです。 二人っきりで」

 

「…そう、か。 そうだな…私も、お前とずっと話しがしたかった」

 

彼女もまた、彼の下に歩み寄る。

二人の歩くスピードは遅く、ゆっくりとその距離は縮まる。

その途中で、岡山はまた声を上げた。

 

「酷い雨、ですね」

 

「あぁ、少し打たれるだけで凍えてしまうほどに冷たい。 お前は大丈夫か? 長い間あたっていたんだろう?」

 

「大丈夫ですよ、今もこうしていますが…特に問題ありません」

 

「……それは」

 

「えぇ、貴方の考えている通りです。 もう寒いとも感じれません」

 

そう言って、彼は頭を下げて自分の右腕を見た。

もう長年動かない腕は今もピクリともせず、寒さも痛みも感じさせない。

 

そんな彼の様子を、織斑千冬はただ見つめる。

 

「…この腕は…もう治りません」

 

「…あぁ」

 

「…この足は…もう動きません」

 

「…そうだな…」

 

淡々と言葉を述べる彼を前に、織斑千冬もまた淡々と返事をする。

血が通ているのか疑わしいほどに、恐ろしいほど感情が籠っていない。

 

「………貴方は、僕に何がしたかったんですか?」

 

しかし、その問いに彼女は答えられなかった。

彼女はわずかに目を開いたが、それ以外は何の行動もしない。

 

「………」

 

「なんで、何にも言わないんだ? なんで、言い訳しないんだ? 言ってみろよ、何でも良い。 ただ憎かったでもいい、虐めたかったとか面白かったでもいい。 とにかく喋れよ」

 

「………」

 

「教えろよ、教えてくれよ。 理由くらいあるんだろうが、教えろよ…」

 

「………」

 

どれだけ言っても、彼女は何も言わない。

ただまっすぐ岡山を見つめ、彼女は眉一つ動かさない。

ただ悲しげに見つめるだけだ。

 

「…まぁ、いいさ。 お前が僕のことをどう思っているかなんて…もうどうでもいい」

 

そう言い、彼は左ポケットから何かを取り出す。

ソレを見た時、織斑千冬は逃げることが出来た。

逆に彼を気絶させ、止めることも出来た。

しかし、しなかった。

 

「これで、終わりなんだからさ」

 

故に、彼の左手より放たれた銃弾を、彼女は受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぐッ」

 

苦しげに、わずかに顔を歪ませる。

ソレを見た時、岡山の体には未知の感覚が走っていた。

しかし、その正体を理解できない。

 

「………」

 

「ッ…ぐゥ…」

 

次いでもう一発、今度は彼女の右足を打ち抜いた。

それにより彼女は立つことが出来なくなり横に倒れる。

 

「………」

 

彼女が苦しむたびに、全身に電気が走ったかのような感覚がよぎる。

嫌ではない、むしろ快感である。

そう、快感だ。

この世界に生を受けて、久しく感じていなかったソレを岡山は感じていた。

 

「………き」

 

だが久しすぎた故に、彼はその正体を知ることが出来ない。

自分が今幸せなのだと理解することすらできない。

まるで自慰を覚えたての子供のように、ただ快感のみを貪る。

 

「き…きひ…」

 

そして自分の気持ちすら理解できない彼は、「笑う」という幼い表現のみを行う。

ただ目の前の彼女を傷つけること、それに不明の快感を感じながら。

 

「あひゃ…きひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

そして感情は爆発し、彼に狂笑を吐かせる。

 

「アハッアハッ ア゛ハァッ!! アアアアぁぁぁァァアアあああぁあッッ!!! ア゛ヒャヒャヒャひゃひゃヒャヒャッ!!」

 

その後、彼は玩具を振り回す子供のように銃を乱発させた。

六発装填されていた銃弾は、先ほどのも含め半分の三発しか命中しなかった。

もともと銃を持った経験もなく、悪天候のせいで手は震えている状況だ。

むしろ三発も当てられたことが奇跡だろう。

 

