今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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世界が、揺らぐ。


自壊

自壊

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

織斑一夏が「あの事件」を聞いた後、出てきた言葉がそれであった。

彼はいつものように授業を終え、オルコットたちと食事をとりながら談笑をしていた。

特に意味のない、他愛ない内容のものであった。

 

「…一夏?」

 

つい先ほどまで何時ものように満面の笑みで話をしていたのに、今はその顔に一切の表情がない。

毎日と変わらず、ふざけ合いながら楽しい時間を過ごしていた。

だがしかし。

 

 

 

織斑千冬が岡山太一に撃たれた。

 

 

 

この一言を聞いた瞬間、織斑一夏は瓦解したのだ。

まるで朝起きて歯を磨くように、そうすることが当たり前なのだと言わんばかりに、さも当然のことのように無表情でそう言ったのだった。

 

「一夏、大丈夫か? 気持ちは分かるが落ち着いてくれ」

 

再度、彼の隣にいた篠ノ之箒が話しかける。

近くにいるオルコット、ヴォーデヴィッヒ、鈴音たちも心配そうに彼を見つめている。

しかし、当の織斑一夏はまるで人形のように微動だにせず、黒く歪む瞳だけを彼女に向ける。

 

「こ、殺すだなんて物騒なこと、お前らしくない。 とにかく、千冬さんの様子を見に行くのが第一ではないか?」

 

「…あぁ、そうだな箒。 それもしなくちゃいけない…でも、その前にやらなきゃいけない…アイツを…」

 

「一夏ッ! 気をしっかり持て! あの男の罪はいずれ裁かれる、千冬さんを撃った奴のためにお前まで罪人になる必要なんてないだろう!」

 

声を荒げて織斑一夏を説得するが、彼は一向に言うことを聞こうとしない。

ブツブツと呟きながら食堂の外に出ようとする。

そんな彼を、今度はオルコットが遮った。

 

「…なんだよ、セシリア。 悪いけど、今は構ってられないんだ。 …どいてくれ」

 

「退きませんわ。 あ、貴方がやろうとしていることは到底許されることではありません。 お願いですから、話を聞いてください一夏さん」

 

彼女は両腕を広げて彼が部屋の外に出ないようにするが、その手はカタカタと震えている。

目の前にいる自分の思い人のあまりの豹変ぶりに驚き、恐怖してしまっていたのだ。

しかし、それでも気丈な態度を崩さず織斑一夏を睨み付ける。

 

「…ハハッ、変なこと言うなセシリア。 俺はお前の言うことくらいちゃんと聞いてるぜ?」

 

「だったら、その手に握っているブレードをしまって下さいませ、一夏さん」

 

彼は目の前にオルコットが立ちふさがった時から無意識のうちにISの一部を発動させていた。

その武器は鈍く光り、触れた相手を真っ二つにする狂気を纏っている。

 

彼は少しだけ自分の右腕に視線を移したが、すぐにまた真っ直ぐ前を見つめる。

その瞳には感情がなく、しかし頬は少しだけ緩んでいる。

一目で嘘だと分かるような、安っぽく薄っぺらい、凶悪で冷徹な笑みであった。

 

「セシリア、どうして退いてくれないんだ? 大丈夫だ、すぐに終わるから」

 

「だからダメだと言っているのです! 一夏さん、今の貴方は織斑先生が倒れてしまったことで精神が揺らいでいます。 冷静に、今やることを考えるべきですわ」

 

対してオルコットも一歩も引かない。

両手を広げ、織斑一夏の行く道を遮る。

しかしその表情に余裕はなく、体もカタカタと震えだしている。

 

まるで小動物のように震え、それでも果敢に立ちふさがる彼女を前にしても、彼の様子は一切変わらない。

いやそれどころか、ますます悪化させていった。

 

「…そう…か…分かった、そぉいうことなんだな………」

 

「…い…ちか…さん…?」

 

彼は未だ無表情のまま、ゆっくりと右腕を上げる。

人形のようにゆっくりと、一切躊躇わず、邪魔な戸棚をどかすかのように。

必然のごとく、オルコットを切り捨てようとした。

 

