今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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彼は怯え続けた。


失意

失意

 

岡山は転生者である。

前の世界での死因はもう思い出せない。

車にひかれたか、鉄柱が落ちてきたのか、殺されたのか、病気だったか、老衰だったか。

死んだ時の年齢すらも覚えていない。

 

ただ、「過去の自分」というものは確かに存在する、という確信はあった。

何故か、彼は二度目の人生を送る「この世界」のことを知っていたからだ。

 

気付いたら子供に戻り、幼稚園に入るころいきなり頭に知識が駆け巡ったのである。

同じ組に織斑千冬と篠ノ之束、二つの名前が在ったことを知ったその時から。

誓って言うが、岡山にこれといった力はない。

今までも、これからもタダの普通の人間なのだ。

 

しかし、欲だけはあった。

 

(アニメの人か…どんな人なのかな…?)

 

ただその姿、人柄を見てみたい。

そんな気持ちで彼は物語の中心達に会いに行った。

 

 

 

 

 

会いに行った時彼女たちは二人でしかおらず、他の子供たちとは全く遊んではいなかった。

篠ノ之束は自宅から持ってきたであろうパソコンをいじり、織斑千冬はつまらなそうに玩具の剣を振り回していた。

 

(あれが、アニメの…)

 

一見した時、彼女たちは他の子供たちとはまるで違いがなく、ただ他の子達と馴染めない普通の子に見えた。

しかし、良く見ると何かが違う。

説明はできないが、他の者たちとは違う決定的なナニカが感じられたのだ。

 

これがオーラと言うものなのだろうか、変に緊張して声をかけることすら難しい。

しかし岡山は勇気を振り絞り、二人に話しかけた。

 

「あ、あの…」

 

「…なんだ?」

 

「………」

 

岡山が掛けた声に対し、織斑千冬はそっけない返事をし、篠ノ之束は返事すらしなかった。

そんな彼女たちを見て軽くショックを受けたが、岡山はそのまま話を続けた。

 

「え、えっと…なんで、皆と遊ばないの…かなぁ…って」

 

「…お前には関係ないだろう、さっさと戻れ」

 

必死に喉の奥からひり出した言葉を一蹴され、岡山は今度こそ完全に折れてしまった。

しかし困ったことがあった。

彼もまた、友達と言える者がおらず戻る場所すらなかったのだ。

 

「………」

 

何も言わず、とりあえずは彼女たちがいた場所の反対側の壁に背中を預け、傍にあったクマのぬいぐるみを抱きしめて横になった。

もとより彼はコミュニケーション能力に欠ける。

普通の子供相手ですらどうやって話し始めたらいいか分かっていないのだ、友人などできる筈もない。

 

(気持ちいいなぁ…寝ちゃお)

 

こういう所は子供なのか、抱いているぬいぐるみに心地よさを感じながら彼はそのまま眠りに着こうとした。

 

 

 

が。

 

 

 

「おい、貴様起きろ」

 

「ッ!? ガフ…ゲホッ…」

 

突然腹部に鋭い痛みを感じ、彼は強引にたたき起こされた。

ソレを良しとしないものがいたのだ。

眠気と痛みで霞む目を開いて見ると、そこには先ほど冷たくあしらわれたはずの織斑千冬がいた。

その手には先ほど持っていた玩具の剣がある。

 

「な…なに…?」

 

「…お前はなんで一人なんだ、答えろ」

 

先ほど自分がした問いを、今度は彼女が投げかけてきた。

しかも武器を持って。

恐らく、先ほどの彼女のような返答をすればまた攻撃されるだろう。

先ほどまで岡山の中は緊張で一杯だったが、今は恐怖しかない。

 

「う、と…友達…いないから…」

 

だから正直に答えた、答えざるを得なかった。

織斑千冬はそんな彼を見て目を細めると…。

 

「そうか…。 ならコッチに来い、遊んでやる」

 

強引に彼を立たせ、先ほど彼女たちがいた場所まで連行していった。

突然の事で碌に抵抗も出来ず、彼は彼女のなされるままであった。

 

 

 

 

 

思えば、その時から彼の「地獄」は始まっていたのだろう。

それ以降、彼は織斑千冬と篠ノ之束の二人と行動を共にするようになった。

しかし、彼は元来普通の人間であり、特別な彼女たちに追いつけるはずがない。

彼女たちが言う「遊び」とはどういうものだったのか…。

 