最後の一発は、彼女の喉元を貫いた。

 

「ジネェッ! ジネェッ! 死ネェ! アヒャヒャヒャヒャッ!」

 

涙、涎、鼻水、汚らしい体液をぶちまけながら、岡山は最後の一発を放ったのだ。

その一発は全く動かない彼女にめがけ一直線に放たれ、そして命中したのだ。

 

「ギっ!? が…ハぁ…!?」

 

唐突に流れる激痛に、織斑千冬はたまらずうめき声をあげた。

しかし、喉に風穴を開けられたせいか濁った音が放たれてしまっている。

 

「ぎひ、ギヒャヒャ…あ゛ヒャヒャヒャッ!!」

 

そんな彼女を全く気に掛けず、岡山は笑いながら力なくその場に座り込んだ。

そのまま彼はポケットに入っていた携帯を彼女に投げつけ、再度腹を抱えて笑い続ける。

 

織斑千冬は、そんな彼をただ見つめるだけであった。

何もせず、身じろぎ一つしない。

ただ、優しげに、悲しげに、愛しそうに彼を見つめる。

 

「…………………」

 

そんな時、彼女は少しだけ口を開いた。

座り、笑い続ける彼に向かって何かを言った。

それがなんなのか、既に理性すら捨ててしまった岡山には知るすべはない。

ただ、一つだけ存在する事実を述べるのならば。

 

その数分後、「織斑千冬」という存在はこの世から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分かっていたさ、何もかも。

 

 

 

お前が、私が渡した携帯で、私を呼び出すなんてありえない。

もしあるとしたら、それこそ死人が出るほど劇的なナニカが起きる時くらいだ。

そしておそらく、その死人は私なのだろうな。

 

山田先生や、暗部からも報告があった。

お前が得体の知れない誰かと接触していたと、そしてその時からお前の部屋に一丁の銃が置かれていることも。

 

その誰かに私を殺せとでも言われたのか?

まったく、こういう時ばかり勘が働く。

対策など、湯水のごとく溢れてくる。

やはりお前の言う通り、「世界」というものは私たちには優しいのだな、太一。

 

…だが、本当に優しいのなら。

どうして、お前を私から離してしまったんだ?

そのおかげで、私は世界を愛することが出来ないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼少期、私に娯楽というモノは全くなかった。

物心ついた時、私が父から渡されたのは竹刀のみ。

そして伝えられるのは剣術のみ。

毎日定時に叩き起こされては血反吐を吐きながら稽古を続けさせられた。

吐いても、苦しがっても父は許してくれず、それどころか「弛んでいる」と痛がっている所を竹刀で押さえつけてくる始末であった。

あの時の激痛は、今も忘れることなどできない。

 

しかし、私は挫折することなく修練に励んだ。

いつか努力が実を結び、父が私を認めてくれる日を夢見ていたんだ。

最強の名を手にすれば、きっとあの手で頭を撫でてくれると信じていた。

故に止まることは無かった。

愛を渇望し、ただ私は努力し続けたのだ。

 

そのおかげか、保育園に行く頃には既に大人すら倒せる実力を持ったのだ。

実力者相手だとまだ負けてしまうときもあったが、大抵の大人相手にはもう負けることがないほどに。

そんな私を見て、他の子供たちが向ける視線は分かりきったものであった。

恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。

余りある力を持つ私を、子供たちだけでなく大人たちも化け物を見る目で見てきた。

近くに居てくれるのは、幼馴染と弟のみ。

 

あぁ、そうだ。

保育園に行く頃には家族の関係にも変化があった。

そのころになると、両親は一切私たちに干渉しなくなってしまったんだ。

そう、親にすら恐れられてしまったんだ、私は。

 

ある日保育園から家に帰ると、そこには年端もいかない弟が一人泣いていた。

事情を聴くと、両親は自分たちを捨てたのだと。

もう面倒を見る気すら起きないと。

見ると、弟の手には通帳があった。

中には子供二人には荷が重すぎる額が、恐らくこれで生活しろということだろう。

 

