今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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永遠の檻は出来上がった、あとはその中身を放り込むだけ。


永劫

永劫

 

「もうっ、イイトコだったのになんで邪魔するのさ…太一さん、あとちょっとで出発だったのに…」

 

心底残念そうに、そして楽しげにデュノアは部屋に突然現れた少女へ話しかける。

対して少女は無表情のまま、手に持つナイフを顔の近くまで上げて見せた。

ソレを見てデュノアは表情を消すと、ゆっくりと岡山の顔を見た。

 

「…ふーん、パパまた逃げようとしたんだぁ…くふ…」

 

「ヒッ…ヒぃ…」

 

目を細め、三日月のように深い笑みを受かべるデュノアを前にして、岡山は彼女を見ていなかった。

 

「なんで…なんでだ…」

 

「……? どうした太一、私のことが分かるのか…?」

 

彼はデュノアでなく、部屋に入ってきた少女を凝視していた。

ソレは何故か、その侵入者の姿が殺したはずの織斑千冬…しかも最も恐怖を抱いていた幼少期の姿をしていたのだ。

 

「なんでまだ…生きてんだ…!」

 

「…あぁ、もしかして、あの裏路地の事を覚えていたのか? …はは、何かを嬉しいと感じるのは久々だ…」

 

「なんでまだ生きてんだよッ! お前はァァッ!?」

 

自分が唯一、化け物達に対して出来た抵抗。

達成と同時に気が触れ、狂笑を上げるほどの喜びを得たというのに、ソレを目の前で否定された。

なんだこの化け物は、殺したんだからもう出てこないでくれ、そう思いながら必死に叫ぶ。

焦り、驚愕、恐怖、憎悪、悲哀。

その全てを含め、どれとも言えない黒い感情が彼の中を侵していった。

 

「どうしたんだ太一、私はお前に傘を返したいだけだ。 お前が示してくれたように、今度は私がお前を導いてやる」

 

「止めろッ! 来るな化け物! 消えろ、お前は居ちゃいけないだろうがァ!」

 

首を精一杯振りながら、目の前の化け物を否定する。

しかし、対する少女は彼の拒絶を全く気にせず、逆に彼を包むように優しい笑みを浮かべて彼へと歩く。

まるで彼の拒絶が全く聞こえていない様に、彼の前へと迫る。

 

「…そんなに私に会えたのが意外だったのか? …あぁ、この姿は少し事情があってな。 だが安心しろ、私はあの女のようにお前を傷つけたりはしない」

 

「……」

 

幻でも見ているのか、彼女を見てデュノアをそう思った。

彼の言葉はどう聞いても肯定ではない、しかし彼女はそんな事全く気にしていなかった。

そして彼女はあと少しで彼に手が届くところまで歩み寄った。

少し震える両手を前に出して、慈母のように彼へ語りかける。

 

「…あぁ、手が震えている。 許してくれ、お前を嫌っているワケではないんだ。 ただ…やはり少しだけ緊張してな…」

 

そこで岡山は自分の内にある感情に耐え切れなくなった。

 

「いぎ…ぐる……な…うぶぐ」

 

「? …あぁすまない、お前も緊張していたんだな。 ほんの少しお前は気が弱いと思っていたが、まさか腹を痛めてしまうとは…」

 

何も無い筈の胃からドス黒い怨念のごとく込み上げてきたそれは、岡山の矮小な抵抗など全く気にもかけず、容易く口元まで昇って来ていた。

そんな様子を見ても少女は様子を変えず、手を下ろして恥ずかしそうに視線を逸らしただけだった。

 

「ぐ…ぶ…え゛え゛え゛ッッ!!」

 

「ッ! …くふ…フフッ!」

 

そして口から溢れ出ようとした瞬間、反応したのはデュノアだった。

彼女は即座に彼の口に自らの唇を合わせると、そこから流れてくる怨念を飲み込んでいった。

 

「んぅ!? お゛ぉおえ…えォォ!?」

 

「ンフーッ…フーッフッ…フーッ…ンっンっンっ……ぷはっ」

 

一滴残らず、彼の流したものを全て飲み干す。

そして流れが止まったことを確認すると、デュノアは口を離し天使のような笑みを浮かべて岡山を見た。

対する少女は、デュノアを見て少しだけ目を細めた。

 

「…あまり、逢瀬を邪魔しないでほしいのだが…」

 

「アハは、ごめんよ。 でも最初に邪魔したのは君なんだから、大目に見て欲しいかな。 あんまり構ってくれないと私も寂しいし」

 