 

 

 

 

その日以降、毎朝彼の家にあの二人が来るようになった。

それだけで彼は憂鬱になる。

家を出ると織斑千冬の強すぎる力で手を掴まれ、引きずられるように幼稚園へと向かう。

 

幼稚園に着くと、彼は織斑千冬の「遊び」であるチャンバラごっこに付き合う。

幼少期から彼女の剣道は並外れたものがあった。

普通の大人なら一撃で倒してしまうような、強烈すぎる剣劇。

ソレを毎日岡山は受け続けたのだ。

小手に受ければその日ずっと手が痺れ続ける。

胴に受ければ呼吸すらままならなくなり。

面に受ければ気絶し、半日以上起きることがない日もあった。

そんなことが、毎日行われていた。

 

拒否した日もあった。

剣を構える前に、今日は調子が悪いと言ってやめようとした。

しかし、織斑千冬はそれを良しとしない。

 

「何を軟弱なことを言っている。 そんなだからお前は何時までも弱いままなんだ」

 

そう言って、その日は無抵抗な岡山を延々と攻撃し続けた。

いつの間にか「遊び」は「トレーニング」という名目になっていたが、何も変わっていなかった。

それに、そんな彼女を止める者はいなかった。

もとから扱いに困る子供たちだったのだ、そんな子たちが集まる中に入ろうという者などいる筈がない。

 

 

 

 

 

ただ、それでもまだ楽だったのだろう。

彼の最大の不運、それは…。

 

 

 

「…ねぇ、ちーちゃん」

 

「なんだ束」

 

「あの男の子、誰かな?」

 

「…はぁ、お前はまた覚えてすらいなかったのか。 あれは同じ組にいる岡山太一だ、もう覚えたか?」

 

「…そっかー、ふぅん…」

 

「なかなか見どころのある奴だ。 …この私に話しかけてくれた唯一の男だしな。 今は軟弱だが、あの傷の数だけ強くなってくれると信じて…おい、聞いているのか?」

 

篠ノ之束に興味を持たれたことであった。

 

ある日から地獄の始まりに篠ノ之束が加わるようになった。

幼稚園へと引きずられる岡山を見ながら、彼女は一歩後ろから笑いながらついてくる。

彼が織斑千冬に「拷問」を受けているときは、「パソコンを触るのを止めて」彼らを見続けている。

 

そして、昼過ぎの一時。

彼が織斑千冬から解放される唯一の時に、彼女は動く。

 

「ねぇ、君」

 

「ひっ!? な、何…篠ノ之さん」

 

「これ、飲んでみてくれるかな?」

 

そう言って、彼女は時々妙な薬を渡してくる。

嫌がると体を組み伏され、殴られたのちに飲まされる。

抵抗することすらできないのであった。

今日もこうして、彼女は異臭のする怪しげな薬を彼に渡す。

 

「ほら、早く飲んでよ。 グズグズするな」

 

「わ、分かったよ…ん…ゴク」

 

飲んだ瞬間、必ず体のどこかに異変が生じる。

痛み、痒み、痺れ、それ以外の得体のしれない違和感。

ソレが全身にわたり、数時間は続く。

 

そしてその状態で、午後も織斑千冬の相手をする。

彼の体は既にボロボロだった。

精神ももう崩壊寸前、だが誰も助けない。

親に相談しなかったのか?

しなかったのではない、できなかったのだ。

もし親に相談したことがバレたら、次はどんなひどい仕打ちをうけるのか。

そう思うだけで震えが止まらなかったのだ。

 

 

 

ただ、そんな彼にも趣味というものがあった、日記である。

その日、あの二人に何をされ、どんな苦痛を与えられたのか。

それにどんなことを思ったのか、こと細やかに毎日書いた。

誰にも相談できない分、筆は止まらなかった。

それだけが、彼の唯一の楽しみだったのである。

 