…私は涙すら流れなかった。

悲しむ感情すら消え失せ、その場に座り込んでしまった。

喪失感、焦燥感、虚脱感、理解できない感情が生まれては消え、生まれては消えて行った。

頼る親戚はおらず、近隣からは化け物扱いされていたせいで近づくだけで逃げられる。

もう、私にはどうすることもできなかった。

 

束は何度か私に移住するように勧めてきた。

こんな所に居ても腐るだけだと、しかし私はその申し出を受けることが出来なかった。

 

震えてしまうのだ、あの家から出てしまうと。

この家にある道場は、私にとって苦痛でしかない代わりに唯一の拠り所だったからだ。

剣しか教えられてこなかった私にとって、もうこの場所しか生きる場所は無いとすら感じた。

そのせいで、私はこの家を出ることが出来なかった。

せめて弟だけでもと考えたが、弟も私と離れたくないといい、結局二人でこの家に住むことになったのだ。

 

 

 

 

 

それから、私の生活は空虚の一言だった。

弟や幼馴染がいるから、一人ではない。

最近では弟も家事をすると言い出して、危なくないことは任せられるようになった。

幼馴染は暇さえあればウチに来てくれて、アイツの妹も弟と仲が良くなったみたいだ。

 

…しかし、足りなかった。

私の中に足りない何かは、日々私を蝕んでいった。

何をしてもつまらなく感じてしまい、手につかない。

ソレがなんなのかも分からないからタチが悪い。

 

だが確かに私はソレを求めていた、ソレは間違いない。

だから苦しかった、苦しかったから、逃げた。

何も感じなければ、その苦しみからも逃れられると。

本気で思い込んでいた。

 

 

 

 

 

そんな時だ、彼に話しかけられたのは。

 

あの時、いつものように意味もなく玩具を振り回していた時だ。

 

「あ、あの…」

 

頼りがいなど微塵も感じられない声色。

見るとそこにお前がいた。

しっかりご飯を食べているのかも疑ってしまうほど華奢な体。

私の力なら平気で折れてしまうだろう。

 

しかし、彼の問いかけに私の頭の中は真っ白になってしまった。

久しぶりすぎたのだ、弟や幼馴染以外の誰かに話しかけられたのが。

邪気をはらんだ言葉すら入れていなかった私にとって、それは劇薬にも勝る衝撃だった。

 

「…なんだ?」

 

そのせいで、私の反応も酷く簡素で冷たいものになってしまった。

それで次は普通に返せばよかったのだが、私の中に根付いた拒絶の心は強く、次の言葉も凄惨なものであった。

 

「…お前には関係ないだろう、さっさと戻れ」

 

そう言うと、彼は諦めたように部屋の隅に戻ってしまった。

 

…その時、何故か私は嫌だと思った。

 

今を逃したら、彼はもう二度と私に話しかけてこないだろう、そう思うと手が震えてしまった。

何もかも拒絶してきたというのに、彼だけは離したくないと、そう思ったのだ。

 

だから、私は彼を強引に引き留めた。

自分の理解できない感情のために、彼の自由を一切奪ったのだ。

 

そして、私の今までを押し付けた。

他に方法が思いつかなかったのだ、彼とどう接したらいいのか微塵も分からなかったために、かつて自分が受けてきたモノを全て彼に与えた。

 

…今思えば、私は彼に同じ存在になってほしかったのかもしれない。

一緒の存在になれば、同じ誰からも嫌われる存在になれば、私の隣から消えないと。

一生私の傍から消えないと。

 

己の気持ちの整理も出来ないまま、ただ彼を縛ることのみ考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その結果がこれだ。

私は自覚もせずに彼に苦痛を与え続け、おんなじ存在だと信じ続けたせいで彼を壊してしまった。

そして皮肉にも、彼が私の目の前から消えてしまった時にようやく気付くことが出来た。

 