「…そんな…一夏さん…」

 

オルコットは目の前の彼に圧倒され、動くことが出来ない。

蛇に睨まれた蛙のように、彼女は抵抗することすら出来ないでいた。

 

「アンタ、いい加減にしなさいよ」

 

「教官が撃たれたことは私も許しがたい、しかし今のお前はとても正常とは言えん。 少し頭を冷やせ、嫁」

 

そんな彼女に変わって鈴音とボーデヴィッヒが割って入った。

二人ともISを起動させてはいないが、その様子は臨戦態勢に入っている。

 

「…なんだ、お前達もか。 リン、それにラウラ」

 

「…一緒って何よ? 大体アンタさっきから何を言って…ッ!?」

 

鈴音は最後まで言葉を発せなかった。

言い切る前に、織斑一夏が振り上げたブレードで切りかかってきたのだ。

 

「アンタッ…正気なの!?」

 

「嫁、いい加減にしろッ! 自分が何をしているか分かっているのか!?」

 

「お前も…お前も…邪魔するんだな…アイツの味方なんだな…。 信じてたのに…お前ら全員グルになって…俺の邪魔をするんだろ? もういいさ、友達でもなんでもない。 お前等皆殺してからアイツの所に行く」

 

「ッ…アンタ、いい加減に…え?」

 

予想していなかった突然の発言に鈴音は少し顔を歪めたが、直ぐに平静を取り戻し自身のISを起動させようとした。

しかし、それは実行には移されなかった。

 

彼女が織斑一夏の相手をしようとした瞬間、当の相手がいきなり倒れてしまったのだ。

一瞬何が起きたのか理解できていなかったが、直ぐ後ろにいる存在を見て気が付いた。

 

「い、一夏…すまない…。 でも…でもこうしないと…」

 

「箒…アンタ…」

 

倒れた彼の背後には、震える手で竹刀を握る篠ノ之箒が立っていた。

目を見開き、歯を食いしばり目の前で倒れる織斑一夏をただ見つめる。

 

「そうだ…一夏は…疲れただけなんだ。 ただ少し…周りで色々なことがありすぎて…そうだろう皆?」

 

そう言って、篠ノ之箒は懇願するかのように四人を見た。

目の前で震える少女にいつものような覇気は無く、今にも泣き崩れてしまいそうなほどに脆かった。

 

「ほんのちょっと…ほんのちょっと休めば、きっといつもの一夏に戻る。 あの優しい一夏に…戻ってくれるはずだ。 だから、今は…安ませるべきだ…」

 

顔は青白くなってしまっており、呼吸も正常にできていない。

すぐにでも倒れてしまいそうであった。

それでも、彼女は織斑一夏という存在を必死に留めようとする。

無理に引き攣った笑みを浮かべ、他の皆に、そして何より自分自身に言い聞かせる。

 

 

 

織斑一夏は、すぐに帰ってきてくれる。

 

 

 

「…そうですわね、一夏さんは疲れてます。 部屋に運んで…ゆっくりと眠っていただきましょう」

 

そしてその訴えに、オルコットが反応する。

織斑一夏を運ぼうとする篠ノ之箒に手を貸し、彼を部屋まで運び始める。

 

「………」

 

「………」

 

そんな二人を見て、鈴音とボーデヴィッヒも無言で動きだし、彼を運ぶ手助けをする。

 

「…目が覚めても、一夏が完全に治ってるとは限らないわ。 もしかしたら暴れるかも」

 

「でしたら、ベッドに縛っておく必要がありますわ。 ISも…危険ですから少し預かっておきましょう」

 

「そうだな…男一人を縛るのだ。 縛るモノも強固なモノでなくてはならない…鎖のような…」

 

「それに一夏は昔から平気で無茶をするからな…完治していなくても大丈夫だと言って抜け出すかもしれない。 数週間…いや数か月は私たちが看ていよう。 一夏が以前の一夏に戻ってくれるまで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わり、同時刻。

IS学園より最も近い総合病院。

そこに彼は居た。

 