(今日も拷問された。 朝から昼までは織斑さんに右手に78発、右と左の横腹にそれぞれ53発…あと頭にも60発殴られた。 昼過ぎには篠ノ之さんに劇薬を飲まされ、そのあとまた織斑さんに痛めつけられた。 今日の薬は両手足が痙攣して止まらなくなり、心臓あたりが夕方までとても痛かった。 病院で診察を受けた結果、もう右手の痺れは取れないらしい。 骨も折れてしまっているそうだ、もう治らないらしい。 なんであの子たちは僕にこんな酷いことをするのか、嫌われるようなことしたのかな。 …あの時、織斑さんに声を掛けさえしなければ、こんなことにはならなかったのかな…)

 

その日から彼はペンも箸も、何もかも持てなくなり、利き手でない左手で物事を行うようになった。

慣れない左手で書いた字はぐちゃぐちゃで、碌に読めもしない。

箸を持っても何度も落とし、ポロポロとご飯粒を落とす。

 

そんな彼を見ても、彼女たちは止まらなかった。

 

「何を遊んでいるんだ! なぜ右手を使わない、二刀流でも目指しているのか? なら、今以上のトレーニングをしてやろう」

 

「…ふーん、右手ダメになっちゃったんだ…クスクス。 ホント、惨めな顔だよね…まぁいいや。 次はこれ飲んでよ」

 

織斑千冬には恐怖のせいで本当の事が言えず、篠ノ之束は知っているにも関わらず同じことをしてくる。

ただ痛めつけられ、苦しみ続けたのだ。

 

 

 

 

 

そんなことが延々と続き、いつしか彼らは中学校の終わりまで上っていた。

どれだけ経っても扱いはまるで変わらず、今も拷問を受け続けている。

小学校に上がるころ、彼女たちの弟や妹に会う機会があったが、特に何かが変わったわけではなかった。

二人とも気味悪がったのである。

 

それもそうだ。

小学校に上がったころになると、彼の体は傷だらけになり服で隠せないところにまで痛々しい暴行の跡があったのだ。

おまけに右手は痙攣を通り越して麻痺してしまっており、ダラリと下がっている。

そんな彼を見て、小学生にもなっていない子供たちは何を思うか、語るに足らない。

 

 

 

そんな中学生活で、遂に決定的な事件があった。

彼の右足が動かなくなったのである。

 

(…あれ?)

 

急なことであった。

いつものように道場で織斑千冬から攻撃を受け、篠ノ之束から薬を飲まされ、また織斑千冬から攻撃を受けていたその時、彼の右足がガクッと落ちたのだ。

 

「何をしている! 休む暇があったら剣をふるうんだ太一!」

 

何の気もなく、織斑千冬は彼がサボっていると勘違いして彼に詰め寄る。

だが、今回の彼はいつもと違った。

 

「………」

 

「何を黙っている、いつものように返事をしないか! 立てッ!」

 

(なんで、足が…そうか、遂に足もダメになったのか…。 ハハ、ずっとずっと我慢して…その結果がこれか…何してたんだ、僕)

 

そんなことを思っていた時、ふと織斑千冬を見る。

彼女は未だに勘違いをしており、倒れている自分の右足を竹刀で叩いている。

 

(…何やってるんだろう、もう麻痺して動かないのに…)

 

しばらくぼーっと彼女を見ていたが、突然何かの感情が生まれた。

燃え盛る業火のような、激しく荒々しい感情。

それは一度彼の中に生まれると、今まで彼を征服していた恐怖の感情を焼き尽くした。

 

「いい加減に立て! お前はそんなだからいつまでも弱いままなんだ、この愚か者ッ!」

 

(…何言ってんだ、この女…誰の…せいで…こんなことにぃ…!)

 

彼女からしてみれば当たり前の事だったのだろう。

恐らく彼女はこれ以上のトレーニングを積んだのかもしれない。

ただ、あくまでもそれは「物語の中」での話。

「物語の外」から来た岡山に、その常識は通用しない。

幼少期から行われていたそれは正しく拷問であり、むしろよく今まで耐えてきたと褒められても可笑しくないほどだ。

 

故に、織斑千冬は岡山太一の異常に気付かなかった。

故に、岡山太一は織斑千冬に恐怖していた。

 

そうして、今まで均衡は保たれていた。

しかし、ソレが今、岡山に「やっと」芽生えた感情によって壊れていった。

 

「…う…るさ…い」

 

「…なに?」

 

「………なんだ?」

 