私は、彼と一緒に居られるだけでただ楽しかった。

嬉しかったんだ、彼に話しかけられたことが。

声をかけてくれたあの時、無限の闇の中に居た私を救い出してくれたように感じたんだ。

だから離したくなかった、ずっと一緒に居たかった。

彼となら、どんな苦境も笑顔で乗り越えられる、そう感じていたんだ。

 

そう一目見たその時から、話しかけられたその瞬間から、私は彼が好きになっていた。

そして一緒に過ごすうちにその気持ちは強まっていき、ついに完全なものになっていったのだろう。

彼に私が体験した苦しみを押し付けたのは、私のことをもっと知ってほしかったからだと気付いた。

ただ彼の隣にいるだけで幸せな気分になれていたと気付いた

しかし、自覚した時にはもう何もかも終わってしまっていた。

 

同時に、私はあの日記を見たことで世界をはっきりと憎むようになった。

彼を蝕み、私から遠ざけて行った世界に、いつか復讐したいと思った。

ずっと考え続けていた、どうしたら世界に刃向い、彼を救えるか。

しかし、どれだけ経っても答えは出ず、ただ世界は無慈悲に私たちだけを救い続けていた。

逆に彼は、延々と世界からの迫害を受け続け、私への恨みを重ねていったのだろう。

 

 

 

 

 

そして、その断罪を今受ける、他の誰でもない彼自身から。

授業が終わり、文字通り飛んで彼の元まで駆けつける。

異常な早さで辿り着いた私を、彼は忌避の眼で見つめる。

 

(そうだろうな、こんな芸当お前の世界ではありえなかったんだものな…)

 

彼は私に話しかけてくる、それだけで私の体には無類の喜びが駆け抜ける。

ただ、彼の言葉を聞くだけで嬉しいと感じている。

 

…ただ。

 

「………貴方は、僕に何がしたかったんですか?」

 

この問いに、私は返事が出来なかった。

今更、私の気持ちを伝えたところで何になる?

余計彼を困らせてしまうだけだ、そんなことをして喜ぶはずがない。

彼を壊してしまった時から、もう私に出来るのは彼のために生きることだけなんだから。

 

…あぁ、押し寄せてくる。

彼の殺気が、限りなく私に迫ってくる。

…嬉しいぞ、太一。

お前の気持ちが、感情が、心が、全て私に向けられている。

お前は全身全霊を持って私を殺そうとしてくれているのだろう?

 

「世界」よ、見ているがいい。

お前が望む未来など、絶対に作らせない。

私たちだけに優しい世界なんて、絶対に。

私の消滅で、彼を自由にするんだ。

 

放たれる銃声は、私の右肩を貫く。

次に放たれた弾は、右足を打ち抜いた。

奇しくも、私が壊した彼の部位と同じところを。

 

(あぁ、嬉しいなぁ…)

 

その時に感じたものも、また喜びだった。

彼によって、彼と同じになった。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

そして数発外した後に、最後に彼の狂気は私の喉を打ち抜いた。

まるで、一切の弁明も許さないと訴えているかのように。

それでいい、この期に及んで何かを言うつもりなど毛頭ない。

 

倒れてしまい視界もぼやける中、私が最後に見たのは彼の笑いこける姿であった。

決してかわいらしさを感じるモノではない、歪な狂笑であった。

しかし私は、彼が笑っているだけで幸せになれた。

とてもきれいで、たまらなく愛おしくて。

 

「…あ゛い゛しでいる゛」

 

そう呟いてしまった。

幸い彼には届いていないようだ、これでいい。

この感情は、彼だけには伝えてはいけないモノだ。

私は最後に見れた彼の笑みを頭の中に浮かべながら微笑み、意識を失った。

 

あぁ、願わくば最後に…。

 

 

 

お前を千切れるまで、抱きしめたかった。

 

 

 

 




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