そんな軽口を叩く異様な二人を見て、岡山は理解が追い付けずうめき声しか喉から出すことが出来ない。

 

「ふ…ぐぅ…!?」

 

「あー、やっとこっち見たぁ。 あの子ばっかり見ないで、ちゃんと私も見てよね、パパ?」

 

そう言って彼女は口から垂れるソレを手で拭うと、舌でベロリと舐めとった。

未だ不快に痙攣する胃の感覚も気にせず、目の前でたった今自分が吐きだしたモノを飲み干したデュノアを信じられない表情で見た。

 

「ぐ…ぅ…なんで…なんでこんな…!」

 

「なんでって…太一がコッチを全然見てくれないんだもん。 構ってくれなきゃ、キスくらいしたっていいでしょぉ? …きひひ」

 

さも当然と言いたげな表情で言った後、その全てがまやかしだと言うような狂笑を浮かべる。

彼女は震える岡山を少しだけ見つめると、その視線を少女の方へと移した。

 

「だから言ったでしょ? 我慢できないのは分かるけど、直ぐに会ったら拒絶されるだけだって…ただでさえ太一は私しか見ないんだから………ん?」

 

デュノアは呆れながら彼女に話しかけていたが、途中でその違和感に気付いた。

 

「どうした、太一? 別に覚えていなくても、私は怒ったりなんかしないぞ?」

 

「ヒィ…来るな…来ないでッ…」

 

自分が話しかけているのに、少女は全く自分を見ていない。

それどころか、一点に岡山のみを見ながらゆっくりと彼の方へと寄るだけであった。

 

「ねぇ、聞いてる? 私さっきも言ったよね…」

 

再び少女へ話しかけようとした時だ。

少女はデュノアに気付いてゆっくりと顔を向けると…。

 

 

 

「……? あぁ、すまないデュノア。 何か言いたいことがあるなら筆談で頼む」

 

 

 

さも当然のように少女はデュノアへとそう言って、持っていたメモ帳を渡してきた。

デュノアは驚いたように少しだけ目を開いたが、やがて全てを理解したように狂笑へと戻った。

 

「きひひ…アハはははッッ!! そっかぁ、そこまでして太一に会いたかったんだぁ! ふーん、どうせ拒絶されるなら聞く耳持たないって…くふふふ」

 

少女は、部屋に入ったら彼に否定されることなど分かっていた。

彼が路地裏の一件も、自分に言っていくれた言葉も覚えていないだろう。

全て理解していた、自分の望む結末など訪れないと。

それでも彼女はいち早く彼に会いたかった。

 

故の凶行、彼女は既に音の届かぬ体になっていた。

部屋に入った時の一言も、逢瀬を邪魔した時の一言も、単にデュノアの表情や様子を見て適当に放っただけの言葉であったのだ。

会話をしているようで、全くできていない。

彼女はデュノアの言葉も、岡山の言葉さえももう聞くことはできない。

しかし、そのおかげで彼女は岡山の言葉を一切耳に入れず、傷つくことも無かった。

 

「…へぇー、それはそれは…。 いいよ、少しだけ…敬意を表してあげる」

 

そう言うと、デュノアは岡山の隣から離れて部屋の出口まで歩いて行く。

流石に彼女の動きに気付いたのか、少女はデュノアに話しかけた。

 

「…? 何をするつもりだ?」

 

そう問いかける少女に対して、デュノアは彼女から受け取ったメモ帳に『罰ゲームをする、貴方もいていいよ』と書いて彼女に見せた。

 

「…あぁ、そういうことか」

 

納得したかのように、少女はの方へ向かうのを止め、部屋の隅へと移動して椅子に腰かけた。

対するデュノアはドアを開けると、その近くに置いてあったであろう大きな箱を載せたカートを引っ張ってくる。

いきなり現れた異様な物体に、岡山はまた言い様もない恐怖を感じた。

 

「な…んだよ…それ…」

 

「ふふ、実は新しい家族が出来てね…太一にも紹介してあげようと思ったんだよ」

 

そう言いながら、デュノアはソレを岡山の目の前まで引っ張って行き、満面の笑みで布を捲り岡山にその全てを見せた。

 

 

 

「さぁ、紹介するね。 僕たちの新しい家族…チフユだよ!」

 

 

 

布の中身は人一人が入れるほどの檻、そしてその中にはボロボロの布きれを纏った織斑千冬が、身を丸めながら静かに寝息を立てていた。

 




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