「………」

 

あの日、あの時。

狂い、笑い続ける彼は打たれた鎮静剤により眠り続けている。

今も定期的に投薬され、安静を強制されているのだ。

 

それは発見された当時の現場の凄惨さが原因であった。

日課として屋上の施錠を確認に来た教師が扉を開け、それを見てしまったのだ。

屋上の中心でゲラゲラと笑い続ける彼と、体に何発も風穴を開けられ、意識を失ってもなお無言で彼に瞳を向ける織斑千冬を。

 

正常、と表現するのはおかしいかもしれない。

だがその光景は、「正常な事件」とは程遠く異質で、狂気が撒き散らされていた。

 

「…ヒッ…ハッ…アぁッ?」

 

故に、屋上に来てしまった彼女は悲鳴すら上げられなかった。

常人の感性を持つ人間には、屋上にて展開された世界の空気は毒以上に強烈で、苦痛を与えるモノであったのだ。

加えて自分を支えてくれる他者はおらず、彼女はその毒をモロに受ける形となった。

故に、第一発見者が狂気にあてられ倒れてしまうことは必然であった。

 

その数時間後、教師や織斑千冬が戻ってこないことを不審に思った者たちが何人かが屋上に至り、惨状をなんとか治めることに成功したのであった。

 

織斑千冬は即時に緊急治療室へ運ばれ絶対安静に。

岡山は現場の様子から目覚めた際のリスクを考え、鎮静剤の投薬が行われたのである。

 

 

 

「…失礼するぞ。 といっても、いるのはお前だけか太一」

 

そんな眠り続ける彼の部屋に、何者かが入ってきた。

身長や声色から察するに幼い少女のように見える。

だがしかし、その様子や覇気から鑑みると、到底子供のように思えない。

 

「…久しぶり、といっても一年も経っていないか。 あの日、あの場所でお前に会ったこと…今も鮮明に覚えている。 あの時から、再開する時をずっと待っていた」

 

眠り続ける彼の右手を取り、自分の頬を触らせる。

眠り続ける彼の手は恐ろしいほどに冷たく、青白かった。

 

「もしこの手が動いていたら、お前は何を掴んでいたのだろうな。 ペンか、武器か、それとも誰かの手だったか…何にしても私がその手を握ることは無かっただろうな。 …だがお前は何も掴めない、何も為しえない。 見ろ、無力なお前は私が守ってやる。 私だけが、お前を受け入れてやれる」

 

「なにワケわかんないこと言ってるのさ。 パパを見つけたんなら、早く連れ出そうよ」

 

まるで呪詛のように愛を語りかける少女の言葉を遮ったのは、デュノアであった。

彼女は部屋の入り口で苛立ちながら少女を止め、カツカツと音を鳴らしながら部屋に入ってくる。

 

「無駄なことはしないでよ、病院丸ごと無人にするのも楽じゃないんだからさ」

 

「…すまない、彼を前にすると自分を抑えられなくてな」

 

「まぁ、分からなくもないけどさ。 それにソッチの人たちも協力してくれたからあまり言わないけど、早いに越したことはないよ」

 

そう言うと、デュノアは腕部のみISを起動させて眠る岡山を担ぎ上げた。

 

「はぁ、この匂い久しぶり…太一さんの匂い…きヒ…っといけない。 ほら、貴方も着いてきてね」

 

「あぁ、分かっている」

 

彼女たちは岡山を回収すると部屋を後にする。

廊下に人の気配は無いが、それでも細心の注意を払って進む。

 

「それにしても見事なものだな」

 

「? 何が?」

 

「この病院は小さいワケではない、むしろかなり大きい部類だろう。 そんな場所を、私たちの力を借りたとはいえ本当に無人にしてしまうその手腕が、だ」

 

歩きながら、少女はデュノアにそう言ってきた。

 

「…まぁ、それほど難しいわけじゃないよ。 別に丸一日空けさせるわけじゃないし、完全に無人ってワケじゃない。 重症の人や守衛の人、あと数人のナースさんも残ってるかな。 ただ私たちがこの場所を歩く時間だけ、ここを無人にしただけさ」