小さく聞こえた声に、織斑千冬は眉をひそめた。

傍にいた篠ノ之束も、かれの予想外の言動に疑問を抱いている。

しかし、織斑千冬はすぐに元に戻ると、無表情のまま彼の元まで歩み寄る。

 

「ほう、太一…私に逆らうとはいい度胸だ。 もう立たなくていい、私に逆らうことがどれだけ愚かなことかじっくりと教え「五月蠅い! 黙れ!」なっ!?」

 

その時、今まで聞いたことがない彼の大声を聞き、織斑千冬はその歩みを止めた。

彼が自分に向かって大声を上げるなど、今までなかったのだ。

しかも、ただの大声ではない。

 

「黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! くそっ、くそぉっ!!」

 

「ど、どうしたんだ太一? しっかりしろ、どうしたというんだ?」

 

「ッ!? や゛めろ、コッチに来るな!! 消え゛ろッ、離れろ゛! ウああアァァアあ゛あ゛ア゛あ゛ッッ!!!」

 

「太一…? 一体どうしたんだ、なんで私を避けるんだ?」

 

「ぎぃぃッ! ギャアアアァァ!! アアああアァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

憎々しげに織斑千冬を睨み付け、金切声をあげて彼女を遠ざけようとする。

ジリジリと芋虫のように動き、少しでも離れようとする。

そんな彼を見て織斑千冬は何もできず、ただ疑問を投げかける。

未だに彼に何が起きていたのか理解できていなかったのだ。

 

そんな時、騒ぎを聞きつけた隣人が救急車を呼び、彼は病院に運ばれた。

精神が不安定で暴れており、数人で押さえつけないと運ぶことすらできない状況であった。

織斑千冬は、ただ目の前の彼が信じられず呆然とことを眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、彼は病院で目を覚ました。

面会謝絶の真っ白な部屋の中、彼は医師から右足がもう動かない事だけ聞き、狂ったようにケタケタと笑い出した。

また暴れ出すのかと医師は警戒したが、どうもその様子はない。

彼は目から涙を流し、人形のように表情を変えず、ただ笑い続けた。

その時の彼の感情は、想像するに難すぎる。

 

退院したのち、彼は両親の面会のみ許していた。

何度かあの二人がやってきたそうだが、名前を聞くだけで体中が痛みだし震えが止まらないために会いたくなかった。

気持ち的にも、もう会いたくない。

彼は両親に今までのことをすべて伝えた。

両親は「なぜ早く言ってくれなかったんだ」、「どうしてこんなことに」と嘆き、最後に「気付けなくてすまなかった」と涙を流して謝っていた。

 

 

 

しかし、実際彼にはもうそんな言葉も届いていなかった。

彼はただ一つ、この街から消えることだけを考えていた。

 

(もうアイツらと会いたくない…父さんたちには悪いけど…もうここにはいられない…いたくない)

 

この街を離れ、もう二度と物語に関わらない。

そうすることで、この世界の異常に殺されないことを望んだ。

朦朧とした意識の中、彼が考えたのは完全な拒絶だったのである。

行き先がバレることを恐れ、両親にさえ言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、彼は病院から消えた。

一本の松葉杖のみを持って、どこかに消えて行ってしまったのだ。

家族や周りの人間は必死に彼を捜索したが、もう彼はどこにもいなかった。

 

彼は無事に町から消え、どこか遠くの地方に渡ったのである。

もうこの時点で、彼は新しい人生を進む決意をしていた。

重大なハンディキャップを抱えてしまったが、彼女たちから離れられるだけでもう十分だった。

彼の心は、この世界にてやっと小さな小さな幸福で満たされたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、彼はたった一つ失敗を犯した。

それは日記の処分である。

彼は捨てるべきだったのだ、あの自分の今までの思いを書き記した日記を。

燃やすなりなんなりして、誰の目にも入らないよう無くすべきだった。

 

しかし、しなかった。

そのせいで、その日記は織斑千冬の目に入った。

そして織斑千冬は彼が違う世界から来た人間で、今まで自分がどういうことをしてきたのかやっと理解した。

理解してしまった。

 

そのせいで、また彼の人生は狂うだろう。

そもそも、放り込まれた時点で諦めるべきだったのだ。

 

彼は、この世界から逃げられない。

 




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