今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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理不尽な罰は振り下ろされ、彼という存在もこの世から消え失せる。


天罰

天罰

 

「お…りむ…ら…」

 

「んー? パパ何言ってんの? この子はオリムラなんて名前じゃなくて、ペットのチフユちゃんだって」

 

デュノアはさも当然のように、キョトンとした顔で岡山を見つめる。

対する岡山は理解が追い付いていないのか、拒絶すらせずたどたどしく喋ることしか出来ない。

 

「は…なんで…あい…つ…は…あれ…さっきも…いたは…ず…?」

 

次第に顔から血の気が引き、急に寒気が襲ってくる。

目が揺れ、呼吸が乱れてきた。

 

しかしそんな彼を前にしても、デュノアは心底楽しげであった。

 

「…くふ、どうしたのさ太一。 そこらにいる犬や猫と変わらないでしょ? 何がそんなに怖いのさ?」

 

デュノアの明るい声を聞き、ゆっくりと彼女の方を向く。

そこには先程と変わらない、ニッコリと笑う彼女がいた。

 

「お前…何…言って…」

 

「あぁ、ちょっとだけ違うかな? この子、太一を見つけると途端に太一の方へ向かっていくんだよね。 私たちを見てもボーっとしてるだけなのに…ホント懐かれてるよねー」

 

そう言って、デュノアはその笑みをさらに深く歪める。

岡山はその様子を見て一層の不気味さを感じたが、それ以上に何か引っかかるところがあった。

 

「…コイツは…寝てる間に…僕に何をしたんだ…?」

 

思考が戻ってきたからか、岡山は口調が少しだけ元に戻っていた。

だが、目の前に織斑千冬が二人いるという意味の分からない現象を前に、完全に正気に戻ることが出来ない。

戻ればきっと、また恐怖に体が支配されてしまうと、心の奥で理解していた。

 

「…あ、そっか。 パパは寝てたから知らないんだっけ。 聞いてよ、チフユったら貴方にしがみついたらなかなか離れないから大変だったんだよ? パパの体にけっこう甘噛みしてたから、きっと跡も残ってるだろうし…」

 

「は…あ、甘噛みって…? 僕は…何をされたんだ…?」

 

岡山はデュノアに問いかけながら自分の体を確認しようとする。

しかし自分の体は毛布掛けられて見ることが出来ない。

それだけなら左腕で払えばいいのだが、なぜか動くはずの左腕が動かない。

 

「あれ…なんで手…動かないんだ? ん…ぎ…あ、足も…? で、デュノア…僕の体を…動かないように…してるのか…?」

 

「ううん、そんなことしてないよ? 言ったじゃん、チフユが太一に何回も甘噛みしたって…」

 

「あ、甘噛みって…そんなので…腕が動かなくなるわけ…ないだろ…」

 

「でもホントのことだよ? これ見たら信じてくれる?」

 

そう言うとデュノアは毛布をまくり、その中身が全て見れるようにした。

 

「…は?」

 

岡山は自分の体がどうなっているのか見ることが出来た。

しかし、理解することが出来なかった。

ただ、岡山の頭の中に一つの単語が浮かぶ。

見たことがあるようでないような、その程度のフワッとした知識しか持ち合わせていなかったが。

確かにその単語が浮かんだのだ。

 

「なん…だ…これ…」

 

クレーター

 

彼の頭の中に浮かんだのはコレであった。

自分の足や腕、そして体中に、月にあるような窪みがいくつも存在したのだ。

皮膚を破り、肉をえぐり、場所によっては白い何かが見えるほどの、深い深い窪みが。

そしてその窪みの縁は、デュノアの言う通り歯型のように見えた。

 

自分の四肢が動かなくなった原因は、誰にでも分かってしまうことだった。

だが、余りにも現実味のない光景に、岡山の思考はまた急激なブレーキをかけてしまっていた。

 

「は…僕の…なんだよ…これ…なんなんだよ…」

 

「きひ…びっくりした? まぁ、これは罰の内の一つ…ってところかな? 途中で太一が起きないように、ちゃんとお薬使って眠らせてあげてたんだからね?」

 

デュノアは岡山の両肩に手を置き、耳に触れるほど口を近づけて話しかける。

しかし、ソレほどの距離だというのに岡山は一切目もくれず、目の前の惨状を凝視し続ける。

 

そんな時だった。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

眠っていたはずの織斑がゆっくりと目を開いた。

寝ぼけているのか半目の状態で頭を揺らし、放って置いたらそのまま二度寝してしまいそうな状態であった。

ゆっくりと辺りを見渡し、まるで毛づくろいをするかのように自分の腕をぺろぺろと舐める。

その様子は、デュノアの言う通り愛玩動物のソレであった。

 

「……」

 

しかし、岡山を見た途端その様子が一変した。

 

「ッ! だいぢッッ!!」

 

「ヒィッ!?」

 

未だ織斑の目覚めに気付かず自分の足を見続けていた岡山は、突然前方で発生した轟音に悲鳴を上げた。

先程まで眠っていた織斑が、目を皿のように見開いて満面の狂笑を浮かべながら、岡山に迫ろうとして堅牢な檻に阻まれたのだ。

 

そんな光景を前に、ようやく岡山の正気が叩きだされた。

 

「ヒッ、来るな! そこから動くなッ!」

 

「だいぢッ! ああ゛ぁ゛ァ゛ッ!! だいぢィィッ!」

 

潰れた喉から濁った叫び声を上げながら、邪魔な檻を壊そうと腕に力を込める。

理性の欠片も残っていないのだろう、自分の邪魔をする檻に憎しみの表情を浮かべながら、粉砕しようと何度も殴りつける。

 

「ヒィッ!? …た、助け…助けて! 助けてくれ、デュノア!」

 