 

「いや、それでも素人が簡単に出来るモノではないだろう。 兵士としてもお前は十分に活躍できるだろうな…」

 

「はは、止めてよ。 僕はソッチ側に行くつもりはさらさら無いんだからさ。 今回も太一を取り戻すために仕方なく…」

 

デュノアは笑いながら少女と話していると、不意に言葉と歩みを止めた。

ナニカが、聞こえたのだ。

人がいる筈のないこの廊下で、はっきりと声が。

別の階にいる一般人の声ではなく、聞き覚えのある。

だが決して聞きたくはない、そんな声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…だいぢ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

   …だいぢ

   …あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

 

 

 

   …だいぢ…だいぢぃ…

 

 

 

 

 

「…ふーん」

 

「…? どうしたのだ、シャルロット」

 

「そっか…同じ病院に居たんだぁ。 よくよく考えればそうだよね、さすがに部屋は違ったみたいだけど。 …フフ、いいこと思いついちゃった。 ねぇ、先にパパを連れて戻っててよ」

 

そう言って、デュノアは同行者に岡山を渡し、一人だけ踵を返した。

 

「何か忘れ物でもしたのか?」

 

「んー…まぁそんな所かな。 ちょうどペットが一匹欲しいって思ってたし丁度いいかな。 パパへの罰にもなるし」

 

「罰?」

 

同行者の問いかけにデュノアは振り返らず返答する。

しかし背中越しにも同行者には彼女の表情がよく分かった。

 

「…キヒひ、そぉだよ。 私にこんな寂しい思いをさせたんだもん、太一にはお仕置きが必要だよ。 それに、あの人も本望じゃないかな、太一と一緒に居れるんだから。 あ、もう人じゃないか…キひゃ」

 

「…あぁ、なるほど。 了解した、どうせアレにもう理性はないだろうし、好きにしろ。 お前の言う通り、私は先に行くぞ」

 

狂いきった、人とは思えない邪悪な笑み。

端正に整った顔立ちであるからこそその顔はさらに恐ろしく、凶暴に感じた。

しかし、そんなことなどお構いなしに同行者は一人で病院を歩く。

岡山に怪我をさせぬよう、ISを展開させて慎重に運びながらふとこの先のことを考えた。

 

「…潜伏先はあそこにするとして、果たして奴に気付かれないだろうか…。 デュノアは簡単だと言っていたが…成功するかどうか。 奴もアレの恐ろしさは分かっているだろうに。 まぁ、彼を渡すつもりなどさらさらないがな」

 

そう独り言をつぶやき、彼女は外へ出た。

するとそこには、自分と同じ場所に住む者が二人いた。

 

「よぉ、遅かったじゃねぇか」

 

「ずいぶんと時間がかかって…あら、彼女は?」

 

「オリジナルを回収に行った。 恐らく飼うつもりだろうな」

 

同行者の発言に二人は苦笑する。

 

「ははっ、とことん狂ってやがるなあの女。 その男のためなら世界だって敵に回すんじゃね?」

 

「フフ、愛の力は強いのよ。 憶測じゃない、確実に世界だって滅ぼすわ。 彼女の毒は、それだけ強力だもの」

 

二人の様子を見て、同行者は何かを察知した。

予想ではあるが、恐らく「成功」したのだろう。

 

「その様子だと、うまくいったのか?」

 

「えぇ、篠ノ之束を欺くことに成功したわ。 今の彼女には、私たちが何処にいるかすらも分からない。」

 

「あの女が言ってたことは本当だったぜ、まさかここまであっけないとは思わなかったがな」

 

「そうか…よし。 ではそろそろ出発しよう。 デュノアが戻ってきたときにまだこんな所に居たら、後で何を言われるか分からない」

 

そう締めくくると、三人は各々ISを展開させ、夜空へと飛び立った。

その間、同行者はISの腕に収まっている岡山を終始愛おしそうに見つめ続けていた。

 

「…やっと、お前に傘を返せるな。 太一」

 

 

 

 

 

 




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