迫りくる狂気を前に、岡山は藁にもすがる思いでデュノアに懇願した。

最早誰であろうと関係ない、ただひたすらに目の前の恐怖から逃げ出したかった。

しかしデュノアは愛しげに岡山を見つめるだけで、何もしようとしない。

 

「言ったでしょ、これは貴方への罰なんだよ。 …それに、今更私を見たって、もう助けてなんかあげないよ…じゃあね」

 

それだけ言うと、彼女はベッドから降り、部屋の外へとつながる扉まで歩いて行った。

そしてメモに何かを書くと、それを隅にいる少女に見せた。

 

「…分かった、私も極力手は出さないようにする。 まぁ、流石に死の直前にまで迫ったら止めるが…構わないな?」

 

デュノアはそれを聞いて軽くうなずくと、そのまま部屋の外へ出た。

扉を閉じる瞬間、彼女は岡山の様子を見た。

自分に見捨てられ、地獄から逃れることが出来ない事実を前に、その顔は絶望に染まりきっていた。

そんな彼を前にデュノアは…。

 

「じゃあ、またねパパ…キヒヒ」

 

それだけ言うと、微笑みながら扉を閉めた。

閉めた後、彼女は岡山と織斑のことを考える。

きっとあの獣は、これで完全に岡山の精神を破壊させるだろう。

だが殺されることは無い、あの少女が絶対に阻止するから。

 

壊れた彼はどうなるのだろうか?

ひたすら叫び続ける獣になるか、何も言わない人形になるか。

どちらでもない、形容の出来ない化け物に成り果てるか…。

だが、どれになったって関係ない。

 

「ぶっ壊れて、何もなくなったあの人は…私だけのモノになる…」

 

全ての過去を失い、未来もなくなった彼を、今度こそ自分だけの愛しい存在にする。

今は協力しているあの少女も排除して、彼を誰にも渡さない。

そして最後には、自分だけを見て、自分だけを愛する岡山が手に入る。

 

そんな幸せに溢れる日々を想像し、彼女は自然と笑みをこぼす。

常人が見れば恐怖で一歩も動けなくなるような、凄惨な笑みを。

 

「く…ふふ…キヒヒ………あ、いけない。 そろそろ電話が来る頃だ」

 

狂喜で我を失いそうになった彼女は、寸前で正気に戻りポケットにしまっていた携帯を取り出す。

画面には何もなく、真っ暗な液晶が彼女の顔を映すだけであったが、しばらくすると着信の知らせが流れた。

 

非通知の文字を見て、彼女は鼻で笑うとその着信に応じる。

 

「やっほー篠ノ之博士、よくこの電話の番号が分かったね」

 

『ふん、電話番号くらい簡単に分かる』

 

電話をしてきた相手は、デュノアにとって排除すべき対象である篠ノ之束だった。

その声には隠す気のない怒りと憎しみが込められており、口調も岡山や織斑と話す時とは全く違うモノだった。

 

「へぇーすごいすごい。 流石天下の篠ノ之博士だ」

 

『薄っぺらい賞賛なんかするな、反吐が出る。 そんなことより、たっちゃんは何処だ? お前が一緒に居ることくらいお見通しだ』

 

軽口を叩くデュノアに対し、篠ノ之はひたすらに憎しみをぶつける。

しかしそれでもデュノアは揺らがなかった。

 

「たっちゃんー? そんな人知らないなぁ、私が一緒に居るのは恋人とペットだけだよ?」

 

『……』

 

返答は無かった。

それに手ごたえを感じたのか、デュノアは攻めの言葉を続ける。

 

「今度紹介してあげるよ、私の恋人をね。 まぁ、今はちょっと悪い事をしたから、限界ギリギリまで壊してる所だけど」

 

『…やめろ』

 

「貴方に何か言われる筋合いはないかなぁ。 恋人を自分好みに変えたいって思うのは当然のことでしょ?」

 

『やめろッ! それは私の特権だぞ! 誰の許しを得てそんなことしてるんだッ!!』

 

その後に叫ばれたのは、歪みきった欲望の塊であった。

 

『たっちゃんを壊すのは私だ! 私がたっちゃんを最高にするんだ!』

 

「…五月蠅いなぁ、貴方の世迷言なんて聞いてないよ。 わざわざ電話に出てあげたのに」

 

『いいか、今からお前を殺しに行ってやる、それまでたっちゃんには一切手を出すなよ』

 

「はぁ? そんなこと出来ないのは分かってるんだよ? 私たちが何処にいるかすら分からないくせによくそんなこと…」

 

デュノアは嘲笑と共に篠ノ之をまくし立てようとしたが、最後まで言い切ることが出来なかった。

 

爆発、それも辺りに響き渡るほどの大規模な。

空気を揺らすほどの大爆発が、窓の外で突然起きた。

 

「……」

 

そして強烈な破壊音が聞こえる先を見ると、そこには火の海が広がり、そこから見覚えのある人間が出てくるのが見えた。

 




ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。

当小説をご覧いただき誠にありがとうございます。
作者のツム太郎でございます。
長い間更新させず、申し訳ありませんでした。

実は現在、一から物語を書きたいと考え、オリジナル小説を書いておりました。
ゼロから勝負したいと考え、ハーメルンではなく、カクヨムというサイトにて、「世界はセイケンを求めてる!」というタイトルで投稿中です。
活動報告にリンク先を載せておきますので、宜しければそちらの方も見ていただけると幸いです。

また、自分ではなかなか小説の良し悪しが分からない事が多いので、ご指摘などをしていただけると嬉しいです!

勿論、当小説の完結も同時に進めていきますので、これからもお付き合いいただけると幸いです。

では、今後ともよろしくお願いいたします。

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